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ドン・レッツ インタビュー

2008年11月11日 (火)

Don Letts




70年代、
ロンドン、パンク、レゲエ、ダブ。

ユースの激情と葛藤を
ジャー・ガイダンスとは異なる方途で
ストーリー化し、
反逆ののろしを上げ、
ドグマを追い詰め、また、諭す
常しえのドレッド・ロックス。

フィルム・メイカー、ミュージシャン、DJ・・・
広義でカッティング・エッジな創造活動の中で生成されてゆく
ドン・レッツという名の伝説的な人物像。
その核心に迫るインタビュー。


   
1977年のパンク・ムーヴメントから得た
とてつもないエナジーっていうのを、
無性に人に伝えたかったんだよ。



--- 本日は宜しくお願いします。


ドン・レッツ  OK、宜しく。


--- ドン・レッツさんは、現在、ダブ・カーテル・サウンド・システムという名義で活動しているのですが、この活動のコンセプトは、DJを含めたこれまでの活動のものとは、何か一線を画するものがあるのでしょうか?


ドン・レッツ  これは、自分自身の文化的なネットワークの方法なんだ。


まぁ、みんな知ってると思うけど、1977年ぐらいに、オレは、ロキシーでDJをやっていたんだ。その時にパンクが出てきて、オレは、パンクのドキュメンタリー映画を撮ったんだ。本当に一番最初にやりたかったのは、映画作りだったんだよね。


でも、6年ぐらい前に、コンピのCDを編集してほしいって言われてね。『Dread Meets Punk Rockers Uptown』っていうものなんだけど。で、みんなに「ドン、またDJやってくれよ!」って言われるようになってさ。だから、ここ5、6年ぐらいでまたDJを始めたってわけなんだ。


DJはすごく楽しいよ。当時のパンク時代っていうのは、コンピレーションのカセット・テープをよく作っていたんだ。セックス・ピストルズや、クラッシュ、パティ・スミス、スリッツとか。彼らのああいったスピリットを、音楽を通して人に伝えて、相互にコミュニケーションをとるっていうのが好きだったんだ。


文化的に、そういうカタチで多くの人とネットワークをつなげていくってことは、本当に素晴らしいことなんだよ。


--- 今、お話に出た『Dread Meets Punk Rockers Uptown』でセレクトされている曲というのは、80年代のオールドスクール・ヒップホップなんかともリンクしてきそうな気もするのですが、いかがでしょうか?


ドン・レッツ  ヒップホップの歴史・・・ヒップホップのルーツが、ジャマイカから来てるっていうのは、知ってるだろ?ヒップホップの黎明期において、DJ クールハークは、ニューヨークのストリートにサウンド・システムを持ち出した最初の人間なんだ。しかも、初期のラップ・スタイルっていうのは、ジャマイカのMCとさほど違いはなかったんだ。


でも、あまり人に知られていない事実がひとつあるから、教えてあげるよ。ジャマイカのMCっていうのは、60年代のアメリカのラジオのディスク・ジョッキーを真似して、ああいうスタイルになったんだ。ジャイヴ・トークなんかのね。これは、ジャマイカの本当にごく初期のMCの2人、カウント・マチューキ、それからキング・スティット、彼らがオレに教えてくれたことなんだ。音楽というのは、そういう風に色々な人を介して、ぐるぐる回っていくものなんだよ。


ダブのテクニックは、今じゃほとんどのダンス・ミュージックで使われているけど、ジャマイカで生まれた本当に素晴らしいアイデアのひとつだよね。ドラムとベースを強調して、全面に押し出すってことが、まずはひとつ目の功績。それから、ミキシングの卓を使う・・・つまり、ミキサー自体を楽器にしてしまったっていうのが、もうひとつの大きな功績なんだ。例えば、リー・ペリー。ミキシング・デスク自体が、彼の楽器になっているんだ。


--- そのリー・ペリーといったレゲエ・アーティストに実際出会うことになる、初めてのジャマイカ渡航は、ジョニー・ロットン(ジョン・ライドン)に連れて行ってもらったものだったそうですね。


