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2006年7月17日 (月)

特別寄稿 許光俊の言いたい放題 第5回

「私はこれを待っていた ― 予想を超えた恐るべき《レニングラード》《巨人》」

 ついに、待望久しい超弩級の名演奏が日の目を見た。
 これほどまでに感情豊かに演奏された「レニングラード」は他にないだろう。
 今までショスタコはあまりにドライに演奏される傾向がありはしなかったか。作曲家の自作自演は相当表情が濃く、ロマンティックですらあり、決して無表情な作品を書いていたとは思われないのに。
 たぶん、「弾圧を恐れて本心を隠していた作曲家」というイメージが、無表情系・抑制系の演奏が幅を利かせる原因となっていたのだ。それがショスタコを一部のマニア向け作曲家にしてきた。やたらと暗い内向性の音楽みたいに思わせてきた。
 だが、この演奏はどうだ。今まで石像かロボットかと思っていた音楽に、熱い血潮がたぎっているではないか。本当は、「レニングラード」はこんなに身近で、人間的で、表情豊かで、楽しくて、悲しい、ロマンティックでセンチメンタルな音楽だったのだ。
 第1楽章は他のどの指揮者にもまして滑稽でユーモラスだ。酔っぱらいの千鳥足踊りといった感じの、B級的な可笑しさがある。が、それが徐々にシリアスになっていき、最後には押しつぶされるような恐怖にまで到達する。その変化の恐ろしさこそこの楽章のキモであり、ケーゲルは鬼気迫るリアルさで表現している。私は、この演奏によって、ようやく作曲者の生々しい心情に触れ得たという感慨を抱いた。
 さらに、13分過ぎのカタストロフもすさまじいの一言。単にオーケストラの威力がすごいといったレベルの問題ではない。暴力的だというだけではない。もっと巨大なものだ。
 この曲の演奏はしばしば尻すぼみになりがちだが、フィナーレにも息をのんだ。
 激しく燃えさかる炎のようで、テンションがまったく落ちない。最後、金管楽器、弦楽器が渾身の力を振り絞り、まるでブルックナーの第8番最後みたいなクライマックスを築き上げる。
 すばらしい演奏である。ずしりと重い演奏である。そして、多くのことを考えさせる演奏である。
 私は、今ほど「レニングラード」の音楽を身近に感じたことはなく、作曲家が書いた音符の意味はこうだったのかと得心がいったこともない。

 「巨人」も「レニングラード」に勝るとも劣らないが、詳細は別の機会に書きたい。ひとことだけ言えば、第1楽章の暗鬱な迷いと、そこからはまったく予想できないフィナーレの爆発ぶりの激しいコントラストに仰天した。
 最後はバーンスタインやテンシュテット(シカゴ響)に一歩も引けを取らぬ圧倒的な高揚で、スタジオ録音とは比べものにならない。実に危険な香りのする演奏だ。
 「レニングラード」も「巨人」も幸いなことに、音質がよい。
※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

ケーゲルのレニングラード

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