カフェ・アプレミディのコンピCDシリーズ20周年を記念した特別企画! 5年ぶりに新作コンピレイションが限定盤で登場!

2018年05月01日 (火) 00:00

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山本:そして『オランジュ』のジャケットの赤ちゃんが、今回は少年になりましたね。

橋本:僕と稲葉さんの間では、少年なのか少女なのか、まだ性別はわからない年代だよねって話していて。少年あるいは少女になる直前っていうイメージで。それはやっぱり、『オランジュ』とCDが並んだときに、あ、5年経ってこうなったんだなっていう感じが出たらいいなって。あの赤ちゃんが5年経って、成長してっていうところから発想したんだよね。

山本:今回のムッシュ・エスプレッソのエッセイを読みましたが、こういう時期だからこそ胸に沁みる内容でした。

橋本:今回のコンピレイションでいちばん伝えたかったことってああいうことかなと思いますね。あそこで描かれている「音楽のある風景」が僕らは好きなんだっていうメッセージ。いい意味で原点に戻るという感じもあるし、あのエッセイを読んでもらったら、僕やカフェ・アプレミディが表現して伝えたかった「音楽のある風景」はわかってもらえるんじゃないかっていう、いちばん大事な光景が描かれているんだよね。

山本:僕たちにとって、アプレミディはいつまでも「午後のコーヒー的なシアワセ」の存在であってほしいし、今回もポジティヴな選曲に救われたような気がします。

橋本:今って本当にハード・タイムスなんだけど、意外と前を向いてるっていうか、こういうときだからこそ、自分たちの大切なことを大事にしていこうっていう雰囲気になれたかな。選曲もアートワークもエッセイも。

こういう時期に、内省的な選曲を用意するっていうのもありなんだろうけど、もうちょっと、ささやかだけど、外を向いた感じというか、街や時代の空気にコミットした感じっていうのを出したかったのかなっていう気はするね。

山本:やっぱりリスナーとしても、カフェ・アプレミディはそうあってほしいというか、いつでもポジティヴでまばゆい感じであってほしいというか。

橋本:内省的な選曲で、今『ブルー・モノローグ』みたいなジャケットで来られてもね(笑)。

稲葉:奇しくも同じブルーで、橋本さんは東日本大震災のときに『ブルー・モノローグ』というとても私的なコンピを出して、今このコロナのときに『カフェ・アプレミディ・ブリュ』が出るという。

橋本:ブルーとブリュではかなりニュアンスが違いますよね。スタイル・カウンシルの何が好きだったかっていうと、イギリス人なのにフランスに憧れる、あの感じ。モダニストっていうか、英語でブルーではなく、フランス語でブリュを選ぶセンスというか。そこにはかなり影響を受けていると思います。当時、彼らのファッション ・スタイルには呼び名がなかったらしいけど、要はモッドということを踏まえたフレンチ・カジュアルっていうことですよね。英語の音楽を中心に聴いていても、そういうセンスっていうのが僕は好きで、カフェ・アプレミディに影響を与えてるんじゃないかっていうのもあります。

稲葉:今回はいろんな意味で青色がシンボリックですよね。マエ・デファイスの「Balcony」のMVに出てくる空のイメージも、コンピレイションで大きな要素になったと橋本さんもおっしゃっていて。

橋本:あれがクラブとか薄暗いバーやカフェとかのインドアじゃなくてバルコニーだったっていうことが僕の中で重要なのかなと。そういえばこの間SpotifyのRelease Radarに「Balcony Vibes」っていうタイトルの曲があがってて、これコンピのタイトルに使えるなってすぐ思いましたよ(笑)。バルコニーってインドアとアウトドアの間っていう感じがあるじゃないですか。テラスとかヴェランダとか、あるいはルーフトップとか。ちょっと陽だまりで風がそよぐ感じの曲を集めて、「Balcony Vibes」ってコンピレイション作りましょうよ(笑)。だからカフェ・アプレミディを考えるときに、今の僕は「Balcony Vibes」を感じてほしいのかもしれないですね。

