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2014年11月26日 (水)

ベルリン・フィル&HMV提携サイト
 ベルリン・フィル関係ニュース

年末年始DCH特別キャンペーン:12ヵ月チケットを買うと、特典2枚組DVDが付いてくる!
ラトルのベートーヴェン「第9」とバレンボイムの「壁開放コンサート」
 デジタル・コンサートホールでは、今年も年末年始特別キャンペーンを展開。2015年1月5日までに12ヵ月チケットをお求めいただくと、ベルリンの壁開放25周年にちなむDVD2枚組がもれなく付いてきます。
 1枚目は、サー・サイモン・ラトル指揮のベートーヴェン「交響曲第9番《合唱》」。これは、今年11月9日(25周年の当日)に収録されたばかりのものです。
 2枚目は、ダニエル・バレンボイムが、壁開放3日後の1989年11月12日に指揮した歴史的演奏会の映像です(ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第1番」、「交響曲第7番」)。過去にLDで発売されたことがありますが、長らく廃盤となっていました。
 本アルバムは、一般のCDショップでは購入できない、このキャンペーンだけのスペシャル・エディション。ラトルの最新の《第9》、そして壁開放当時の生の感動を、この機会にぜひお楽しみください。
 プレゼントを受けるためには、12ヵ月チケット(クーポン券)を、デジタル・コンサートホールのチケット購入ページ(「年末年始キャンペーン特典2枚組DVD付き12ヵ月チケット」の項)で2015年1月5日までにお求めください。1000名様限定となっておりますので、お早めのご購入をおすすめいたします。

※1989年11月12日の壁開放コンサートについては、前号および本号のインタビューをご覧ください。ベルリン・フィル団員が、当時の思い出を振りかえって語っています。

特典2枚組DVD付き12ヵ月チケットを購入する

 最新のDCHアーカイブ映像

壁開放25周年記念コンサートは、ラトル指揮の「第9」
2014年11月10日日本時間午前4時

【演奏曲目】
シマノフスキ:スターバト・マーテル
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱付き》

ソプラノ:サリー・マシューズ
アルト:ベルナルダ・フィンク
テノール:クリスティアン・エルスナー
バス:ハンノ・ミューラー=ブラッハマン
ベルリン放送合唱団(合唱指揮:サイモン・ハルシー)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:サー・サイモン・ラトル


 1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊してから今年で丸25年。サー・サイモン・ラトルとベルリン・フィルは、今回の記念公演で歴史的な日に思いを馳せました。自由と兄弟愛へのメッセージを放つベートーヴェンの交響曲第9番ほど、このような場にふさわしい作品はないでしょう。サリー・マシューズ(ソプラノ)、ベルナルダ・フィンク(アルト)、ハンノ・ミューラー=ブラッハマン(バス)に加え、2012年5月に行われたワーグナーの《ワルキューレ》の演奏会形式上演でジークムント役を歌い絶賛されたクリスティアン・エルスナー(テノール)が、ソリストとして出演しています。
 前半の演目、ポーランドの作曲家カロル・シマノフスキの「スターバト・マーテル」では、ベルリンと世界の分断による犠牲者を追悼します。イエス・キリストが磔刑となった際に母マリアが受けた悲しみを描いたこの作品では、「テキストの理解のために」という作曲家の意図により、ラテン語のテキストのポーランド語訳が使われているのが特徴です。作品は4つの曲から成り、ポーランド語に馴染みのない聴衆をも引き込む感情的な力を内包しています。1990年代初頭、ラトルはこの「スターバト・マーテル」をバーミンガム市交響楽団と録音しており、彼にとって思い入れの強い作品。ソプラノ独唱を務めるサリー・マシューズは、すでに音大在学中、栄誉あるキャスリーン・フェリアー賞を受賞しています。

壁開放25周年記念演奏会をDCHで観る

ギルバートがメンデルスゾーンとニールセンで登場
2014年11月23日日本時間午前3時

【演奏曲目】
バッハ:カンタータ第58番〈ああ神よ、心の痛手いと多く〉
メンデルスゾーン:交響曲第3番《スコットランド》
ニールセン:交響曲第3番《広がりの交響曲》

