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2014年9月9日 (火)

連載 許光俊の言いたい放題 第235回

今こそ「ロメ・ジュリ」を聴け!


 暗い8月だった。
 平和な生活を一夜にして地獄に変える天災。
 世界各地で起きている殺し合い。
 突然発病して命を奪う謎の伝染病。さらにそこから生まれる社会的な悲劇。
 まったく気が滅入るニュースばかりだった。
 被災地に駆けつけるボランティアもいるが、火事場泥棒もいる。残酷に人を傷つけ殺す人間もいれば、自ら志願して伝染病の治療に携わる人たちもいる。その落差には途方に暮れるしかない。
 いずれにしろ、自分が今日1日を平穏に暮らすことができたのは、ラッキーなそしてはかない偶然にすぎない。それを繰り返し痛感させられた8月だった。
 
 中東での争いを伝えるやりきれないニュースを見ながら、私の頭に何度も何度も浮かんできたのは、プロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」の終曲だった。シェイクスピアが原作を書いたのは1600年の少し前。つまり、日本でなら江戸時代が始まる直前。天下が定まったようでいてまだ波乱があった時代。武将たちが際限なくいくさを繰り返した時期からさして時間が経っていなかった。たまたまそのころ、シェイクスピアは遠く離れたイギリスであの話を書いたのだった。
 憎しみは憎しみを呼び、きりがない。それをシェイクスピアは400年前に書いた。悲しいことに、人間はそのころとあまり変わらないようだ。それだけにプロコフィエフの作品の大詰めが私にとっては異様な迫真性をもって響くのである。
 この作品の全曲版ではマゼールや小澤やプレヴィンの演奏が高く評価されることが多いようだ。確かにどれも悪くないのだが、腰が軽いという感じがするのも事実。簡潔にして雄弁でスマートな名作という以上のものを聴きたい。
 私はサロネン指揮ベルリン・フィルの抜粋版が好きだ。抜粋と言っても、CD1枚分たっぷり入っている。残念ながら関係がよくないようで現在ベルリン・フィルの指揮台には上がっていないサロネンだが、かつて両者はすばらしい演奏をしていた。それを証するのがこの録音だ。技術的な高水準は当然、それよりも澄んだ神秘的な美しさが出ているのがいい。社会主義リアリズムの薄っぺらな大団円をはるかに超えた切実さを持っている。終曲をほかの録音と聴き比べれば、そうした点でのこの演奏のすばらしさがよくわかるはず。
 指揮者に煽られて、この重厚なオーケストラが軽快に動くシーンも楽しい。そして、あまりあたたかみを感じさせないこの楽団が、表情豊かにふるまっているのも。ところどころではユーモア感すら漂うのが、ベルリン・フィルとしては実に珍しい。逢瀬の場面ではゴージャス感もたっぷりだ。

 もうひとつ、スクロヴァチェフスキがケルン放送交響楽団を指揮した抜粋版(これもCD1枚たっぷり)もいい。案外情感的でロマンティックだ。
 終曲では速度を落として1音1音噛みしめるように音楽を進めていく。最後、徐々にディミヌエンドしていく様子も味わい深い。

 ジュリエットの死を嘆くロメオの絶望をあまりにも強烈に演奏したのはチェリビダッケ。彼はこの曲を18番にしていて、あちこちで演奏したが、ほどなく発売されるパリでのライヴ録音は本当にすごい。容赦のない陰惨な音で肺腑をえぐる。間違いなくこのテンポでは踊れないという、コンサートだから可能な音楽のあり方。何しろ、ノートパソコンの小さなスピーカーで鳴らしただけで周囲の人々が仰天するという途方もなさだ。
 チェリビダッケは、ジュリエットが死んで敵どうしが和解する音楽を演奏しなかった。その代わりに、もうひとつの争いの音楽である「タイボルトの死」で締めくくった。確かにこれは彼お得意のアンコールピースでもあった。でも、救いがもたらされるべき「ロメオとジュリエット」で、たとえ抜粋や組曲で演奏する場合でもこれを最後に置くのはどうなのだろう。本当にその気なら、平安がもたらされた音楽で終えることもできたかもしれないのに。また、それは間違いなくたとえようもない美しさと深さをもった演奏になっただろうに。
 残念ながら、今の世界の様子を見ていると、チェリビダッケの救いがない音楽のほうに真実味が感じられてしまうのは確かである。ただ、その表現が激烈であればあるだけ、救いの音楽が聴きたくなるのだ。

 いつの日か、本当に平和な時代がやってきたとき、「ロメオとジュリエット」は、古臭い昔話として笑い飛ばされるようになるかもしれない。しかし、この劇、この音楽がリアルに感じられる時代は、残念ながらまだまだ続くに違いない。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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