トップ > 音楽CD・DVD > ニュース > ジャパニーズポップス > 橋本徹 『音楽のある風景』対談 page2

橋本徹 『音楽のある風景』対談 page2

2009年6月23日 (火)

interview

橋本徹

「埋もれてしまったかもしれない曲を未来に残せるということは、やっぱり意識しているね」

橋本:今回の選曲は“夏から秋へ”という流れが、一日の流れに似ているなと思うところがあって、朝から午後へ、夕暮れから夜へというようなイメージもあったかな。それから旅の始まりから終わりへというイメージも。特に自分でもラストの3曲の流れはとても気に入っているよ。

吉本:イビサの夕暮れや神秘的な夜更け、ヴァーモントの月明かりといった風景が浮かぶね。

山本:サントラみたいですよね。

吉本:すごくイマジネイションをかきたてられる音楽だと思うよ。そういうイマジネイションの働く音楽というのは、楽曲からだけでなく、楽器の使い方やアレンジといった音の空気感からも静かに情景が浮かんでくるね。

橋本:吉本くんが書いてくれた今回のライナー・ノーツも、そのエッセンスが凝縮されたようにまさに情景が浮かぶ文章だね。

吉本:“夏から秋へと季節が移る音楽のある風景”というモチーフで、今回ふと思い浮かべたのがフランス人画家のラウル・デュフィやアンリ・マティスの絵画だったんだけど、彼らの絵からもほんとうに音楽が聞こえてくるようだよ。

山本:デュフィの絵のタッチはとてもリズミカルですよね。そして、今回も橋本さんのタッチとも言える選曲の流れを存分に楽しませていただきました。

吉本:そうだね。クープの「Summer Sun」をすぐに連想する7曲目のヘレン・サッシュ&レックス・ジャスパーからロマン・アンドレンへの流れはとても面白いと思うんだ。1978年の曲から2008年の曲へと移るんだけど、耳で聴いているととても自然で、30年の時の隔たりをまったく感じさせないね。ある意味で、「usen for Café Après-midi」のつなぎのような雰囲気だと言えるよね。

橋本:あの曲のつなぎは、以前選曲したCD『コスメティック・ルーム・ミュージック』のジョン・コルトレーンの「My Favorite Things」のライヴから、アストラッド・ジルベルト&ワルター・ワンダレーの「Tristeza」のスキャットへの場面転換の手法に近いかもしれないね。ゴダール映画のジャンプカットのような。

吉本:『ライブラリー・ルーム・ミュージック』のアーチー・シェップの「Quiet Dawn」からジャック・タチの「僕の伯父さんの休暇」のテーマへの流れもそうだったけど、こういう選曲の仕方が、「usen for Café Après-midi」ならではの個性なんだよね。ジャンルでつないでいるのではなく、あくまでも耳で聴いて選曲されている感じがして。

橋本:続く、クララ・ヒルやエイドリアーナ・エヴァンスのように、クラブ・ミュージックとしてイメージされるアーティストの中にも、今回のコンピレイションに合うようなアコースティックでメロディアスないい曲があることも分かってもらえると思うんだ。

稲葉:こういった曲の使い方が、単なる同じジャンルのコンピレイションとは一線を画していますよね。

橋本:選曲するときに意識しているのは、型にはまった感じにならないようにということもあって。書き割りのような夏のイメージの提示はしたくないと思っているし、例えばクリスマス・アルバムにクリスマスソングばかり入っていてもつまらないと思うんだよ。クリスマスをなんとなくイメージさせる曲が入っているのがいいんだ。

稲葉:前回のホセ・ゴンザレスの選曲も型にはまらない感じがありましたね。

山本:そうなんですよ。ファンからすれば、橋本さんの選曲は、“サプライズ”と“ニヤリ”という両方の感覚が味わえるのが楽しいんです。例えば、前回のスウィートマウスみたいに。