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:アラン・ギルバート

 1829年初頭、フェリックス・メンデルスゾーンはロンドンでの公演を終えた後、スコットランドに旅立ちました。彼は、そこで見た荒々しい、手つかずの自然を日記やスケッチに書き記しました。同時にまた、スコットランドの歴史に直に触れたことが、若き作曲家に2つの作品の啓示をもたらすことになります。1つは、ヘブリディーズ諸島のスタファ島の訪問がきっかけで生まれた演奏会用序曲の《フィンガルの洞窟》。そして、エディンバラのメアリ・ステュアートゆかりのホーリールード宮殿を訪れたとき、彼の脳裏には後の交響曲第3番《スコットランド》の着想が生まれたのでした。同年7月30日、彼は両親への手紙でこう記しています。「宮殿の隣にある礼拝堂には屋根がなく、草とツタが生い茂っています。壊れた祭壇の前で、かつてメアリーが戴冠したのです。今日私はここでスコットランド交響曲の冒頭を見出しました」
 指揮を務めるアラン・ギルバートは、ニューヨーク・フィルの音楽監督を務め、近年はベルリン・フィルにも定期的に登場しています。メインの演目は、1912年に初演されたデンマークの作曲家カール・ニールセンの交響曲第3番。謎めいたタイトルを持つこの作品は声楽ソリストを伴い、壮大で牧歌的な曲想がデンマークの自然を連想させます。この選曲は、前半の《スコットランド》と好対照を成すプログラムです。

ギルバート指揮の演奏会をDCHで聴く

 これからのDCH演奏会

アルゲリッチとシャイーがシューマンのコンチェルトで共演
2014年11月30日(日)日本時間午前3時

【演奏曲目】
メンデルスゾーン:序曲《ルイ・ブラス》
シューマン:ピアノ協奏曲
ラフマニノフ:交響曲第3番

ピアノ:マルタ・アルゲリッチ
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:リッカルド・シャイー

 マルタ・アルゲリッチとリッカルド・シャイーは、ベルリン・フィルと長年の友好関係で結ばれてきました。もっとも、この両者がベルリン・フィルと共演したのは、これまで2回(1983年と89年)しかありません。その時の作品は、いずれもプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番でした。今回久々の共演に際にして選ばれたのは、シューマンのピアノ協奏曲。この曲は、当時主流を占めていた名人芸を披露する協奏曲とは正反対の構想のもとで書かれたものです。シューマンは「交響曲と協奏曲、そして大ソナタの間にある作品」を書こうと試み、結果生まれたのは、ピアノとオーケストラが不可分の響きに解け合う作品でした。アルゲリッチのひらめきに満ちたピアニズムに期待が高まります。
 コンサートの冒頭に演奏されるのは、メンデルスゾーン作曲の演奏会用序曲《リュイ・ブラス》。1939年、ヴィクトル・ユゴーの同名の戯曲のために書かれた作品です。メンデルスゾーンは戯曲の内容が気に入らなかったものの、詩情にあふれた感動的な序曲に仕上げました。メインの演目であるラフマニノフの交響曲第3番は、彼の3つの交響曲の中でもっとも現代的かつラディカルな作品として知られているものです。シャイーはこれまでのベルリン・フィルとの共演で、繰り返しロシア音楽を取り上げて高い評価を得てきましたが、ラフマニノフの交響曲作品を指揮するのは今回が初となります。

アルゲリッチ&シャイーの演奏会をDCHで聴く

第2回レイト・ナイトは、ツェンダー版の《冬の旅》。指揮はラトル、ソロはエルスナー
2014年11月30日日本時間午前6時

【演奏曲目】
シューベルト(ツェンダー編):《冬の旅》

テノール:クリスティアン・エルスナー
ベルリン・フィル・オーケストラ・アカデミー団員
指揮:サー・サイモン・ラトル


 ベルリオーズ、リスト、ブラームス、ブリテンなど、これまで多くの作曲家がシューベルトの歌曲の管弦楽編曲に取り組んできました。しかし、《冬の旅》全曲を室内アンサンブルに編曲した例は、20世紀末のハンス・ツェンダー版が初めてです。メジャー・レーベルのCD録音まで存在するこのヴァージョンは、数多い同作品の編曲ものでも、最も成功したものと言えるでしょう。歌唱部分には変更を加えていない一方、オーケストラ・パートは〈菩提樹〉のように控えめな編曲が施されたものから、マーラ-の世紀末の香りやベルクの表現主義が顔をのぞかせるものまで、色彩感と創造性に満ちた編曲版となっています。今回のレイト・ナイトでは、テノールのクリスティアン・エルスナーを迎え、サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィル・オーケストラ・アカデミー団員が共演します。ぜひご一聴ください。

