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仲井戸 ”CHABO” 麗市 インタビュー 「メインストリートのならず者、もしくは、ローリング・ストーンズをはてしなく語る夕べ」へ戻る

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2010年5月2日 (日)

interview
仲井戸 ”CHABO”麗市 インタビュー


 ローリング・ストーンズ『メインストリートのならず者』デラックス・エディションの発売を記念しておくる、HMVスペシャル・インタビュー企画。題して「メインストリートのならず者、もしくは、ローリング・ストーンズをはてしなく語る夕べ」

 第1回目のゲストは、RCサクセション、麗蘭ではもちろん、ソロ活動においてもブルース・フィーリング溢れるギターと、滋味豊かな歌・詩世界を聴かせてくれる我らが ”チャボ” こと仲井戸麗市さん。

 オリジナル・ブルース、メンフィス・ソウルへの敬愛、70年代アメリカ南部への憧憬、ビートルズとの進化の対比、そして、盟友と演じた「ジャガー/リチャード」な日々・・・38年前当時に針を落とした ”ならず者たちが拠る真夏のベースメント” への琥珀色のレミニセンス。じっくりとそれをたぐり寄せながら、ストーンズにまつわるお話をたっぷりと語っていただきました。


インタビュー/構成: 小浜文晶  



--- それではよろしくお願い致します。

 俺よりもっとストーンズにくわしい連中たくさん居ると思うけど(笑)・・・よろしくね。

--- チャボさんには『メインストリートのならず者』本編について色々とお話をお伺いしたいなと思います。まず、このアルバムはLPで発売当時に買われているわけですよね?

 うん、もちろん。ある時期から、ストーンズも含めて自分の好きなアーティストのLPは出たらとりあえず買うっていうパターンになっていたから、『メインストリートのならず者』もそんな感じで買ったと思うんだけどね。

--- 最初に針を落とした時はどのような印象だったんですか?

 たしか、このひとつ前って『Sticky Fingers』だよね? 「Brown Sugar」から始まってるのもいいし、俺は(註)メンフィス・サウンドが好きだから、そういう要素を昇華したアルバムに思えたりして大好きだったんだよね。で、そういう流れで、次に『メインストリートのならず者』を手に入れるわけなんだけど、まず当時2枚組っていうことの驚きが大きかったし、聴いた感じも『Sticky Fingers』とはまた違う印象があった。単純に曲数が多いっていうこともあって、1回聴いただけじゃ把握できなかったっていう記憶がすごくあるんだよね、いかしてるんだけどさ。

 それがかなり後になって、『メインストリートのならず者』っていうアルバムがストーンズのどういったところに位置するかとか、そういうことを徐々に自分なりに判ってきたりして、好きになっていったんだけど、とにかく当時は2枚組だった驚きと・・・そういう言葉で当時理解していたかどうかは判らないけど、どことなく音のタッチにある種の“ラフさ”を感じてね。「コレは本当にちゃんとレコーディング・スタジオで録音したのかな?」なんて印象も持ったんだよね。


  (註)メンフィス・サウンド・・・1960年代を全盛期とする、オーティス・レディング、サム&デイヴ、ウィルソン・ピケット、アレサ・フランクリン、エディ・フロイドなどに代表されるアメリカ南部の黒人ソウル・シンガー(サザン・ソウル・シンガー)の作品、または彼らのバックを務めていたハウス・バンド、ブッカーT&MG'sやバーケイズによるサウンドや、実際にこれらのレコードを制作していたテネシー州メンフィスにあるSTAXレーベル、また同様にHi、FAME、GOLDWAXといった名門レーベルのサウンドなどを総称して”メンフィス・サウンド”と呼ぶ。『Sticky Fingers』では「I Got The Blues」などでこうしたサザン・ソウルからの色濃い影響を感じることができる。


--- 少し混沌とした印象ですか?