山本:核となる印象の曲があるとコンピって強くなりますよね。

橋本:うん、強いね。この曲についてだけでこれだけ喋れるんだから。あと、稲葉さんが直接マエ・デファイス本人に、いかに日本で彼女の音楽が愛されているかっていうのを伝えるためにいくつかの記事やSNSの投稿を送ったら、Google翻訳で読んでくれて、とても感激したという返事をくれたっていうエピソードも素晴らしいですね。

当初は彼女が2020年1月に配信でリリースしたミニ・アルバム『Whispering』をアプレミディ・レコーズでCDリリースしたいというオファーと、「Balcony」のコンピレイションへの収録オファーを同時に彼女のマネジメントに投げたんだけど、現在フル・アルバムを作っているからということでミニ・アルバムのCD化はちょっと待ってくれっていう返事で。

稲葉:それからコロナウイルスのフランスでの感染拡大の影響なのか、連絡が途絶えてしまって。そんなときに彼女に直接、日本ではこんなにあなたの音楽は愛されてますよって伝えたことで、彼女がマネジメントを動かしてくれて一気に話が進み、コンピ収録のアプルーヴァルがおりたんですよ。

橋本:おかげで、このコンピレイションに素敵なバルコニー・ヴァイブスが宿ったんではないかなと。以前、山本くんとはケイト・ボリンジャーの来日公演を今年あたり実現させたいねと話していたけど、このマエ・デファイスもぜひ、コロナが落ち着いたら日本に招きたいよね。

山本:存在感も素敵ですし、今後が本当に楽しみですね。コリーヌ・ベイリー・レイのようなアーティスト性も高いですし、まさしくニュー・ディスカヴァリーですね。

マエ・デファイス

橋本:このコンピレイションでは、マエ・デファイスやケイト・ボリンジャーだけじゃなく、あまり知られていないけど素晴らしいアーティストをたくさん入れられたなと思いますね。

山本:あらゆるシーンのアーティストが集まっていて、新しい発見がたくさんあります。

橋本:統一感はある82分だと思うんだけど、確かに、いろんな背景のあるアーティストが入っているね。カフェ・アプレミディのコンピって最初のころ、ブラジル音楽の比重が高かったせいなのか、なんでブラジル音楽だけでまとめないのかって声もあったらしいんだけど、それって僕とは根本的に考え方が違っていて。逆にブラジル音楽だけじゃなくすることが重要なんですよね。当時ってジャンル別のコンピばかりで、リスナーもジャンル別や国別に住み分けてるようなところがあったんで、そこをカジュアルに、ピースに乗りこえて広く魅力を分かち合っていくきっかけになることが大切で。フリー・ソウルも最初のころは、なんで白人の曲が入っているんだっていう話もあったけど、そうじゃなくて、ある種のフィーリングで横断していくのが楽しいっていう考え方だったんですよね。そこから音楽の本質も見えてきたりして。だからこうやって山本くんに収録アーティストの背景をリストアップしたインフォを書いてもらうと、ああやっぱり伝わっていてよかった、と思えますね。

山本:どうしてもジャンルの縦割りっていうのがありますからね。

橋本:でもそういうことに関係なく、聴いたときに、誰でも自然にその音楽に素直に接することができて、素晴らしいなって思えるものに、特にこのコンピはなっていると思うし。実際に、自分の周りの人たちの反応が抜群によかった曲がずらっと並んでいる感じかな。アイロンデイル&ブランドンリー・シアリーなんて、まだ学生らしくて、誰にも知られていないけど、この曲の強さといったらDJでかけると半端なくて。あとアディー・スレイマン「I Remember」を筆頭にマナティー・コミューンもマイケル・セイヤーやジェイミー・アイザックもそうで、DJプレイすると必ず曲名を訊かれるような、自分の周りでは本当に人気のあった曲ばかりで。

