『パストラル・トーン』 発売記念対談
高木洋司 (Pastoral Toneレーベル・プロデューサー) × 山本勇樹 (ローソン HMV)
山本勇樹(以下、山本):遂にCDが出来上がりましたね!
高木洋司(以下、高木):ちょうど今日、商品が届きまして、この対談に間に合ってよかったです。実際に手に取るといい仕上がりですね。ジャケットも明るさと渋みのバランスがいい雰囲気で、僕自身かなり気に入っています。良いセレクションをしていただきありがとうございました!
山本:実は高木さんとは、3年前に『In The Sunshine』というコンピを一緒に作りましたよね。
高木:僕が前の会社のオーマガトキにいる時ですよね。ジャズとかワールド系の音源を“木漏れ日”をテーマに、オーヴァー・ジャンルで山本さんに幅広く選曲していただいたコンピで、あれもいい内容でしたね。
山本:僕は高木さんがオーマガトキで作っていたCDがどれも好きで、その結果が『In The Sunshine』になったわけですよ。その後、高木さんはヤマハミュージックアンドビジュアルズに移って、フランスのサラヴァ・レーベルを、オーマガトキからそのまま移動させて今年から再度スタートさせましたよね。
高木:サラヴァには20年近くかかわっていますが、このレーベルはいつも発見があるんです。カルロス・ガルデルを語る時に「ガルデルは日ごとに歌がうまくなる」という有名な言葉がありますよね。聴き手が齢を重ねていくと、それに伴って新しい発見があるという。それと似た感じです。だからサラヴァの音楽の魅力を改めて紹介したくなって、SUBURBIAの橋本徹さんに『モンマルトル、愛の夜。』と『サンジェルマン、うたかたの日々。』という2枚のコンピを“サウドシズモ”と“スピリチュアリズモ”をテーマに選曲していただき、今年の4月に発売しました。橋本さんには10年ぶりにサラヴァ・コンピをお願いしたのですが、お互い歳を重ねた10年間がそのままコンピにも出ていてイイ感じでした(笑)。それで、もう一枚、何か提案できないかと考えたときに、山本さんが作っている「Quiet Corner」のフリーペーパーの世界観で出来ないかと。僕はこのフリーペーパー、お世辞抜きに凄く好きなんですよ。カルロス・アギーレが表紙の創刊号から2部ずつ保管しているオタクです(笑)。
V.A.
『In The Sunshine』
この一枚にはフォーキー・テイストなジャズ・ヴォーカルやラブリーなヨーロピアン・ボッサ、ブラジルのメロウなMPB〜サンバなど国もジャンルも違う様々な楽曲が混在しているが、一貫しているのは“音楽の持つ輝き”や“幸福感が溢れる光”を誰もがここに収録している楽曲を聴いて感じることができること。緑の木々から差し込む木漏れ日や曇り空から晴れ間に変わる眩しい瞬間、そして切なく沈み行く夕日に照らされたり・・・これはそのような風景や想いを豊かに感じさせてくる音楽ばかりを選曲したコンピレーション。
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V.A.
