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「ベルリン・フィル・ラウンジ」第108号:ブラウ&パユ対談、カラヤンを語る(前半) ベルリン・フィル・ラウンジへ戻る

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2015年1月16日 (金)

ベルリン・フィル&HMV提携サイト
 ベルリン・フィル関係ニュース

2014年のジルベスター・コンサートが開催
 2014年のベルリン・フィル・ジルベスター・コンサートは、例年通り12月29〜31日の3日間に行われました。指揮は、首席指揮者のサー・サイモン・ラトル。ダンス音楽をテーマとする趣向は変わらず、前半にラモー「優雅なインドの国々」組曲、後半にコダーイ「ハーリ・ヤーノシュ」組曲、ドヴォルザーク「スラブ舞曲集」が演奏されています。
 コンチェルトのソリストは、メナヘム・プレスラー。91歳の彼は、昨年1月にベルリン・フィルにデビューし、その成功を受けてジルベスター・コンサートに招聘されています。今回は、モーツァルト「ピアノ協奏曲第23番」を、滋味に溢れた音色で弾奏。『ベルリナー・モルゲンポスト』紙は、その演奏を次のように報じています。
 「第2楽章でプレスラーは、91歳の賢人のみが成しうる孤独の境地を描き出した。ベルリン・フィルは、彼を決め細やかに支え、その意味でもまったく唖然とする演奏となっていた。巨匠ピアニストは、フィルハーモニーの聴衆からスタンディング・オヴェージョンを受けた。それは希にしか起こらない栄誉である」(写真:ラトル、パユ、樫本大進らの祝辞を受けるプレスラー©Holger Kettner)

 これからのDCH演奏会

ブロムシュテットのブルックナー「第8」
2014年1月10日

【演奏曲目】
ブルックナー:交響曲第8番(ハース版)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット

 スウェーデン出身の指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットは、アントン・ブルックナーについてこう語ります。「ブルックナーは、他の作曲家の誰よりも、時間と空間の永遠性を音楽に表現することに成功した作曲家です。長い時間をかけて音楽が高まってゆく『ブルックナー・クレッシェンド』では、まず最初に、頂点がどこにあるのかを知らなければなりません。そこにたどり着くまで、緊張を緩めてはなりませんし、感情や音量、強度を早い段階で高めてもいけません。ブルックナーの作品を設計する上で必要なのは、常に余力を残しておくこと。つまり、忍耐が必要です。これは現代においては持ちにくい性質のものではありますが」
 そのようにして積み上げられた音のエネルギーが頂点に達したとき、ブルックナーの音楽は聴き手に圧倒的な効果をもたらします。今回の演奏会でブロムシュテットが指揮するのは屈指の大作である交響曲第8番。静かなホルンの合図と弦楽器のトレモロで始まるこの交響曲は、19世紀の音楽史において特別の位置を占めています。フーゴ・ヴォルフは「この交響曲は巨人の創造である。彼の他のあらゆる交響曲の中でも、精神の深さ、豊かさ、巨大さは抜きん出ている」と語りました。響きの透明さと細部の彫琢で評価の高いブロムシュテットのブルックナー解釈をぜひお聴きください。

ブロムシュテットの演奏会をDCHで聴く

 これからのDCH演奏会

ティーレマンの《英雄》
2014年1月18日(日)日本時間午前3時

【演奏曲目】
リスト:交響詩《オルフェウス》
ヘンツェ:《夢のなかのセバスティアン》
ベートーヴェン:交響曲第3番《英雄》

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:クリスティアン・ティーレマン

 クリスティアン・ティーレマンが2週続けてベルリン・フィルの定期演奏会に登場します。今回取り上げられるのは、文学、あるいは神話とつながりのある3つの作品。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《夢の中の聖セバスティアン》は、ゲオルク・トラークルの詩をもとにした作品で、2005年にマリス・ヤンソンス指揮のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団により初演されました。2012年に死去したヘンツェはトラークルの愛読者で、繰り返し彼の詩に曲をつけていることで知られています。
 当夜はそのほか、古代の神話世界に基づいた2つの作品が演奏されます。ヘンツェの作品のちょうど150年前に作曲されたリストの交響詩《オルフェウス》、そしてベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》です。ベートーヴェンはこの作品の第4楽章に、1801年に初演されたバレエ音楽《プロメテウスの創造物》の旋律を取り入れています。彼がヨーロッパの啓蒙主義の象徴として、人間に光をもたらしたとされる古代の女神プロメテウスを用いているのは決して偶然ではありません。かのゲーテが後に語ったところによると、ナポレオンは人びとに「光、つまり道徳的な啓蒙も」もたらした(ベートーヴェンが当初、この交響曲をナポレオンに捧げようとしていたエピソードはよく知られています)。交響曲の歴史において画期的な意味を持つ《エロイカ》をティーレマンの指揮でどうぞお聴きください。