山本:ジェイミー・アイザックとJ.ラモッタ・スズメは来日もしましたし、彼らのような2010年代ならではのメロウなソウルっぽい感じもこのコンピレイションの特色ですね。

橋本:そうですね。ケイト・ボリンジャーもアドロンもそうだけど、今はアコースティックなシンガー・ソングライターでも必ずメロウなソウル・フィーリングって皆持っているよね。その辺が、今のカフェ・アプレミディっていうことで言えば、ストライク・ゾーンの真ん中なのかなっていう意識はありますね。オーガニックというか。

山本:20周年というこれまでを振り返るような記念碑的なものでも、ある程度トレンド性の高いものになっているっていうのが興味深いですね。これだけ熱心に聴いている音楽好きってなかなかいないと思うので、アプレミディという皆が知っているパブリックなものだけど、聴いてみると奥が深いという底知れなさがありますね。そこにアプレミディにしかできないブランディングを感じます。サブスクリプションの時代とはいえ、ここまでしっかり聴きこむのは難しいですよ。

橋本:そういえば、ムッシュ・エスプレッソのエッセイでもう一つモティーフに考えていたのが、ロバート・ワイアットとも関わりの深い女性シンガー、モニカ・ヴァスコンセロスの「London, London」で。カエターノ・ヴェローゾが亡命先のロンドンで故郷を想って“Flying Saucers In The Sky”を探すというあのフレーズ、あのサウダージって、やっぱりカフェ・アプレミディにとって原点の一つで。カエターノ&ガルの『Domingo』とかノンサッチのギターを抱えたジャケットの『Caetano Veloso』とかもそうだけど。「Balcony」を表とすれば「London, London」は裏という感じで、20年の時の流れが表裏一体で結ばれているんですよ。

山本:そういう意味では、今後に向けて最後に収録されたエル・ブオも印象的ですね。南米のバレアリック系と言いますか。

橋本:実は稲葉さんに去年、南米エレクトロニック・フォークロアを中心としたコンピを作りたいっていう話をしていて。このエル・ブオの「Camino De Flores」に匹敵するような決定的な曲がまだ80分揃わなかったから今のところ保留してるんだけど、2019年の自分にとって最も重要な選曲テーマの一つではあったし、2020年につながっていくという意味でも絶対に必要な部分だと思って、このコンピのラストに収録したっていう感じかな。

山本:南米バレアリックしかり、UKサウス・ロンドンとか、最近だとアフリカンのシーンとかを、橋本さんは積極的にいち早く紹介してますよね。

橋本:アフリカは今すごく充実しているからね。いちばん聴いているよ。アマピアノはもちろん、南アフリカだけじゃなくて、ナイジェリアやガーナとか、もうちょっと西のセネガルとかもそうだけど、今いちばん興味を持っているところかな。南米エレクトロニック・フォークロアのアフリカ版を探して聴いているところもあるし、それとは別にオルテのムーヴメントみたいな、アフリカの若い世代がアフロ・ビートとアーバン・ミュージックをミックスして、僕が好きなような音楽をやっているっていうところにも注目してるし。もっと言えば、ブラジルのアーティストが西アフリカとかヨルバとかと混ざりあって、アフロ・ブラジル的な音楽をやっているところへの興味はもっと前からあって。本当を言えば、許諾OKの曲が足りなかったら、すでにアプレミディ・レコーズから単体アルバムをリリースしちゃっているけど、ルエジ・ルナとかアフロ・ブラジルものを入れようかなっていう気持ちもあったくらいで。チガナ・サンタナとかもね。

稲葉:アプレミディ・レコーズでその辺のアーティストを出せたのはよかったですよね。個人的にも思い入れ深いところです。今回のように音楽がフレンドリーに聴かれるシチュエイションを意識して広く楽しんでもらうコンピだけでなく、熱心な音楽マニアにも訴求するという意味でも。

