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「ベルリン・フィル・ラウンジ」第23号:20世紀音楽の巨匠ブーレーズ、大いに語る(インタビュー) ベルリン・フィル・ラウンジへ戻る

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2010年6月2日 (水)

ドイツ銀行 ベルリン・フィル
ベルリン・フィル&HMV提携サイト
 ベルリン・フィル関係ニュース

2010/11年シーズンのチケット販売が公式ウェブ上でスタート
 5月30日より、ベルリン・フィルの2010/11年シーズンのチケットが公式ウェブ上で発売開始となりました。オーケストラ演奏会については、10月2日分までの5プログラム(ラトル、ブーレーズ、アントニーニ、マッケラス)。室内楽演奏会、ピアニスト・イン・レジデンス(アンスネス)、A・シフのバッハ・シリーズ、ピアノ・リサイタル(内田光子、ペライア、ポリーニ、アンスネス、ブレハッチ)、古楽演奏会(コジェナー、ジャルスキー、ベルリン・バロック・ゾリステン)、歌曲演奏会等については、全シーズンにわたってでお求めいただけます。詳細はこちらから。
 なお、小澤征爾出演のジルベスター・コンサート2010の発売は、12月5日からとなります(オンラインで世界同時発売)。

ラトルのシベリウス・ツィクルス最終回とキタエンコ&バボラクの演奏会が、アーカイブにアップ
 ラトルが肩入れするシベリウスの交響曲全曲演奏が完結しました。これはカラヤンでさえ成し得なかった快挙です。最終回に当たる第5〜7番の映像は、第1〜4番と同様に、デジタル・コンサートホールのアーカイブでご覧いただけます。ラトルならでは透明な美感に溢れた解釈が、ベルリン・フィルのゴージャスな音にマッチした稀有な名演です。とりわけ後期作品は、ポスト・カラヤンの新しいスタンダードと呼べるかもしれません。  キタエンコの演奏会では、ベルリン・フィルを退団したバボラク独奏によるグリエール「ホルン協奏曲」が聴きものです。人間業とは思えない易々とした吹奏ぶりは、ブラス・ファンを興奮させるでしょう。

ラトルの演奏会のハイライト映像を観る!(無料)
ラトルの演奏会をデジタル・コンサートホールで聴く!
キタエンコの演奏会のハイライト映像を観る!(無料)
キタエンコの演奏会をデジタル・コンサートホールで聴く!

 次回のデジタル・コンサートホール演奏会

ブロムシュテットのブルックナー6番。リハーサル映像も公開
(日本時間6月5日早朝3時)


 ベルリンでは、主にベルリン・ドイツ響の客演指揮者として知られるブロムシュテットによる硬派なプロの定期です。彼は2008年にアーノンクールの代役としてブルックナー「交響曲第5番」を振り、ベルリン・フィル・デビューを果たしました。今回は、それを引き継ぐ形で、同じ作曲家の「第6番」を取り上げます。日本では、ドレスデン・シュターツカペレとの「第7番」(DENON)が評判を呼んだ指揮者だけに、ベルリン・フィルでも円熟の名演を期待したいところです。  プログラム前半では、ライブでは聴く機会の少ないベートーヴェンのトリプル・コンチェルトが取り上げられます。ベルリン・フィルの首席奏者とドイツの若手マルティン・ヘルムヒェンというソリスト陣も、この曲らしい室内楽的なアンサンブルに相応しいものでしょう。  6月2日から8日までに限り、リハーサルの映像が無料でご覧いただけます。アクセスはこちらから(写真:©Martin U. K. Lengemann)。

【演奏曲目】
ベートーヴェン:ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための三重協奏曲
ブルックナー:交響曲第6番

ヴァイオリン:ダニエル・スタブラヴァ
チェロ:ルートヴィヒ・クヴァント
ピアノ:マルティン・ヘルムヒェン
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット


放送日時:6月5日(土)午前3 時(日本時間・生中継)

