「風邪をひいたら宇野功芳」
2012年12月6日 (木)
連載 許光俊の言いたい放題 第211回「風邪をひいたら宇野功芳」
このコラムもずいぶん久しぶりの更新である。今年は3冊も単行本を作ったので、くたびれてしまった。ようやく先頃、『昭和のドラマトゥルギー』(講談社メチエ)というのを出してほっとしているところである。「戦後期昭和の時代精神」とう壮大なサブタイトルがついている。クラシックがテーマではない。梶原一騎、ピンク・レディー、少年探偵団、三島由紀夫など、昭和のあれこれを論じた本だ。
実は、本当なら、戦後の音楽評論家ということで、吉田秀和VS宇野功芳というのも書きたかったのだけれど、梶原一騎を書いていたら長くなって力尽きてしまったのである。ま、このテーマはいずれそのうち。
今年は風邪も多いに流行っているらしく、私も珍しく寝込んでしまった。積んである本でも読もうかと思ったら、宇野功芳の『楽に寄す』(音楽之友社)というのが目についたので、開いてみた。ひとつひとつはそれほど長くないエッセイを集めたものである。
これが、心地よい本だった。幸福な老人の書いたものという感じがするのである。ゆったりと温泉に浸かり、好きなすしを食べ、いいと思う演奏家を堪能する。昔の宇野氏には、不幸と言うと大げさだが、不幸ぶっているポーズがあった。それが、愛読者を魅了していた。なんたる変貌か。
この変貌を私はすばらしいと思う。若者が不幸ぶるのは、よい。むしろあまり幸せそうにしていると馬鹿に見える。が、老人は幸せそうにするべきである。
それにしても、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュに入れあげていた氏が、現在では彼らに対して冷静になっているとあまりにも素直に書いているのには驚いた。それどころか、モーツァルトに対してすら。まさに人は変わるのである。時代も世界も変わる。
書くべきネタがたまってしまったので、これからしばらく、「2012年思い出のCDを振り返って」をやってみよう。
ここ何年か、ライヴ盤の発売が非常に多い。特にヴァント、ザンデルリンクあたりは、同じ曲目の日付違い、オーケストラ違いがたくさん出ていて、まるでフルトヴェングラー状態である。よほどのマニアでないとフォローできまい。
私としても、個々の演奏は立派ではあっても、さすがに食傷気味でなくはなかったのだが、ザンデルリンクがスウェーデン放送響を指揮したブラームスの交響曲第4番にはまさに驚愕させられた。この指揮者のブラームスといえば、さまざまな録音がすでに最上級の賛辞を浴びている。だが、私にとってもっとも興味深いのは、このスウェーデン録音だ。
ドイツと北欧、イメージ的には遠くない。北国、森、霧、自然保護、高い生活水準・・・。実際似通う部分は多々ある。だが、感覚的には相当違う。つまり、だ。本来ドイツ風ではないオーケストラに、ザンデルリンクがあのドイツドイツした音楽をやらせるとどうなるか。また、どうやればドイツ風になるのか。聞こえるのか。それが手に取るようにわかるのがこの演奏なのである。もし、日本のオーケストラをドイツ風に鳴らしたい若手指揮者がいたら、ぜひこれを聴いて参考にするべきだ。
結果から言うと、この演奏は、普段のザンデルリンクにもまして、いにしえのドイツの演奏のように聞こえる。フルトヴェングラーに非常に近いとまで言ってよいほどだ。リズムの微妙な伸び縮み、ルバート、和音の力の入れ具合、音を出すときのタメ、そういったドイツの演奏の癖や習慣がややデフォルメ気味に再現されている。第1楽章後半あたりから以後、よくもここまでやったものだとほとほと感心させられた。まさにザンデルリンク恐るべしである。
第2楽章の例の甘美なヴァイオリンの主題にしても、ちょっと媚びたような微妙な身のよじり方は、昔のベルリン・フィルのようだ。そのあとの、弦楽器の微妙な表情のつけ方や陰影にしても同様。いやはや実にすばらしい。濃密にうねる一方で威風堂々たるオーケストラには圧倒される。まさしく美酒の酔い心地である。また、当然のことながら、ザンデルリンクがこういうことをやってもインチキ臭くならないのがよい。
一転して第3楽章はきわめてエネルギッシュ。軽快ではなく、重量感がある物体が動いているという迫力があるのが昨今の演奏傾向とは逆。巨大な雪崩が押し寄せるような力強さ。
そして、いよいよフィナーレはザンデルリンクがもっとも得意とする音楽のひとつ。確信にあふれた横綱相撲だ。ハンガリー舞曲のようなエキゾチックかつ情熱的な波の満ち干がある一方で、弱音が醸し出す、匂い立つような夜の美しさ。その激しいコントラストもすさまじい。この楽章の演奏時間は、常識的なものと比較するなら長めということになろうが、適切な演奏においては演奏時間はまったく問題にならない。この速さ、この遅さがまさに最適という印象を与えるはずだからだ。
それにしても、スウェーデン放送響もたいしたものである。いざとなると、これほどまでに燃え上がり、髪の毛振り乱して(たぶん)、献身的な演奏をやる。これくらい演奏家が音楽に没入するのは決して頻繁に起きることではない。
私は必ずしもブラームスの作品が大好きではないけれど、この演奏ほどブラームスの音楽を納得させてくれるものはほとんどない。聴くたびにすばらしい充実感を味わうことができる、まさに人に推薦したくなるようなCDなのである。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
評論家エッセイ情報
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ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。
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輸入盤
交響曲第4番(1990)、悲劇的序曲(1997) ザンデルリング&スウェーデン放送交響楽団
ブラームス(1833-1897)
ユーザー評価 : 5点 (2件のレビュー)
価格(税込) :
¥2,959
会員価格(税込) :
¥2,575
発売日:2012年08月31日
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販売終了
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