ドン・レッツ  たしか、78年か79年ぐらいだったと思う。ちょうどその頃、セックス・ピストルズのジョニー・ロットンが、パパラッチやマスコミなんかの目から逃れるために、リチャード・ブランソン(ヴァージン・グループの創設者/会長)と一緒にジャマイカにエスケイプしたんだ。そこで、レゲエの専門レーベル「Front Line」をスタートさせたんだよ。その時、ロットンは、「おい、ドン、お前は黒人なんだし、ジャマイカに絶対行くべきだよ」って。まぁ、自分もそれまでジャマイカに行ったことがなかったし、ジャマイカについて知ってることっていったら、映画の『The Harder They Come』だけだったしね。


Don Letts


--- 『The Harder They Come』から、色々と映像表現のインスピレーションを受けたそうですが、その当時のジャマイカン・ムービーというのは、やはり、視覚的にも強烈な印象を残すものでしたか?


ドン・レッツ  『The Harder They Come』を観たのは、70年代前半だったんだけど、映画の力っていうのをまざまざと見せ付けられたんだよ。エンターテインメントとしての影響力の強さ、情報源としての魅力、両方でね。君が言ったとおり、あれを観て映画作りをやりたいって思ったんだよ。


でも、その当時は、映画なんてどういう風に作っていいか全く分からなかったんだよ。そこに、パンクが出てきて、「Do It Yourself」、所謂、DIY精神が生まれたんだ。セックス・ピストルズ、クラッシュがああいった感じで現れて、オレも同じようなことがやりたいって思ったんだよ。何かをピックアップしてね。そこで選んだのが、スーパー8mmカメラだったというわけなんだ。言ってしまえば、ドン・レッツっていう人間自体を、映画作りをやる人間として生まれ変わらせたんだ。


そのパンク・ロックというものが出てきた時に、多くの人間が自分自身を変えていたんだよ。だから、あの頃の連中っていうのは、少しバカげた名前を自らに付けてることが多いんだ(笑)。


--- 例えば、スリッツのような・・・(笑)? ※Slits=俗語で女陰の意等。


ドン・レッツ  いやいや(笑)、彼女たちは大好きだよ。その昔、オレは、彼女達のマネージメントをしようとしてたんだよ。とてつもなくクレイジーな連中だよ。


--- 彼女たちは、セックス・ピストルズや、クラッシュなどと較べると、少し異なった存在のように思えるのですが、どのようなパンク・アティテュードを持っていたのでしょうか?


ドン・レッツ  とても分かり易いと思うんだけどね。スリッツとか、X-レイ・スペックスとか、スージー・アンド・ザ・バンシーズが登場する前、ロック界の女性アクトっていうのは、ただ単に見た目だけだったり、男を歓ばせるだけの存在っていうのがほとんどだったんだけど・・・もちろん、ジャニス・ジョプリンや、グレース・スリック(ジェファーソン・エアプレイン)のような素晴らしいアーティストは、少ないながらもいたけどね。


スリッツは、バックでコーラス付けて踊ってるなんて、まっぴら!もっと前に出たい!って。この事自体が、もうパンク・ロックであり、多くの若い女性にとっては、すごく大きなインスピレーションになったんだ。


--- そういった意味では、パンク・ロック・ムーヴメントというのは、女性の独立心・自立心を促したり助長していったと言えそうですね。


ドン・レッツ  パンク・ロックっていうのは、女性も助けたし、オレの様な黒人や、ゲイの人たちなんかも救ったんだ。所謂、抑圧されているっていう感覚を持った人間にとっては、ものすごい助けになったんだと思う。パンクっていうのは、まずは自分を信じるっていうのが、信条の1つにあるんだ。それから、その人個人の個性。つまりは、独立心を重要視したってこと。そういった精神性が、当時の若い人たちにパワーを与えてくれたんだ。


あの当時もそうだったけど、こうした精神性が、最近はもっと大切になってきているって感じるんだ。でも、欧米文化において、個人主義や独立性っていうのは、今までは持て囃されていたけど、最近はそういった風潮じゃないんだよ。みんな同じようになりたいっていう気持ちが強いんだよね。


