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今回もスヴェトラーノフを満喫 許光俊の言いたい放題へ戻る

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2016年7月27日 (水)

連載 許光俊の言いたい放題 第248回


 このコラムでも何度も取り上げているスヴェトラーノフ。今回は晩年、スウェーデン放送交響楽団とのライヴ録音だ。
  まずは「英雄の生涯」。演奏されたのは1998年、枯れたスヴェトラーノフが、あの饒舌なリヒャルト・シュトラウスの作品を指揮するとどうなるか。
 案の定、ゆったりとしたおおらかな開始だ。英雄の登場と言っても、力こぶは入っていない。
 その英雄に敵がまとわりつく。しかし、さえずる木管群もさして描写性が強いわけではないし、やかましいほどではない。
 それよりもロマンティックな味わいが強い。敵が退いたあとの、憂鬱に満ち満ちた歌い方。こざかしい連中に倦み果てた英雄の孤独だろうか。
 そこに英雄の伴侶が現れる。光が差す。このあたりの経過は、きわめてオペラティックで演劇的に演奏されている。英雄の機嫌がだんだんよくなっていくのが手に取るようにわかる。独奏ヴァイオリンとオーケストラのやりとりは、まさしく対話のようだ。これでもかと説明口調ではないのだが、心理過程がくっきりと示される。さすがはオペラやバレエを振る劇場人でもあったスヴェトラーノフ、そのキャリアはだてではない。じっくりと丁寧に運ばれるから、いよいよ音楽がとろけるような官能的な領域に突入しても、違和感がない。とってつけた唐突な感じがしないのだ。
 この官能美の部分は、実にすばらしい。まさに幸福に溺れるかのような趣だ。演出めいた色気ではなく、奥底から湧き出るかのような官能性。だから、いやらしくない。安っぽい刺激成分がない。素直に幸せな印象になる。作曲家がこういう音楽を構想していたかはわからない。もしかしたら、立派すぎるかもしれないほどだ。
 余談ながら、シュトラウスは恐妻家と見なされていた。妻が夫の仕事ぶりを見張っていた。こんなに甘くてトロンとした伴侶ではなかったろう。とすると、この部分、奥さんへのお世辞なのか。願望なのか。何でも書けると豪語した作曲家である。実際にはありもしないことを書きながら、ニヤニヤしていたのかもしれない。
 続く戦闘シーンは、かつてのスヴェトラーノフなら、大騒ぎして楽しませてくれただろうが、ここではどっしり構えている。金管楽器のソロ的な活躍の仕方がソヴィエトのオーケストラに似ているが、楽団が楽団なのでそれほど野蛮なことにはならない。とはいえ、オーケストラ全体がものすごい鳴りっぷりだったであろうことは、この放送録音からも容易に推測できる。
 全体に音楽がいささかも軽薄にならないのは、呼吸が深いからだ。地に足がついているというのは、こういうことだ。とにかく危なげない。「英雄の生涯」は、やる気満々に指揮すると、漫画のようになってしまう曲である。おおげさで、あざとくなる。そういう曲なのだと言ってしまえばそうかもしれないが、そんな音楽は、少なくとも私は聴く気が起きない、それに、シュトラウス自身はクレメンス・クラウスやベームのようなおとなしめの演奏を好んでいたという事実もある。
 後半は、淡々と進められていく。しかし、薄味ではない。ふだんは目立たない声部が生きているからだ。ゆったりとした時間が空間性を帯びて限りなく広がっていくような曲尾は、ことにすばらしい。太陽が見る間に沈んでいくかのような闇の広がり方。その闇の中に、もう一度だけ英雄の姿が浮かび上がる。もうちょっと抑制されているとなおよかったと思うが、全体として老巨匠ならではの音楽が満喫できる。

 「アルプス交響曲」は、演奏時期が5年早いだけあって、よりストレートで力感を感じさせる演奏だ。
 オーケストラを鳴らすのがうまい指揮者というものがいるのだ。同じ楽団でも、指揮者が違うと、鳴りっぷりがまったく変わってくる。あるいは、実際に鳴っているよりも、もっと鳴っているように聞こえる。では、どうやれば鳴っているように聞こえるのか。それは音響の技であると同時に、心理的な問題でもある。「英雄の生涯」も同様だが、放送録音ゆえ、決してダイナミックレンジが広いわけではない。にもかかわらず、鳴っているように聞こえるのはなぜなのか。
 ヒントをひとつだけ記そう。要所要所でキモになる楽器、リズム、動機などがくっきり聞こえると、音量が大きく聞こえる。つまり、たくさんの音を整理して、キモの部分をはっきり浮きたたせて聴かせることができることが、まずは前提となる。キモの部分とは、多くの場合緊張を高めている個所であり、緊張が正しく高まれば、当然迫力が増し、大きく聞こえるというものなのである。これもまた、名指揮者なら必ずや備えねばならない技のひとつにほかならない。すべての音が漠然と大きな音で鳴っていてもだめなのだ。
 それはともかく、「アルプス」は、「英雄の生涯」よりも曲の仕立てが緩い。それゆえ、スヴェトラーノフは、気楽に振っているようだ。開放的な推進力がある。もちろん山頂での轟々ぶりは、マニアを喜ばせること請け合いである。前半が眠たいわけではないが、後半のほうが明らかにテンションが高い。
 スヴェトラノーフの場合、どうしても轟音指揮者というイメージがつきまとうし、実際、金管楽器の活躍はブラスバンド少年を興奮させるのに十分ではあろう。が、同時に、弦楽器を色彩的に響かせるのもうまい。北欧のオーケストラは、基本的には澄んだ、官能的というよりは禁欲的で清潔な音を出す。だから、よけい彼の手腕がはっきりする。スヴェトラーノフは「ばらの騎士」を上演しなかったのだろうか。もししていたなら、かつてない甘口の音楽が実現したろうに。そんな想像までさせるような艶っぽい響きがしているのだ。
 結果的に、シュトラウスがどういうスコアを書いたかがよくわかる。各パートをブロックとして大きく響きを分割していくやり方が、曲をわかりやすくするのだ。たとえばドレスデン・シュターツカペレのように全体がまろやかに溶け合うと、それはそれで洗練の極致ではあるにせよ、こういうわかりやすさは得られない。
 放送録音は、音の強弱の幅が狭めだ。そういう場合は、普段より大きめの音量で聴いたほうが絶対にいい。このCDでもそれをお勧めする。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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