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坂本龍一とシティハンター 評論家エッセイへ戻る

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2019年1月24日 (木)

連載 許光俊の言いたい放題 第266回


 ここしばらく、日曜日の夜が待ち遠しい。TVK(テレビ神奈川)で、まずは「帰ってきたウルトラマン」、続いてアニメ「シティハンター」を見るのが楽しくて仕方ないのだ。残念ながら、「ウルトラマン」のほうは12月に最終話が終わってしまったが、1970年代らしい風景がなんとも懐かしかった。1970年代とは、まだ戦後まもなく建てられた木造建築がたくさん残り、豊かとは言い難い地域があり、ほこりっぽい工事現場があり、がらんとした空き地があった、そういう時期である。この作品は、その風景を克明に記録している。
 また、子供向け番組でありながら、差別、誤解、不信など、人間や社会の暗い面が繰り返し濃厚に描かれている。特に、伝説的な「怪獣使いと少年」という回は、よくもまあこんなに陰惨なものを作ったものだと今でも思わされるほどだ。その一方で、怪獣の名前はやっつけ仕事的ないいかげんさで、しかも動きがしばしばおどけているようなのが笑える。
 他方、「シティハンター」(現在放送中なのは「シティハンター2」)のほうは、1980年代らしい楽観性、肯定性、解放感が強烈。都会のクールな美しさが描かれている。約十年の違いで、こんなにも子供番組が変わるのかというほど。そして、描かれているのは都会のクールな美しさ。もはや1970年代の空き地もぼろ屋も描かれない。女の子の姿もまったく違う。ああ、あの時代、女の子たちはこういう格好をしていたなあ、いや、こういう格好の女の子たちが男たちは好きだったなあ、そんな美女ばかりが登場。私などは1980年代に高校、大学と過ごしてきたせいか、自分でも不思議なほど、文字通り心の底から無邪気にこのアニメを楽しめてしまう。見終わると、これまた不思議なほどの幸福感に包まれてしまう。ほんのちょっとの間だけ、若い時代に戻れたような錯覚がするのだろう。
 これで自動車番組が昔みたいに批判性があって辛辣だったらもっといいんだけどな、TVK。ホストとかナビゲーターには厳格な自動車評論家、沢村慎太朗を起用して。

 さて、前回、ファジル・サイのサティについて述べたが、サティこそは1980年代に急速に知られるようになった作曲家だ。私が子供のころ読み漁ったクラシックの本には、サティの名前も名盤も載ってなんかいなかった。何せ、マーラーだって「巨人」「大地の歌」以外は、無視されていたのだから。
 その1980年代を思い返すと、当然、坂本龍一の名前と顔が浮かび上がる。もっとあとの時期だけど、私は一度だけ彼をステージで見たことがある。ローマのコンサートホールでだ。たまたまその日ローマに滞在することになったので調べてみたら、坂本龍一がピアノを弾き、ノイズアーティストと共演するという夕べがあったのである。日本にいたら絶対に行かなかったコンサートだと思うが、海外ではどうせ夜は暇だし、安価に楽しめるので、ときたまクラシック以外を聴くこともある。この夜もそうだった。
 ステージでの坂本を見てまず驚いたのは、この人が、たいていの日本人よりよほど日本的で、草食動物的な雰囲気を持つことだった。ステージ上でのふるまいやしぐさが、まるでシャイな高校生か大学生のようなのだ。堂々とした感じ、自信たっぷりな威圧感など皆無だ。ほんとにこれが世界のサカモトなのか? こんな弱々しい人が世界で通用するのか? 私は目を疑った。それに、坂本龍一というと、ぬかみそくささ(昔よく使われた形容です)からはかけ離れた、西洋的でモダンなイメージがあったのだからなおさらだ。
 そして、ピアノから鳴り響く音楽が、あまりにも草食動物的に穏やかなのにも驚いた。あとにも先にも、あんなに草食的なピアノは聴いたことがない。ゆっくりしゃべる京都弁とでも言えるか、とにかく西洋音楽的な抑揚、強弱と全然違うのだ。ワインでもビールでもウィスキーでもない薄いお茶の味わい。強烈にエキゾチックだった。それは、ピアノという西洋の楽器を用い、一見西洋風の和声やリズムや旋律を用いているようでいて、実は西洋の感覚で作られていないことからくるのだ。坂本のピアノ演奏を聴いていると、一般的な西洋音楽を仕込まれた人なら、ここはこう弾くだろうと容易に想像できる。が、彼は決してそのようには弾かないのである。音の力学が西洋の伝統音楽とは異なるのだ。
 ついでに言うと、そんな音楽にローマ市民が熱狂しているのにも驚いた。あの熱く、ドロドロした情念渦巻くイタリア・オペラを生み出した人たちが、これに熱狂するのか。それもまた忘れがたい情景だった。


