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Review List of 村井 翔 

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     2021/12/31

    完全な現代化演出だが、出色の出来ばえ。何とも猥雑なガーター亭の眺めからして実に素敵だが、人物達が大麻を吸っていたり、濃厚なセックス描写(演ずるのは演技だけの人たちだけど)など60年代カウンターカルチャーの雰囲気が漂う。これに対し、セレブの奥様たちはプール付きの邸宅に住まう。フリットリやシエラは水着姿も披露。だだっ広い平面になりがちな最終場も、とても工夫のある作り。歌手陣も全く隙がない。何よりもミヒャエル・フォッレの「ちょい悪オヤジ」ぶりが完璧に役にはまっている。かつてのF=ディースカウは確かに達者だったけど、こういう「ちょい悪」の雰囲気は出せていなかったので、ドイツ系バリトンでは随一かもしれない。フリットリ、バルチェローナはもとより当たり役だし、デムーロ、シエラの若い恋人コンビも良い。ダーザのフォードとファルスタッフの二人の手下たちも抱腹絶倒の演唱。
    ただひとつ、惜しまれるのは相当にテンポの遅くなったバレンボイムの指揮。ここぞという所ではもっと俊敏さが欲しいけれど、響き自体は重くないし、的確なポリフォニーの処理など聴くべき所もあるので、かろうじて及第点。

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     2021/12/29

    最初に聴いた時には、さすがにこれはやりすぎだと思った。でも、この演奏については、しばらく「寝かせた」ことで印象が逆転。特に複数の映像を見たことですっかり考えが変わった。デジタル・コンサートホール内にあるベルリン・フィルのメンバーとの2019年3月ライヴも悪くないが、フランス国立管メンバーとのyou tube上にある演奏はさらに良い(France Musique制作、収録は2021年か?)。それでも、演奏が練れているという点では、このディスクの面々が一番。5人の器楽奏者たちはさすがの腕っこき揃いだが、完全にコパチンスカヤの意図を理解して、彼女に寄り添ってくれている。ピラルツィク/ブーレーズ以来の「マジメな」現代音楽としての演奏が間違いだったとは言わない。しかし、作曲者がほんらい望んでいたのは、ウィーンやベルリンの文学キャバレーでこのように演じられることではなかったか。女優であるバーバラ・スコヴァならこのように語ることもできたはずだが、やはり前例にならって、あと一歩踏み込むことができなかったのだ。コパチンスカヤのシュプレヒ・シュティンメは第1曲「月に酔い」から誰とも違うが、特に第9曲「ピエロへの祈り」、クライマックスの第11曲「赤ミサ」に至ると相当にハメを外している。でも、作曲者の指定した音の高さはそんなに外していないようだ(それが決定的に重要とも思わないが)。何よりも得難いのは、すべての言葉に対する表情が選び抜かれていて、全くハズレがないことだ。極端な早口の第12曲「絞首台の歌」など、これまでのすべての歌手を顔色なからしめるような名人芸。彼女は今後も「二刀流」を続けてゆくつもりのようで、2023年3月の大野/都響によるリゲティ生誕百周年演奏会にはヴァイオリン(ヴァイオリン協奏曲)と声(マカーブルの秘密)の両方で出演することが予告されている。
    余談ながら、カップリングも実に秀逸。『月に憑かれたピエロ』の後に『皇帝円舞曲』(シェーンベルク編)を続けるなんて、誰が考えついただろうか。しかも『ピエロ・リュネール』の次に演奏されると、このワルツの序奏は、骸骨が骨をカタカタ鳴らす死の舞踏のように聞こえるではないか。個人的にはホーネック指揮『第9』とこれが今年のベスト2。