第2回レイト・ナイト演奏会をDCHで聴く

キリル・ペトレンコのマーラー「第6」
2014年12月7日(日)日本時間午前3時

【演奏曲目】
マーラー:交響曲第6番《悲劇的》

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:キリル・ペトレンコ

グスタフ・マーラ-が1903年から05年にかけて作曲した交響曲第6番は、1906年に作曲家の指揮によりエッセンで初演されました。マーラーはその後改訂に着手しましたが、2つの中間楽章の演奏順序に関しては、未解決の余地を残しています。この交響曲は4つの楽章を持ち、第1楽章の提示部では繰り返しの指示がされているなど、マーラーの交響曲の中でもっとも古典的なフォルムを持ちますが、一方で彼はこんな言葉を残しています。「私の第6は、聴く者に謎を突きつけるだろう。この謎解きには、僕の第1から第5までを受け入れ、それを完全に消化した世代だけが挑戦できるのだ」
 この交響曲第6番は、楽章構造の複雑さと表現の激しさから、とりわけ演奏が困難なことで知られています。特に大規模な終楽章では「運命の打撃」の象徴としてハンマーが打たれ、その唐突で、聴き手に問いを投げかける終結の仕方から、「悲劇的」の副題を持つことになりました。今回指揮するのは、バイエルン国立歌劇場音楽総監督を務めているキリル・ペトレンコ。ベルリン・フィルの定期演奏会には、2006年のデビュー以来、繰り返し招待されています。CD録音がほとんど存在しないため、日本ではまだ謎の存在ですが、今回マーラーの大曲でその能力の全貌を示してくれることになるでしょう。どうぞご期待ください。

ペトレンコのマーラー「第6」をDCHで聴

 アーティスト・インタビュー

ベルリンの壁開放を、ベルリン・フィル団員が回顧(後半)
「壁開放演奏会の最中、もし聴衆の誰かの顔を見たら、涙が出て演奏できなくなっていたでしょう。それほどエモーショナルな体験でした」

【ベルリンの壁開放コンサート】
ベートーヴェン:
ピアノ協奏曲第1番
交響曲第7番
モーツァルト:《コジ・ファン・トゥッテ》序曲
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮・ピアノ:ダニエル・バレンボイム
(1989年11月12日収録)

【ベルリンの壁開放25周年記念コンサート】
ベートーヴェン:
交響曲第9番《合唱付き》
ソプラノ:サリー・マシューズ
アルト:ベルナルダ・フィンク
テノール:クリスティアン・エルスナー
バス:ハンノ・ミューラー=ブラッハマン
ベルリン放送合唱団(合唱指揮:サイモン・ハルシー)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:サー・サイモン・ラトル
(2014年11月9日収録)

 前号に引き続き、1989年11月9日の壁開放、そして3日後に行われたダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・フィルの「壁開放コンサート」について、ベルリン・フィル団員が語っています。当時は、壁が開くなどということが、現実的と思われなかったことは言うまでもありません。それだけに、東西市民、そしてベルリン・フィル団員たちの驚きと喜び、感動は計り知れないものでした。
 このコンサート、そして今年の壁開放25周年記念コンサートのDVDは、年末年始キャンペーンのDCH12ヵ月チケットに添付されています。当時、そして25周年の感動を、ぜひご体験ください(購入ページはこちらから)。

アンドレアス・ヴィットマン 「壁が開放された時のことは、はっきりと覚えています。私たちは当時、ダニエル・バレンボイムと《コジ・ファン・トゥッテ》を録音していました(ちなみにキャストのひとりは、当時まだ無名のチェチーリア・バルトリでした)。そこから帰ってくると、妻が“壁が開放された”と言いました。私は、“なんだって、そんな嘘だろう!”と答えました。テレビを付けると、本当でした。私たちは夜、ボルンホルム通り(東西ベルリンの国境のひとつ)に出かけ、その光景を目の当たりにしました。東の人々は、トラバントで入国してきて、西の人々がシャンペンを持って出迎えていました。非常に感動的な瞬間でした。しかし、山のように入ってくる東の市民を見ながら、私は一瞬考えたのです。“ふ〜む。これ自体は結構だが、きっと大変なことになるぞ”と(笑)。信じられない、気分の高揚するシーンでしたが、次の瞬間には、そのように考えたのです(注:ヴィットマンがこの点を強調しているのは、東西統一が事実、必ずしも良いことばかりでなく、マイナスの側面も引き起こしたため)」