『Saravah For Quiet Corner』
HMVが発行する心を鎮める音楽を集めた フリーペーパー「Quiet Corner」。その世界感と共鳴するフランスの 名門サラヴァ・レーベルの楽曲を独自の視点で選曲したコンピが登場。レーベルを主宰するピエール・バルーの サウダージに満ちたボサノヴァ/サンバをはじめ、リリカルなピアノ・トリオ、メランコリックなフォーク、ラウンジーなソフトロックなど、全編にわたり穏やかな美しいトーンで描き、世界初CD化音源も収録した全20曲。
山本:恐縮です・・・。それで光栄にも今年の5月に『Saravah for Quiet Corner』というコンピを選曲しました。サラヴァには、シャンソン、サンバ、ボサノヴァ、ジャズ、フォーク、アフリカなど、世界中のあらゆる音楽がピエール・バルーの美意識のもとで並んでいますよね。だから高木さんが、そういうオールラウンドな姿勢に共感するのが、よくわかりますよ。
高木:サラヴァも「Quiet Corner」も目指しているところは一緒だと思うんですよ。強烈な価値観というしっかりしたベースがありつつ、ひとつのものに偏っていない自由なスタイルに惹かれるのかもしれませんね。
山本:高木さんが今、手掛けているパストラル・トーンのレーベルにも同じことが言えますよね。レーベルをはじめられて2年ぐらいということですが、少しずつカタログが増えてきて、レーベルの色が出てきましたよね。
高木:自分のレパートリー・ジャンルとして、基本はやっぱりジャズとかワールド・ミュージックが軸になります。でも、そういった“ジャンル”をリリースしようかというと、自分としてはちょっと違うんです。僕自身「今日は家に帰ったらジャズを聴こう」とか「ブラジル音楽でも聴こう」じゃなくて、当たり前ですが「こういった感じの音を聴こう」と極めて感覚的で、これは大半の方がそうだと思います。聴く時の心象風景をイメージするというか。その「こういった感じ」を提唱する言葉、価値観としてのレーベル名なんです。だから厳選しているアーティストばかりではあるんですが、聴いていただく方から見てアノニマスなイメージでもいいんです。ただ最終的にはそのアーティストに注目していただければ嬉しいです。サウンドは、落ち着きのあるアコースティックにこだわっており、フォークとかソウルとかSSWのような雰囲気も感じさせる作品も多いですが、結果としてジャズ・テイストが多いですね。ただこれは“テイスト”のほうに力点があり、ベースにはこういった考えがあります。「Pastoral」って本来は「田園風景」という意味なんですけど、自由にイメージを広げてもらえたら嬉しいですね。
山本:「パストラル・トーン」は言葉の響きもキレイですし、ナチュラルでオーガニックな音を想像することができますよね。だから今回は、そのままタイトルに付けさせてもらって、僕なりの「パストラル・トーン」を描こうと選曲しました。もちろんジャンルにはこだわらず、いろんなエッセンスを織り込んで、パストラル・トーンのもうひとつの魅力を伝えることが出来ればという思いをこめて。
高木:僕はアコースティック楽器の音色そのものと、それが人の声と調和するときの音像が好きで、レーベルで扱う作品にもそれが自分の癖のように表れていると思うんですけど、このコンピにもそういったギターやピアノにヴォーカルが寄り添うことで完成している曲がいくつかあるから本望なんですよ。トータルの選曲に関しても、僕自身が理想としているレーベルのカラーをよく表現して下さったので、ひとりで舞い上がっていました(笑)。同時に山本さんの音になっているのがとても面白かった。特に打ち合わせとかしていないですよね(笑)。
山本:そうですね、ありがとうございます。あと、今回はパストラルの音源にプラスして、まだ日本で紹介されていない曲も収録したので、熱心な音楽ファンの人にもぜひ聴いてほしいですね。
