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【訃報】カルロス・パイタさん 点鬼簿へ戻る

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2015年12月25日 (金)

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カルロス・パイタさん死去
2015年12月19日、アルゼンチンの指揮者、ルロス・パイタさんがジュネーヴで亡くなられました。心よりご冥福をお祈りいたします。
 カルロス・パイタさんは1932年3月10日、ハンガリー系の父とイタリア人歌手の母の間に、ブエノスアイレスに誕生。幼少からレコードやコンサートに親しみ、やがてテアトロ・コロンでのフルトヴェングラーのリハーサルに接して深く傾倒、指揮者を志すこととなり、渡米して名指揮者のロジンスキーに師事します。
 指揮者としてのデビューはテアトロ・コロンで、1968年にはヨーロッパに移住。デッカと契約していくつかのレコーディングをおこない、やがて1980年代に入ると自身のオーケストラである「フィルハーモニック交響楽団」を設立、同じく自身のレーベルであるLodiaレーベルでいくつものアルバムが制作されます。
 パイタの芸風は、荒削りながらも聴きごたえのあるもので、その破天荒なまでの力業が、無茶な楽器バランスなど乗り越えて素晴らしく情熱的な音楽を聴かせてくれるのが印象的でした。(HMV)

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訃報

 許光俊の言いたい放題/前人未到の「英雄の生涯」

いやはや、パイタの「英雄の生涯」は狂気の大演奏である。これまで聴いたパイタの録音中、圧倒的に最高の大傑作であり、同時にこの曲のもっとも独創的かつ熱狂的な解釈である。これほどまでに燃えたぎった「英雄の生涯」は空前であることは間違いなく、もしかしたら絶後かもしれない。
 以後述べるように、さまざまな点でやりたい放題をやりつくした演奏で、このレベルまで至ってしまうと、もはや大演奏という言葉を奉るしかなくなる。それほどまでに強引・強力な説得力を持っているのだ。
 まず、いきなりズビーン!とくる低弦楽器の衝撃に仰天。いよいよイケイケの完全に肉食系「英雄の生涯」が開始される。
 正直言って、この最初の数秒、数十秒で、このCDは聴いていられないと怒り出す人もいるに違いない。また、いて当然だと思う。何しろ、最大の効果をあげるために、ボリュームをいじったり、低音を強調したり、あまりにも露骨な操作が行われているのだ。オーケストラの自然な音響など鼻で笑うがごとき音質なのだ。音響のリアリティではなく、表現や心理のリアリティが追及されているのだ。その結果、あちこちで意外な発見が生まれる。
 だが、音質をさておいても、音楽の勢いがただものではないことは誰でも気づくだろう。まさにエネルギーそのもののような弦楽器の高潮を経て、尋常でない陶酔の世界に突入するのである。ここに限ったことではないが、テンポを落として力をためるところの味の濃さ、逆に煽るところの重量感、パイタがフルトヴェングラーの再来と言われた理由が完全に納得できる。本当に、フルトヴェングラーが指揮したらこういう演奏になったのかもしれない。さらに、ところどころで、パイタが気合を入れる声が聞こえる。たぶんこれもクローズアップされているはずだ。ここまでやりますか・・・。
 この圧倒的な導入部が過ぎ、英雄をコチャコチャと茶化す木管楽器群が登場する。これまた呆れ返るほどのクローズアップ。すごい音量になっている。そこに絡む弦楽器のこれまたこれでもかという粘り方。いやはや実にいやらしい。とにかく「いやはや」とか「これでもか」という感想を連発するしかない演奏である。
 英雄の妻が登場したあともすごすぎる。まず間の取り方が異常だ。出るべき音が全然出てこないので、ぎょっとしてしまう。何ですかこの意味ありげな休符は! いちいち説明しなくても聴けばわかるだろうが、妻の妖しい目つきが容易に想像できる沈黙なのだ。この解釈、完全に納得できる。