ペーター・ブレム 「壁が開いた時、私は家族と共に家にいました。11時近くだったので、もうパジャマに着替えていたのです。すると電話が鳴りました。電話の向こうは、音楽を通して知り合った、東独の友人夫妻でした。彼らは“今、クーダムとマイネッケ通りの交差点に居るんだ!”と。私は“そこに居てください。すぐに行きます”と言いました。そしてパジャマの上からセーターとズボンを履いて、大急ぎで車に乗り込んだのです。でも、全然前に進みませんでした。そこらじゅうにトラバントに乗った東独の人々、西ベルリンの人々が溢れ、まるでお祭りのような状態だったのです。ようやくクーダムにたどり着き、友人に会うことができましたが、私たちは朝まで一緒に喜び合いました」

マドレーヌ・カルッゾ 「壁が開いた時、それを知らせてくれたのはスイスの父でした。私はちょうど婚約者の家に引っ越したばかりで、父はそこに電話してきたのです。2時間後、フィアンセが帰ってきて、“街がすごいことになっている!”と言いました。私たちはすぐに自転車に乗って、シェーネベルク地区の市役所に行きました。それは本当に信じられない光景でした」

ダニエル・スタブラバ 「私たちは、テレビで壁が開いたことを知りました。そして道路に出て、入ってくる東独の人々を手を振って迎えました。素晴しい瞬間でした」

ヴィットマン 「壁が開いた翌日の10日(金曜日でした)、オーケストラの全体会議がありました。そこでオーケストラ代表が、東ドイツ市民のためのコンサートを12日の日曜日にやらないか、と提案しました。私たちは皆すぐさま大賛成しました。指揮は、バレンボイムが快諾しました。後は、皆さんがご存知の通りです。聞くところでは、ベルリン以外のところに住む人々さえもが土曜日にやって来て、フィルハーモニーの駐車場に車を止め、そこで野宿して開場を待ったそうです。実際、私も彼らが普通の格好でホールの前に立っているのを見ました。そして、そのまま席に着いたのですが、私にとっては、私の音楽家としてのキャリアの全体においても、最も感動的な瞬間のひとつでした」

スタブラバ 「コンサートをすることが、正確には誰の発案だったのかは、分かりません。多分、バレンボイムのアイディアだったと思います。一度その意見を聞いたら、皆がそれを実現しようと尽くしました。それは“これしかない”というアイディアでした。誰もがその正しさを瞬時に確信したのです。そしてやって来た人々を、心から歓迎しました。そこでは、“どうやってやるのだ?”、“いつリハーサルするのだ?”、“オーガナイズは?”などという問いはありませんでした。皆があらゆる努力をし、実現させたのです。年配の同僚は、目に涙を浮かべていました」

ブレム 「あの時の感情を言葉にするのは、難しいです。歴史的な瞬間でした。政治的な意味で。フィルハーモニーになだれ込んできた人々の姿は、今でも目に焼きついています。どれくらいの人が来たのは、正確には分かりませんが、普通より500人は多く入っていたと思います。彼らは、そこらじゅうに立って、演奏を聴いていました。あの雰囲気と言ったら…。私は、この機会に演奏することができたことを、本当に嬉しく思います。東ドイツの人、“自由になった”東ドイツの市民がこのホールに来たのは、初めてのことでした。バレンボイムは、我々にとって古くからの友人で、こうした機会にうってつけの指揮者であり、ピアニストでした。演奏したのは、モーツァルトの序曲とベートーヴェンのピアノ・コンチェルト、そしてベートーヴェンの交響曲第7番でした。あの喝采、人々の涙は、本当に感動的でした。私たちにとってもです」

カルッゾ 「壁開放演奏会は、音楽家としての人生において最も感動的な体験のひとつです。あのような聴衆は、体験したことがありませんでした。彼らは何十年も、ベルリン・フィルを聴いていなかったのです。その前には、自分たちのオーケストラだったにも関わらず…。コンサートの後、人々は舞台に花を投げ、本当に心を揺さぶられました。信じられない体験でした」