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     2021/12/28

    ブラ4は2018年4月のライヴで第9より前の録音だが、このコンビ、ベートーヴェンの奇数番録音でHIPの成果を大編成オケに生かす術を完全に会得してしまいましたね。弦は16型だが、管楽器はホルンを5に増強した以外、楽譜指定通り。それでも従来のバランスに比べれば、ホルンとティンパニがきわめて雄弁。弦はヴィブラート控えめだ。アゴーギグに関しては、両端楽章終わりとも極端な追い込みはない。第1楽章はほぼ標準的なテンポ(12:38)、神経細やかな開始(フルトヴェングラー風)に始まる第1主題の詠嘆調とタンゴ風とも言われるリズミックな楽想の対比が鮮やか。おなじみの指揮者解説でも述べられている通り、コーダの入り(351小節)ではホルンが続く三連符音型を先取りするのを、かつてないほどはっきりと聴かせる。第2楽章は近年のトレンドに比べれば、やや遅め(11:06)。行進曲というよりはカンタービレ重視だが、それでも終盤のクライマックス(84小節)でのティンパニの打ち込みは強烈。
    第3、第4楽章はかなり速い(5:54/9:26)。精力的な第3楽章では相変わらずホルンが大活躍。282小節でのティンパニとコントラバスの掛け合いなど実に面白い。終楽章第3変奏でのホルンの激しいシンコペーションは初めて聴くし、第12変奏のフルート・ソロはそんなに遅くないが、さすがの名人芸。最後、暗い音色で響きを殺してしまうところなど、実にうまい。再びテンポを上げた後の第17変奏では弦楽器がほとんどトレモロに近いスル・ポンティチェロと、例によって手練手管満載だ。

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     2021/12/15

    あまたある『冬の旅』音盤の中でもこれほど個性的、特異なものは他にないだろう。ツェンダー他の編曲版は別にして、とにかく普通でない『冬の旅』が聴きたいという人には第一にお薦め。「シューベルト時代の歌唱様式に沿う」ことをうたった三大歌曲集録音の完結編だが、とにかく歌手もフォルテピアノも譜面通りに歌わない、弾かない。伴奏者トビアス・コッホがインタヴューに答えて述べている言葉を借りれば「『原典版』とは別の音、装飾、レチタティーヴォ風の挿入、拡張、休止、経過句、思いがけぬ変転」が至るところにある。第6曲「溢れる涙」など、全く別の曲のように変奏されているし、歌は随所で語り、シュプレヒシュティンメに接近している。初演者ヨハン・ミヒャエル・フォーグルはこういうスタイルで歌ったのだろうが、『竪琴弾きの歌』連作と違って、残念ながらこの曲にはフォーグル版の譜面はなく、演奏者たちのファンタジーが頼りだ。名曲中の名曲だから、ここまで譜面を無視するには相当な勇気が必要だったろう。さて、首尾はどうかと言えば、上々の出来、三大歌曲集の中ではこれが最も良いと私は聴いた。この曲集のモノクロームな色彩、絶望の色濃い曲調に、このような装飾的な歌唱はふさわしくないのではないかと危惧していただけに、私としても意外だった。聴き手の方が慣れてきたという以上に、演奏者の方法論が練り上げられてきたせいだと思う。全体はかなり速めのテンポで進められており、くどいといった印象は皆無。フォルテピアノがきわめて雄弁で、声と鍵盤楽器のための協奏(競争)曲と化しているのも、この演奏の特色だ。

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     2021/12/10

    歌手よし、指揮よし、演出よし。この魅力的なオペラの理想的な映像ソフト。ペーターゼンは小悪魔的なマリエッタにぴったりなだけでなく、パウルを妄想から救い出そうとするけなげな面も見せる(夢の中だけど)。この役には彼の声は少し重すぎるかとも思ったが、カウフマンの達者な歌と演技は相変わらず見事。指揮は通俗音楽に寄せたノスタルジックな面と20世紀音楽らしいモダンな側面をバランス良く表出。第2幕フィナーレあたりの畳みかけは、いかにもペトレンコらしい。
    演出は完全な現代化演出だが、非常に巧み。特に第1幕終わりで登場するマリーの亡霊が抗がん剤の副作用でスキンヘッドになった姿なのは秀逸。これで彼女の遺髪が保存されている理由が良く分かる(このアイデア自体は映像ソフトになっていないウィーンのデッカー演出と同じだが)。この亡霊(
    とその分身たち)は第2幕、第3幕でも要所要所に登場し、パウルのオブセッションを印象づける。演出としては難所の「教会の行列が部屋の中に侵入してくる」シーンの見せ方も実にうまい。最後が従来通り、パウルの自殺を暗示して終わるのではなく、亡き妻の写真と遺髪を燃やした彼が妻の死という現実と向き合おうとするところで終わるのも新鮮だし、現代ではそうあるべきだ。