 うん。1回聴いただけじゃ掴みきれない、ちょっととらえどころのない印象を持ったのはすごく憶えてる。

--- それが聴いていくうちにだんだんと・・・

 そう。曲の並びがいいなとか、ブギみたいなタッチのニュアンスが一貫してあるな、とかさ。そういうところにだんだんと気付いていって。とりわけこのアルバムに関しては、ジョン・リー・フッカーが基盤になっているようなタッチが強く匂うなって。彼らには、(註)ジミー・リード(註)マディ・ウォーターズとか、たくさんのルーツがあるわけだけど、聴き込んでいくうちに、コレはすごく(註)ジョン・リー・フッカーだなって(笑)。あくまで俺の解釈だよ。ジョン・リーのもったりとしたワン・コード・ブギみたいなものを、ストーンズ風にテンポを変えてみたりとか、そういうことを俺なりに感じたりしていったね。

--- 実際ブルースのカヴァーは2曲入ってますよね。(註)スリム・ハーポの「Shake Your Hips」と(註)ロバート・ジョンソンの「Stop Breaking Down」。こうしたマニアックなカヴァーをきちんと挟み込んでくるあたりもさすがというか。

 DECCA初期の時代ってほとんどブルースやリズム・アンド・ブルースのカヴァーじゃない? 勿論オリジナルも作ってるけどね。でも、『Beggars Banquet』あたりから特にこの頃にかけてっていうのは、「ジャガー/リチャード」っていうソングライティング・チームがエンジンかかりまくってた時期だと思うんだよね。ミックとキースががっちり組んで日夜曲作りに励む中で、自分たちのオリジナル曲ができまくってた。だから必然的にカヴァーの数も減ってくるって、すごく簡単な理由がひとつある上で、「でもブルースのカヴァーをするのも好きだし、まして2枚組だから1、2曲やろうぜ」っていう発想でこうなったとは思うんだけど。

 ソウルやブルースを色々と研究してたくさんのカヴァーを取り上げつつも、やっぱり自分たちのオリジナル曲で勝負しているってことに価値があるだろうし。 『Beggars Banquet』あたりから自分たちの方向性がすごく具体化し始めていった。そんな意味でも、『メインストリートのならず者』はその過渡期にあたるアルバムかもね。


(註) 文中に登場するブルースマンの主なアルバム その1

I'm Jimmy Reed Just Jimmy Reed Best of Live
Jimmy Reed
『I'm Jimmy Reed』
Jimmy Reed
『Just Jimmy Reed』
Muddy Waters
『Best Of』
Muddy Waters
『Live』
Great John Lee Hooker Mr Lucky Best Of Complete Recordings
John Lee Hooker
『Great John Lee Hooker』
John Lee Hooker
『Mr Lucky』
(キース参加)
Slim Harpo
『Best Of』
Robert Johnson
『Complete Recordings』


--- ブルース・カヴァーもあれば、ゴスペルやカントリーもあり、ある種過渡期ならではのバラエティに富んだ内容だった分、逆に1回聴いただけでは理解できなかった曲もかなりあったということですね?

 だから、またアタマに戻って聴き直すっていうことを散々したよね。当時はLPだから、4面フルで聴くっていうのはなかなか体力も気力もいることだし(笑)。1曲1曲の印象は1回聴いただけじゃ当然判らなかったよ。でも、さっきも言ったように、だんだんとね。 曲の並びもすごく良かったりさ。そんなに彼らが密に考えたとは思えないけど、必然的にというか・・・3面のアタマにキースの「Happy」があったりとかさ。ブルース・タッチの曲の並びとかさ。今思えば、「名盤」って呼ばれるのが約束されていたというか。

 あと、これもずいぶんと後になって思ったことなんだけど、このアルバムって、(註)ボブ・ディランとザ・バンドの『Basement Tapes』に近いような感じがしたんだよね。


Basement Tapes: 地下室   (註)ボブ・ディラン&ザ・バンド「Basement Tapes」・・・1966年のバイク事故による負傷により活動を休止していたディランが、ウッドストックでの静養中にザ・バンドとともに”Big Pink”の地下室でプライベート録音された音源集。当初は「グレート・ホワイト・ワンダー」という有名な海賊盤として出回っていたものの、レコード会社のブート対策とファンからのオフィシャル化を熱望する声により、1975年に公式リリースされた。1曲1曲の完成度や音質はまばらではあるが、その時期のディランの制作意欲やウッドストックを根城としながらアメリカのルーツ音楽を辿ろうとする姿勢などを伺い知れるかなり興味深いセッションが収められている。


--- それは僕もすごく感じました。キース邸の地下室で作り込まれたという録音状況の類似性もありますし。「ストーンズ版ベースメント・テープス」と名付けたいぐらいです。

 でしょ? 厳密にあそこまでラフじゃないんだけど、完成品が「10」だとしたら、「7」や「8」ぐらいに聴こえるものがポツポツあったり。ディランとバンドの方は「5」ぐらいのものもあるけど(笑)、すごくニュアンスが近いよね?