高木:20曲中、日本初CD化が5曲ですね。これがまたいいところを突いた選曲でしたね。ベッカ・スティーヴンスの選曲など快挙だと思います。他の楽曲とも自然と馴染んでいましたね。
山本:それではコンピを聴きながら、聴き所を紹介していきましょうか。まずコンピの1曲目からいきなり日本初CD化音源です。
高木:ルバ・メイソンですね。実はこの楽曲が入ったアルバムを以前オーマガトキ時代に国内盤のオファーをしたことがあるんですよ。
山本:えっ!そうなんですか?知りませんでした。
高木:ルバと同じレーベルで、このコンピにも収録されているアリッサ・グラハムのデビュー作『Echo』を日本発売したんです。これが結構売れたので先方の期待が膨らんだのか、ルバについては「こらちょっと待て」という高い契約金をふっかけられました(笑)。そんな理由で実現はできなかったんですけど、最初に選曲のリストを見た時におどろきましたよ。1曲だけですが陽の目をみれて良かったです。
山本:この「E Com Esse Que Eu Vou」はエリス・レジーナのヴァージョンが有名なサンバの曲ですね。デュエット曲で、途中で入るダンディな歌声の男性はなんとサルサ界の大物ルベーン・ブラデス、しかも彼女の旦那さん。
高木:この曲はエリスがちょうどセザール・マリアーノと結婚した頃に吹き込んだ曲ですよね。そういったハッピーでピースフルな空気が、この穏やかなデュエットにも漂っていますよね。
山本:そして2曲目もデュエットが続きます。でも少し雰囲気が違いますね。
高木:アリッサ・グラハムとジェシー・ハリスですね。アリッサは『Echo』に続くセカンドの『Lock, Stock & Soul』からの曲で、自分のルーツであるSSWの色合いを強く出しましたね。彼女はボブ・ディランとかニック・ドレイクが好きみたいで、デビュー作のプロデューサー、ジョン・カワードも素晴らしかったけど、今回はもう少し陰影のようなものが欲しかったのかもしれませんね。この新作のプロデュースはクレイグ・ストリートです。きれいなモノクロームのようなサウンドで傑作だと思います。
山本:ジェシー・ハリスはご存知ノラ・ジョーンズの楽曲提供でも有名なニューヨークを代表するSSWなんですけど、彼とのデュエットを聴くだけでもアリッサの進化した音楽性を物語っていますよね。
高木:ラップ・スティールのスティーブン・エリオットもいい味出していますね。サーシャ・ダブソンとやっていた人です。ジャズとフォークが絶妙にブレンドされていますよ。前曲のルバ・メイソンとこの曲の2曲だけで、パストラル・トーンのコンピとレーベルの入り口ができましたね。
アリッサ・グラハム
『Rock Stock Dand Soul』
N.Y. 特有のジャジー&メロウネスに溢れた前作『エコー』に続くアルバム。前作プロデュースのジョン・カワードから、今回はなんとNo.1 プロデューサーのクレイグ・ストリートが担当! 甘くメロディックな60年代風のフォーキー・サウンド、コンテンポラリーなジャズ・フィール、落ち着いたソウルフルネス、そして少しだけ物憂げなポップ・ミュージック。前作からダイナミックにレベル・アップした究極のアーバン・ミュージック。
ジョー・バルビエリ
『静かに、息をするように』
ボサノヴァ、クワイエット・ジャズ、室内楽、イタリアン・シネマなどをキーワードにしたサウンドはますます甘美に。南イタリアの空気感と共に、ラテン圏音楽全般を網羅したミクスチャー感覚をコーティングした、狂おしいほど切なく甘い内容です。3.11以降の日本の状況に心を痛め、本作は「日本に何かを捧げたい」という意向から日本の名曲を数多く試聴、特に感動した曲「見上げてごらん夜の星を」をイタリア語にのせてジョー・バルビエリ・サウンドに仕立て上げています。
山本:ニューヨークからイタリアに飛んで、ジョー・バルビエリです。高木さんはオーマガトキ時代から彼の作品を紹介していますよね。