ファーガス・マクウィリアム(ホルン) 「あの演奏会は、私の音楽家としてのキャリアのなかで、最も感動的なもののひとつです。私はもう若くありませんし、様々な演奏会を経験しています。しかし、1989年11月12日のあのコンサートは、決して忘れないでしょう。人々のエモーションの高まりは、空気中に感じられるほどでした。その密度は、ナイフで切ればすっぱりと切れた、という感じです。私はホルン奏者ですので、息のコントロールが非常に大切です。私は演奏している時に、もし聴衆の誰かの顔を見たら、涙が出て呼吸が乱れてしまうと察知していました。皆の気持ちは、それほど高まっていたのです。演奏の最中、人々のため息や涙をこらえる声が聞こえました。だから、ずっと見ないようにしていました。自分の感情が乱れないように、我慢していたのです。ヴィデオを観ると、団員たちがすごく真面目な表情をして弾いているのが分かります。そうでないと、弾けなくなってしまうからなのです。これに対して、バレンボイムは、常に聴衆の顔を見られる場所にいました。舞台の後ろにも席があり、しかも一杯なのですから。私は、どうして彼が自己コントロールを失わずに指揮できるのか、ほとほと感心しました。ベルリン・フィルが最後まで弾ききったのも、本当に素晴しいことでした。最高の体験、真の意味で重要な瞬間でした。私は、壁のすぐ隣りにあるフィルハーモニーで、ベルリン・フィルが壁開放の直後に、東独市民にこのような機会を与えることができたことを、心から誇りに思います」

「ベルリンの壁開放コンサート」、ラトル指揮「第9」の2枚組DVD付き12ヵ月チケットを購入する

 ドイツ発最新音楽ニュース

本コーナーでは、ドイツおよび欧米の音楽シーンから、最新の情報をお届けします。

ローマ歌劇場がオーケストラ&合唱団員の解雇を回避
 ローマ歌劇場では、劇場の運営建て直しのためにオーケストラと合唱団(180名)を解雇し、外部団体として存続させる計画を打ち出していたが、これが回避されることになった。Ansa通信によると、楽団員の組合は、解雇の代わりに再建プランを受け入れることで劇場側と合意した。これにより劇場は、300万ユーロ(約4億5千万円)のコストを削減し、2015/16年シーズンには、さらに給与の一部が凍結されるという。
 劇場では、これにより終身名誉指揮者のリッカルド・ムーティが、指揮台に帰還することを期待している(©Todd Rosenberg)。

上岡敏之がヴッパータールのポストを早期離任
 上岡敏之がヴッパータール市の音楽総監督、オペラ・インテンダントのポストを、2015/16年で早期退任する。この契約は、本来2021年までの予定であった。
ドイツのメディアによると、上岡は早期離任の理由として、音楽総監督とインテンダントの兼ね合いが難しいこと、日本でオーケストラのポストに着く考えがあることを挙げているという。上岡は、市当局に対して年間2ヵ月間日本で働きながら、ヴッパータールでの職務を維持することを願い出たが、拒否されたために離任することになった。また、上岡がオペラのアンサンブルを解体し、ドイツでは一般的でないスタジョーネ形式を導入したことにも、批判が寄せられていた。
 上岡は、同地では音楽的には高く評価されており、先週のヴッパータール交響楽団とのベートーヴェン「第7」でも、ブラボーを受けていた。ヴッパータール市の前市長は、「もし現市長が上岡氏に2ヵ月の日本滞在を拒否したということが本当であるならば、それは間違った決断だ」と上岡を擁護する発言をしている。

ヴァイグレが、フランクフルト・オペラで続投
 ゼバスティアン・ヴァイグレが、フランクフルト・オペラの音楽総監督のポストを、2023年まで延長した。
 ヴァイグレは、2008/09年シーズンより現職にある。それ以前には、バルセロナ・リセウ歌劇場の音楽総監督、ベルリン国立歌劇場のかぺるマイスターを務めていた。

マルティン・フレーストがソニー・クラシカルと契約
 スウェーデンのクラリネット奏者マルティン・フレーストが、ソニー・クラシカルと専属契約を結んだ。最初のアルバムは、2016年1月にロイヤル・ストックホルム・フィルとの共演。これは、3つのアルバムからなる「ジェネシス・プロジェクト」の第1作となる。内容は、古典的レパートリー、現代音楽、フォーク・ミュージックの3つの分野を総合するものになるという。

次号の「ベルリン・フィル・ラウンジ」は、2014年12月12日(金)発行を予定しています。

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