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ジャズの歴史をたどるW・マルサリスの新作世界初演!指揮はラトル
(日本時間6月11日早朝3時)


 この演奏会は、今シーズンでも最も特異で特別なものと言えるでしょう。ジャズ界の名トランペッター、作曲家として知られるウィントン・マルサリスが、ベルリン・フィルのために新作を書き、ラトルの指揮で世界初演されます。現在タイトルは公表されていませんが、内容はジャズ来し方行く末を探るものとされ、マルサリスの作曲家としての代表作になることは間違いありません。共演は、マルサリスが芸術監督を務めるジャズ・アット・リンカーン・センターのオーケストラ。デジタル・コンサートホールで、この作品が生まれる瞬間にぜひ立ち会ってください。
 なおコンサート後半は、ラトル得意のストランヴィスキーの作品から、《ペトルーシュカ》が演奏されます(写真:©Keith Major)。

【演奏曲目】
マルサリス:新作初演
ストラヴィンスキー:《ペトルーシュカ》

ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラ
芸術監督:ウィントン・マルサリス
指揮:サー・サイモン・ラトル


放送日時:6月11日(金)午前3 時(日本時間・生中継)

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シーズン最後の生中継は、ビシュコフ&T・ツィンマーマンで!
(日本時間6月20日早朝3時)


 シーズン最後の定期演奏会では、本来小澤征爾が武満徹《ノヴェンバー・ステップス》とチャイコフスキー「第2交響曲」を指揮することになっていました。しかし病気によりキャンセルとなり、代役としてビシュコフが登場することになりました。彼は元々予定されていたバルトークのヴィオラ協奏曲を維持し、ラヴェルとブラームスを加えてカラフルなプログラムを組み立てています。なおビシュコフとベルリン・フィルは、同じプログラムでドイツ・ツアーも敢行する予定です。
 「ドイツ・ヴィオラ界のファーストレディ」と呼ぶべきタベア・ツィンマーマンのソロも、まさに真打ちと呼ぶべきもの。彼女の知的なソロにも期待が掛かります(写真:©Marco Borggreve)。

【演奏曲目】
ラヴェル:《クープランの墓》
バルトーク:ヴィオラ協奏曲
ブラームス:交響曲第2番

ヴィオラ:タベア・ツィンマーマン
指揮:セミョン・ビシュコフ


放送日時:6月20日(日)午前3時(日本時間・生中継)

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 アーティスト・インタビュー

ピエール・ブーレーズ
「一見カオスに見える原始林にも、秩序はあります」
聞き手:ヘルゲ・グリューネヴァルト(ベルリン・フィル学芸員)


 今号のインタビューでは、ブーレーズを取り上げます。これは2007年6月に行なわれた定期時のもので、演奏自体は、残念ながらデジタル・コンサートホールに収録されていません。しかしブーレーズの音楽観を知る上では、たいへん興味深いものと言えます。 ライブでは、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンの作品が取り上げられており、ブーレーズはここで、その3者を比較して語っています。本稿ではベルクとウェーベルンについての部分を紹介しますが、ブーレーズが「明晰さ」に重きを置いていることは明白です。周知の通り彼は、作曲家として新ウィーン楽派から最も大きな影響を受け、トータル・セリエリズムの一翼を担いました。彼がここで語っていることは、ブーレーズ自身の作曲家としてのあり方そのものであり、一種「鏡」のような印象を与えます。とりわけウェーベルンの磨きぬかれた音世界を語るくだりは、彼の理想を言い表しているかのようです。
 フランス語なまりのドイツ語で喋るブーレーズの語りは、これまた明晰の一語。しかし聴き手のグリューネヴァルト氏は、ほとんど喋る機会がなく、彼の独壇場と言ったところです。

グリューネヴァルト 「ベルクの《3つ管弦楽のための小品》作品6は、極めて複雑なスコアで、奏者にとってもたいへん弾くのが難しい作品です。ベルクは、弟子のアドルノに“この作品は、シェーンベルクのオーケストラ作品とマーラーの第9交響曲を一緒に演奏したような響きがする”と語っていますが、これについてはどう思われますか」