高木:彼に対してはかなり思い入れが深いですね。ずっと前から来日させたくて、やっと今年の4月に新作『静かに、息をするように』発売のタイミングで実現できました。嬉しかったですね。もうサウンド通りのパーソナリティーで、やはり音楽はその人間性から産まれ出ると思いました。
山本:まさに待望でしたね。僕も観に行きましたけど、本当に素晴らしいステージでした。モダンでありクラシカルで、温かな人間味がサウンドに現れていました。
高木:あと、「Quiet Corner」とかその後に来日したカルロス・アギーレとかにも自然とシンクロしたと思うんですよ。「クワイエットって何?」って感じている人にも、彼らの音楽を聴いてもらえれば特に説明しなくてもわかってもらえるように思います。
山本:ジョー・バルビエリの面白さは、その音楽的なフットワークの軽さですよね。ジャズとフォークとクラシックをゆるやかに横断しています。ウルグアイのホルヘ・ドレクスレルやキューバのオマーラ・ポルトゥオンドとも共演していますし、彼の音楽はある意味コスモポリタンの“ラテン音楽”ですよね。だからカエターノ・ヴェローゾがラテン音楽をみつめて作った『Fina Estampa』とか、ジョアン・ジルベルトの「Estate」が形容されるのも納得がいくんです。
高木:ジョーに実際に「イタリアのカエターノって呼ばれているけど、どう思う?」と聞いたら「嬉しいよ。『Fina Estampa』はカエターノの一番大好きなアルバムなんだ。」と返ってきて、ああやっぱりこのアルバムかと。そうそう、12月19日には彼の新曲を収録したベスト盤を発売しますので、そちらもぜひ!今回のコンピ作業と並行して、山本さんにライナーをお願いしましたね。すみません仕事を増やして(笑)。
山本:このコンピには全体的に音の色合いを統一させながら、その中には、音楽ファンにアピールできるようなテーマを入れることにしました。その核となるアーティストがグレッチェン・パーラトですね。
高木:そうですね〜、間違いないですね。彼女が現在、ジャズ・シーンにおいて立っているところと、その周辺は本当に面白い。この「Still」もまさにそれを象徴している曲ですね。
山本:アラン・ハンプトンがギターとヴォーカルで参加していますね。彼はクレア&リーズンズやエリザベス&ザ・カタパルトなどの活動している、フォーキー〜SSW的な要素の強いアーティストですね。
高木:あとこの曲が収録された『The Lost And Found』は、共同プロデューサーにロバート・グラスパーを起用しているし、テイラー・アイグスティ、デリック・ホッジ、ケンドリック・スコットなどなど今をときめくようなプレイヤーがこぞって参加していますよ。
山本:ニューヨーク・ジャズの金字塔ですよね。それに、ソウルもブラジルもヒップホップも混在している若い感性にあふれています。この辺りは、ライナーノーツで渡辺亨さんが詳細に書かれているので、ぜひ読んで頂きたいですね。
高木:グレッチェンもとてもクールでシャイだけどチャーミングな女性でしたね。今年の2月に来日をして素晴らしいステージを披露してくれました。私見ですが、まるでマイルス・グループのアナロジーのようでした。グレッチェンがミュート・トランペットのようなヴォーカルで、理知的なピアノのテイラー・アイグスティ。そしてベースのハリシュ・ラガヴァンと、ドラムスのジャスティン・ブラウンの自在に伸縮するリズム。たまらなかったです。
山本:さっき話したテーマというのは、そういうグレッチェンのような、ニューヨークの幅広いエッセンスを感じさせるジャズだったり、いろんなジャンルのアーティストとのコネクションだったりするんですけど、次のレベッカ・マーティンもまた同じことがいえますね。
高木:レベッカはジャズというよりもSSWの匂いがあります。先ほどのアリッサ・グラハムと共演していたジェシー・ハリスとは以前、ワンス・ブルーというユニットを組んでいましたね。いかにもニューヨークらしい音。ノラ・ジョーンズの先輩になるような存在ですね。
