去る人、来る人 評論家エッセイへ戻る

%%header%%閉じる

%%message%%

2017年12月28日 (木)

連載 許光俊の言いたい放題 第255回


 意外な人が意外な脚光を浴びるものである。
 たとえば、アントン・ナヌート。CD普及期に「ナヌット」の表記で大量に廉価盤が発売された指揮者。そのころの演奏は話題にもならなかった。もっぱらスロヴェニアで仕事をしているらしかったが、来日するまでは実在するかもわからない謎の指揮者だった。
 しかし、昨今、この人に心酔する人がいるのだ。特にナマがすばらしかったと。
 ほんとかね、そう疑わしい気持ちで聴き始めた「悲愴」は確かによかったのだ。
 第1楽章は20分を超える。しかし、おれは遅いテンポでやるぞという自意識などまったくない。淡々とすんなり。大きく息を吐いて吸って・・・という、せっかち系・あおり系チャイコ演奏の対極。弦楽器は弓をいっぱいに使って歌う。むろんイタリア風になるはずもなくて、重心は低い。木管楽器のソロが、時々ドヴォルザークみたいな色になる。それはそれで美しい。総奏での雄大な、しかしどこか柔らかい響きが魅力的だ。
 第2楽章もおおらかだ。私はティーレマンがこの楽章を指揮しているときに、この5拍子のワルツがなんと優雅かつグロテスクであるかを教えられて慄然としたことがある。そんな特別な演奏ではない。ここの部分の転調はもうちょっと強調したほうが・・・とか思うところがないわけではない。よくも悪くも、楽譜に対して無防備なのだ。
 こういう行き方だから、当然フィナーレがよい。これでもかと押し迫ってくるような強さはない。這いつくばるように絶望的なわけでもない。しみじみとやさしい。厚みはたっぷりあるが、決して量感を誇るようなことはない。低弦が的確に音楽の土台になっている。
 なぜかはわからないが、私はこれまで聴いたどの演奏よりも、というより初めて、フィナーレとしてこんな楽章を書いてしまったチャイコフスキーの心境を想像させられた。こんな交響曲の常識から外れたフィナーレを思いついてしまったとき、彼はどんな気持ちになったのだろう。そして、それを本当に作ってしまったとき、紙に書きつけてしまったとき・・・。呆然としたのではないか。私が「悲愴」を初めて聴いたのは12歳のとき。それから40年して初めてそんなことを想像したのだ。
 徹底的な解釈や練習の末にこんな演奏が生まれたわけではあるまい。どこかピントの甘いところがある。だけど、嫌な感じがしない。だって人間だもの、と鷹揚な気分にさせられる。皮肉ではないですよ。
 不思議な演奏だ。これを私はもう5度は聴いた。圧倒的とか、必聴とか、刺激的とか、そういう言葉をかぶせるつもりは全然起きない。なのに、聴くと音楽を味わえる。
 こういうのを昔どこかで聴いたっけと記憶の中をまさぐってみた。たとえば、コシュラーとスロヴァキア・フィルがそうだった。技量的には十分なハイクオリティに達していないところもある。が、聴いていて幸せな気持ちになる。間違っていない演奏を聴いたという満足感が残る。
 とはいえ、もはやナヌートはこの世の人ではない。今年、2017年の1月に鬼籍に入っている。この「悲愴」は80歳記念で演奏されたものという。
 もしかしたら、19世紀末にチャイコフスキーの頭の中で鳴った音楽は、こんな感じではなかったか。少なくとも彼がムラヴィンスキーやチェリビダッケのような「悲愴」を想像していたとは思えない。ああいう演奏は、演奏芸術の極致で、作曲家のイマジネーションとは別のところの問題である。


