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2014年10月24日 (金)

ベルリン・フィル&HMV提携サイト
 ベルリン・フィル関係ニュース

ラトル指揮「シューマン交響曲全集」がLPで発売
エミール・ベルリナー・スタジオでのLPカッティング裏話を大公開!

 今年の夏にCD&BDで発売されたラトル指揮の「シューマン交響曲全集」が、LPで発売されました。全世界限定1000セット、180グラム重量盤での発売ですが、その音質は、リリース前からオーディオ関係者の間で話題を呼んでいます。ベルリン・フィル・レコーディングスでは、日本から問い合わせを受けたほどですが、ここでは、その制作の裏話を紹介いたします。

 すでに発表されている通り、今回のLPでは、エミール・ベルリナー・スタジオ(EBS)が制作に関わっている。同社は、ドイツ人録音技師ライナー・マイヤール氏が主宰する録音スタジオで、ドイツを代表するトーンマイスター・チームのひとつである。マイヤール氏は、オーディオ・ファンならば周知の名エンジニア。ドイツ・グラモフォンの全盛期に数々の名録音を録り、同社が2008年にEBSを売却した際に、スタジオと共に独立した。EBSは本来ハノーファーにあったが、現在はベルリンに独自のスタジオを構えて活躍している(日本ではしばしば「ライナー・マイラート」等の表記で紹介されるが、正しい読み方は「マイヤール」である。彼は、ブーレーズ指揮のマーラー「交響曲第6番」で、1995年のレコード・アカデミー録音賞を受賞している)。
 EBSが特殊なのは、社内にLP部門を設置している点だろう。専門のエンジニアとして、オランダ人技師マールテン・デ・ブールが常駐。デ・ブールは80年代のLP終息期にこの技術を学んだ「最後のベテラン」に数えられる。ヨーロッパでも数少ないスペシャリストだが、EMSでは、いわゆる「ダイレクト・ツー・ディスク・カッティング」も実施。これはマイクで拾った演奏を、そのままライブでラッカー盤に刻み込むという技術である。編集やデジタル・データ化を介在しない究極のLP録音として、話題を集めている。
 日本では、LP制作はプレス会社に業務を一任する場合もあるが、ベルリン・フィル・レコーディングスでは、このマイヤール&デ・ブールのチームを巻き込んで、万全を期した。
 LPのカッティングとは、一般の音楽ファンには想像がつきがたいものに違いない。これには2種類の方法があり、銅版に直接溝を刻み込んで行く「ダイレクト・メタル・カッティング」と、ラッカー盤を使用するメソッドがある。後者が元来の方法で、今回の「シューマン交響曲全集」でも採用されているが、ラッカー盤とは、金属円盤にラッカーを塗り、カッティング・マシーンを使って溝を刻み込むものである。溝は普通、音量や音圧が上がるほどに広く深くなるものだが、固い銅版に対して、ラッカー盤はより滑らかに刻み込める利点がある。
 EBSでは、このカッティング・マシーンに、ゲオルク・ノイマン社(マイクで有名)のVMS80という機器を使用。これは、プロならば感嘆の声を上げるという伝説の名器で、80年代にLPカッティングの最終形として開発された。LPでは、マスターの音声をまずカッティング・アンプに通して電気的な音の波に変える。これがカッティング・マシーンに流され、針の振動を通してラッカーないし銅盤に刻まれるわけである。刻み上がったラッカー盤は、プレス工場に送られ、マスター盤⇒マザー盤⇒スタンパー盤と加工され、実際のLPが刷られる。
 なお、マスター音声がカッティング・アンプに送られる際には、普通、周波数や音圧等を調整するマスタリングが行われる。しかし「シューマン交響曲全集」では、192kHz/24bitのオリジナルが、改変されることなく使用されているという。これも今回のサウンドが秀でている理由かもしれない。
 マイヤール氏は、VMS80でのカッティングについて次のように語っている。「VMS80の針(サファイア)には、ステレオ左右で各600ワットの熱が通されます。温度が上がるので、刻んでいる間には、ヘリウムを当てて温度を下げなければなりません。しかし針自体は、ラッカーに溝が刻みやすいように暖めます。そのため、暖かいナイフをバターに切り込むような滑らかなカッティングが可能になるのです」(写真:© Emil Berliner Studios)


エミール・ベルリナー・スタジオのウェブサイト

交響曲全集 ラトル&ベルリン・フィル(4LP)

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通常価格(税込) : ¥24,840

発売日: 2014年10月21日

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ネルソンスが《ツァラトゥストラ》を指揮。アックスのモーツァルトも
2014年10月18日