ブーレーズ 「それはちょっと大げさですね(笑)。たしかにこの作品は、マーラーを思わせます。実際、マーラーの第6交響曲を引用しているのです。3回のハンマーの打撃があり、最後の最後にもう1度打たれます。同時に彼は、ベートーヴェンの《運命交響曲》も引用しています。ティンパニーがタタタ・タン(g-g-g-es)の主題を突然弾くのですが、ベルクは《叙情組曲》でも《トリスタン》を引用していますから、こういうのが好きだったのですね。彼の音楽語法は、たしかにマーラーのそれよりも複雑と言えるでしょう。自由な調性を持ち、和音が特定の調に分類できないこともしばしばです。マーラーは、どの音も特定の調にカテゴライズできますので、この点は大きく違っています。もうひとつの側面は、指揮者だったマーラーと、そうでなかったベルクとの違いです。マーラーは指揮者として、ほぼ毎日にオーケストラに接していました。マーラーが特定の楽器にpやmfと書いたら、彼は演奏の現場の視点からそれを要求しているのです。例えば彼は、ある個所で、弱音器付きのトランペットにp、フルートにmfと書いています。そこでは、フルート(低音域)の上にpまでのディミヌエンド、トランペットの上にmfまでのクレッシェンドが付いているのです。これはマーラーが、オーケストラ全体の響きのなかで、どの音色を強調したかったかを明確に語っています。それはたいへん意識的で、繊細な音色の処理なのです。これに対してベルクは、この作品を書いた当時、オーケストラを指揮した経験がほとんどありませんでした。彼はマーラーの影響で、たいへん大きな編成の曲を書いたわけですが、ここに書かれているダイナミックの指示は、実際に演奏する際には、変えなければなりません。例えば彼は、主声部にpを書き、2つの副声部にfを書いています。これは誤植ではなく、彼が本当に書いたことなのですが、もちろんちゃんと聴こえるはずがありません。これは主声部の方がmfで、副声部の方がp(あるいはpp)でなければならないのです(具体的には、低音域のオーボエと普通の音域のヴィオラが当てられています)。そうした場合、私はダイナミックの指示を変えることを厭いません。それによって、明瞭さが得られるからです。このような作品では、人々は“曲は原始林のようなもので、すべての音はごちゃごちゃと混ざり合っているのだ”と言います。しかし一見カオスに見える原始林にも、秩序はあるのです。もしそこに合わない木があるのならば、伐採されなければなりません」

グリューネヴァルト 「オーケストラの団員にとっては、なかなか対処するのが難しいでしょうね」

ブーレーズ 「そうです。というのは、メンバーは誰でも自分の音が聴こえてしかるべきだと思うからです。しかし指揮者は、曲の響きを全体のバランスのなかで聴く必要があります。団員は放っておくと、どんどん音量を上げてゆきます。そこで“皆さん、そこは大きくしないで、楽譜通りにmpで弾いてください。余計な表現をつけないで、音量を少しだけ上げるのです”と言います。これを実現することで、スコアはより明瞭に聴こえるようになるのです」