--- それこそ今回未発表サイドとして出すものは、「5」だったりするものに新たに手を加えてということですからね。本編にしても「10」に届いていないんじゃないか? と思わせるものを収めているという点でも、「ベースメント・テープス」的なニュアンスはかなり感じさせられてしまいますよね。

 ディランとバンドの方にもあるけど、作り込みすぎない「7」や「8」ぐらいの良さっていうかね。『メインストリートのならず者』にはそういう魅力があるよね。

 それから、プロデューサーの(註)ジミー・ミラーの存在も大きかったと思うんだよね。ジミー・ミラーが傍で、レコーディングのスタジオ作業を様々に教えてくれるっていう環境。彼がパーカッションやドラムで実際参加している曲もあるから、きっとそこでリズムの組み立てなんかのヒントとかも与えられたりしただろうしね。ストーンズ、とりわけミックとキースが具体的なスタジオ作業を学んで、そういったことが面白くなってきた時期でもあるだろうし。


  (註)ジミー・ミラー・・・1968年、ストーンズは、アイランド・レコーズ創設者クリス・ブラックウェルの肝煎りとしてスペンサー・デイヴィス・グループやトラフィックなどを手掛け注目を集めていた新進気鋭のジミー・ミラーをプロデューサーに抜擢。ちょうどその頃完成したばかりだったトラフィックの2ndアルバム『Traffic』のサウンドをミックがいたく気に入ってスカウトしたそう。ブルースを機軸とした手堅くアーシーなサウンド作りの中にも実験的な試みを次々と取り入れた『Beggars Banquet』から『Goat's Head Soup』までにおいてジミー・ミラーはストーンズから全幅の信頼を得て、揺るぎない黄金期のサウンドを作り上げている。


--- ミュージシャンにも、エンジニア的な作業も含めてそうしたスタジオ・ワークが面白くなってくるという時期があるものなのですか?

 うん、それはあるはず。俺も含めてだけど。やっぱり最初スタジオ・ワークなんて判んないもん。だから、ビートルズにジョージ・マーティンがいたように、そういうことに長けてるプロデューサーに出逢えば、そこで直接教えてもらったり、その人の作業を見て覚えたりとかさ。音に関して言えば、キースの方が特にそういうことに入りまくって学んでいった時期なんじゃないのかな。

 で、方や「ジャガー/リチャード」のオリジナル曲がどんどんできるわ、(註)グラム・パーソンズみたいな人たちと交流を持ってカントリーみたいな新しいタイプの曲ができるわって、そうした色々な面での創作力が爆発し始めたってことなんだろうね。そういう勢いがある。


  (註)グラム・パーソンズ・・・インターナショナル・サブマリン・バンド、バーズ(『ロデオの恋人』時代)、フライング・ブリトー・ブラザーズを渡り歩き、カントリーとロックの融合を追求し続けた男、グラム・パーソンズ。『Let It Bleed』の制作頃から、キースとグラムとの親交は始まったと言われている。親睦を深めている最中にうまれた「Love In Vain」、「Country Honk」、「Wild Horses」、「Dead Flowers」、「Moonlight Mile」、「Sweet Virginia」、「Torn & Frayed」からグラムの死後に作られた「Far Away Eyes」、「Indian Girl」、「The Worst」など、グラムがストーンズ・サウンドに与えた影響というものは今も計り知れない。


--- 「スウィンギン・ロンドン」、「ブリティッシュ・インヴェイション」の最旗手だった初期DECCA時代から、チャボさんはリアルタイムにストーンズをおいかけて聴かれてきたと思いますが、『Beggars Banquet』以降、彼らはカントリーのエッセンスなども含めこうしたアメリカ南部のルーツに根差した音楽性を露にしていきますよね。そこに対しての抵抗感や、その変化についていけなかったということはなかったのでしょうか?

