ロトのシューマンで爆笑

2020年11月05日 (木) 14:00 - HMV&BOOKS online - クラシック

連載 許光俊の言いたい放題 第283回



 ロトは現代においてもっとも興味深い指揮者である。あえて、興味深い指揮者の「ひとり」と言わなくてもいいだろう。ロト以上に、今度はどんな演奏、この曲ではどんな演奏をするのかと好奇心をうずかせてくれる指揮者はほかにいまい。
 もちろん、演奏のすべてが最高にすごいなどという音楽家はいない。よいときもあれば、それほどでないときもある。それが当たり前だ。ロトにしても同様である。ぴたりとはまったときの冴え方はすさまじいが、常ではない。それでいいのである。だって人間だもの。
 すでに録音数も相当になるが、そのすべてがすばらしいと言うわけではない。もちろん、録音の場合は、音質や録音の方向性という問題も絡んでくるわけだが。
 ズバリ、録音、ナマを問わず、ロトを聴くなら、ギュルツェニヒ管弦楽団がいいと思う。レ・シエクルは、私に言わせれば、音楽の表現力が物足りない。たとえ作品の原点に戻って珍しい楽器を使おうが、音楽の魅力はそれだけで高まるものではない。
 そして、目下のところ、ロトのユニークな仕事ぶりを知りたければ、少し前に発売されたシューマンの交響曲第1,4番に勝るものはないのではないか。
 まったく驚くべきことに、これは聴いていて、笑ってしまうほどおもしろく愉快なのだ。笑ってしまうほど、というのは比喩ではない。文字通り、笑ってしまうのである。特に第4番のフィナーレ。これには笑いながらたまげる。
 この盤において、強弱の幅は極端に狭い。どうしてこんなことになったのかはわからないが、その分、各パートでどんなことが行われているかがものすごくはっきりわかる。明快なフレージング、楽器の受け渡し、和声感覚、まことに歯切れがよい。
 そして、伝統あるケルンのオーケストラが、こんなにもロトの思う通りに動いていることにも驚くしかない。このオーケストラのポストにロトが就任すると聞いた時には、疑わしさしか覚えなかった。ドイツのオーケストラや聴衆は、パリみたいに新し物好きではないからね。ところがどうだ。今やすっかりオーケストラはロトの手足になって動く。自発性もすばらしい。そして、ケルンの聴衆も喜んでいる。ドイツを訪れたら、ぜひとも訪れたいのが彼らのコンサートなのである。
 交響曲第4番については、かつてクルト・ザンデルリンクが引退コンサートで指揮する演奏を聴いて、そのすばらしさに強い感銘を受けつつも、この曲がそこまで品格のある作品なのかという一抹の疑念を覚えた。ところが、ロトの演奏だと、まるでロッシーニではないか。溢れるばかりの上機嫌、遊戯性、笑顔。スケルツォ部分の中間部など、シューマンが友人に向かって冗談を言っているような雰囲気だ。壮麗で、厳粛で、重々しい演奏、たとえばフルトヴェングラー、ベーム、チェリビダッケ、ザンデルリンクなどの正反対を行く。そして、説得力ではまったく劣らない。まったくたいしたものである。舌を巻くとは、こういうものに対して使う言葉だ。
 スケルツォ楽章(ゆっくりした部分は、懐かしい、しみじみ、ひなびた雰囲気がちゃんとしますよ)から、ベートーヴェンの第5番さながら、長いクレッシェンドを経てフィナーレ的部分につながるわけだが、こうなってくると、ここもユーモラスに感じさせられてしまう。音量変化でなく、和音と楽器の響きの変化で聴かせるのがすてき。「ほらほら、これはどうだい?」という作曲家のいたずらっぽい声が聞こえてきそうだ。それに続く幸福なスキップ。
 この演奏は初稿によっているが、そんなことはまったく無関係に楽しめる。だけどまた思う。ああ、確かにこれは4番ということになっているけど、若い時期の作品だったのだなと。

 順番があとさきになったが、第1番も冒頭からしてきわめてユニークだ。
 オーケストラが棒の煽りにきれいについてくる。響きのひとつひとつにはっきりとしたイメージがある。木管の音色の対比の鮮やかさ。弦楽器のすばしっこさ。現実のコンサートホールでこういうふうに聞こえることはないはずだが、そう思いつつ、それでも楽しい。第1楽章の閉じ方など、ここで拍手が起きそうだ。それに、古楽風でありながら、モダンオーケストラのふっくらしたよさも生かされているのが嬉しい。
 ついでに記しておくと、ロトとレ・シエクルの演奏が聴きたいということだったら、私がいいと思うのは、リストの「ダンテ交響曲」だ。


 笑えるといえば、コパチンスカヤとイル・ジャルディーノ・アルモニコの「ヴィヴァルディ、その先に」というアルバムも大いに笑える。ただし、ご老人には薦めません。最初から全開の超スピードで飛ばすが、これは70年代あたりの感覚からすれば、倍速再生みたいなもの。奇声が聞こえたりもするので、由緒正しきクラシックが好きな人は激しい嫌悪感に襲われるかもしれない。
 ヴィヴァルディ作品と作品の間に、後世に書かれた曲がはさまれている。快速ではあるが、フレージングの終わりが未練なくぱっぱと終わるので艶や情緒が薄いヴィヴァルディよりも、モヴィオという現代作曲家の小品がすばらしくて聴きほれる。繊細にして緻密。音色がいっぱい。ほんとはこれをやりたかったんでしょ? これ以外も20世紀音楽が抜群にいい。
 ヴィヴァルディの「ムガール大帝」は曲も演奏も魅力的。コパチンスカヤはやはりこういうエキゾチックな曲想がうまいのだなあ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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ロト
ギュルツェニヒ管弦楽団
コパチンスカヤ

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