「燃える男」
2012年6月14日 (木)
転載 平林直哉の盤鬼のつぶやき 第41回「燃える男」
NHK交響楽団の創立85年ということで、記念のライヴが続々と出てくるが、物量が多くてなかなか聴くのが追いつかない。だがその中で、ちょっとシリーズ中では異色のものに遭遇した。それはルーマニアの鬼才、コンスタンティン・シルヴェストリが指揮した1964年の公演である。
まず、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。第1楽章の冒頭からして普通ではない。水面下で謎の生物がうごめくようにテンポは遅く、響きは暗い。やがて、びっくりするほど長い長い間があって、最初のフォルテッシモが足を引きずるように登場する。そのあと加速、減速が繰り返され、ティンパニはまるで噛みつくようだ。主部に入ると金管楽器は怒号のように強調されたり、相変わらずテンポは一定ではなく、各パート間のバランスも独特である。第2楽章も最初のイングリッシュ・ホルンの歌い方から一風変わっているし、全編うねるような熱いロマンに支配されている。続く、第3楽章、第4楽章も全く普通ではない。かつてチェコの名指揮者カレル・アンチェルは「外国人の指揮者がドヴォルザークを振ると、概してロマンティックになりすぎる」と語っていたが、このシルヴェストリの演奏などはその最も極端な例だろう。一般的には受け入れがたいだろうが、「俺はどうしてもこのテンポで、このバランスでやりたいのだ」という指揮者の燃えたぎる情熱が感じられて、個人的には楽しく聴けた。なお、音はモノーラルだが、非常に明快で、鑑賞には全く問題はない。
おっと、これで終わりではない。他にも強烈な演奏がある。リムスキ=コルサコフの「スペイン奇想曲」。これも緩急の差が激しく、時にオーケストラがずれている。ヴァイオリン・ソロもべらんめえ調に弾いているが、むろんこれは指揮者の指示だろう。チャイコフスキーの交響曲第4番も、最初の金管楽器の主題からしてすでに奇怪である。その先は想像通り。たまげたのはドヴォルザークのスラヴ舞曲第1番だ。拍手が鳴り止まないうちに始まっているのでアンコールだろうが、それにしても冒頭の狂気のような爆発音! そして、そのあとの切羽詰まったような快速テンポ。曲想を完全に逸脱しているかもしれないが、とにかくこんな破天荒な演奏は聴いたことがない。
もうひとつ驚いたのが佐藤久成の弾いた「ニーベルングの指輪」(イヤーズ&イヤーズクラシック YYC-0003)である。これはワーグナーのオペラをヴァイオリンとピアノ(ピアノは田中良茂)に編曲したものを取り上げているのだが、これが強烈すぎるほど強烈だった。赤々と燃え上がる情熱の炎、そして曲の内側をえぐり取るような凄まじいポルタメントなど、ヴァイオリンとピアノがこれほどまでにワーグナーの深奥な響きや毒を感じさせるとは。とにかく、だまされたと思って聴いて欲しい。収録曲は「さまよえるオランダ人」序曲、「マイスタージンガー」前奏曲、「神々の黄昏」より葬送行進曲(これも、凄い)、「パルジファル」前奏曲など。
なお、佐藤久成のリサイタルが7月21日(土)14時開演・東京文化会館小ホール(詳細はwww.concert.co.jpまで)で行われる。これは聴きものだろう。
(ひらばやし なおや 音楽評論家)
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