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     2021/12/09

    またしても、やりたい放題やってくれましたね。第4番は提示部反復をすれば10分を超える、しかしハ短調のまま終わるかに見えて、とってつけたようにハ長調に転調して終わってしまう終楽章がどうも締まりなく、これをどう終わらせるかが大問題。この演奏は最後に思い切ったリタルダンド、しかも終結和音をディミヌエンドにしている。完璧な解決策だ。第5番は第1楽章は「すっきり爽やか」だが、第2楽章は速いテンポ(8:15)にも関わらず、ト短調への転調部など、すこぶる陰影が濃い。ト短調のメヌエットはきわめて峻厳、トリオもアーノンクールと違ってテンポを落とさない。さらに最後に急激なアッチェレランドをかけて非常に速い終楽章へのブリッジにしている。終楽章でも提示部反復の時だけ第二主題を遅く始めて、アッチェレランドでテンポ・プリモに戻すなど、ここでもやりたい放題。

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     2021/10/29

    もちろん発売直後に買ったのだが、どうも納得できないところが多くて、あと何度か聴いてみようと「寝かせて」おいた。でも、やはり疑問は解消できなかった。特に失望したのは第14番。歌手は二人とも良い。オポライスのキャラクターへの憑依力は「ローレライ」「自殺」以下の各曲できわだっているし、ツィムバリュクも粗いところのない美声なバスだ。しかし、指揮は美しいが緊張感のない音響のたれ流しに終始し、最後まで心に響かなかった。交響曲とはいえ、作曲者にとってはより重要なジャンルである弦楽四重奏の拡張版であるこの曲、ネルソンスには最も合わない曲だったと言うしかない。ボストン響の美演をベースにしたこの全集、もとよりグランド・マナーな所が取り柄であったわけだし、これが現代のショスタコーヴィチ演奏のトレンドなのだと言われれば、そうかもしれない。けれども、切れば血が出るようなロストロポーヴィチから、ささやき声から絶叫まで極大の振り幅を誇るクルレンツィスに至る音盤で養われた第14番についての私の感覚は、そう簡単には変えられない。
    第1番と第15番の組み合わせはゲルギエフもやっているが、とてもいいセンス。両曲ともオケをマッスとして扱わない「管弦楽のための協奏曲」だからだ。こちらは第14番ほど悪くないと思うが、尖鋭さという点では、近年の録音に限っても、ヴァシリー・ペトレンコに負けている。

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     2021/10/23

    音楽面では非常に水準が高い。ストゥンディーテ、グリゴリアンともに本当に声が良く伸びる。細やかさも申し分なく、この二人がやはり圧倒的。バウムガルトナーも悪くない。ヴェルザー=メストとウィーン・フィルがいつもの洗練にとどまらぬ、逞しい表現力を見せるのは、作品の性格をそのまま反映したとも言えるが、コロナ下ゆえの特別なテンションの高さか。
    現代の衣装によるワルリコフスキ演出、今回の新機軸は以下の通り。1)音楽が始まる前に、夫を殺したばかりのクリテムネストラが出てきて、これは娘イフィゲニアを生贄にされたことの復讐であると自己主張する(ホフマンスタールの台詞ではない。ソポクレース原作の独訳か?)。2)エレクトラのモノローグおよび終盤でアガメムノンの亡霊(もちろん黙役)が舞台に出てくる。3)クリソテミスがボーイッシュとも言えるタイトないでたちなのに対し、エレクトラは花柄のスカートを履いている。従来のクリシェの逆を行こうという意図。クリソテミスは母親とその愛人殺害に積極的に関与するなど、明らかにキャラを変えている。4)副舞台としてクリテムネストラの部屋が設けられ、さすがに殺しの瞬間は見せないが、殺害後の状況をリアルに見せる。血しぶき、さらに不気味な蠅の大群を見せるプロジェクション・マッピングは終盤、大活躍。映像投影が派手な分、歌手たちの演技そのものが控えめなのは、近年の演出の悪弊ではあるが、全体としては新解釈の意欲は大いに買える。