例えば、ヒップホップを見てみれば分かるんだけど、以前は、ヒップホップ・アクトと言えば、チャックDや、KRSワンみたいなストロングな人間を指していた。でも、最近は、スヌープ・ドッグだったり、パフ・ダディだったりってさ・・・いつも、パーティーしていたいんだったら、ああいったキャラでもいいと思うよ。でも、みんな勘違いしてるんだよ。人生をずっと、ダンス・フロアで過ごすわけじゃないんだってことだ。最終的には、ダンス・フロアから離れて、本当の人生をやっていかなきゃいけないんだよ。


ヒップホップでも何でも、常にリアルである必要はないかもしれないけど、やっぱり、人々にいつもパワーをもたらすものでなきゃいけないって思うんだ。そこが、最も難しいところだとは思うんだけどね。昨今のミュージック・ビジネスの市場っていうのは、アンダーグラウンドで流行っているものがあると、それをすぐ買おうとするよね?で、それを型に押し込めて商品化して、売り込むんだよ。だから、ある意味、誰もが自分たちを常に生まれ変わらせて、元々あったものをまた作り直して、っていうサイクルが重要になってきているんだ。


最近、音楽業界全般が、ロックンロールという媒体を使って何でも売り込もうとしているんだ。その全てに、スポンサーがバックに付いて、何かしらのビジネスとして成り立ってしまうんだよね。


オレが子供の頃に聴いていた音楽には、自分の精神性や考え方を変えてしまうほど大きな影響力があったんだ。でも、今の音楽は、スニーカーを取り替えるとか、上っ面のファッション的なものになってしまったって言わざるを得ないよね。


--- そういったアティテュードが根底にあり、さらには、パンク・ロックというものが今まさにそこで燃え上がっている現実を伝えたくて、『The Punk Rock Movie』を記録映画として残されたと思うのですが、それこそドン・レッツさんの初期衝動の塊と言える作品ですよね。


ドン・レッツ  1977年のパンク・ムーヴメントから得たエナジーっていうのを、無性に人に伝えたかったんだよ。伝えることによって、世界を常にエキサイティングな状態にすることができるんだ。


パンク・スピリットっていうのは、例えば、70年代後半だけに存在していたとよく思われがちなんだけど、そうじゃないんだってことなんだ。パンクっていうのは、今も生きているし、パンク自体が生き物なんだよ。もしも、若いコたちが、いいアイデアを持っていて、すごく勇気があったら、それだけで、パンクの一部になれるんだよ。パンクっていうと、変なモヒカン頭とか、レザー・ジャケットとか、ギターがどうこうって一般的には語られてしまいがちだけど、そういうことじゃないんだよね。アティテュードのことを言ってるんだよ。だから、パンクな医者にもなれるし、パンクな政治家だって、パンクな教師にだってなれるんだ。単純に音楽だけの話じゃないんだ。


--- それはまさに、ジョー・ストラマーが体現していたことでもありますよね。


ドン・レッツ  全くそのとおりだよ!もしかしたら、もう世の中にミュージシャンなんていらないのかもね(笑)。ミュージシャンが多すぎるよ(笑)。本当に勇気のある政治家や、教師の方が必要なのかもしれないね。


--- 映画『Punk:Attitude』の中でも顕著ですが、このあたりの真のパンク・アティテュードに対しての本来的な在り方などについては、色々とお考えのところがあるかと思います。


ドン・レッツ  『Punk:Attitude』は、一番好きな映画なんだよ。あの映画の中で伝えようとしていたのは、パンク・ロックは生きているんだってこと。ノスタルジックな観点でパンクを見ているんじゃないんだ。パンク・ロックっていうのは、毎日自分の中にあって、毎日使っているものなんだよ。まぁ、お金がないからね(笑)・・・いやいや、本当だよ。


--- でも、そういったお金のないところから、色々なアイデアが生まれたり、刺激を求める行動力などが生まれてきますよね。


ドン・レッツ  この先、本当に面白いアイデアっていうのは、絶対にアマチュアだったり、または、ナイーヴな人間や、お金や富を全く持ってない人間から出てくるって、そう信じているんだ。