ティーレマンの《英雄》をDCHで聴く

ティーレマンの 「ドイツ・レクイエム」
2014年1月25 日(日)日本時間午前3時

【演奏曲目】
ブラームス:ドイツ・レクイエム

ソプラノ:ジビラ・ルーベンス
バリトン:クリスティアン・ゲルハーヘル
ベルリン放送合唱団(合唱指揮:ギース・レーンナールス)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:クリスティアン・ティーレマン

 19世紀の偉大な交響曲作家であるヨハネス・ブラームスは、管弦楽作品だけでなく、合唱の分野でも多くの傑作を残しました。その代表作は1869年に初演された「ドイツ・レクイエム」でしょう。この輝かしい成功によって、ブラームスは一夜にして同時代の代表的な作曲家の仲間入りを果たしたのです。長年に渡って合唱団の指揮し、また先達のア・カペラ作品を徹底的に研究したことは、彼の作品に豊かさをもたらし、フーガ、モテット、合唱、リートなどのさまざまなジャンルを彼は一つの全体にまとめようと試みました。
 プロテスタントの信者だったブラームスは、一般的なレクイエムにおけるラテン語の祈祷文ではなく、ドイツ語訳の旧約と新約聖書から自ら選んで作曲しました。来世の救済だけでなく、残された者の慰めも主題にしているのが特徴的です。彼らの悲しみと心の痛みに寄り添うように、ブラームスはドラマチックかつ内面に訴えかける作品を書き上げました。
 カラヤン以降、「ドイツ・レクイエム」をベルリン・フィルと共演した指揮者は、ジュリーニ、アバド、アーノンクール、ハイティンク、ラトル、ラニクルズ。今回の演奏会で指揮するティーレマンが、このリストに加わります。ティーレマンは大規模な合唱作品にも造詣が深く、2009年にはベルリン・フィルとブラームスの「悲歌」、「運命の女神の歌」及び「運命の歌」を共演し、絶賛を博しました。ルーベンス、ゲルハーヘルという一流のソリストを迎えた「ドイツ・レクイエム」をどうぞお聴きください。

ティーレマンの「ドイツ・レクイエム」をDCHで聴く

 アーティスト・インタビュー

アンドレアス・ブラウ&エマニュエル・パユ対談(前半)
「カラヤンの映像収録は、非常に現実離れしていました。私はこれを残念に思います」
2014年3月22日

【演奏曲目】
ライネッケ:フルート協奏曲ニ長調
マーラー:交響曲第4番

フルート:アンドレアス・ブラウ
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン

 今回から2号にわたって、ベルリン・フィルのふたりのソロ・フルーティスト、アンドレアス・ブラウとエマニュエル・パユの対談をお届けします。ブラウは、1969年からソロを務める古参団員。2014年夏に定年退職しましたが、この演奏会は、その機会に「お別れ公演」として組まれたもの。その後、後任としてマチュー・ドゥフールが決定しましたが、彼が就任可能となるのが今年の秋となるため、ブラウはそれまでソロ・フルートを吹き続けることが決まっています。
 この対談が興味深いのは、多くの部分でカラヤンがテーマとなっている点です。彼の仕事ぶりや団員との接し方は、今日の視点から聞くときわめて示唆的で、70年代に最盛期にあったカラヤン&ベルリン・フィルの秘密を伺い知る気持ちになります。

エマニュエル・パユ 「今日はベルリン・フィルのふたりのソロ・フルート奏者が対談する、という企画です。ブラウさんは、ネゼ=セガン指揮の演奏会では、ライネッケのコンチェルトを吹くわけですが、これはあなたの選曲ですね」

アンドレアス・ブラウ 「そうです。モーツァルトやイベールの協奏曲は、比較的多く演奏されますが、この曲はベルリン・フィルでは演奏されていないと思います。ですので、ライネッケにしました」

パユ 「この作品は、1908年に作曲されていますが、スタイル的にはブルッフのヴァイオリン協奏曲のように非常にロマン的で、ストラヴィンスキーや新ウィーン楽派のような感じではありません。曲の魅力はどこにあると思いますか。また、フルート奏者にとってなぜ重要なのでしょう」

ブラウ 「私にとっては、とても重要な作品です。というのは、普通フルートのコンチェルトは、小編成のオケで演奏されます。ところがこの作品は、ロマン的な音楽が大編成のオケで演奏されるのです。もちろんそのことで、良くない点もあるでしょう。音量を確保するために、必要以上に強く吹いてしまいがちになります。でも、今回は、うまくいくと思います。
 メロディのキャラクターについては、ライネッケ自身が、自分はシューマンとメンデルスゾーンのファンだと言っていますね。それは作品の曲想にも、よく表れていると思います」