 去る人もいれば来る人もいる。たとえばロンドン響に着任したラトル。
 少し前、ここで彼らのDVDを紹介したが、「ペレアスとメリザンド」のライヴ録音も発売された。ラトルは2015−16年シーズン、この作品をベルリンとロンドンの両方で演奏した。ピーター・セラーズの簡単な演出つき。
 ラトルは昔からオペラもやっていたが、ますますそちらに傾斜しているのかもしれない。ベルリン・フィルではこのところ「利口な女狐」も「青ひげ公の城」も「トスカ」もやった。ここのポストを去ったあとも、州立歌劇場には出演したいという。
 ロンドン交響楽団は、すばらしいオーケストラである。間違いなくロンドンで一番である。この「ペレアス」を聴けば、納得できるはずだ。とにかく各パートにでこぼこがない。むらなく美しい。フランス音楽らしい音の漂わせ方を知っている。それでいてラトルが狙っているくっきりした、輪郭のはっきりした音楽を高水準に実現させている。ベルリンだと、もっと各奏者の癖が出る。極限の表現力ではベルリンに今ひとつ及ばないかもしれないが、平均点ではロンドンのほうが高いかもしれないほどだ。ぜひスピーカーのすぐそばにすわって聴いてください。演奏家の集中力がよくわかります。
 が、ロンドン響はいつもいつもこんな高密度の演奏をしているわけではない。手の抜き方を知っている楽団でもあるのだ。私が聴いた限りでは、ゲルギエフやハイティンクの時には、案外気楽に「お仕事」をしていた。常にそういうわけではないだろうが、だ。それだけ聴くと悪くなさそうだけど、ラトル指揮のときと比べると、明らかにゆるいのである。ロンドンのオーケストラが常にこんなすばらしい演奏をしているなんて、ゆめゆめ思ってはいけません(そんなことがあるから、私は最近のサロネンとフィルハーモニア管はすごいとなおさら強調しているのである)。
 「ペレアス」は不思議なオペラである。案外長い。なのだが、なんとなく癖になる長さである。特に最後はなかなかしつこい。何かと普通のオペラとの違いを力説される作品だけれども、ここだけは何だか普通のオペラっぽくネチネチ悲劇っぽく書かれている。「ボエーム」や「椿姫」にも共通するようなオペラ的感覚にのっとっている。
 美しい音楽が大部分だが、私が聴くたびに、ちょっとなあ、と思わされるのが。ゴローがしつこく子供に問いただすシーン。「で、おまえは何を見たんだ?」 あなた、奥さんの浮気場面の詳細を聞いて嬉しいわけ? ヘンタイぽい。
 メーテルリンクの原作は、意味があるようなないような、しかしどちらにしたところで追及しても仕方がないものである。いわゆる象徴主義とはそういうものである。おそらく書いた本人にもわかっていない。考えていない。「メリザンドは、老いた王様に性的な暴力を受けて、そのショックで記憶を失った。だから、彼女がしていることは、王家に対する意図せざる復讐なのだ」と考えると筋が通ると私は思っているけれど、原作者もドビュッシーもそんなことは考えなかっただろう。考えたら、夢がなくなる。夢を求めるのが象徴主義であり、世紀末芸術である。
 ラトル夫人のコジェナーは、どういうわけか特に夫と共演するときは、これでもかと暑苦しいお騒がせ系歌手になってしまう傾向がある。何年前か、ベルリン州立歌劇場で聴いた「ばらの騎士」では、オクタヴィアンがアムネリスみたいになっていた。ラトルも煽るのなんの。「アイーダ」みたいな「ばらの騎士」! それはちょっと勘弁だ。夫婦で悪のりしないでください。
 彼女はことにベルリン・フィルとのときには、オケに負けてはいけないとついついがんばってしまうのではないか。力を抜くと別人のように美しい声とすごいテクニックの持ち主なのに。幸い、ロンドンでの「ペレアス」では彼女のいい部分が楽しめる。
 「ペレアス」はフランス語の美しさを聴かせるオペラである。が、かつてとは違って、今やネイティヴの歌手が重宝される時代ではないようだ。ペレアスを歌うクリスチャン・ゲルハーヘル(この日本語表記は嫌だけど、とりあえず慣例に従いましょう。本当のところどうなのかは、インターネットでスペルを打ち込めば、ネイティヴの人がどう発音するかが聴ける)は、声も美しいし、知的なすばらしい歌手だ。リートのような緻密さでオペラをやる。ペレアスを歌うと、ちょっとおりこうさんすぎる感じがしなくもない。いや、ペレアスがおりこうさんでいけないということはない。きちんとした好青年が兄嫁に惑わされてしまうというほうが、「男を滅ぼす女」世紀末ドラマとしてはよいのかもしれない。
 「ペレアス」録音ではかつてアンゲルブレシュト、そのあとカラヤンが高い評価を得ていた。それと、私を含め一部が熱狂的に支持するブーレーズのソニー録音。それらのあとで満足すべき高水準に達したのは、ラトルのこれしかないのではないか。実はサロネンもナガノもこの曲が得意だけれど、まだ製品化されていない。ちなみに、サロネンが振ると、体感時間的にはラトルの半分か三分の二くらいに感じる。サロネンは流れで聴かせるが、ラトルは音のひとつひとつを丁寧に示していこうとするから、体感時間が全然違ってくるのだ。