Don Letts
 





Dread Meets Greensleeves

 
4 『Dread Meets Greensleeves』


ドン・レッツがコンパイルを施した、英・名門レゲエ・レーベル=Greensleevesの30年のミュージカル・ヒストリー。アーリー・イヤーのクラシックから、最新ダンスホール・チューンまで2枚組全30曲収録。ディスク1は、Volcanoレーベルをはじめとする80年代ダンスホールの名曲・定番曲がズラリ。ディスク2は、「Sleng Teng」から「Diwali」まで、80年代末から現在までのダンスホールの名曲・定番曲を収録。



 




Don Letts Presents The Mightytrojan Sound
4 『Presents The Mighty Trojan Sound』


2003年にリリースされた、ドン・レッツのコンパイルによる英・名門レゲエ・レーベル、トロージャン音源集。77年当時、UKスキンズ・カルチャーにどれほどの影響を与えたかは、コレを聴けばお分かりいただけるはず。ディスク1は、キラー・ヴォーカル・トラックを、ディスク2では、ダビーなインスト・トラックを収録。



 




Dread Meets Punk Rockers Uptown
4 『Dread Meets Punk Rockers Uptown』


70年代半ばから後半、まだドン・レッツが、ロキシーでのDJプレイを始める前、イギリスのサウンド・システムといえばジャー・シャカが全盛だったが、そもそも、ドン・レッツの父親のデューク・レッツは、ジャー・シャカ以前からロンドンでサウンド・システムを運営していた。選曲はもちろん、そんなデューク・レッツのズート・スーツ姿などレアな写真満載のライナーも素晴らしい。UKでも大流行した名曲ばかりを集めた全16曲。



 




This Is Big Audio Dynamite
4 Big Audio Dynamite
『This Is Big Audio Dynamite』


ミック・ジョーンズが、84年のクラッシュ脱退後に、ドン・レッツ(sound effect,vo)、ダン・ドノヴァン(key)、レオ・ウィリアムズ(b)、グレッグ・ロバーツ(ds)と結成したビッグ・オーディオ・ダイナマイト。85年のデビュー・アルバム。パンク・ロック、ダンス・ミュージック、ヒップホップ、レゲエ、ファンクといった様々な音楽スタイルを効果的に混合したサウンドは、現在のディスコ・パンクなどにも通ずる「ごった煮の痛快感」に陶酔できる。



 




No.10 Upping St
4 Big Audio Dynamite 『No.10 Upping St』


クラッシュ時代の盟友ジョー・ストラマーを共同プロデューサーとして迎え制作された86年の2ndアルバム。クラッシュ・ファンからは、ジョー、ミック久々の共同作業ということもあり、あの『Cut The Crap』より高い評価を得ている・・・ことは云うまでもない。大傑作。



 




Babylon's Burning: Reconstructed Dub Drenched Soundscapes
4 The Ruts 『Babylon's Burning: Reconstructed Dub Drenched Soundscapes』


クラッシュ、スティッフ・リトル・フィンガーズ以上に、レゲエやダブのアイデアを昇華し巧みにサウンドに取り入れたラッツ。クラッシュ「London's Burning」の向こうを張ったかのような名曲「Babylon's Burning」(『The Crack』所収)を、スミス&マイティのロブ・スミス、ドン・レッツ/ダブ・カーテル・サウンド・システム、アポロ440、ブラック・スター・ライナー、キッド・ロコら総勢15組の「ラッツ・チルドレン」達によってリミックス&リコンストラクト。



 




Punk Rock Movie

4 『Punk Rock Movie』


78年のドン・レッツ監督による、70年代黎明期のパンク・シーンをリアルに伝える映像作品。1977年のロンドン。ロキシー・クラブはロンドンで唯一、パンクの演奏が出来るクラブだった。このクラブのDJでもあったドン・レッツは、もはや伝説となった彼らのライブだけでなく、バックステージを、パンクで踊り狂うオーディエンスたちを見つめ続けた。カメラはステージに立つミュージシャンやフロアに集まった若者たちの姿を通して、パンク・ムーヴメントの実態を写し出す。







