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2014年6月26日 (木)

連載 許光俊の言いたい放題 第233回

「悲愴」演奏史上最高の怪演

 今からもう20年以上前のことである。当時まだ駆け出しだった私は、CDジャーナルという雑誌から毎月仕事をもらっていた。その頃の編集者が盤鬼・平林直哉である。
 この雑誌はあらゆる音楽ジャンルをカバーしていたがゆえに、クラシックばかりでページを作るわけにはいかなかったが、そんな条件下で平林氏は野心的なことを考えた。名曲と呼ばれている作品に関して、すべてのCDを聴き比べてみようというものである。今にしてみると、ひとつのことを徹底しないと気が済まない氏らしいアイディアだった。
 私が頼まれたのは「第9」と「悲愴」だった。どちらもその頃から何十枚というCDが発売されていたのは言うまでもない。
 すべてを聴いてみての結果は驚くべきものだった。「第9」においては当時まるで注目されていなかったケーゲルが実におもしろく、「悲愴」においてはこれまた無名に近いオフチニコフの演奏がずば抜けて興味深かったのだ。
 そのオフチニコフ、最初に発売されたときには、メーカーの宣伝はずいぶん熱っぽいものだったと記憶している(当時のビクターは概してその傾向があったけれど)。しかし、昔は現在以上にブランド志向が強く、無名の演奏家を褒め称えるということを評論家はあまりしなかったし、お客さんも有名な盤を買いたがった。
 だが、オフチニコフ盤は忘れてしまうにはあまりにもユニークで衝撃的だった。以後私はできるだけ彼のCDを聴いてみようと探してみたが、「悲愴」のほかには1枚しか手に入らなかったと記憶している。
 その私にとっては幻の指揮者のセットが突然発売されたのである。さっそく聴いてみて、やはりすごいと思った。単純によい悪いの話でなく、こんなことまでやるのかと驚かされた。
 ひとことで言えば、異様に冷たくて論理的な面と、それとは正反対の濃厚な感情表現が同居している。「悲愴」のスコアがこう書かれていたのか、各楽器にはこんな効果や役目があったのか、この曲をすでに知り尽くした人も仰天するシーンが無数にある。その一方で、甘美な旋律は、まさにとろけんばかりに奏される。暴力的な音響もすさまじい。結果的にこれほどまでに不気味な力に満ちた「悲愴」は他に知らないとまで言える演奏になっている。
 ささいなリズムや音型の尋常でない表現力は、かつてこの曲の演奏では耳にしたことがないほどのものだ。劇的な振幅はきわめて大きく、うんとテンポを落として1歩1歩踏みしめるかのように進められる第1楽章のクライマックスなど、まさに肉をえぐり岩を砕くような迫力に満ちている。そこから甘い旋律がほとんど薄気味悪いほどの邪気を漂わせながらふつふつと湧き上がってくるあたりの何とも言えない妖しさ。何度聴いてもわくわくドキドキしてしまう。月並みな比喩ながら、やはりこの感触はいきなりガツンときて酔っ払ってしまうウォッカにも似ているのではなかろうか。繊細なワインの味わいではない。
 11分以上かけて奏されるフィナーレもすばらしい。ぶあつい弦楽器に管楽器が重なり合い、絶大な効果を上げる。とにかく「悲愴」のオーケストレーションの意味をこれ以上に納得させてくれる演奏はほかにないのではないかとすら思う。
 だが、この「悲愴」の録音は決してナチュラルなものではないことも触れておく必要があろう。木管楽器が時にはあからさまにクローズアップされる。甘美な部分にはエコーが追加されているようだ。音量もいじられている。つまり、演奏と録音の相乗効果がもくろまれていることはあまりにも明らかなのだ。これを嫌う人も当然いるだろう。だが、録音という表現のひとつの実験としては、あっていい。思い出せば、カルロス・パイタのCDがやはりそうだった。
 現実の音響としてはリアルではないが、作曲家の脳髄の中で起きていることの表現としてはリアル。イメージとしてはリアル。そういうことなのではないか。こういうリアルの追求もあってよい。たとえば映画においてはさまざまなアングルや照明や撮影方法が試されているではないか。曲の一番最後のほうで、おそらく誰もがびっくりする音量変化がある。が、こういうふうにやりたいという気持ちは実によくわかる。

 「悲愴」のあとに「戴冠式祝典行進曲」が入っているのが実に心憎い。皇帝の戴冠式のために書かれたがために、これでもかとゴージャスな曲だ。やや寸詰まりの音質だけれど、こちらでは管楽器、打楽器が期待通りに輝かしく咆哮し、それらしい雰囲気を盛り上げる。
 「フランチェスカ・ダ・リミニ」はムラヴィンスキーのちょっと別格過ぎる演奏を除けば、禍々しい響きといい、直接的な攻撃性といい、たいへんよろしい。昔のソヴィエトのオーケストラの音色や表現力が満喫できる。「ヴォイェヴォダ」では、とにかく肉食っぽい重量感あるエネルギー感に血湧き肉躍らされる。何か原始的で野蛮なリズムの魔力がある。
 このセットの大部分はモスクワ放送響が演奏しており、1970年代から80年代にかけてのソヴィエトのオーケストラの水準の高さがうかがえる。他のどこの国とも異なる独特かつ圧倒的な表現力、機動力。当時、熱狂的なソヴィエト楽団崇拝者たちがいたのも当然だ。交響曲第5番はウクライナの楽団との共演で、残念ながらモスクワほどの強度がない。それだけが惜しまれる。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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