グリューネヴァルト 「ウェーベルンには、シェーンベルクやベルクと比べて、どのような違いがありますか」

ブーレーズ 「ベルクは、3人のなかで一番伝統的です。《3つの管弦楽のための小品》の<行進曲>は、マーラー的な交響曲のフィナーレになってもおかしくありません。伝統的、と言うのは良い意味においてです。というのは、彼は先鋭的でありながら、過去のすべてを否定しようとは思っていなかったからです。発展も伝統のなかから生まれる、ということでしょう。これに対してウェーベルンは、例外的な存在です。私は彼を、画家のパウル・クレーと比較したいと思います。ウェーベルンの世界は、とても小さな世界です。曲は大概の場合、とても短い。今回演奏する《6つの管弦楽のための小品》作品6の3曲目に至っては、1分か1分半しかありません。しかし作品は、非常に密度が高いのです。一音たりとも余計な音はありません。これは演奏する側には、本当にやりがいのある曲です。というのは、正確を期してできるだけ完璧に演奏することで、本当に音楽が立ち上ってくるからです。彼の音楽には、シェーンベルクやベルクにない繊細さ、センシビリティがあります。ちなみにウェーベルンは、一度だけ例外的に大音声を書いています。これは葬送行進曲で、最初は教会の鐘で始まります。それが段々音量を増していって、最後にはカタストロフに至るのです。ウェーベルンがこのような音楽を書いたのは、この時かぎりでしょう」

グリューネヴァルト 「ウェーベルンの作品は、非常に短いにもかかわらず、大編成を要求するという点で、観客に違和感を与えると思います」

ブーレーズ 「それには別の例もあります。ストラヴィンスキーの《星の王》は、7、8分くらいの男声合唱作品ですが、これには《春の祭典》規模のオーケストラが必要です。それゆえ演奏される機会が少ないのですが、作曲家たちは現実的な必要性から考えず、思った通りの編成で書くべきだと思います。なんだかんだ言っても、1度は絶対に演奏されるのですから。ウェーベルンは、《6つの管弦楽のための小品》で6本のトロンボーンを使っています。最後の1本が吹くところは、全曲で4小節しかありません。せっかく1人余計に雇ったのに、無駄と言えば無駄でしょう。しかし6人いるからと言って、無闇に全員に吹かせる必要があるでしょうか。彼は本当にその個所にその音が必要だったので、6本目を書いたのでした。私には、その音があえてトロンボーンのために書かれているということ自体、作曲家の真意の表れだと感じられます。音が書かれている個所は、本当に必然であり、無駄がない。ウェーベルンというのは、そういうエコノミックな作曲家なのです。もし必要がなければ、彼は音を書きませんでした。ウェーベルンはある時ウィーンで、ラヴェルの作品が演奏されるのを聴き、“どうしてあんなに大きなオーケストラを書くんだ。必要ないではないか”と言ったそうです。(ラヴェルは非常に精密な音楽を書いた作曲家ですが、)ウェーベルンには、それでも余計だと感じられたのです」

2009年6月のブーレーズの演奏会のハイライト映像を観る(無料)
2009年6月のブーレーズの演奏会をデジタル・コンサートホールで観る

 ベルリン・フィル演奏会批評(現地新聞抜粋)

ラトルの《マ・メール・ロワ》&《子供と魔法》は「セ・マニフィク(素晴らしい)」
(2008年9月27日)

【演奏曲目】
ラヴェル:《マ・メール・ロワ》
歌劇《子供と魔法》

独唱:マグダレーナ・コジェナー、アニク・マッシス、ソフィ・コッシュ、ナタリー・シュトゥッツマン、モイツァ・エルトマン、ジャン=ポール・フシェクール、フランソワ・ル・ルー、ジョゼ・ファン・ダム
合唱:ベルリン放送合唱団
指揮:サー・サイモン・ラトル


 今号で紹介するのは、2008/09年シーズン冒頭に上演されたラヴェル・プロの批評です。《マ・メール・ロワ》と《子供と魔法》が演奏され、それはEMIのライブ盤でも聴くことができますが、出来映えにはベルリンの批評家たちも賛辞を惜しんでいません。ラトルと言えば、何よりも透明感のあるクリアーな演奏がトレードマーク。『ターゲスシュピーゲル』のハンセン氏は、その志向がラヴェルとたいへんよく調和していると指摘しています。
 《子供と魔法》については、歌手陣の豪華さが突出しています。映像では、ソリストたちの表情豊かな所作がうかがえ、CDとはまた違った具体性を感じさせます。猫の仕草や表情を真似るル・ルーやコッシュ、ジャズ風の調べに乗せて踊り出すフシェクールとシュトゥッツマン、そして可憐な雰囲気で健気な子供役を演じるコジェナーと、魅力満載です。