山本:この曲が収録された『Growing Seasons』は、サニーサイド・レコーズというニューヨークを代表するジャズ・レーベルから発売されています。ブライアン・ブレイドとか、カート・ローゼンウィンケルとか、ここでも注目のプレイヤーたちが脇を固めています。
高木:サニーサイドはアーティストたちも信頼をよせている良質なレーベルですよ。12月に来日したアーロン・パークスとちょっと話したのですが、彼も絶賛していました。わりと70年代のニューヨークの空気感を大切にしている印象がありますね。山本さんもこのコンピには6アーティストをセレクトしていますし、とにかくサニーサイドには今、多くの才能が集まっている感じがします。あと、グレッチェン・パーラトもレベッカ・マーティンの音楽も、バックボーンには否応なしにフェローシップの存在を感じます。
山本:それぞれがセンスを共感し合っていますね。そして音作りや録音がヴィンテージな雰囲気を醸し出しているけど、それだけではないモダンな感性にあふれていますよね。
グレッチェン・パーラト
『Lost & Found』
シンプリー・レッド(M-1)、ウェイン・ショーター(M-4)、パウリーニョ・ダ・ヴィオラ初期名曲(M-7)、ローリン・ヒル(M-11)、マイルス・デイヴィス(M-13)と相変わらず選曲センスは抜群。そしてオリジナル曲はため息が出るほどの美しさ。前作のセルフ・リミックス(M-10)も収録。プロデュースはロバート・グラスパー(p)が担当。ジャズやゴスペル、ヒップホップ、R&B、オルタナティブ・ロックなどのエッセンスを取り入れた斬新なスタイルで、新世代ブルーノート・レーベルの象徴らしくモダンなアトモスフィアに満ちたサウンド。グレッチェンのウィスパー・ヴォイスとの調和が素晴らしい。
ケリーリー・エヴァンス
『Nina』
ジャズ、ソウル、ブルース、レゲエ他様々な黒人音楽がブレンドされたアーバン・ミュージックのディーバ、ケリーリー・エヴァンスのフランス録音最新作は、ニーナ・シモンの愛唱歌を歌ったハマりすぎのアルバム。バックはギター、ベース、ドラムスのトリオ。ギタリストはカサンドラ・ウィルソンのアルバムにも参加していたマービン・スウェル。洗練された空間美のギターがサウンドに大きく貢献している。1曲目はロバータ・フラックも歌ったジミー・ウエップの名作。カリブ・ライクな名曲「悲しき願い」、圧巻ともいえる「アイ・ラヴ・ユー・ポーギー」、ジャック・ブレル作「行かないで」他ウォーミー・ソウルフル・サウンドが満載の傑作盤!声の中にシルキーな涙が含まれているようなケリーリーの伸びやかなヴォーカルは、ジャズとネオ・ソウルの理想的な融合。
高木:そして、レベッカ・マーティンからケリーリー・エヴァンスの流れもゆるやかで気持ちいいですね。ケリーリー・エヴァンスのこの曲はジミー・ウェッブのカヴァーですね。これがいいんだ本当に(笑)。レベッカと同じメロウな空気感が漂っていますね。ギターを弾いているのは、カサンドラ・ウィルソンの作品でもお馴染みのマーヴィン・スーウェルです。この人が作るサウンドの空間デザインというのはものすごく豊かですよ。あと聴いていて思ったのは、ここでLPにおけるA面が終わる感じがします。古いですねこのセンス(笑)。ここまではジャズを軸にしたボサノヴァ、フォーク、ソウルがまとまっていて、以降はピアノやギターを主体としたシンプルなジャズが続いていきますね。
山本:個人的にはこのケリーリーの曲がもっている穏やかで優しい音の空間こそ“クワイエット・コーナー”だと思っていて、今回収録できたのが嬉しいですね。そしてサラ・ガザレクの「The Lies Of Handsome Men」は、彼女がブロッサム・ディアリーに捧げたアルバムに収録されていて、わりと地味な印象もあったんですけど、このピアノとのデュエットは彼女の可憐な表情がとてもよく現れた曲だと思います。
