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「ウィーン・フィルを絞め殺そうとした男」 テンシュテット・ニュースへ戻る

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2010年8月18日 (水)

連載 許光俊の言いたい放題 第184回

「ウィーン・フィルを絞め殺そうとした男」

 「モーストリー・クラシック」の8月号で、「最新格付け! 世界のオーケストラ」という特集が組まれていた。予想通りというか、第1位はベルリン・フィル、第2位はウィーン・フィルである。まあ、こういう特集は一種のお遊びであって、いちいち真剣に取る必要もない。「ふーん」「へえ」とおもしろく読んでいればいいのである。私も最近はいい大人になってきたのでこうした特集にもつきあっているが、昔だったら、「芸術に点なんて付けられないね」と蔑んだことだろう。もちろん、今だってまったくそう思わないわけではないのだが。
 さて、その第2位になったウィーン・フィルだが、何が特徴といって、独特の艶やかな美しさだろう。ウィーン・フィルの熱烈なファンは日本にも多いが、もちろん彼らの大半はこの色気に参っているのである。
 だが、である。ウィーン・フィルを指揮して、その個性をメチャクチャに破壊してしまった男がいた。クラウス・テンシュテットだ。考えてみれば、彼ほどウィーン・フィルと相性が悪そうな音楽家もいない。なぜなら、テンシュテットの音楽は、美など問題にしていないから。美を逸脱するほどに凶暴で肺腑をえぐるような悪魔的なマーラーやワーグナーが彼の本領であり、しゃれた遊びや美しさの感覚など持ち合わせていないのである。それゆえ、この指揮者がウィーン・フィルの定期演奏会に登場しなかったのもまったく当然である。
 しかし、(記憶が定かでないので間違っていたら申し訳ないが)実は彼はたった一度だけ、ザルツブルク音楽祭に登場してこの楽団と相まみえたことがある。誰かの代役だったはずだ。昔から知っている人は知っている凄絶な演奏で、私も人からもらったエアチェックテープを大事にしていたが、それが思いがけずCD化されたのだ。
 演奏が行われたのは1982年。テンシュテットはまだ元気だった。ウィーン・フィルがこのあとも彼を招こうとすればできなくはなかった時期である。だが、そうはならなかった。理由は、これを聴けばわかる。えぐるようなリズム、耳に心地よい美感を完全無視した重苦しい和音、まるで1950年代のような野太い響き・・・テンシュテット節は全開だ。この荒々しさが、旧ハプスブルク帝国の誇り高きオーケストラに嫌悪感を起こさせたのは、まったくもって当たり前なのである。
 「英雄」では第1楽章終わりのほうの高揚、あるいは第2楽章の9分前後、一番悲壮感が高まる箇所などに、ウィーン・フィルとしてはまったく例外的なくらい狂的なものを感じさせる一瞬がある。本来、陶酔はしても狂わないのがウィーン・フィルなのだ。おそらく指揮者は、もっと!と言ったはずだ。ウィーン・フィルは、これ以上はやりたくない、できないと抵抗したはずだ。その葛藤が伝わってくる。全体に不気味さが漂う第2楽章が一番の聴き所だが、特に11分あたりでは、まるで巨大怪獣が姿を現したかのような恐怖と戦慄の瞬間が体験できる。それ以外にもドス黒いコントラバスの動き、弱音の薄気味悪さもまったく独特だ。そのくせ、フィナーレは躁状態で開始される。
 そのベートーヴェン以上に強烈なのがマーラー。とにかくテンシュテットが音楽の緊張感をギリギリまで引っ張ろうとするのがよくわかる。まさに真剣勝負という危険な雰囲気が充満している。なるほどウィーンらしいふくよかな弦楽器の響きが部分部分ではする(それが絞め殺される美女のあえぎのようで、かえって気味が悪い)。が、えぐり、刺すようなリズムやアクセントの強さはどうだ。それに、怨念が籠もったようなあまりにも濃すぎる歌。粋なウィーン人があえて目をそらすことにしている酷薄な世界を情け容赦なく現前させようというテンシュテット。彼の音楽は、適当なところで逃げたりしない。とことん限界まで行ってしまおうとする。それゆえ、あえて限界まで行かないことを人生の知恵とし、辛い真実よりも甘い夢を愛してきたウィーンという町の音楽家たちと合うはずがないのである(ついでに言うと、冷静なハンブルクのオーケストラとも)。結局テンシュテットの狂気を受け入れることができたのは、昔からカール・マルクスをはじめとして常識からはみ出すような人々が多く住み、狂気に対して寛大だったロンドンのオーケストラなのだった。
 それにしても、テンシュテットの指揮は、いわゆる巧い指揮ではないはずなのだが、このオーケストラからも完全に自分の音楽を作り出しているのに驚かされる。ウィーン・フィルのほうも、激しく抵抗しつつも、やればやれてしまう底力を見せる。相性は最悪かもしれないが、さらなる共演が実現してほしかった。
 音楽とは戦いである。自己との、他人との、世界との血みどろの戦いである。そう思わせる演奏であるがゆえに、誰にでも向いているとは言えない。いや、むしろ少数派のための音楽なのかもしれない。しかし、このような音楽を奏でる、否、絞り出すほかなかった音楽家がいたのである。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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