パユ 「ソロとオーケストラ、個々のパートの間に、対話的な要素があります。例えばソロとトランペット、あるいはクラリネットと。第2楽章では、チェロと美しい歌のやり取りがあります。ティンパニー、チェロのピッツィカートとの呼応するところは、葬送行進曲のようですね。フルートの表現の可能性を、多様に見せていると思います」

ブラウ 「私自身は、特に第2楽章に特別な思い入れがあります。というのは、私は45年のオケ生活の後、定年退職することが決まっているからです。この楽章のノスタルジックな音楽を吹いていると、ベルリン・フィルに対する様々な思いがこみ上げてきて、胸が熱くなります。でも、第3楽章になると、また明るく、ポジティブな調子になるので、安心するのですが(笑)」

パユ 「アンドレアス・ブラウのいないベルリン・フィルなど、とても想像できないです。あなたは僕が生まれた頃の1969年に入団したのですから、本当にベテランですね。若いフルート奏者として、このオケに入ってきた時のことを話していただけますか?あなたの場合、すでに家族からよく聞き知っていたのですよね」

ブラウ 「私の父は、1948年からベルリン・フィルの団員でした。私自身は49年生まれですが、フルトヴェングラーが亡くなった時のことを、うっすらと覚えているくらいです。事実、オーケストラと共に成長したと言っていいと思います。カラヤン時代の初めから知っていますが、同時に、このオケに対する敬意の念は、子供の時から強くありました。そして、そのソロ・ポジションがいかに重要かも、非常に強く感じていました。
 入団したのは、偶然と言ってもいいと思います。このポストが空席になり、私は丁度音大を出たばかりで、オーディションを受けました。受かるか落ちるかは関係なく、フルーティストとして、受けるのが当たり前だと思ったのです。若さもあったでしょうね。年を取ってからオーディションを受ける勇気があったかは分かりませんが、その時は、何の恐れもなく受けて、ソロ・フルート奏者として運よく受かったのでした。
 最初の頃は、20代のフルート奏者、あるいは音楽家にとっては、非常にハードでした。今日では、ベルリン・フィルでは普通計5回リハーサルがあります。でも当時は、ブラームス、ベートーヴェン、R・シュトラウスの作品、フランスものを繰り返し演奏し、皆が曲を知り尽くしていました。そのためカラヤンは、要所要所をちょっとリハーサルをするだけで、瞬く間に本番だったのです。まだエキストラだった時の話ですが、カラヤンがオーケストラ代表を通して、“今晩、チャイコフスキーの第4を飛び入りで吹いてくれませんか”と聞いてきました。そして、本当に直前の音合わせだけで、本番を吹いたのです!当時はそんな感じでした」

パユ 「私は90年代の初めに入団しましたが、当時は戦後の世代が皆、定年退職していった時期でした。私の同年代の人がどんどん入ってきて、20人も試用期間の人がいたと思います。あなたは当時、若い世代の人間として、ほとんどひとりだったんですね」

ブラウ 「そうです」

パユ 「現在、定年退職する人はほとんどいません。コリーグが定年で抜けるという理由で、新しいポストが募集される機会はまれです。あなたは当時、“出来上がった”オケのなかに、ひとりで入って行かなければならなかったのですね」

ブラウ 「私は父を通してメンバーを知っていましたが、一緒に演奏することを通してではありません。その状況で、私はちょっと気後れしていました。ただ、当時の先輩たちは、とても助けてくれましたね。それから、カラヤンもとてもバックアップしてくれました。もちろん我々は、いつでも素晴しく演奏したいと思うものですが、いつも完璧に機能するわけではありません。ですので、人々の援助と理解は、とても重要でした」

パユ 「ブラウさんは、様々なベルリン・フィルのソロ・フルート奏者も体験していますね。もちろん、一緒に吹くわけではないですが。
 ところで、ソロ・フルートの木管グループ、あるいはオーケストラ内での機能は何だと思いますか?ソロ・クラリネット、ソロ・オーボエ、ソロ・ファゴットへの関係、あるいは別の首席楽器奏者への関係です」

ブラウ 「オーボエ奏者はまったく別の意見でしょうが(苦笑)、私はフルートは木管楽器、あるいは管楽器全体の中心だと思っています。オーボエ奏者も、“自分が中心だ”と言うでしょうが、フルートは全体のつなぎ目なのです。例えば難しいシチュエーションで、相手に合わせなければいけない時、合わせるのは大抵フルートの方です。というのは楽器そのものが、他の楽器よりも柔軟で、合わせやすくできているからです。私はそれは、利点だと思うのです」