高木:サラはどんどんジャズの「核」に近づいていっていると思います。デビュー当初はノラ・ジョーンズ・フォロワーのようなポジションとされていて、僕も デビュー作はその方向でプロモーションをしたのですが(笑)、この最新アルバムはジャズ・シンガーとしての自信を感じます。あと、僕はこのコンピはピアノやギターといったアコースティック楽器との親密な共演が楽しめる一枚だと思うんですが、この曲を聴いていると、まさにそれを感じますよね。ちなみにサラ・ガザレクはグレッチェン・パーラトと仲が良いらしいですよ。ニューヨークで会うと二人でよくコーヒー・ショップに行くそうです。
山本:このCDはコンピなので、もちろん気軽に音楽を楽しみたい人や、良いBGMを探している人にもおすすめできるように有名曲のカヴァー曲も意識して選びました。それが、ヘンリー・マンシーニの「MOON RIVER」から続く4曲ですね。
高木:「Moon River」は山本さんらしいピアノの音色だと思いました(笑)。どれも名曲ですけど、オリジナリティを感じますよね。例えばジューサによるバカラックの「Close To You」のカヴァーなんてその象徴ですね。キューバ音楽を越えた、ジューサの音楽に生まれ変わっていますよ。僕はジューサをデビューした時からずっとリリースしていますが、アルバムを出すごとに進化をしていますね。今年7月の来日公演は、ステージングの巧さも含め圧巻でした。特にアルゼンチンを拠点にしてからの作品が面白いですよ。ウーゴ・ファットルーソや、リリアナ・エレーロとも音楽を作っていたり。この曲もそうですが、サウンドがよりニュアンス豊かになった。アルゼンチン人脈とサウンドを自分のものにとりこんだ才能はやはり大変なものだと思います。
サラ・ガザレク
『花とミツバチ〜ブロッサムへ』
プロデュースとアレンジはラリー・ゴールディングス(オルガン、ピアノでも参加)、ゲストにジョン・ビザレリ(vo, g)が参加。昨年10月にハリウッドのキャピトル・スタジオでレコーディングされ、ミックスはアル・シュミット、マスタリングはロン・マクマスターという二人の巨匠による豪華布陣!メンバーはジョシュ・ネルソン(p)、ハミルトン・プライス(b)、ザッハ・ハーモン(ds)。 収録曲はホリー・コール歌唱で知られるM-1、ベン・フォールズのM-4、レナード・バーンスタインのミュージカル「オン・ザ・タウン」からM-6、大スタンダードのM-7,8、ディズニー・ナンバーM-9、ボードヴィルの女王と呼ばれたソフィー・タッカーのM-11、そしてブロッサム・ディアリーが歌ったM-5,10,12と心にくい選曲。ナチュラルで爽やかなサラのヴォーカルが快適にマッチした曲とアレンジです。
ジューサ
『Pillow Book』
本作は長年ジューサ自身が構想していた全曲カヴァー作。バート・バカラック、マイケル・ジャクソン、ジルベルト・ジル、チャーリー・ガルシア他ジューサならではの選曲とアレンジにより、まるでオリジナル曲のように仕上げた絶品のアルバム。前作『俳句』はアリ・シケイラと“最小限の音”を作り上げたが、本作は切れ味豊かにパワー・アップ、ジューサの最高傑作が誕生。オマーラ・ポルトゥオンド、リリアナ・エレーロ、ウーゴ・ファトルーソ、ベロニカ・コンドミ、ノルウェーのベーシスト、スタイナー・ラクネス他、ジューサならではのコネクションで豪華なゲストが参加!メンバーにはロベルト・カルカセス(p)他も参加。
山本:そういったコスモポリタンな活動は、ジョー・バルビエリともつながりますね。それで、続くビートルズをカヴァーしたセルソ・フォンセカのアルバム『Voz E Violao』は、実はジョー・バルビエリと同じイタリアのレーベルだったりするんですよね。あと5曲目のトニ・メリッロも。
高木:つながっていきますよね。そして、やはりサラヴァ・レーベルからも一曲選んでもらいました。『Saravah For Quiet Corner』の冒頭も飾ったクレール・エルジエールですね。これが違和感があると思いきや、しっかり溶け込んでいますね。びっくりしました。エピローグ前の佇まいになっています。