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     2021/10/11

    4つのスケルツォはその激しさ、シリアスさにおいてショパン全作品中でも高峰の一角をなす重要なジャンル。ほとんど時を同じくしてチョ・ソンジンの新録音も出た。あちらも切れ味鋭く、端麗な申し分ない出来ばえだったが、この録音はもはや別格とさえ言える。ベアトリーチェ・ラナを「新鋭女流ピアニスト」ぐらいに思っていた認識を改めねばなるまい。1番、2番、4番とも中間部は悠然と歌うが、主部もまた畳みかける所と立ち止まる所のコントラストが鮮やか、しかも間のセンスが実にいい。1番などホロヴィッツのように一気呵成に突進するかと思いきや、最後まで余裕綽々だ。2番も冒頭の応答音形から左手のえぐり、右手高音部のきらめくようなタッチに至るまで、この聞き慣れた名曲を初めて聴くよう。誰とも似ていない個性的な演奏と言えば、思い浮かべるのはポゴレリッチ、プレトニョフ(2000年カーネギー・ホール・ライヴ)だが、表情の多彩さでは彼らを凌ぐほど。練習曲集 Op.25もまた凄い。この曲集では、かつてのポリーニの録音が無敵だと思っていたが、ラナを聴いてしまうとポリーニですら音楽の縦構造、ポリフォニーの把握に弱点があったことを思い知らされる。

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     2021/10/10

    ピアノ協奏曲の緩徐楽章のみならず、両端楽章でも旋律装飾を試みた演奏。しかも、これまでに聴ける限りでは、最も大胆なタイプのものだろう。特にK.503は構えは大きいが、どうも内容空疎で、最後の8曲のピアノ協奏曲中ではいちばん魅力薄な曲だったが、奔放な旋律装飾で面目を一新した感がある。もちろん譜面は残っていないのだが、モーツァルト自身が弾いた時には、このようなインプロヴィゼーションを加えたのであろう。K.466は曲の性格上、心持ちおとなしめだが、両端楽章の自作カデンツァなどは聴き応え十分。小回りのきくセントポール室内管の合わせも申し分ないし、間のロンド K.511もすこぶる美しい。ただひとつ、惜しまれる所があるとすれば、旋律装飾のセンスは称賛に値するのだが、ピアニスト自身のタッチの冴えがやや乏しく、音色的にほんの少し、単調と感じられるところか。