【演奏曲目】
モーツァルト:ピアノ協奏曲第14番
R・シュトラウス:ブルレスケ
《ツァラトゥストラはこう語った》

ピアノ:エマニュエル・アックス
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:アンドリス・ネルソンス

 米国人ピアニストのエマニュエル・アックスが、アンドリス・ネルソンス指揮ベルリン・フィルと共演します。モーツァルトのピアノ協奏曲第14番とリヒャルト・シュトラウスの「ブルレスケ」が一夜のコンサートで演奏されるケースは稀ですが、アックスはすでに2001年6月にハイティンク指揮ベルリン・フィルとこの2曲を共演し、高い評価を得ました。シュトラウスはモーツァルトを崇拝し、特に彼のオペラを大きな手本としていたことはよく知られています。もっとも、この「ブルレスケ」はむしろブラームスの伝統下にあり、当時21歳のシュトラウスは、交響詩、ピアノ協奏曲、道化芝居など様々な要素をこの作品に取り込みました。ヴィルトゥオーゾの作風の中に、諧謔味やイロニーも入り交じっており、ピアニストにとって非常に難易度の高い作品です。
 最後に演奏されるのは、やはりシュトラウスの《ツァラトゥストラはこう語った》。「ブルレスケ」を作曲した10年後、シュトラウスがフリードリヒ・ニーチェの同名の著作に啓発されてこの交響詩を書いたとき、すでに彼はこのジャンルの第一人者と見なされていました。トランペットのモチーフで始まる壮大な導入部は、映画『2001年宇宙の旅』で使われたことであまりに有名です。ネルソンスはすでにベルリン・フィルとシュトラウスの《ばらの騎士》組曲と《英雄の生涯》を演奏しており、今回も生き生きとした表情と華麗な音色を引き出しています。

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 これからのDCH演奏会

ガッティが17年ぶりにベルリン・フィルに登場!
2014年10月26日 日本時間午前2時

【演奏曲目】
ブラームス:ハイドン変奏曲
ワーグナー:《神々の黄昏》抜粋
ベルク:管弦楽のための3つの小品

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ダニエーレ・ガッティ

 アルノルト・シェーンベルクは、ヨハネス・ブラームスの作曲技法の根本には「発展的変奏の原理」があると考え、その革新性を高く評価しました。ブラームスが1873年に書いた、いわゆる「ハイドンの主題による変奏曲」は、実際は出所不明のコラールに基づいた作品です。その3年後に初演される交響曲第1番の先駆と見なすことができるでしょうし、それは同時にまた、1884年から85年にかけて作曲され、パッサカリアの終楽章を持つ彼の最後の第4交響曲へともつながっていきます。
 ブラームスとは対照的に楽劇の道を切り開いたのがリヒャルト・ワーグナーでした。ダニエーレ・ガッティが久々にベルリン・フィルの指揮台に立つ今回の公演では、1876年の第1回バイロイト音楽祭で初演された《神々のたそがれ》から管弦楽版の抜粋をお届けします。バイロイト音楽祭でも度々指揮をしてきたガッティだけに、ここではオペラ指揮者としての手腕が発揮されることでしょう。もう1つの演目、アルバン・ベルクの「管弦楽のための3つの小品」は、第一次世界大戦の勃発直前に着手され、1923年にアントン・ヴェーベルン指揮ベルリン・フィルによって初演されたもの。師のシェーンベルクに捧げられたこの作品は、ブラームス的な厳格な作曲技法とワーグナーの精巧な管弦楽法の両方を兼ね備えていますが、同時に音楽史の新しい時代への出発点ともなりました。

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アイムがヘンデルのオラトリオ《復活》を指揮
2014年11月1日 日本時間午前3時