 全然そんなことはなかった。 例えば、ロック少年だった俺の体験で言えば、ストーンズと双璧にあったビートルズの変わり方のほうが、最初面食らっちゃったんだよね。ルックスも含めて。すごく簡単に言うと、ヒゲ生やしちゃうわけだよね(笑)。

 「A Hard Day's Night」だったビートルズが、ヒゲを生やして髪の毛もさらに伸ばして、サウンドも『Rubber Soul』あたりから歴然と変わるでしょ? そういうところでビートルズには、「えっ?」 「えっ!?」っていちいちつまづいたりしてた(笑)。でも、「いやビートルズだからいいんだ。やっぱり<Rubber Soul>はいいなぁ」って。『Revolver』で「インドの楽器?・・・でもいいな」とか、『Sgt. Peppers〜』で「え? なんだよこれ・・・でもいいな」って、ビートルズのほうが全然戸惑いがあった。 むしろストーンズには何の躊躇もなく「うわっ!かっこいいなぁ!」って。


(註) 文中に登場するビートルズのアルバム

A Hard Day's Night Rubber Soul Revolver Sgt Pepper's Lonely Hearts Club Band
『A Hard Day's Night』
『Rubber Soul』
『Revolver』
『Sgt Pepper's Lonely Hearts Club Band』

--- ストーンズのサウンド的な変化の速度というのは、比較的ゆっくりだったのかもしれませんね。

 そうかもしれないね。活動期間が短かったビートルズのあの変化の速さに比べると特にね。だから、キースなんかがアメリカ南部に傾倒して、それを新しいアルバムの中で提示していくっていうことに対しては、わりと自然に受け入れられた印象だったと思うな。

 『Sticky Fingers』や『メインストリートのならず者』が出た当時やその前後って、ストーンズだけじゃなくて、イギリスのロック・シーンの連中がこぞってアメリカ南部に向いたよね。(註)エリック・クラプトン然り、(註)ジョージ・ハリスン然りで。「レイドバック」なんて当時の言葉で括られていたけど。

--- (註)ライ・クーダー(註)デラニー&ボニー(註)レオン・ラッセルといったところとどんどん交流していきますよね。

 エリックが(註)デュアン・オールマンと出会って、そのスライド・ギターにショックを受けたとかさ。そういうことって今俯瞰して見ると、すごくリンクしてるのが判るよね。

--- ライ・クーダー、デラニー&ボニーだったりのLPというのは、その発売当時に日本でも大きく紹介されていたのですか?

 やっぱり、当時こういった人たちのLPを買っていたのは、けっこうコアなロック・リスナーじゃないかな。俺も含めて。だから、メジャーなレコード屋さんに行けば必ず置いてあったLPではなかったかもしれないね。ライ・クーダーでさえも。ストーンズ、ビートルズはもちろんこの頃から特別な扱いだったけど。

 ライ・クーダーは大好きだったな。ストーンズとも接点あったしね。トラブルもあったみたいだけど(笑)。結局この頃って、ストーンズ連中がライも含めたこういうアメリカ南部のミュージシャンたちにすごく興味をおぼえた時代でもあるんだろうね。

--- 『メインストリートのならず者』の前後は、ストーンズにとってかなりミュージシャン人脈が大きく広がった時期ですよね。どんなアーティストにとっても、こうした人脈の広がりというのは、やはりクリエイティヴな部分に大きな影響を与えるものなのでしょうか?

 ミックもキースも、自分自身が音楽少年だったわけじゃない? 「チャック・ベリーが大好きなんだ」って。だから、彼らが「アメリカ南部の音楽ってどんな感じなんだろう?」って純粋に興味をおぼえるのも、そういった無邪気な音楽少年の延長だろうしね。で、そこから次の段階として、吸収して昇華したものをいかにストーンズという自分たちのバンドに反映させていくかって考える。彼らは今だってそういう感じだと思うけどさ。ステキなことだよ。


