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「スヴェトラーノフの新『ローマ』三部作に驚いた」

2011年3月14日 (月)

連載 許光俊の言いたい放題 第190回

「スヴェトラーノフの新『ローマ』三部作に驚いた」

 大地震が起きて2日目、地震、津波に続いて重大な原発事故という惨状が繰り返し報道される中、私はこの原稿を書き始めた。
 まさに今のようなときこそ、芸術や音楽は必要とされるのである。なるほど、目を覆いたくなるような悲劇だということは認めねばならない。状況は予断を許さない。だが、早々と世界中の国々が救援の名乗りを上げた。人々はパニックに陥らず、冷静を保っている。困難や災禍はまだまだ続くだろう。しかし、いたずらに悲観的になってはならない。心を強く持たねばならない。自分がすべきことを忘れてはならない。偉大な音楽は必ずやそれを助けてくれるだろう。

 スヴェトラーノフ指揮のレスピーギ「ローマ」三部作(1980年、ソヴィエト国立交響楽団)は、かつて輸入盤として異常なベストセラーを記録した。何しろ、多少の乱れなど気にせず突き進むエネルギー感といい、ここまでやるかという思い切って野蛮な表現といい、耳をつんざくような轟音といい、誰もが驚く強烈なライヴ録音だったのだ。フランス印象派音楽の亜流と見なされがちなレスピーギをこんなふうに演奏できたのかという衝撃。と同時に、なるほどスヴェトラーノフは特に晩年各地のオーケストラに客演していたが、ここまですさまじい演奏は手兵以外とはできないであろうことは容易に推測できた。
 ところが、なんと最近になってそれをも上回るほど魅力的な記録が登場したのだ。1999年、スウェーデン放送響とのライヴである。いかにもロシア魂炸裂といった、素手で殴りかかってくるような迫力はない。だが、表面的なごり押しではない、音楽の本当の大きさ、深さを感じさせるのだ。結果から言うなら、ソヴィエト国立響との演奏には独特な強い魅力があるのは事実としても、スウェーデン放送響との演奏はそれとは次元が隔絶した高みにあると私は思う。
 「ローマの噴水」第1曲からして、旋律をたっぷり陶然と歌う。オーボエやフルートのソロにピアニッシモのヴァイオリンや打楽器がかぶり、夢のような美しさだ。ところが第2曲になると、まるでさざなみが砕けるかのような、キラキラする音のしぶきが上がる。さらに第3曲では、オーケストラが渦を巻き始めて壮観。音楽の陰影といい、しなやかさといい、表現のパレットが旧盤よりも格段に豊富だ。
 「ローマの松」もすばらしい。第3曲の甘美にして奥行きがある美しさはどうだ。この楽章をこれくらい深い情感と余韻で演奏してくれたのは、チェリビダッケ以外、他に誰もいないだろう。特に、漂うはかなさに胸打たれる。
 続く「アッピア街道の松」は、息の長いクレッシェンドに目が眩んだ。小手先ではない。まるでブルックナーのようにどっしりとした音楽がじわじわとふくらんでいくのだ。おそらくナマで聴けば、呑み込まれるような巨大さだったのではないか。そして、最後の音の、常識ではあり得ない引き延ばし方、クレッシェンド! ソヴィエト国立響のほうもすさまじいものだったが、こちらもすごい。普段はきわめておとなしい北欧の聴衆が歓声を上げている。
 「祭」第1曲は、キリスト教徒たちが荒れ狂う猛獣の犠牲になるシーンだが、ここの描写力はあいかわらずすばらしい。作曲者が想像した猛獣の数まで数えられるのではないかと思えるほどだ。金管楽器の猛々しさは気味が悪いほどで、表現の密度や巧みさは、ソヴィエト国立響との演奏をはるかにしのぐ。よくも北欧のオケからこれほど血なまぐさい雰囲気を出せたものだ。ソヴィエト国立響の、ロシア聖歌のような濃密な歌もいいが、このたおやかな北欧の弦楽器もいい。
 第2曲は、まるで「ボリス・ゴドゥノフ」のようだ。妖しいまでに絢爛たる響きが押し寄せてくる。第3曲は非常に甘美で陶酔的。「シェエラザード」以上に「シェエラザード」のような、強烈な幻想美だ。実はレスピーギは若い頃、ロシアで働いていたことがあり、リムスキー=コルサコフに師事もしているのだ。その影響をこれほどまで明らかにした演奏も他にあるまい(ソヴィエト国立響との演奏だと、すべてがロシア的になってしまうため、かえってそのあたりがわかりにくい)。
 第4曲は、十分以上にワイルド。明るい音色ゆえ、ディズニーランド的といおうか、妙に開放的なのが微笑ましい。こんな屈託のない明朗な音楽をスヴェトラーノフがやれるなんて知らなかった。大喜びで指揮している姿が目の目に浮かぶ。人生最後の悠々とした笑みのようだ。「ローマの祭」をこんなにも人間味豊かに指揮した人はいない。
 実は私はこのコンサートを、予定表を見て知っていた。だが、いくらスヴェトラーノフとはいえ、もともと薄味の北欧のオーケストラを相手にして鮮烈な「ローマ」三部作がやれるなんて思ってもいなかった。大失敗だった。これこそ是非とも聴かねばならないコンサートだったのだ。そう十年後になって後悔させられようとは。
 そして、この録音、一般のライヴ録音の常識を超えた音質のよさも嬉しい。スヴェトラーノフがオーケストラから引き出す豊麗な音色が存分に堪能できる。
 今まで「ローマ」三部作の名演奏というと、生気あふれるバティス、暴力的な迫力に圧倒されるスヴェトラーノフとソヴィエト国立響、そして退廃的なチェリビダッケの「松」あたりがお薦めだったが、今回のCDは、3曲揃っていることもあり、筆頭に来るべきチョイスである。ただの音響の饗宴を超えた、真の音楽の楽しさが満喫できるのだ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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