パユ 「我々は管楽器のなかで一番高い音域ですよね。つまり第1ヴァイオリンと同じパッセージを吹き、ホルンがチェロと同じパートを受け持つのと好対照でしょう。同時に、指揮者によっても、仕事の仕方が違いますね。例えばアバドやラトルと比べて、カラヤンの仕事の仕方はいかがでしたか?」

ブラウ 「アバド、そしてひょっとするとラトルとの差は、カラヤンがソロ管楽器奏者を非常に重視したことです。私がオーケストラに入団した時は、しばしば“オケのなかで一番偉いメンバーは、ソロ管楽器奏者だ”ということを感じました。彼ら自身がそう感じていることは、明らかだったのです。だから、新しい団員が入ってくると、彼らは最初、ちょっとよそよそしかったですね。
 しかし、首席奏者としてはすごく良かった。ソリストのように演奏することができました。カラヤンはソロが聴こえることを重視し、オケの音量を下げました。音量勝負の吹き方ではなく、繊細で緻密な演奏をすることができたのです。カラヤンはしばしば、“皆さん、フルートが聴こえますか?聴こえないでしょう。あなた方がうるさすぎるのです!”と言いました。そのようにサポートされると吹きやすかったですし、自分が特別な感じがしましたね」

パユ 「カラヤン時代では、最初はクルゾー、そして後になるとカラヤン自身の演出による映像収録が有名です。そこでは、何本もフルートがずらっと並んだ姿を見ることができます。当時はそうした倍管編成をよくやりましたね。今日では大抵、音量調節をすることが解決しますが。あの録音はどのように行われたのですか?最初に音だけとって、あとでプレイバック演奏したのですよね」

ブラウ 「私は、最初に収録されたベートーヴェン交響曲全集には参加していませんでした。演奏したのは、その後のプロジェクトです。おっしゃるように、最初に音だけ録り、後で映像を撮るわけですが、“ちょっと前にかがんで、いやもう少し後ろに反って。ソロは、その位置でできるだけ動かずに演奏して”、というようなことを言われました。もちろん、非常に現実離れしていました。それがカラヤンの美学だったのです。私はこれを非常に残念に思いますね。というのは、今残されている映像からは、カラヤンの本来の指揮の様子が、分からなくなっているからです。彼が作り出した信じがたい緊張感や、オケの音量のダイナミズムが伝わりません。我々はコンサートでは、今日よりももっと張り詰めたピアニッシモを演奏し、また逆にもっと柔らかく、同時に大音量のフォルティッシモを演奏したのです(後半に続く)」

ブラウの演奏会をDCHで観る
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 ドイツ発最新音楽ニュース

本コーナーでは、ドイツおよび欧米の音楽シーンから、最新の情報をお届けします。

パリ・フィルハーモニーが開場
 1月14日、パリの新しいコンサートホール、パリ・フィルハーモニーが開場した。このホールは、「良いホールがない」と言われるパリ音楽界を刷新する目的で19区のヴィレット公園(シテ・ド・ラ・ミュジクと同じ敷地)内に建てられたもので、アコースティックは永田音響設計とニュージーランドのマーシャル・デイ・アコースティックスが担当。パリ管、アンサンブル・アンテルコンタンポランの本拠地となるほか、レザール・フロリサン、パリ室内管、イル・ド・フランス国立管が定期的に公演を行うという。
 設計は、国際的建築家ジャン・ヌヴェルが担当し、可変式の大ホールは最大2400人収容。レクチャー・ホール、大小のリハーサル室、2000平方メートルにわたる教育スペース、最新のレコーディング・スタジオ、展示ルーム等を擁している。単なる音楽ホール以上の設備を最初から考慮に入れている点が、注目されている。オープニング式典では、パーヴォ・ヤルヴィ&パリ管のもと、エレーヌ・グリモー、ルノー・カピュソンらフランスを代表する音楽家が演奏した。

エレナ・オブラスツォヴァが死去
 ロシアの大メゾ、エレナ・オブラスツォヴァが亡くなった。享年75歳。ドイツの病院で治療を受けている最中だったという。
 オブラスツォヴァは、1939年レニングラード生まれ。63年にボリショイ劇場でデビューしたが、75年に同劇場のメット公演で注目を集め、すぐさまアンサンブルに迎えられた。70年代後半から、カラヤン、アバド、バレンボイム、シャイーの代表的なオペラ録音で起用され、78年にはザルツブルク音楽祭でカラヤン指揮の《ドン・カルロ》、ウィーン国立歌劇場でクライバー指揮の《カルメン》で歌っている。

次号の「ベルリン・フィル・ラウンジ」は、2015年2月2日(月)発行を予定しています。

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