【演奏曲目】
ヘンデル:オラトリオ《復活》

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:エマニュエル・アイム

 2008年3月5日、記憶に残る公演がフィルハーモニーで行われました。2人の女性指揮者が一夜の公演でベルリン・フィルへのデビューを果たしたのです。スザンナ・マルッキがヴェーベルンとストラヴィンスキーの作品を、エマニュエル・アイムがヘンデルの《聖セシリアの日のためのオード》を指揮したのでした。もっとも、フランス人指揮者のアイムがベルリン・フィルと共演したのはこの時が初めてではなく、2002年にラトル指揮のバッハのヨハネ受難曲で通奏低音を担当しています。2011年の客演の際、アイムはラモーとヘンデルのプログラムで指揮とチェンバロの二役をこなし、バロック音楽のスペシャリストとしての確かな力量を披露しました。「チェンバロを弾きながら指揮するのは、私にとってごく自然なことで、演奏者たちとより強くつながっているような感覚を持てます」と、アイムはデジタル・コンサートホールのインタビューで語っています。
 今回アイムが指揮するオラトリオ《復活》は、ヘンデルが23歳の時にローマで書いた作品。キリストの復活の意味をめぐって天使と悪魔が争い、思索をします。その宗教的な内容にも関わらず、ソプラノ役を女性に歌わせたことで、ヘンデルは教皇クレメンス11世の怒りを買うことになりました。今回の公演では天使役にカミッラ・ティリング、悪魔役にクリストファー・パーヴェスを配し、脇を固めるクリスティアーネ・カルク、トピ・レティプーなど旬の歌手も大きな聴きものになるでしょう。

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 アーティスト・インタビュー

ベルリン・フィル団員、アバドを語る(後半)
「彼の指揮では、他の指揮者よりもよく演奏することができました。彼が私を信頼してくれたからです」
アバド追悼演奏会(2014 年5月17日)より


 ベルリン・フィル団員によるアバドへの追悼コメントの後半をお送りします。前半と同様、心のこもった言葉が続きますが、印象的なのは、ルートヴィヒ・クヴァントの「アバドにとっては、音楽だけが重要だった」という証言と、ヴァルター・キュスナーのマーラー「第9」でのエピソードでしょう。マリー=ピエール・ラングラメの「彼は私を信頼してくれた」という言葉も、彼女の率直な口調が真実味を発揮しています。アバドの音楽と人柄を、客席からではなく、舞台から体験する思いです。

ヴァルター・キュスナー(ヴィオラ奏者) 「私は、彼と比較的個人的なつながりを持ったメンバーのひとりだと思います。私は卓球が大好きなのですが、クラウディオは、そのことをどこかで聞いたようでした。そしてあるリハーサルの後に、“ヴァルター、卓球をやらない?”と聞いてきたのです。フィルハーモニーの弦楽器楽屋には、卓球台があります。彼とヴォルフラム・クリスト、そしてマウリツィオ・ポリーニが来て、ダブルの試合をしたのです。とても楽しくて、いろいろな組み合わせでプレイしましたが、クラウディオはいつも勝ちました。それは彼がとても上手かった、というよりは、ポリーニが下手で、クラウディオは彼とチームを組みたがらなかったからです(笑)」

ルートヴィヒ・クヴァント(第一ソロ・チェロ奏者) 「彼は何年にもわたって私の1メートル半前に立ち、指揮していたわけですが、私は当然、彼が感じる心の機微を間近で生々しく体験し続けました。ですから、意識してというよりは指揮者と首席奏者の間の自然な成り行きとして、非常に強いつながりを持つようになりました。音楽家としてのつながりです。個人的なレベルでは、関わりは非常に少なかった。実際、昨年12月に彼をボローニャに訪ねた時だけだったと言えるかも知れません。彼はその時には重病で、私は少し体調がよくなった日に、自宅に訪ねることができたのです。私たちは一緒に食事し、話しました。マンションには、ボローニャ全体を見わたせる塔があって、そこに一緒に登ったのですが、彼は階段を登るのもやっと、という感じでした。私たちが会ったのは久しぶりでしたが、とても嬉しく思ってくれたようです。でも私は、自分が彼の友人のひとりだとは思っていませんでした。彼にはそのような友人がいたのかどうかも、分かりません。彼にとって重要だったのは、音楽だけでした。それ以外のことには、まったく関心がなかった。彼は音楽のためだけに生きたのです」

キュスナー 「もちろん素晴しい(音楽的)思い出はたくさんあります。第一に挙げるべきは、やはりマーラーの“第9”でしょう。この曲は、それ自体として最高の作品ですが、クラウディオが作り出すタイミング、緊張感は、特別のものでした。ある時、ベルリンでこの曲を演奏した時、私の隣に座っていたブレット・ディーン(作曲家。当時ベルリン・フィルでヴィオラを弾いていた)が、最後の数分の個所になって、震えだしたのです。私も同じように震えだしましたが、それはナーヴァスになって震えたのではありません。そうではなく、ものすごい緊張感が支配していたから、震えたのです。クラウディオは、自分の作り出す緊張感をオケと聴衆に伝播させる力を持っていました。それは、本当に特別な瞬間でした」

