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2008年4月3日 (木)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第2回

「マンゼ、ライアン、フェルツ―花粉症も吹っ飛ぶ?爽快な三枚」

 今年になって花粉症の症状が出た。花粉症など俺様のような野蛮な人間とは無縁の病気、と思っていただけに、精神的なショックは大きかった。大慌てで対策を講じようと、知人に薦められたイタリア製の薬を一週間飲み続けたら、症状はピタリと治まった。果たして、あれは花粉症だったのか。ただの風邪ではなかったのか。何やら、色々なものに踊らされたような気分もしないではない。

 でも、こういう演奏だったら踊らされてもいい。バロック・ヴァイオリンの名手、アンドリュー・マンゼがヘルシンボリ交響楽団を指揮したベートーヴェンの《英雄》だ。何と爽快なことよ。バランスも流れも。
 マンゼは手兵イングリッシュ・コンソートを率いて、C.P.E.バッハのシンフォニアなどを録音している。まるで一台のヴァイオリンで弾かれたような鮮やかな歌謡、スピード感や色彩感覚が見事だった。古楽器特有などと揶揄されるトゲトゲしさを感じさせることもなく、よく練り上げられた一体感のある楽器バランスが心地いいのだ。
 その一方で、アーノンクールなどの古楽第一世代で顕著な、対位的な表現はあまり強調されることはないように感じた。このことが、この《英雄》を聴く前、わたしを不安にさせた。何しろ《英雄》といえば、対位法表現のバケモンみたいな曲だ。これがヘナヘナだったら、からきしあかんねん、と。
 まさに杞憂だった。あからさまな対位的な強調はない(ヴァイオリンの対抗配置は効果的なのだけれど)。でも、それがなんだというのだ、といわんばかりに、音色は暖かく、響きは濁らず、そしてサクサク気持ち良く進んでいく。さりげなくカマされるアゴーギグだって、ヴァイオリン特有の歌い口に倣っているから、流れを停滞させることもない。
 もちろん、勇壮な《英雄》ではない。どちらかというと、モダン・オーケストラならではの音色をうまく使って、物腰優しい《英雄》に仕上げている。とくに、第一楽章のフィナーレへの流れは、決してイケイケと力むことなく、すべてが終わったかのように、ほんのりと憂いさえにじませもする。なるほど、ジャケットに描かれたナポレオンの肖像が不機嫌なのはそういうわけか。
 このテイスト、まさに新世代の古楽器系指揮者ならではのものだろう。

こちらも新しい世代の指揮者の一人、クワメ・ライアンの振ったシューベルトの交響曲第8(9)番《グレイト》がリリースされた。
 ライアンは、1970年にカナダ生まれたトリニダード・トバゴ人。カリブの島であるトリニダード・トバゴは人種的にはアフリカ系が多く、ライアンもそのなかの一人らしい。
 今シーズンから、ボルドー=アキテーヌ国立管弦楽団の音楽監督にそのライアンが就任したというニュースを知ったときは、「まるでリーグ・アンみたい」とつい興奮してしまった。フランスのサッカー国内リーグ、リーグ・アンでは、アフリカ系選手が活躍しているのだ(活躍したあとは、高給を求めてイングランドやスペインに旅立ってしまうけれど)。これは、是非聴いてみなければなるまい。

 冒頭のホルンのサバサバしたソロを聴いたときには、随分とメカニカルにやるんじゃないか、とびっきりの非情演奏かましてくれるのか、と思ったものの、その予想は主題が出る前に覆された。
 全体としては骨太の印象。透明で運動性の高い弦楽器と、分厚く響く管楽器が特徴的だ。テンポをあからさまに揺らすわけでもなく、どっしりとした質感で聴かせてくれる。このへんは、いかにもボルドー・ワインだ。
 この曲のキモでもあるリズムの扱いもうまい。ライアンは現代曲も得意とする指揮者だが、こういうタイプに見られがちな、偏執狂的にリズムの所在を詳らかにしちゃえ、というタイプでもない。もっと考え方が陽気なのだろう、リズムの跳ね方にそういう気質がよく出ているような気がする。
 オーケストラにはひなびた雰囲気もあるし、決して洗練された演奏とはいえない。けれど、どっしりとした質感のなかに、それぞれの楽音が風通しよく流れ込み、それが実に爽快なのである。

 サッカーでいえば、ボランチを二枚置いて守りを固め、サイドから攻めてくるタイプ。フォーメーションは4−4−2ってとこか。あとは、弦楽器と管楽器をうまく絡める連携があれば、もっとスペクタクルな演奏になるだろう。それぞれパートごとのアンサンブルは申し分ないのだから。
 サッカーにたとえたついでにいえば、1999年に国内優勝したFC.ジロンダン・ボルドーはまさにスペクタルなチームだった。中盤の底にパボンとディアバテを置いて固め、サイド・アタッカーとしてミクーとベナルビアが機知に富んだパスを出し、そしてフォワードのヴィルトールとラスランデが点を取りまくった。この美しく、すばらしい連携は、一生忘れることはないだろう。わたしが、このフランスの田舎オケに過剰に期待してしまうのも、こうした理由があるからなのである。
 ライアンはボルドーに来て間も無い。これからの熟成が楽しみなコンビだ。その彼らの演奏が日本でも聴けるチャンスが早速やって来る。ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポンで来日、このシューベルトの交響曲を演奏するのだという。これは行かねばなるまいて。

最後に、最近聴いた若手指揮者の演奏で、面白かったものをもう一枚。
 こちらの指揮者は、1971年ベルリン生まれのガブリエル・フェルツ。シュトゥットガルト・フィルとマーラーの交響曲全集録音が企画されているらしく、このディスクはその第一弾らしい。
 この交響曲第7番は、わたしにとって、マーラーの最高傑作であり、そればかりか、すべての交響曲のなかでもっとも繰り返し聴いた作品の一つである。そのわたしでさえ、こんな異様な演奏はまだ聴いたことがなかった。この、ここまでやるか、という心意気は評価云々を超して、まさに爽快そのものなのである。
 とにかく、主題間の落差が激しい。やたらにゴツゴツとリズムを立てたと思えば、流麗に歌ったり、あのシノーポリもビックリの分裂症演奏を繰り広げる。 一楽章フィナーレ直前のテンポの急激な交代には、冷静沈着なさすがのわたしも眩暈を覚えた。
オーケストラは決して一流ではないが、若い指揮者の荒い鼻息にかき立てられたように、熱い演奏を繰り広げる。こういう才能が出てくるドイツって、なんだかんだいっても、うらやましい。
 圧巻は第5楽章にあった。六度目に登場する主題(360小節)が金管合奏によって壮麗に鳴らされたあと、フェルツはたっぷりとしたゲネラル・パウゼをそこに置く。そのあとに挿入句の展開が行われる部分が行進曲のようにキビキビと鳴らされる。このゲネラル・パウゼを挟んだ二つの音楽の違いを思い切って強調しようという魂胆だ。その違いは、まさに聖と俗。厳かな教会から喧騒の市場へ抜け出たような。フェルツのマーラーは、多くの演奏が簡単に流している部分に、鋭い光を当ててくれる。音楽的には、かなり滑稽ではあるのだけれど。
 ライナーノーツには、指揮者自身が譜例まで持ち出して、言い分けがましく自らの解釈を披露している(日本語訳付き) 。こんなものは読むまでもなく、これは立派なヘンタイ演奏である。しかも、随所で機知に富みまくった。

(すずき あつふみ 売文業) 

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