「最も素晴らしいフランスものは、ベルリンからやって来る。サイモン・ラトルとベルリン・フィルは、ラヴェルの才気に満ちた《マ・メール・ロワ》を実に見事に演奏した。繊細なソロ、アンサンブルのエレガンス、バランスの調和! ラトルは優美な手さばきで指揮し、スコアを明晰さで照らしだす。この明晰さこそは、フランス音楽美学のエッセンスなのである。それはもちろん、ワーグナー風の重心の低い、暗い響きとは対極にある。ベルリン・フィルは、ラトルからフランス好みを貰い受けたようで、どのオーケストラよりも繊細にこの作品を演奏した。それはパルテル・カラーや金色の音の織物で、夢のように立ち上ってゆくのである。もちろん《子供と魔法》は、作品をよく知らない人には分かりにくい作品である。猫から茶碗に至る複数の役柄を、ひとりのソリストが最大4役まで兼任しているのであるから。しかしマグダレーナ・コジェナーを先頭に、ジョゼ・ファン・ダム、ソフィ・コッシュ、アニク・マッシス、モィツァ・エルトマン、フランソワ・ル・ルー、ナタリー・シュトゥッツマン、ジャン=ポール・フシェクールといった綺羅星のごときソリストを、他のどこで見つけることができるだろうか。セ・マニフィク(素晴らしい)の一語である(2008年9月27日『ターゲスシュピーゲル』フレデリク・ハンセン)」

「これは理想的な上演であった。カエル役に至るまで最高水準の歌手陣は、まったく素晴らしい。ラトルとオーケストラは、色彩豊かに華麗に演奏し、意識的に子供らしい表現は、自然に自由さと迫真性を獲得していた。静かな終幕のフーガで、それまで正確に歌っていたベルリン放送合唱団はややバランスを崩していたが、最後にハンカチで涙を拭わなければならなかったのは、筆者だけではなかったろう(2008年9月27日『ベルリナー・ツァイトゥング』ペーター・ユーリング)」

《子供と魔法》のハイライト映像(無料)
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 ドイツ発最新音楽ニュース

本コーナーでは、ドイツおよび欧米の音楽シーンから、最新の情報をお届けします。

アバド、入院によりスカラ座のカムバック・コンサートをキャンセル
 6月4・6日にミラノ・スカラ座に24年ぶりに凱旋することが予定されていたクラウディオ・アバドが、健康状態の悪化により公演をキャンセルすることになった。アバドは、5月中旬のベルリン・フィルへの客演中から体調がすぐれず、ベルリンの医師ハインリヒ・ヨーゼフ・リュプケ氏の診断を受けたが、「検査と状態安定化のため、3週間休養が必要」だという。アバドはミラノだけでなく、ラヴェンナとパリで予定されているコンサートもキャンセルする。
 アバドのスカラ座帰還は長い間待望されていたもので、10年以上前からアプローチが行なわれていた。しかし昨年になり、アバドはギャラの代わりとして、ミラノ市が市内に9万本の木を植えつけることを条件に、オファーを受諾した。しかし今年に入り、植樹に莫大な費用が掛かることが分かり、当初快諾した市当局も計画を引っ込める姿勢を示していた(写真:©Reinhard Friedrich)。

バティアシヴィリ、DGに移籍
 グルジアの女流ヴァイオリニスト、リサ・バティアシヴィリが、ドイツ・グラモフォンに移籍することになった。最初のアルバムは、サロネンとバイエルン放送交響楽団との共演で、ショスタコーヴィチ他の作品となるという。

シドニーのオペラハウス、閉鎖の危機
 モダンな建築により世界的に知られるシドニーのオペラハウスが、老朽化による閉鎖の危機にある。現地メディアによると、舞台機構は疲弊がひどく、全面的な改修が行なわれなければ、安全に上演を行なうことができない状態だという。改修費用は8憶ドル(約728億円)と言われている。