(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

評論家エッセイ情報
ナヌートを検索
ラトルを検索
コジェナーを検索
ロンドン響を検索
※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

featured item

チャイコフスキー:交響曲第6番『悲愴』、ムソルグスキー:禿山の一夜 アントン・ナヌート&スロヴェニア放送交響楽団

CD

チャイコフスキー:交響曲第6番『悲愴』、ムソルグスキー:禿山の一夜 アントン・ナヌート&スロヴェニア放送交響楽団

チャイコフスキー(1840-1893)

ユーザー評価 : 4点 (1件のレビュー) ★★★★☆

価格(税込) : ¥2,268
会員価格(税込) : ¥1,120
まとめ買い価格(税込) : ¥1,120

発売日:2016年10月08日
在庫あり

  • ポイント 1 倍
    欲しい物リストに入れる

%%header%%閉じる

%%message%%

featured item

交響曲第4番、『マンフレッド』序曲 アントン・ナヌート&スロヴェニア放送交響楽団

CD

交響曲第4番、『マンフレッド』序曲 アントン・ナヌート&スロヴェニア放送交響楽団

シューマン、ロベルト(1810-1856)

ユーザー評価 : 4点 (1件のレビュー) ★★★★☆

価格(税込) : ¥2,268
会員価格(税込) : ¥1,120
まとめ買い価格(税込) : ¥1,120

発売日:2016年10月08日
在庫あり

  • ポイント 1 倍
    欲しい物リストに入れる

%%header%%閉じる

%%message%%

featured item

『ペレアスとメリザンド』全曲 サイモン・ラトル&ロンドン交響楽団、コジェナー、ゲルハーヘル、他(2016 ステレオ)(3SACD)(+ブルーレイ・オーディオ)

SACD 輸入盤

『ペレアスとメリザンド』全曲 サイモン・ラトル&ロンドン交響楽団、コジェナー、ゲルハーヘル、他(2016 ステレオ)(3SACD)(+ブルーレイ・オーディオ)

ドビュッシー(1862-1918)

ユーザー評価 : 5点 (2件のレビュー) ★★★★★

価格(税込) : ¥4,093
会員価格(税込) : ¥2,988
まとめ買い価格(税込) : ¥2,988

発売日:2017年10月07日
在庫あり

  • ポイント 1 倍
    欲しい物リストに入れる

%%header%%閉じる

%%message%%

featured item

ラヴェル:『ダフニスとクロエ』第2組曲、デュティユー:夢の樹、メタボール、他 サイモン・ラトル&ロンドン交響楽団、レオニダス・カヴァコス、他(+BD)

DVD 輸入盤

ラヴェル:『ダフニスとクロエ』第2組曲、デュティユー:夢の樹、メタボール、他 サイモン・ラトル&ロンドン交響楽団、レオニダス・カヴァコス、他(+BD)

価格(税込) : ¥3,769
まとめ買い価格(税込) : ¥2,903

発売日:2017年07月06日
在庫あり

  • ポイント 1 倍
    欲しい物リストに入れる

%%header%%閉じる

%%message%%