山本:前の曲のエリン・ボーディーの柔らかい風合いと同じ質感ですよね。エンディングにむけてほっこりするような。
高木:あと、ギターを弾いているドミニク・クラヴィックの音作りの質感がサニーサイドの楽曲たちとも繋がっていると思うんですよ。ある時代のある街を感じさせる風景を作れるというか。それにしてもこの曲の彼のアレンジは絶品です。亡くなったアンリ・サルヴァドールの専属ギタリストでもあり、とにかく引き出しが多い人です。
山本:ラストは個人的にも大好きで、どうしても収録したかったベッカ・スティーヴンスです。
高木:彼女もグレッチェン・パーラトとコネクションをもっていますね。あとテイラー・アイグスティやエスペランサのアルバムにもシンガーとして参加している話題のアーティストですよね。それに最近はグレッチェン、レベッカ・マーティンと3人でトリオを組んでツアーをしているようです。
山本:いわゆるリトル・ウィリーズのようなカントリー系のルーツ色のあるサウンドですが、聴きやすいし、ポップだしジャジーですよね。
高木:ベッカのこの曲は今回の『Pastoral Tone』をうまく表現しているかもしれませんね。アーティストの関係性や、背景に流れるルーツ、そして選曲者の趣向とか。
山本:そう言って頂けると嬉しいです。でも、こうして20曲を聴いていると、やっぱり高木さんの世界観だなと、実感しますね。こうした主張のあるレーベルはとても必要だと思いますよ。
高木:ありがとうございます。それを見事にビジュアルで表現してくれたのが、アート・ディレクションを手がけたウノサワケイスケさんですね。
山本:とても綺麗に仕上げて頂きましたね。素材になったのは僕の友人がフランスの田舎町で撮った写真です。
高木:ウノサワさんは、ヴァージンアトランティック航空の日本就航時のビジュアル・ディレクションやニューヨーク近代美術館MOMAのクリスマス・カードのデザイン、最近ではSTONES BARの立ち上げ交渉とキャンペーン・テザインなど、いろいろな企業と仕事をしています。それだけに着地点を見つけるのが早く、しかも的確なんです。以前、僕が担当していた無印良品BGMのCDで仕事をご一緒して、またいつかCDのデザインをお願いしたいなぁと思っていたんです。とにかくひとつの世界観をポンと平面のジャケット隅々にまで落とし込んでくる力は素晴らしいです。
山本:そうですね。ナチュラルな風景や色合いから、“パストラル・トーン”というイメージをビジュアルで感じとることができますね。ジャケットの裏やトレイ下の写真も素敵なのでぜひご覧いただきたいです。
高木:選曲の内容と同じで、ただお洒落じゃない、大人のための本格派のパッケージだと思いますよ。今回のコンピはいい意味で制作に関わった人たちの“クセ”が出ていますよね。そもそもの音源は選んだ僕の“クセ”が良くも悪くも出ているはずですが、それを山本さんが選ぶと山本さんの音にもなっている、その完成品をパッケージにするとウノサワさんの世界にもなっている。それぞれの手作り感とか“クセ”が、幸い良い方向に出たと思います。いろいろな人の価値観を通過して、オリジナリティある内容になりました。
山本:それはもちろん、収録された楽曲という、もともとの素晴らしい素材があるからで、出来上がりを料理に例えると、最後の味の決め手のスパイスがモデルの雅子さんの推薦コメントかもしれません。
最初に聴いたのは時が静止したかのような夜更け。それから透明な朝の空気の中で。 いつもいつでも、どこでもどんなときにでも、やさしく音が寄り添う。
雅子/モデル |
高木:ですね。これでぐっと現実の身近な存在になったと思います。たとえ収録されたアーティストを知らなくても、興味をもっていただけますよね。まさに色んなシチュエーションに溶けこむでしょうね。それに、熱心に今の音楽動向を知りたいリスナーも満足できると思います。
山本:また何か一緒に静かな情熱をこめたCDを作りたいですね(笑)。
高木:ぜひ!やれるうちに、どんどんやっちゃいましょう(笑)。