 などと書いているのは、最近岡城千歳が「坂本龍一ピアノワークス」というアルバムを出しているからだ。その3枚目、もっぱらCMのための作品を集めたものを聴いてみた。
 1980年代、CM作りはクリエーションだった。センスやアイデアが競われた。だから、坂本もCM音楽をいくつも手掛けた。そんな時代を知っていると、今のテレビCMなんて、幼稚で見てられない。女の子たちが歌ったり踊ったりばっかりで、まったく知性的でない。広告代理店の質が劣化しているのだろうか。お得感ばかりが強調されて、美しい生活、あるべき生活の提案などありゃしない。そうそう、ラベック姉妹も複数のCMに出演していた。永遠の少女みたいな雰囲気を醸し出す彼女たちだが、やっぱり昔は本当に若かった。
 さて、岡城のCDを聴いてみて、唖然とした。これが本当に坂本の曲なのか? 坂本の草食的な演奏の正反対に位置する肉食的演奏。特に最初に入っている曲は、ネコ科の肉食獣が獲物に襲いかかるみたい。こういうふうに弾かれてみると、坂本の音楽には全然聞こえないのだ。
 勢いよく突っ走ったり、大きく歌ったり、当たり前に盛り上がったり、19世紀ロマン主義音楽のようだ。前のめりの演奏なのだ。音楽とは表現だが、音楽に限らずあえて表現意欲を出さず、一歩引いた冷静なポーズを取るのが1980年代の特徴のひとつだったとも言える。坂本はその典型だった。たとえば、当時彼が参加していたYMOの演奏ぶりを見ると、まるで人間が機械に化したかのような、異様に無表情な様子が改めて新鮮だ。裏を返せば、これもまたひとつの表現にはほかなるまいが。
 が、岡城は、そんなことはお構いなしに、自分の路線を突っ走る。解説書には、岡城自身の長い文章も掲載されている。知的な人なんですね。坂本龍一本人と小沼純一センセが、オリジナルとは違うが、これはこれでひとつの可能性とおっしゃる。確信犯的に作られたアルバムなのですね。
 よけいなことながら、熱っぽさから一歩退いた態度がかっこいいとされたあの時代への反感もあって、片山杜秀氏はああいうカロリー、ボリューム感いっぱいの文章を書くようになったのだろうし、私は梶原一騎にひかれるようになった、ということはあるだろう。脱力感を愛でる鈴木淳史氏の文章を初めて読んだとき、これは遅れてきた80年代だなと思った。
 「シティハンター」の主人公は、決めるところは見事に決めるが、ふだんはとことん女にだらしない、緊張感ゼロの男という設定だった。その力の抜き方もまた1980年代的だったのかもしれない。そういえば、坂本龍一は、音楽家としてかっこいい一方で、テレビなどでお馬鹿なこともしていたっけ。
 あ、そうだ、あの頃はまだ、戦前風の演奏の最後のひとかけらもあった。たとえば絶滅危惧種、フランス流儀のヴァイオリニスト、ローラ・ボベスコの来日公演(1983年の演奏が、いい音でSACDになっている)。まるで戦前みたいな写真からして味わい深い。
 と、1980年代を回想すると、あっという間に、文章が長くなっていくのだった。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)


評論家エッセイ情報
岡城千歳(ピアノ)
ローラ・ボベスコ(ヴァイオリン)
坂本龍一
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