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     2021/09/05

    ウォーナー演出はもちろんトウキョウ・リングとは全く違うもので、パロディ色はなし。象徴的でありつつもかなりリアルな感触。各幕の舞台はDNAを表象する螺旋状の構造物が見られる塔のような建物のワンフロアといった感じ、これは良くできている。(神々ではない)人間達の衣装や調度などは現代のものにも見え、超時間的な舞台だが、ワルキューレ達のいでたちがすこぶるワイルド、いや明らかに土俗的なのが印象的。同じことはヴォータンにも言え、定番の眼帯ではなく、リアルな特殊メイクで右目をつぶしているが、どちらがフンディングか分からないような粗暴な人物になっている。第2幕の幕切れでも言葉でフンディングを殺すのではなく、実際に槍で刺し殺してしまう。『ラインの黄金』のヴォータンならこれでもいいかもしれないが、私が『ワルキューレ』のヴォータンに期待する威厳や孤独感といったものがほぼ感じられない。最終景はなかなか壮観だが、そのために第3幕冒頭(ワルキューレの騎行)からエンディング直前まで、ずっと大きな壁の前で演技せねばならぬというのは、本末転倒もいいところ。
    音楽面ではパッパーノの指揮が相変わらず好調。総譜の読みが深く、非常に立体的に音楽を響かせている。ただし、かつての指揮者で言えばショルティのような即物的な音楽なので、さすがにワーグナーになると「含みが乏しい」などと文句を言う余地もあろう。歌手はコノリーのフリッカも含めて女声陣の圧勝。ステンメはやはり現役世代最高のブリュンヒルデであることが改めて確認できる。マギーも(女性のお歳を話題にして申し訳ないが)実にキャリアの長い人。ドラマティック・ソプラノへの転身が成功した典型的なケースで、演技もうまいので、見応え十分。メジャーになる前のダヴィドセンが端役で出ている。スケルトンは声は立派だが、見た目に関しては、もう少しダイエットしてほしい。クプファーのように、あちこち走り回る演出じゃなかったのは幸いだが、これでは殺される前に息が切れてしまいそうだ。ランドグレンも声楽的には見事だが、前述の演出にも災いされて、私のイメージする『ワルキューレ』のヴォータンとはずいぶん違う。

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     2021/07/18

    「シューベルト時代の歌唱スタイル」による三大歌曲集の録音を完成したマルクス・シェーファーがパートナーを換えて、それ以外のシューベルト歌曲を録音したアルバム。作曲者の生前に出版された際に、一緒にまとめられた数曲ごとのツィクルスになっているが、「竪琴弾きの歌」3曲はもとより、Op.5の5つのゲーテ歌曲もしばしばこの順で録音されており、選曲そのものは特に目新しいものではない。このディスクの目玉は何と言っても歌い方そのもの。有節歌曲はメロディーが戻ってくるたびに違うし、ヴァリアントや装飾が多数、至る所で譜面通りに歌わない。シューベルトの多くの歌曲を創唱したバリトン歌手(ハイ・バリトンでテノール用の『冬の旅』も原調のまま歌ったという)ヨハン・ミヒャエル・フォーグルがこういうスタイルで歌ったことは確かなようだが、すべての曲で彼の歌った譜面が残っているわけではなく、実行は演奏者のファンタジーとデリカシー頼りだ。実は私もシェーファーの三大歌曲集第一作『美しき水車小屋の娘』ではあまり納得できなかった。けれども、これは特に曲との相性が悪かったようだ。演奏者の考証と演奏経験の積み重ねに加えて、私も慣れてきたせいで、しだいに面白さが分かってきた。リーフレット所収の演奏者たちのインタヴューによると「竪琴弾きの歌」はフォーグル版の譜面が残っているようだが、かつては「改悪」と非難された劇的なこの版も悪くない。有節歌曲の「漁師」D.225などはいかにもという感じだし、「トゥーレの王」D.367も終盤、全く楽譜と違うが、これはこれでありだ。
    選曲に目新しさはないと述べたが、最後の「4つのリフレインの歌」Op.95がまとめて歌われるのは珍しい。「見分け」D.866-1と「男はたちの悪いもの」D.866-3は女の子用の歌詞で、男声歌手が歌うことはまずないからだ。この2曲でのシェーファーの「男の娘」ぶりは痛快。音大教授でいかにも謹厳そうな人だが、こんなお茶目なところもあるとは意外。