Punk: Attitude

4 『Punk: Attitude』


ドン・レッツが、膨大な最新インタビューと、貴重なアーカイヴ映像をもとに、パンクの核に迫る、史上最大級のパンク・ロック・ドキュメント・ムービー。ニューヨーク・パンク、ロンドン・パンクからハードコア、ノーウェイヴ、グランジまで、パンク前夜から現在に到るまでの重要アーティスト50組あまりのインタビューを収録。MC5、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ストゥージズ、テレヴィジョン、ラモーンズ、セックス・ピストルズ、クラッシュ、スリッツ、スーサイド、ビースティー・ボーイズ、ニルヴァーナ、ランシド、ブリンク182、リンプ・ビズキット・・・錚々たる面々が登場。特典映像では、ヘンリー・ロリンズの本編未収録インタビューのほか、パティ・スミス、スージー・スーほか女性ロッカーに焦点をあてたドキュメントなども収録。







Revolution Rock

4 The Clash 『Revolution Rock』


ドン・レッツが手掛けた最新映像作品。8曲の未発表映像を含む、77〜83年までの活動中に、英・米・日(82年中野サンプラザ公演!)各地で演奏された映像を収めたライヴ・コンピレーション。ボーナス映像には、インタビュー映像と、81年のライヴ映像等を収録。







Westway To The World

4 The Clash 『Westway To The World』


90分に及ぶ、クラッシュのドキュメンタリー・フィルム。ライヴ・アルバム『From Here To Eternity』と同時期に制作されたドキュメンタリー・フィルムの完全版(90分ヴァージョン)。クラッシュの全ビデオ・クリップを手掛けたドン・レッツが監督。現在のメンバー達によるインタビューや、ライヴ映像などで構成されたファン待望の作品。DVDのみ映像特典として、82年幻のニューヨーク公演の模様を収録した『クラッシュ・オン・ブロードウェイ』を収録。一時代を駆け抜けていった最強のパンク・バンドの素顔を捉えた作品。ワイルドで、エキサイティングで生々しい、クラッシュの本当の物語、全ロック・ファン必携のアイテム。







Story Of Stiff Little Fingers Still Burning

4 Stiff Little Fingers
『Story Of Stiff Little Fingers Still Burning』


1977年、北アイルランド・ベルファストで産声を上げた、クラッシュ直系のストリート・パンクの雄、スティッフ・リトル・フィンガーズの歴史を追う、ドン・レッツ監督のドキュメンタリー・フィルム。87年に再結成した彼らの結成30周年ライヴの模様を中心に描いており、2007年3月、ベルファストのUlsterホールで開催された結成30周年ライヴより、名盤1stアルバム『Inflammable Material』全曲分のセット・リストのライヴ映像を収録。







One Love

4 『One Love』


主役カッサを演じたのは、ボブ・マーリーの息子であり、兄弟のなかでは、もっとも父親の才能を受け継ぐアーティストとして評価の高いシンガー、キマーニ・マーリー。監督は、ドン・レッツとリック・エルグウッドのコンビ。リアルなジャマイカを知るスタッフが集結し、緑溢れる自然を背景にした、レゲエやゴスペルの名曲に包まれたジャイマイカ版『ロミオとジュリエット』がここに完成した。









Live At Shea Stadium
4 The Clash 『Live At Shea Stadium』

 クラッシュClashが82年にN.Y.のシェイ・スタジアムにて、フーのオープニング・アクトを務めた時の幻といわれるライヴ音源。当時この公演は録音され、ライヴ・アルバムとしてリリースされる予定だったものの、ミック・ジョーンズの解雇と共にお蔵入りしてしまい、現存する数少ないクラッシュの未発表音源としてファンから長年の間、陽の目を見ることを待望されていた。故ジョー・ストラマーが転居のために荷物をまとめていた際に発掘され、ようやくリリースに漕ぎ着けることができた。『Combat Rock』発表直後、バンドのアメリカ進出のひとコマを切り取った貴重ライヴ音源!




