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「年始年末に一挙に聴きたいヴェルレ」

2010年12月28日 (火)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第27回

「年始年末に一挙に聴きたいヴェルレ」

 おっそろしいことに、すでに年末である。一年の区切りなんて、自分には関係ねえ、年が変わろうがいつも通りに細々と暮らすだけであるわたしであっても、その月日の流れの早さには驚嘆するしかないのであるが、年始年末というのは実にありがたい時期でもあるのだ。

 この時期がなぜありがたいかといえば、まず仕事関係の電話やメールがないこと。12月31日昼過ぎに「校正よろしく。夕方まで至急」なんてファックスはまず来ない。いや、わたしのような零細すぎる請負業者にとっては、仕事の注文が来ないことは生存の危機、恐怖の一言に尽きるのではあるけれど、この時期だけは、そんなものがなくても心安らかに過ごせる、という点が実に快適なのである。一年の半分くらいは年始年末であって欲しいくらいだ。

 この期間、テレビが総じてつまらなくなるのも都合がいい。年始年末は何もしなくてもある程度は視聴率が取れる算段なのか、どの放送局も大した番組を放送しない。ありあわせの総集編とかバラエティばっかり。まったくテレビには無関心でいられるのが精神的にまことに結構。間違っても、「徹底解剖・南西ドイツ放送交響楽団のひみつ」クラスの見逃すと後悔で涙にくれるような番組を流す可能性なんて微塵もありませんからな。

 だから、思う存分、何のプレッシャーもなく、好きな仕事をして暮らせる。一冊書きます任しときなさーいと言ったまま、一ミリも進捗もなかった仕事をこの期間に一気に進めてみせようホトトギスなのである。さらに、聴こう聴こうと思ったまま積み重なっているディスクをまとめてドサッと鑑賞できるいいチャンス。故郷の親を訪ねて渋滞に巻き込まれたり、人ごみのなかを神社にお参りして時間を使うのは実にもったいないとさえ思うのである。

 せっかくだから、枚数が多すぎて、普段はゆっくりと聴けなかったものを目の前に並べてみる。
 たとえば、XRCD化されて格段に音が良くなったブランディーヌ・ヴェルレの弾くクープランのクラブサン作品全集。1970年代後半から80年代にかけて録音された名盤で、かつてアストレからCD化されていたが、スコット・ロスやオリヴィエ・ボーモン、さらにクリストフ・ルセの全集を聴くことができる現在では、古めかしい、過渡期のクープラン演奏だと思わせてしまうような、 ニュアンスに欠けた音質だった。しかし、今回のCD化で音質が格段に向上、古めかしいなんて思ってホントにすみませんと頭を下げてしまうくらいの匂い立つような色彩感。デフレの世の中、イマドキ3万円以上もするが、買う価値は大きい(LPで揃えるなら、もっと高くつくらしいし)。

 色彩が次々に変化していく様子がよくわかる演奏だ。そして、ドビュッシーにダイレクトに繋がっているかと思わせる、柔らかに響く和声。最近のクープラン演奏のようなスマートさはない代わりに、ヴェルレはクープランの豊饒さに焦点をぴたりと合わせる。なんと優雅で気高く、憂鬱さと倦怠を含んだ音楽なのか。第11組曲の終曲《酔払いと猿と熊が引き起こした、その一味の無秩序と潰走》なんて、クセナキスの音楽みたいに怒濤に攻めまくってるし。何にも邪魔されず、のんびりと全曲を味わいたい逸品。

 ついでに、年明けにリリースされる注目盤も紹介しておこう。
 評論家・平林直哉が手がけるグランド・スラム・レーベルが尋常でない勢いで新譜をリリースしている。オーケストラ作品はヘッドフォンで聴くことが多いわたしには、LP復刻のようなジリパチ音が入ってない、最近のオープンリール・テープから復刻したシリーズがとても嬉しい。
 最新盤は、クレンペラー指揮フィルハーモニア管のベートーヴェンの交響曲第5番。どっしり構えたテンポから、内声部が雄弁に立ち上がってくる、確信に満ち満ちた音楽。ベートーヴェンが憧れや希望に突き動かされて書いた音符は、クレンペラーの手にかかると、そういった観念的なものを離れ、途端に現実的なものになる。もちろん、それはかなーりシュールな現実。こんな音楽を平気な顔で奏でてしまうクレンペラーは、正真正銘のヘンタイ指揮者というべきほかはない。
 待望の松平頼暁の《24のエッセーズ》の録音もリリースされる。演奏は、エキスパートの中村和枝。厳密な規則性と数々のアイディアが組んず解れつ、鋭く瞬き、そして人を食ったような音楽。中村はその難度の高い作品を心地よい密度で弾いている。ショパンの《子犬のワルツ》がコンピューター・ウィルスに侵され免疫不全、内部から変容していく《ミケランジェロの子犬》も収録。
 あー、こんなディスクばかりだと仕事が手につかねえ。

(すずき あつふみ 売文業) 


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24のエッセーズ 中村和枝(P)

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松平頼暁(1931-)

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発売日:2011年01月07日
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