橋本:選曲に関しては、選択の幅を少しずつでも広げたいと思っているよ。アーティストものや、レーベルものでのコンピレイションも、その既成のイメージを書き換えられるから面白いんだけど、今回のように選曲の範囲を自由に決められるということが、選曲の風通しのよさにもつながっていると思うんだ。以前と違って、曲単位でライセンスできるようになったことで、レーベルを超えた選曲がやりやすくなったことも大きいね。

山本:今回の橋本さんの選曲や稲葉さんの仕事というのは、きっと何かを変えると思うんです。今回のような選曲をしなければ、中には後世に残らない曲もあると思うんですよ。

橋本:このCDに入ることによって、埋もれてしまったかもしれない曲を未来に残せるということは、やっぱり意識しているね。逆に言えば、残したい曲を入れているというか。

吉本:確かにそうだよね。過去にも数々の音楽作品がリリースされた中で、その時代の流れに埋もれてしまった名曲が、後にレア・グルーヴとして再評価されるようになったように、今回のコンピの収録曲を今の時代にしっかり残すということの意味合いはとても大きいと思うよ。

山本:楽曲を生き返らせる作業というのが、橋本さんはほんとうにすごいと思うんです。

吉本:今回の中では、スー・ジャイルスの「Feel Like Making Love」なんて、ほんとうにひっそりとリリースされた、インディーの希少なCDだと思う。

稲葉:そうなんですよ。このCDはいっさい日本のレコード会社やショップのデータ・ベースにはかかりませんでした。

橋本:どれも単純に曲がいいから選んでいるだけなんだけどね。前回のCDで言えば、グラジーナ・アウグスチクのキース・ジャレットのカヴァー「So Reminding Me」なんて、本当に多くの人に「あの曲はよかったですよ」と言われたし、このまえも、カフェ・アプレミディで今回収録したパトリシア・バーバーの「Early Autumn」をかけていたら、「これ誰ですか」って何人にも訊かれたよ。

稲葉:そういう意味では、この『音楽のある風景』は、ほんとうにストア・プレイしていると問い合わせのある曲が多いと思うんです。

山本:お店でかけていると、問い合わせが多くて売れる曲というのは確実にありますね。

橋本:空間に美しく溶け込む普遍的なエヴァーグリーンな曲ばかりということだよね。このシリーズは特にそういう感じが出ているかもしれない。

吉本:光とか風とかを感じさせるような。

稲葉:光と風というのは四季によっても表情が変わっていくんですよね。

一同:いいこと言いますね。

山本:橋本さんの選曲って思い出に残りやすいというか、何年か後に聴いたときに情景まで思い出せる感じがあるんですよ。それは、おぼろげだったりするんですけど、メランコリックな感じも大好きなんです。

吉本:「usen for Café Après-midi」の5周年記念に発行された『音楽のある風景』という小冊子のあとがきに、“大切なのは、どれだけCDやレコードをたくさん持っていたり知っているかということではなくて、音楽が流れた空間や時間にどれだけ思い出が詰まっているかということだ”と橋本くんが書いていたけど、山本さんの話はまさにそのことを実感していただいていますね。

山本:今後リリースされる予定の『音楽のある風景』の第3弾“秋から冬へ”と、第4弾“冬から春へ”もとても楽しみです。今日は、ほんとうにありがとうございました。

profile

橋本徹 (SUBURBIA)

編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷・公園通りの「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・グラン・クリュ」「アプレミディ・セレソン」店主。『フリー・ソウル』『メロウ・ビーツ』『アプレミディ』『ジャズ・シュプリーム』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは190枚を越える。NTTドコモ/au/ソフトバンクで携帯サイト「Apres-midi Mobile」、USENで音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」を監修・制作。著書に「Suburbia Suite」「公園通りみぎひだり」「公園通りの午後」「公園通りに吹く風は」「公園通りの春夏秋冬」などがある。

http://www.apres-midi.biz