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     2021/07/15

    2016年にグローガー演出に取って代わられた一世代前のプロダクション。これが今になってディスク化されたのは、ロイヤル・オペラも昨年は閉鎖を余儀なくされ、新しいコンテンツがないせいだろうが、発売の意義は十分にあった。特に素晴らしいのはヘンゲルブロックの指揮。もちろんスタイルはHIPだが、細かい緩急の変化、硬軟の表情の使い分けが見事。歌手陣も水準高い。ベングトソン、アダモナイトは単体としての歌の魅力はイマイチかもしれないが、アンサンブルとしてはとても良いし、二人とも金髪美女なので、本物の姉妹に見えるところは高評価。2006年ザルツブルクに続いてドン・アルフォンソを余裕綽々で演じるトーマス・アレンが舞台を引き締めている。
    ジョナサン・ミラーの現代化演出だけは残念。似た仕様のドリス・デーリエ演出(ベルリン国立歌劇場)などに比べると発想が貧困だ。たとえば、最初から最後まで同じセットを使い回すので、せっかく舞台上に置いてある姿見をもっと効果的に使えるはず。第1幕フィナーレの「磁石のお医者様」も看護婦二人を率いて登場、普通に「アルバニア人」たちにAEDを使うだけだ。これじゃパロディにも、何にもならないでしょ。

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     2021/07/10

    歌手陣はとても良い。ドライシヒ、クレバッサ以下、ほぼ理想的な布陣。最小限のものしか舞台上にないロイ演出も心理描写が細やか。登場人物6人だけのこのオペラは予想通り、彼のスタイルに合っている。それでも満点は付けられないのは、上演時間の制約のため仕方ないこととはいえ、若干のカットがあるせい。やはりこれは特別な年の特別なドキュメントと言うべきものだろう(ブルーレイが出ないのも、そのせいか)。もちろん致命的とは言えないカットだが、ダ・ポンテの作劇術は本作では神業の域に達しているので、この程度でも不満を感じざるをえない。たとえば、この演出では、ドン・アルフォンソは単なる狂言回しにとどまらぬ、女性不信のトラウマを抱えた悲劇的な人物として作られているが、デスピーナの第1幕のアリアがあれば、彼女の男性不信の方も、もう一押しできただろう。またフィオルディリージは貞操は固いが、ちょっとアナクロな、トロい人物として描かれがちだが、この演出では非常にデリケートな、傷つきやすい女性として描かれている。そうなると、第2幕でのフェルランド、グリエルモのアリア計3曲がすべてないために、士官たちのキャラクターの方は掘り下げが浅く見えてしまう−−第2幕でのフィオルディリージの「ロンド」の間に二組の恋人たち全員が舞台に出てくるのは、それを補おうとする演出であろうが。指揮は残念ながら不満。スタイリッシュではあるが、前述の「ロンド」以外はさらさらと音楽が流れすぎる。演出の路線に合わせて、ここぞという所では、もっと濃い表現を持ち込んでも良かったと思う。

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     2021/06/02

    とにかく速い。終楽章は16:18で、長年破られなかったショルティ/シカゴ(1971)の最速記録16:28をついに抜いた。演奏時間100分のクレンペラーを有難がっていた時代が嘘のようだ。ドイツ・ロマン派風の「夜の音楽」としてこの曲を理解している人は第1楽章展開部の大半を占める挿入部などは、もっとたっぷり聴かせてほしいと思うだろう。けれども、二つの「夜曲」も第2楽章は行進曲、第4楽章は18世紀風セレナードのパロディであって、この曲、本格的な緩徐楽章のない交響曲であることも確かなのだ。これまでに聴いたことのない声部が聞こえるキリル・ペトレンコの本領を最も発揮しているのは第2楽章。木管のトリルからコントラバスまで、音楽が恐ろしく立体的に聞こえる。彼特有の「えぐり」は弦楽器が一斉に下降した後のチェロの一撃(189小節の頭)が凄い。終楽章では音楽をどんどんドライヴしてゆく、この指揮者のライヴでのノリの良さが最良の形で発揮されている。
    かつてネット上にあった(音だけ)2016年の5番では、かなり荒れ気味だったバイエルン国立管だが(日本での演奏もあまり感心しなかった)、ここでは見違えるような高精度の演奏を披露。拍手はなし。オフマイク気味の録り方だが、二日間の演奏をうまく編集しているようだ。

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