(註) 文中に登場する米南部/英スワンプ系の主な作品

Boomer's Story On Tour With Eric Clapton Leon Russell Anthology
Ry Cooder
『Boomer's Story』
Delaney & Bonnie
『On Tour With Eric Clapton』
Leon Russell
『Leon Russell』
Duane Allman
『Anthology』
Layla Sessions -20th Anniversary Edition Eric Clapton(+17) All Things Must Pass -New Century Edition Concert For Bangladesh
Derek&The Dominos
『Layla Sessions -20th Edition』
Eric Clapton
『Eric Clapton』(+17)
George Harrison
『All Things Must Pass -New Edition』
George Harrison
『Concert For Bangladesh』


--- 60年代後半から現在に至るまでにも、「ジャガー/リチャード」でどんどんオリジナル曲を書く一方で、アルバムやライヴでは1、2曲カヴァーをやっていたりしますからね。

 そうそう、無邪気に。愉しいんだよね(笑)、単純にそういうのって。愉しいのもあるしリスペクトもあるし。ビートルズやエリック・クラプトンなんかもそうだけど、やっぱり彼らストーンズは、カヴァーして(オリジナル作曲者の)クレジットをちゃんと載せることで、オリジナルへの敬意を払ってるよね。当時、真っ当な評価をされていなかったブルース・シーンやソウル・シーンにちゃんと収入が入るようになったりね。 で、やがてブルースマンやソウルマンが彼らに感謝するようになる。とってもいい関係だよね。 若き日のストーンズが「(註)ハウリン・ウルフと一緒じゃないとテレビ出ねーぞ」ってゴネたりとかさ。そのゴネかたっていうのは、ハウリン・ウルフに対する大リスペクトだもんね。

 カヴァーっていうのは、自分らのバンド小僧としての楽しさと、そういうリスペクトの気持ちがあってのカヴァーだったりするんじゃないかな。 「こんないい曲があるなら、カヴァーして俺たちのファンに紹介しようぜ」って今も昔もミックとキースが話してるかもしれないよね(笑)。

--- 昨年公開された「シャイン・ア・ライト」にも(註)バディ・ガイが出てきたり、もうちょっと前には、(註)ボ・ディドリーがライヴにゲスト出演したりと、今でもオリジナルへの敬意は忘れていませんよね。

 (註)タジ・マハールが出てきたりとか、色んな人のアルバムにキースやミックやロニーが参加したりとかさ。いいよね。


(註) 文中に登場するブルースマンの主なアルバム その2

Moanin In The Moonlight London Howlin' Wolf Sessions: Rarities Edition I Was Walking Through The Woods Broken Hearted Blues
Howlin' Wolf
『Moanin In The Moonlight』
Howlin' Wolf
『London Howlin' Wolf Sessions -Rarities Edition』
Buddy Guy
『I Was Walking Through The Woods』
Buddy Guy
『Broken Hearted Blues』
Bo Diddley Go Bo Diddley Best Of Maestro
Bo Diddley
『Bo Diddley』
Bo Diddley
『Go Bo Diddley』
Taj Mahal
『Best Of』
Taj Mahal
『Maestro』


--- ちなみに、『メインストリートのならず者』がリリースされた72年というのは、チャボさんは忌野清志郎さんと出逢って間もない頃ですよね?

 うん。その頃にはもうお互いの家を行き来してたりとかしてたね。もちろんRCに正式加入する前だから、古井戸をやってた時。ちょうど渋谷のライヴハウスに出なくなった頃で、しょっちゅう逢ってたかな。

--- では、その当時にストーンズの新譜として出た『メインストリートのならず者』をお二人で聴いて、あれこれ盛り上がったりということもあったのですか?

 72、3年だと、ストーンズというよりも俺たちは、(註)オーティス・レディングだとか(註)MG'sだとかそういう話をしてた。「やっぱりメンフィスだよね」とか、俺だったら「B.B.キングもいいよ」とかね。そういう毎日(笑)。


(註) オーティス・レディングとブッカーT&ザMG'sの代表作

Live In Europe Otis Blue -Collector's Edition Green Onions Hip Hug Her
Otis Redding
『Live In Europe』
Otis Redding
『Otis Blue -Collector's Edition』
Booker T & The MG's
『Green Onions』
Booker T & The MG's
『Hip Hug Her』