Spunk
4 Sex Pistols 『Spunk』  SHM-CD 

 セックス・ピストルズ唯一のオリジナル・アルバム『勝手にしやがれ』発表前に出回り、同盤を凌ぐほどの評価を得た有名海賊盤を、オリジナルのスタンプ・カヴァーに忠実な紙ジャケット/SHM-CDで初リリース。過去最高音質を誇るリマスター音源での収録。




Cut
4 The Slits 『Cut』

 クラッシュのホワイト・ライオット・ツアーにバズコックスらと共にサポート・バンドとして参加したことをきっかけに注目を集めた、恐るべき「割れ目ちゃん」ことスリッツが、79年に発表した衝撃のデビュー・アルバム。パンク、レゲエ、ダブ、ファンクなどの間を自由に行き来するフリー・フォームなサウンドは、エレクトロニカやポスト・ロックといった先端のサウンドを通過した耳で聴いても今なお新鮮に響く。

  



Germ Free Adolescents: The Anthology
4 X Ray Spex 『Germ Free Adolescents: The Anthology』

 女性版ジョニー・ロットンと称された紅一点ポリー・スタイン率いるロンドン・パンクの異端児、エックス・レイ・スペックスの78年唯一となるアルバム。現代社会を風刺したシニカルな歌詞を包み込むポップで躍動感溢れるメロディ、ヒステリックなシャウトに絡みつくサックス、その卓越したポップ・センスは近年、若いパンク/オルタナティヴ系のアーティストたちによって再評価されている。

 



Scream
4 Siouxsie & The Banshees 『Scream』

 セックス・ピストルズの親衛隊だったスージー・スーを中心に結成されたスージー&ザ・バンシーズの78年デビュー・アルバム。彼女/彼らは、ジョイ・ディヴィジョン、キュアー、バウハウスらと共に、後のポジパン、ゴス系に繋がるダークなポスト・パンク〜ニュー・ウェイヴ・サウンドを聴かせ人気を博したが、本作で早くもヘヴィでカオティックなところを見せている。




Horses
4 Patti Smith 『Horses』  SHM-CD 

 パティの元恋人だった写真家・ロバート・メイプルソープのジャケも美しいパティ・スミスの75年発表の名作1stアルバム。ランボーの詩を愛読し、ボブ・ディランを敬愛するというパティや、ヴェルレーヌからとった名を持つトム・ヴァーライン。N.Y.パンクは、明らかに前世代の文学性との連続性や、60年代のカウンター・カルチャーとしてのロックと音楽的な繋がりがあり、幾つかのアーティスト達は、年齢的にも成熟しており知的だったが、全米規模のムーヴメントには遂に至らなかった・・・。ゼムの名曲カヴァー「Gloria」収録。




Metal Box
4 Public Image LTD 『Metal Box』

 セックス・ピストルズの空中分解から僅か半年、ジョン・ライドンが、キース・レヴィンとジャー・ウォブルと結成したのが、PILことパブリック・イメージ・リミテッド。45回転LP3枚組が、文字通り金属製のボックスに入った形で発売された、彼らの2ndアルバム。ジャー・ウォブルのレゲエからの影響をモロに感じさせる地を這うようなベースと、金属的でヒステリックなキース・レヴィンのギター、そして、ライドンの声とが絡み合う衝撃的な作品。




Chinese Dub
4 Jah Wobble 『Chinese Dub』

 P.I.L.の創立メンバーにして、伝説的なベース・プレイヤー/プロデューサー/ソングライター/ヒット・メイカーであるジャー・ウォブルの2008年最新作。トレードマークのダブ・サウンドに、伝統的な中国のメロディと楽器をプラスしたエクスペリメンタル・ダブ。中国の弦楽器グージェン奏者であるウォブルの妻、Zi Lan Liao、ヴォーカリストのGu YinjiとWang Jinqi、UKの中国系ユース・オーケストラ、パゴダ・チャイニーズ・ユース・オーケストラを起用。




The Harder They Come
4 Soundtrack 『The Harder They Come』

 ジャマイカ初の劇場用映画としてもおなじみ、主演を務めたジミー・クリフも全面参加の72年の同タイトル映画のサウンドトラック。この映画が完成した時、出演していた俳優が2人も射殺されたというエピソードがあるくらい、当時のキングストン周辺のスラム街、シャンティ・タウンは、危険な場所だったよう・・・。