橋本:でも今回は本当に、カフェとか海辺とかの延長的に、バルコニーっていうのがまるで天から降ってきたようにアイディアの源泉になって、嬉しかったですね。カフェのテラスとか、シーサイド・ラウンジとかの間にあるようなヴァイブスがあるから。実際に由比ケ浜のGood Mellowsでは夕暮れにルーフトップでDJパーティーとかやってきたりしてきたから、そういう気持ちよさもありつつ、イビザやバレアリックにどっぷりということじゃなくて、カフェ・アプレミディ的なアコースティックでオーガニックな雰囲気で、そういう心地よさを音楽で伝えるっていうのが、今回のコンピレイションの最も大切な本質かなって気はしますね。

山本:usen for Cafe Apres-midiの15周年記念コンピレイション『Music City Lovers』の街に出る感じとか、Good Mellowsもそうですが、橋本さんの中で、アウトドアの自然な魅力と音楽の調和がずっと続いているのかなと。

橋本:なんかこう、20年前っていうのはプロダクトのイメージを特化させて打ち出すところがあったけど、『オランジュ』や『ブリュ』は、もっと肩の力が抜けていて、コンセプチュアルなところがあったとしてももっと大らかなものになっているのかなと思いますね。だから逆に言うと何が入ってもいいっていうところもあって。それが20年前との大きな変化で、当時はなるべくエッジを効かせたスタイリングでプレゼンテイションしていたけど、長く続けてたり歳をとったりすると、もっとマクロな視点というか、大きな心でコンピレイションと向き合っている部分はあるかも。もっと言えば、何をやったってアプレミディらしくなるし、サバービアらしくなるし、橋本徹らしくなるってわかっちゃったから。

山本:それがいつもすごいなあと。選曲者の顔が見えるのが興味深いし、大切だなと思うんですよね。

橋本:たぶん山本くんだって、いずれそうなっていくと思うよ。最初のころは「クワイエット」というエッジに特化していることが大切だし、それで伝わりやすくなって皆聴いてくれるし、応援してくれるようになるんだけど、少しずつ「クワイエット」と言いながらもストライク・ゾーンを広げていくようになるんじゃないかな。例えばカフェ・アプレミディのシリーズも後半になるとマリオン・ブラウンが入ってきたり。

山本:橋本さんが手がけたコンピは、シリーズ名が違っても、それぞれリンクしてつながっているんですよね。カフェ・アプレミディにマリオン・ブラウンが収録されたら、次にジャズ・シュプリームのシリーズへつながっていったり。

橋本:まあ自分の好きなものだけでやっているから。テーマがあって、それに合わせて選曲するっていうのは、特に最近はあまりやっていないかもしれない。自分が好きなものに合うタイトルとかコンセプトが後から出てくるというか。

昔から、自分の関心が向かいかけているものを、その前にヒットしたシリーズの後半になると入れがちになってましたよね。フリー・ソウルの後半には、もうカフェ・アプレミディが見えていて、ブラジル音楽が増えたり、ジェーン・バーキンやジャンヌ・モローが入ってきたり。前のシリーズの枠に収まりきらない質や量が出てきたときに新しいシリーズがスタートするわけで、だからこそ連続する運動体として見てほしいというのはあるかな。

山本:そうやって選曲がずっと続いていくのはすごいと思いますね。

コンピレーション4タイトル

稲葉:橋本さんとはもう数えきれないくらいコンピレイション制作をご一緒していますが、いつも思うのは、これほど音楽を愛している方はなかなかいないんじゃないかということですね。必ず自分の琴線に触れる曲を選んで、マスタリングのときにはずっと目を閉じてうっとりと聴いている様子を見るといつもそう思いますし、好きだから選曲しているっていうのがすごく伝わってきます。

橋本:選曲の仕事はいろいろやらせてもらっているけど、特にコンピレイションCDに入れるのは自分にとってトップクラスの曲だからね。やっぱりコンピになると、自分の中でハードルを上げるっていうところはあるかもしれません。プレイリストにしろショップのBGMにしろ、もちろん好きな曲しか入れないんだけど、CDの場合は本当にシュプリームというか、トップクラスに好きな曲しか入れたくないなっていう気持ちになりますね。一気にランクが上がるというか。