 ヴァイオリン独奏は、オケ全体を軽く打ち負かすほどの大音量。この小さな弦楽器ひとつが、巨大な音像となって全体を支配する。しかも特定周波数の強調つき。時々はわざと音がこもったりする。こうなるとポルタメントは俄然艶っぽくなり、過剰なまでに女っぽい妻があれやこれやという、まさしく演劇的な様相を呈する。音のひとつひとつが異様な雄弁さで迫ってくる。視覚的イメージの氾濫。これには驚くしかない。
 そして、それに応える筋肉隆々のマッチョな英雄! 女の媚態に男が猛り狂う様子があまりにも明快に描かれていて度肝を抜かれる。いや、恥ずかしくなる。官能美というよりエロそのものだ。コンサートで聴いたら、身の置き所に困るのではなかろうか。
 13分過ぎからのやりとり、否、対決は、空前の濃厚さ。15分過ぎからのクライマックスでは、弦楽合奏は甘い蜜にしとどに濡れ、ハープも快楽の洪水を巻き起こす。ドロドロの官能の楽園が目の前に出現する。これを聴いてクラシックは高級で上品な音楽と感じる人がいたら、完全に間違っているだろう。比較的冷静に鳴る私のステレオでこうなのだから、機器によってはまさに鼻血が噴き出す猥褻さで再生されるのではないか。それを想像すると空恐ろしくなる。
 こんな演奏を聴いて大笑いする人もいるだろう。だが、真剣と滑稽は紙一重である。それどころか、同じことである。ドストエフスキーの登場人物は深刻かつ滑稽である。パイタがやっているのはそういう類の音楽である。
 オーケストラはいやいや奇人指揮者につきあっているのではない。もうノリノリである。オーボエの切ない歌といい、弦楽器のたっぷりしたフレージングといい、ハーモニーの豊かさといい、オーケストラが指揮棒にくらいついているのがよくわかる。白けている様子は皆無だ。でなければ、これほど濃厚な音楽が湧き上がるはずがない。
 一転してぐんぐん突き進む戦闘シーンも最高だ。意図せぬ合奏の危機が、かえって戦場らしい臨場感を高める! マンガチックな音響のすさまじさを聴かせるのではなく、戦意あふれる意気揚々とした情熱が爆発する。「英雄の生涯」とは、一通り成功した人物が、半生を振り返った音楽ではないのか? でも、パイタはそうは振らない。戦いも愛も現在進行形だ。
 曲の後半になってもだれない。オーケストラは限界までロマンティックに歌い、大きくうねる。繰り返すが、ここまでやった指揮者はかつていなかった。ニセモノでない、本当の熱血漢、本当のロマンティストの音楽だ。
 最後の蟻が這うような遅いテンポにも唖然。まさに万感迫る、ここまで感情移入するかという音楽。そして、圧倒的な終結に至るのである。しばし呆然としたあと、パイタ万歳を叫びたくなる。すごいぞパイタ、偉いぞパイタ。
 とにかく、最初から最後まで押して押して押しまくる演奏だ。あまりの迫力ゆえに、音楽の巨大な渦に巻き込まれ、批判精神など木端微塵に打ち砕かれて、もう好きにしてください、どこまでもついていきますという気持ちにさせられてしまう。この録音を聴いている間、時間も空間も忘れて夢中にさせられてしまう。文字通り寝食を忘れる。まったく途方もない演奏だ。 近年、これほどまでに手に汗握るCDはなかった。強い確信をもって、(よくも悪くも)伝説となる演奏だと言い切ることができる。
 私はこれまでまさに品格が高いとしか言いようがないベーム指揮ウィーン・フィルの演奏をもっとも好んできた。しかし、パイタは、そういう大人の余裕と抑制で仕上げた音楽の正反対だ。それでいてベーム同様、シュトラウスのわざとらしさやインチキくささをいっさい感じさせない。
 ライヴ録音ということだが、いつどこの表示もない。それに、これまた法外なことに、トラック番号が入っていない。CD創生期じゃあるまいし、いまどきありえないことだ。全体でひとまとまりということを強調したいのだろうか。あるいは、ただの怠惰か。まったく謎である。
 1932年生まれというからもう80歳を超えたパイタ。おそらく生で彼の演奏に触れるチャンスはもはやあるまい。それがあまりにも悔しい。
 ああ、パイタさま、あなたは今どこで何をしているのですか?

