「ヴァントのハンブルク・ライヴ」
2012年12月14日 (金)
連載 許光俊の言いたい放題 第212回「ヴァントのハンブルク・ライヴ」
先日、ユーリ・シモノフ指揮モスクワ・フィルの横須賀公演に行ってきた。あいかわらず音があまり客席に来ない会場だが、比較的行きやすい場所ゆえ、ここで聴くことにしたのである。
この指揮者、見た目はスヴェトラーノフにちょっと似ている。かつてはシモーノフと記されていたが、今回はシーモノフである。まあ、どちらでもよい。フェドセーエフが老いた今、ロシアの指揮者としてもっとも信頼ができるひとりである。といっても、彼ももう70歳だけれど。
期待通り、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の後半楽章がとりわけ聴きものだった。思わずうならされたのは、フィナーレでの行進曲。行進曲なんて、誰でも知っている。だが、シモノフの手にかかると、確かにあの社会主義国独特の壮大な軍事パレードの感じが強烈にするのだ。何の演出もないのに、ごく当たり前にきわめてリアルなのだ。
ただの野蛮で暴力的な音楽を予想してはいけない。丁寧で端正ですらある。だからこそ、あの寸分の狂いもない行進の異様さが再現される。このイメージの鮮明さは当分忘れられないだろう。オーケストラの状態もよかった。コンサートの常軌を逸した高額化が著しい昨今とはいえ、手軽に聴ける第一級の音楽も探せばあるのである。
前回はザンデルリンクのブラームスを紹介したが、彼の同年代だったヴァントが北ドイツ放送響を指揮したライヴ録音のセットも発売になっている。曲目はブラームスやブルックナーといったお得意のレパートリーで、しかもこのオーケストラとの録音はとっくに存在していた。それでも、これはという演奏が混じっているので、ファンには見逃せない。
たとえば、ブルックナーの交響曲第4番では、フィナーレが実に自然な高揚感に満ちている。開放感とまで言ってよい。ヴァントとしては珍しいのではないか。ブラームスの第1番は緊張感みなぎる。しかし、あらためて聴きながら思ったのだが、ザンデルリンクと比べると恐ろしくモダンなスタイルは、このまま「春の祭典」の演奏にスライドさせてもおかしくないのではないか。同じようにドイツ系の名指揮者とされているザンデルリンクとヴァント、しかし音楽的実体は両極端だ。
ボレットとのチャイコフスキーのピアノ協奏曲は、ヴァントと北ドイツ放送響とは思えない興奮ぶりがおもしろい。ボレットの弾き方がいかにも昔のロマンティックで大柄な巨匠風なので、合理的なヴァントとの違いは決して小さくない。たとえば第2楽章は、オケはスッキリいきたいのに、ピアノはそうではない。とはいえ、オーケストラがピアノに煽られているのは確かだ。特に弦楽器は、目の前にピアノがいるせいか、いつもと様子が違う。こぶしを効かせたり、扇情的ななまめかしい音を出したり、案外ロシアっぽいのだ。まさに意外。ことにフィナーレは、普段のヴァントと北ドイツ放送響では考えられないようなセンチメンタルかつ情熱的な様子でドキリとさせられる。一般的に、協奏曲の演奏においては、独奏と管弦楽の方向性の違い、熱気の違いがマイナスに作用することが大部分だと思うが、これは珍しい例外である。
細部の克明さや情報量という点では一般的に流布しているスタジオ録音のほうがよいかもしれないが、このセットのほうが流れのよさや自然さがある印象を受けた。これはブルックナーでもブラームスでも同様だ。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
評論家エッセイ情報
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。
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輸入盤
ヴァント&北ドイツ放送交響楽団ライヴ・ボックス(5CD)
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輸入盤
ヴァント&ベルリン・ドイツ交響楽団ライヴ集成ボックス第2集(8CD)
ユーザー評価 : 5点 (3件のレビュー)
価格(税込) : ¥12,749
会員価格(税込) : ¥11,092発売日:2012年02月18日
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販売終了
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輸入盤
ブルックナー:交響曲第4・5・6・8・9番、他 ヴァント&ミュンヘン・フィル(8CD)
ブルックナー (1824-1896)
ユーザー評価 : 4.5点 (18件のレビュー)
価格(税込) : ¥15,389
会員価格(税込) : ¥13,389発売日:2008年02月16日
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販売終了
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