 ストーンズの話を具体的にたくさんするようになったのは、70年代の後半だね、きっと。現実的にRCで一緒にやろうよってなってきた時の“判りいいお手本”というかさ。清志郎くんもギターを置いてハンドマイクで歌い出すことになるから、ステージでの動きなんかを探す中でストーンズの映像を観て、「おっ、かっこいいいな」って。そういう意味であらためて聴き出すんだけどね、その時期に。

--- その時期、清志郎さんと “ストーンズごっこ” に夢中だった、とおっしゃっていましたよね(笑)。

 そう、すごく無邪気にね(笑)。



(次の頁へつづきます)





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仲井戸”CHABO”麗市 ライヴ・スケジュール


GO!! 60 Extra
仲井戸”CHABO”麗市 with 早川岳晴
[梅田シャングリラ5周年記念感謝祭 〜LIKE A ROLLING STONE〜]

会場:大阪城野外音楽堂(雨天決行)
日時:6月12日(土)OPEN 11:00/START 12:00
料金:前売り3,800円
お問合せ:Shangri-La Tel:06-6343-8601



One of Love Vol.1
途上国の子供たちに未来の仕事を贈るプロジェクトGIG


会場:東京・SHIBUYA ENTERTAINMENT THEATER PLEASURE PLEASURE
日時:2010年6月21日(月)OPEN 18:30/START 19:00
参加アーティスト:仲井戸”CHABO”麗市、泉谷しげる、土屋アンナ、ichiro、m.c.A.T.、One of Love スペシャルバンド、斎藤ノブ、夏木マリ
料金:全席指定 6,500円(税込)1ドリンク,1ROSE 付
   ※3歳以上チケット必要
お問合せ:ディスクガレージ03-5436-9600 (平日12:00〜19:00)



YO-KING presents 『王様のアイディア』

会場:名古屋・Electric Lady Land
日時:2010年6月24日(木)OPEN 18:30/START 19:30
ゲスト:仲井戸”CHABO”麗市 with 早川岳晴
料金:自由(整理番号付き)前売り 5,000円 / 当日 5,500円(税込/ドリンク別)
お問合せ:JAILHOUSE 052-936-6041 / www.jailhouse.jp



ROCK THE JOINT!

会場:東京・町田市民ホール
日時:2010年7月9日(金)OPEN 18:30/START 19:00
出演:シーナ&ロケッツ、麗蘭
料金:全席指定 3,400円(税込)
お問合せ:町田市民ホール
〒194-0022 東京都町田市森野2-2-36
TEL. 042-728-4300

profile

仲井戸麗市 (なかいど れいち)

 1950年東京・新宿生まれ。70年にフォーク・デュオ、古井戸を結成。72年には1stアルバムにしてフォーク史に輝く名盤『古井戸の世界』をリリース。シングル・カットされた「さなえちゃん」の大ヒットをきっかけに知名度を飛躍的に向上させていく。その後もコンスタントな活動を続け、ライヴ盤を含む計8枚のアルバムを発表した古井戸は、79年に惜しまれつつも解散。同年、RCサクセションに正式加入した”チャボ”は、生ギターからエレクトリック・ギターに持ち替え、ブギの効いたブルース・フィーリングを武器にエモーショナルかつスリリングなプレイをキメまくり、バンド大躍進の原動力となった。とくに、ステージにおける忌野清志郎とのコンビネーションは、ジャパニーズ・ロックのひとつのハイライトと云える。90年には、ストリート・スライダーズのギタリスト、土屋“蘭丸”公平と孤高のルーツ・ロック・ユニット、麗蘭を誕生させ、91年に唯一のスタジオ盤『麗蘭』を発表。その後もライヴ盤を中心にコンスタントに作品をリリース。ソロとしては、RC在籍時の85年に1stアルバム『THE仲井戸麗市BOOK』でキャリアをスタート。以後、『絵』(90年)、『DADA』(93年)、『グレート・スピリット』(97年)など、“うた心”と“ロック・スピリット”がギッシリ詰まった数々の傑作を世に出していく。2009年10月11日の東京SHIBUYA-AXにて仲井戸麗市は、たった一人でステージに立ち、RCサクセションの楽曲を弾き、歌うというライヴを行っている。2010年に、その模様を完全収録したCD、DVD『I Stand Alone』がリリースされている。