山本:今回も82分、厳選されたレパートリーですね。

橋本:今回は予想よりアプルーヴァルOKの曲が揃っててありがたかったですね。5年くらい前まではもっとアプルーヴァルに苦労していたイメージがありますよね。今回も50曲強くらいの選曲リストを出して、その中でA、B、Cと重要度をランク分けしていたんだけど、わりとすぐBランクまでの曲で20曲以上揃いそうな感じになったから、曲順をある程度組んで、最後はどうしても必要な曲だけ追いかけてもらうようにして。『オランジュ』のころよりアプルーヴァルが順調だったのは、やっぱりSNSの発達が理由なのかな。

稲葉:そうですね。アーティストやレーベルと連絡が取りやすくなったのと、今回は2010年代の音源ばかりだったので原盤元を見つけやすかったというのが大きな理由ですね。

橋本:そのおかげで思い描いたとおりのイメージになったなと。もちろん全ての曲のアプルーヴァルが通れば同じクオリティーのコンピが3枚作れるわけだけど、例えばA、B、Cとヴァージョンを作るとして、もうAヴァージョンはこれでパーフェクトっていうところまで持ってこられましたね。この曲はまだOK来ないけどその代わりにこの曲が入るならいいや、っていうバランスのよさもあったし。ドニー・トランペット&ザ・ソーシャル・エクスペリメントの「Sunday Candy」は連絡つかないけど、ジャミラ・ウッズ&チャンス・ザ・ラッパーの「LSD」が入れられるからOK、みたいな感じですね。そして絶対に必要だったマエ・デファイスの「Balcony」のアプルーヴァルがおりたことで完璧になりました。

山本:パズルのピースが全て揃ったという感じですね。

稲葉:マエ・デファイスは現代のカフェ・アプレミディ・クラシックから生まれた、2020年代のミューズになりうると思います。彼女から始まる、これからのストーリーが感じられます。

橋本:彼女は本当にミューズ、女神ですね。これがまたパリから出てきたっていうところが、2000年代前半にカチアと出会ったころを思い出して、ワクワクしてしまいます。

稲葉:彼女もケイト・ボリンジャーもルックスもいいし、これから日本でもっと人気を集めるだろうアーティストもたくさん収録されていて、本当にこの『カフェ・アプレミディ・ブリュ』は粒ぞろいですね。

橋本:こういう選曲をCDで聴く愉しみというのをぜひ味わってほしいですね。どうして僕がコンピレイションCDをサブスクのプレイリストよりも自分の選曲作品として上位に置くのか、プレイリストなら半日でできちゃうものを未だに何か月もかけて楽曲の許諾をとって作るのはなぜかっていうのは伝えたくて。それはアートワークやクレジット、ライナーがないといった話はよくあるけれど、それだけじゃなくて、音質のクオリティーはもちろん、曲のヴォリューム合わせや曲間がプレイリストでは満足できないからというのが大きいんですよね。長年コンピレイションCDを作り続けてきた人間としては、フェイドアウトだったら拍を合わせてこれくらいの曲間、カットアウトだったらこれくらいの曲間、音質や音量、そういったことに本当にこだわって作っているから。つまりサブスクで聴くよりも僕のコンピで聴く方が、同じ曲なのによく感じられたっていう経験をしてもらえると思うからなんですよね。それは曲順の妙ってことだけじゃなくて、いろいろな関わってくれている方、例えばサウンド・エンジニアの細かい配慮やこだわりの結晶なんだっていうことが伝わるといいなと、いつも思っています。

稲葉:この曲のこの部分を聴いてほしい、この曲の魅力をもっと伝えたいという思いをこめてマスタリング作業もしていますからね。こういった細かい気くばりのおかげで音楽がより輝いているんだよっていうのは伝えたいですね。