エマニュエル・パユ(ソロ・フルート奏者) 「ひとつだけ素晴しい演奏を挙げる、というのはフェアではないでしょう。しかし、あえて私と他の団員、そして聴衆に深い感動を与えた演奏を挙げるとすれば、マーラーの“第9”です。ある年に、私たちはこの曲をベルリンとその他の都市で25回演奏しました。驚くべきことに、アバドはその25回のすべてにわたって、その場にいた人々のすべての息を止めてしまう瞬間を生み出したのです。それは“静寂が無に帰する”とでも呼ぶべきもので、演奏が終わって、皆が現実に戻ってくるためには、時間が必要でした。聴衆が拍手したり、堰をしたりすることができるようになるためには、1分以上掛かったのです。このマーラーは、本当に特別な体験でした」

クヴァント 「私たちはあの夏(2000年)、アバドが深刻な手術を受け、生と死の間をさまよった後に、フィルハーモニーの舞台で再会しました。当時は、彼が帰ってくるかどうかも、分からなかったのです。しかし、その時の彼は、完全に別の人になっていました。そして私たちに、“あなたたちが私を生きながらえさせた”と言ったのです。その時から、私たちの関係は、一変しました。そして私たちは、彼にとって音楽をすることが命がけであること、そしてベルリン・フィルとの関係が彼にとって根源的な重要さを持つことを知り、ショックを受けたのでした」

スタンリー・ドッズ(第二ヴァイオリン奏者) 「私は彼と共にオーケストラ奏者としての人生を歩むことができて、非常に幸運だったと思います。そして、非常に特権的な立場にあるのだと実感しています」

キュスナー 「クラウディオが私たちに与えたものは、今でも生きています。私自身、それを日々体験しているのです」

マリー=ピエール・ラングラメ(ハープ奏者) 「私が素晴しいと思ったのは、彼が私を信頼していることでした。それを本能的に感じさせてくれたのです。私は他の指揮者よりも、彼の指揮の方がよく演奏できました。それは彼が私を信頼してくれたからで、私はそれによって、翼を得たのでした」

アバドの演奏会をDCHで観る

 ドイツ発最新音楽ニュース

本コーナーでは、ドイツおよび欧米の音楽シーンから、最新の情報をお届けします。

コスキーがベルリン・コーミッシェ・オーパーのインテンダント職を2022年まで延長
 演出家のバリー・コスキーは、2012年よりベルリン・コーミッシェ・オーパーのインテンダントを務めているが、現在の2017年までの契約を、2022年まで延長することになった。
 コーミッシェ・オーパーは、昨年『オーパングラス』誌の「今年のオペラハウス」賞に輝き、コスキー自身もインターナショナル・オペラ・アワーズの「最優秀演出家」賞に選ばれている。昨シーズンは、観客動員数(客席占有率)も70パーセントから78パーセントに上がり、コスキーはバイロイト音楽祭で《ニュルンベルクのマイスタージンガー》を演出することも決まった(写真:©Gunnar Geller)。

ソキエフが、ベルリン・ドイツ響との契約を非延長
 トゥガン・ソキエフが、ベルリン・ドイツ響の首席指揮者を、2016年で退任するという。ソキエフは、昨年よりボリショイ劇場の首席指揮者も務めているが、この職が予想以上に重責であることから、当面の活動をモスクワに集中すると説明している。
 ベルリンでのソキエフの演奏会は、常に好意的に評価されており、オケ側とも軋轢はないという。ベルリン・ドイツ響は、彼の決定を「きわめて残念」とコメントしている。

ヴェルザー=メストが、クリーヴランド管の契約を2022年まで延長
 フランツ・ヴェルザー=メストが、クリーヴランド管との契約を、2022年まで延長する。彼は2002年から現職にあるが、2008年には2018年まで延長することが発表されていた。今回は、その任期満了を待たずして、さらに大幅に延長したかたちとなる。
 ヴェルザー=メストは、9月の初めに、ウィーン国立歌劇場の音楽総監督を即刻退任したばかりだった。

ソコロフが、ドイツ・グラモフォンと契約
 知る人ぞ知る名ピアニストとしてヨーロッパで絶大な支持を集めているグリゴリー・ソコロフが、ドイツ・グラモフォンと専属契約することになった。
 スタジオ録音を好まないため、最初のリリースは、2008年ザルツブルク音楽祭でのライブ録音になるという。プログラムは、ショパンとモーツァルト。これは、1996年のシューベルト作品集以来のリリースととなる。

次号の「ベルリン・フィル・ラウンジ」は、2014年11月7日(金)発行を予定しています。

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