 許光俊の言いたい放題/パイタのワーグナー万歳

長くなるので、この話はここまでにしておくが、どうしてこんなことを思い出したかというと、最近カルロス・パイタのワーグナー集を聴いてこれぞワーグナー!と大満足したからだ。以前発売された盤の再編集ものなのだが、絶対無視したくない、というより溺愛リストに加えたい法外な演奏なのだ。
 アルゼンチン生まれの指揮者パイタを初めて聴いたのは、かれこれ二十年くらい前か。パイタは当時少なくとも日本ではまったくと言ってよいほど無名だった。以来、ずいぶんごぶさたしていたが、やはりこの人、狂気の指揮者だったのだ。久しぶりに彼の音楽を聴いて、まさに血湧き肉躍り、大興奮した。少なくとも私は、バイロイトで欲求不満になるよりも、これを家でガンガン鳴らしたほうが幸せになれる。
 きわめてゆったりした速度で開始される、大巨匠のような風格がある「ラインへの旅立ち」からして驚きだ。やがて濃密な弦楽器が重なり合って、雄大な風景が開ける。このあたりでたいがいの人が、「もしかしてクナッパーツブッシュよりすごいんじゃ?」と自分の耳を疑うこと間違いなし。そして、ヴァイオリンが歌う甘い愛情、勇ましい金管楽器に表れた気持の高ぶり。ジークフリートの勇姿を眼前に彷彿とさせる鮮烈さ、生々しさは何度聴いても消えない。
 「ジークフリートの葬送行進曲」では、冒頭からして克明をきわめるが、特に恐るべき超遅いテンポでふくれあがっていく様子が正真正銘ものすごい。これほどまでに陶酔的なワーグナー演奏は、戦前のフルトヴェングラー以来かもしれない。これこそワーグナーしか書けなかった、あまりにも危険な音楽なのである。もしあなたが強力なエンジンを備えた車を持っているのなら、ドライブ中にこれを聴いてはならない。私なら、周囲の車がみな虫けらのように感じられてしまい、アクセルを底までふみつける誘惑に抗えなくなるだろう。時速200キロ以上で飛ばす、何かあれば一瞬で死んでしまう、死に臨むスリルの世界。誇大妄想の幸福。自己破壊の誘惑。破壊的恍惚。この音楽以外のすべてが下らないことのように感じられてくるという強烈な薬物的効果。パイタの演奏ではこれが満喫できるのだ。これこそがルートヴィヒ2世やヒトラーを狂わせたワーグナー最強の毒なのである。まさに大ロマン主義の極致であり、こういう演奏でなくて、何がワーグナーかと思う。
 「神々の黄昏」の大詰めシーンでも、まったく同様の危険な音楽に浸ることができる。私が思うに、天上の城が燃え上がり、洪水が起こり、すべてを呑み込んでしまうというこれ以上に壮大な音楽は、いまだかつて書かれたことがない。ここでワーグナーが頭の中で描いた情景は、いかなる視覚の技術を用いても、とうていリアルに表現することはできない。ただ想像力の中に存在するのみだ。パイタはその桁外れに巨大スケールな音楽を力業で鳴らし切る。全曲ではなく、最後の数分間だけで圧倒的なカタルシスを実現するパイタの力業には畏怖すら覚える。まったく信じがたいことだが、これに比べると、テンシュテットがママゴトに聞こえてしまうのだ。
 このあたりまで聴き進めた人は、おそらく気づくだろう。演奏自体が破天荒なうえに、常識では考えられないことに、このCDでは、音量やバランスが人為的にコントロールされている。どう見てもピアニッシモのはずなのにフォルティッシモ化されていたりすることもしばしばなのだ。局所的に楽器がクローズアップされるシーンも見受けられる。確かに変ではある。真面目なクラシック・ファンなら、これだけでも論外だと拒否反応を示しててしまうであろう。だが、私は支持する。どうせ録音は人工的なものだ。いくらでもコントロールされているものだ。私ならつまらない事実ではなく、心理的な真実を選ぶ。このパイタ盤を許せないなら、カラヤンだってグールドだって、それどころかいかなる録音も聴いてはならないはずだ。ここが聴かせたい、こう聴かせたいと意志は非常に明確である。演奏家がこういうふうにコントロールしたいという気持は痛いほどわかる。だいいち家で、弱音が聞こえなかったらボリュームを上げ、うるさいと思ったら下げない人はいないだろうに。
 「トリスタン」前奏曲は演奏自体が極端に粘っこく、陶酔的だ。ボリューム変化も駆使されているのだが、これが不思議に効果的なのである。いわば、通常の遠近感が崩れ、非日常空間にはまりこんだかのような気持がしてくるのだ。「トリスタン」とは昼の秩序をウソだと断罪し、価値を転倒させ、夜を賛美する物語でもある。ならば、これはこれでよいではないか。この非日常的な酩酊感覚は一度味わう価値がある。
 「愛の死」の甘美きわまりない高揚、とりわけ終わり方には驚きと感嘆のうめき声が思わず漏れそう。もともとこの「トリスタン」の入っていたワーグナー・アルバムはかつてフランスでレコード賞を受賞しているそうである。フランスは、世界でもっとも早くワーグナー狂を生み出した国のひとつである。やはりパイタを聴いて、ただならぬ演奏に度肝を抜かれた人たちがいたのである。
 フィルハーモニック交響楽団なるオーケストラは、ロンドンの主たる楽団からメンバーを集めて録音用に編成したもののようだ。ゆえに技量的には問題ない。時々やや焦点が甘くなるし、常設楽団のような緊密さは望むべくもないが、「とりあえず満足できる」レベルよりずっと高い。このオーケストラの力量があってこそパイタの爆発的演奏が実現したことは間違いない。
 とにかくワーグナーの毒、ロマン主義の狂気をこれでもかと感じさせる演奏である。ワーグナー演奏には理性を吹っ飛ばすような異様な力が必要なのだが、それを感じさせる演奏は実際にはあまりにも少ない。パイタは例外中の例とも言うべき、予想を超えた大奇観なのである。ワーグナーのハイライト集として間違いなく五本の指に入る。もっともっと多くの人に聴かれるべきだ。
 この指揮者もすでに70歳を超えた。ああ、一度ナマで聴いてみたい。見るからに呪われた芸術家の異常な雰囲気を放射していたのではないか。
 なお、本来「神々の黄昏」は声入りで録音・発売されたが、今回は声が消えているというミステリアスな製品らしい。が、私はその過去の盤を持っていないので何とも言えない。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

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『英雄の生涯』 パイタ&フィルハーモニック交響楽団

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カルロス・パイタ・エディション

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