山本:それは本当に伝えたいことですよね。コンピCDは隅々まで、例えばブックレットの紙質とかまで、監修者の美意識が反映されますからね。

橋本:ということで、ぜひ『カフェ・アプレミディ・ブリュ』を手にとって、聴いていただけたら嬉しいですね(笑)。

山本:今日はいろいろと発見のある、示唆に富んだ話をありがとうございました。



Maë Defays - Balcony


<特別付録>Mae Defays「Balcony」を含むミニ・アルバム『Whispering』架空ライナー

柔らかな陽の光と、気の置けない仲間たちの笑顔あふれる、よく晴れた昼下がり。爽やかなアコースティック・ギターのカッティングを合図に、弾むドラムときらきらと転がるピアノに導かれ、Mae Defaysの伸びやかで瑞々しい歌声が、軽やかに青空へと舞い上がる。ときめきときらめきの粒をギュッと詰め込んだ「Balcony」は、本作のハイライトというべきマジカルな一曲。はじめてこの曲を耳にしたのは、彼女のオフィシャルYouTubeにアップされているMVだった。昔からずっと聴き続けてきたお気に入りの一曲のように、耳に心にすっと馴染むフレンドリーなメロディーと、シンプルで爽快なサウンド、そしてなにより、彼女のスウィートで透き通るような歌声に、一瞬で恋に落ちてしまった。褐色の輝く素肌によく似合う、淡いブルーのレーシーなキャミソールと、肌触りのよさそうな白いコットンのワイドパンツをヘルシーに着こなし、くつろいだ表情を浮かべながら、ギターを抱え歌う彼女の姿はとても美しく魅力的で、同性である私から見ても、思わずうっとり見惚れてしまうほど。パリの古いアパルトマンの屋上で、穏やかな陽光を浴びながら、音楽仲間たちと無邪気な笑顔でセッションする映像は、観ているだけで爽やかな光と風を感じられる、最高に気持ちのよいMVに仕上がっている。こちらもぜひ多くの方に観ていただきたい優れた作品だ。

本作『Whispering』を聴きながら「そういえば十数年前に、このアルバムを初めて聴いたときと、同じくらいの衝撃を受けた一枚があったような……」と、そんなことをふと思い「さてなんだったろう……」と記憶を探って、すぐに頭に浮かんだのが、コリーヌ・ベイリー・レイのファースト・アルバム『Corinne Bailey Rae』だった。柔らかなグルーヴをまとった、コリーヌのオーガニックな歌声と、ネオ・ソウルやジャズ、R&B、そしてヴィンテージなブラック・ミュージックや黒人聖歌までをも内包したそのサウンドは、Mae Defaysの表現する世界観や心震わすメロディーと、あきらかにリンクしているように思えた。単に「似ている」ということではなく、心の中にあるグッとくるポイントが理屈抜きで一緒なのだ。それもそのはず、彼女が敬愛するミュージシャンのひとりとして、コリーヌ・ベイリー・レイの名前をあげているのだから。ジャズ、ファンク、ヒップホップ、ソウル、ポップス、ロック、様々な音楽から影響を受けた彼女の音楽は、どの楽曲を取っても純粋な音楽愛と瑞々しさに満ちあふれ、聴く人の心にある懐かしい風景に優しくタッチしてくれるものばかり。YouTubeで公開されているカヴァー映像リスト「COVERS」や、Spotifyのアーティスト・プレイリストの選曲を見ていただけると、彼女がどんな道のりを経て今の音楽性を培ってきたのかが、とてもよくわかるはず。

YouTubeでアップされているカヴァー曲が、プリンス「Adore」、ジャネット・ジャクソン「Any Time, Any Place」、デスティニーズ・チャイルド「Emotion」、カーティス・メイフィールド「The Makings Of You」というラインナップだったり、ライヴ・カヴァーではシャーデーの「Love Is Stronger Than Pride」も。自身が選曲したSpotifyのプレイリストも、コリーヌ・ベイリー・レイ、リアン・ラ・ハヴァス、ムーンチャイルド、エリカ・バドゥ、シャーデー、エスペランサ・スポルティング、ジ・インターネット、SWV、ジャネール・モネイ、エミリー・キング、KING、H.E.R.など、Mae Defaysの音楽が好きなリスナーなら思わず「ど真ん中!」と歓喜し叫んでしまいたくなるようなセレクション。中でもYouTubeにアップされている、実の父親でありサクソフォン奏者、作曲家、編曲家である、Olivier Defaysとの、マイケル・ジャクソン「I Wanna Be Where You Are」のカヴァーは、親子ならではの親密な空気に包まれた胸に迫るセッション。ちなみに冒頭に紹介した「Balcony」は、彼女の父親が作曲した弦楽四重奏のアレンジが含まれているのだそう。「私にとって特別な一曲」と、彼女がSNSなどでも嬉しそうに語っていたのが、とても印象的で心温まるエピソードのひとつだ。

本作『Whispering』は、まろやかなエレピとエモーショナルなドラム・ワークが印象的なミディアム・テンポのメロウR&B「Peace」から幕を開ける。物語の始まりを思わせる、小気味のいいギターのカッティングと、クールなベース・ライン、タイトなドラムと揺らめくシンセが、80年代シティー・ポップを感じさせる「Next Time」。タイトル曲「Whispering」は、夜の空気を纏ったアーバン・ムードなスロウ・バラード。幾重にも彩られた美しいコーラス・ワークと、後半にかけて展開されるドラムンベース的サウンドや、ドラマティックなエレクトリック・エフェクトに心惹きつけられる艶やかな一曲。ゆったりと柔らかに奏でられるエレピの音色に寄り添う穏やかなトランペット、ささやくようなフランス語の響きが耳を優しく撫でる「Temps de devide」。ピースフルなアコースティック・ギターとフィンガースナップ、軽やかなパーカッションが彼女のナチュラルなヴォーカルに溶け合う「La vie entiere」。リズミカルなピアノとピースフルなホーン・セクションに、思わず顔がほころぶハートウォームな名曲「Real」。どの楽曲も音楽への愛、歌う喜びに満ちあふれているピュアな輝きを放つ傑作ばかりだ。

この作品に出会ってからというもの、自分でもびっくりするくらい、毎日何度も繰り返し聴き続けている。私は毎日、ジャンルも様々な音楽を浴びるように聴いているのだけれど(音楽愛好家&選曲家ということもあり)、ここまで夢中になって聴き込んでいる作品は、ここ最近ではMae Defaysの他にない。お気に入りの曲はどんどん耳の奥に染み込んで、気づけば歌詞も見ずに口ずさんでいたり、自宅でも車の中でも、ふとセレクトするのはいつもこの作品なのだ。寝ても覚めても、ずっとそばにあってほしい音楽。そう、文字通り私はMae Defaysの音楽、いや彼女自身にすっかり恋に落ちてしまったのだ。

usen for Cafe Apres-midiのセレクター・コラムで「2020年の幕開きに我が家で最も流れていたのは、Mae Defaysの"Balcony"。重苦しい時代の空気の中で、爽やかな甘い風を届けてくれた、フレンチ・フリー・ソウルと呼びたい一曲」、そう熱く語っていた橋本徹さんの言葉通り、Mae Defaysの音楽はフリー・ソウル・ファンはもちろん、ジャンルをこえて全てのミュージック・ラヴァーたちに愛されるであろう傑作だと強く思う。そしてこの素晴らしい作品が、一刻も早くより多くのミュージック・ラヴァーたちの耳に届いてほしいと切に願う。この作品を耳にした多くの人たちは、きっと橋本さんや、私のように一瞬で「恋に落ちてしまう」ことは想像に難くない。

富永珠梨 (usen for Cafe Apres-midi)




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