Peggy Lee
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Peggy Lee (ペギーリー) プロフィール

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 ペギー・リー(本名、ノーマ・デロリス・エグストローム)は、1920年5月26日ノースダコタ州、ジェームスタウンに8人兄弟の7番目として生まれている。ペギーは北欧系の血筋で彼女の祖父母はスェーデンとノルウェイからの移民だった。4歳のときに母を無くしたことで幼年時代は継母との確執で過ごしたが、やがて、グリークラブや教会の聖歌隊で歌ったりセミプロ・バンドで歌っていた。

 1938年高校を卒業する頃には彼女はそれなりの名声を得ていたペギーは、卒業後ハリウッドに向い、"ジェード・ルーム”というブールバードにあった店で歌ってみたが、その後はウエイトレスをしていた。再びノースダコタに戻りラジオの仕事をしたりしていたが、ケン・ケネディといマネージャーと知り合いペギー・リーという芸名を名乗るようになる。
 その後、ミネアポリスに移ったペギーはホテルに出たりラジオで歌うようになったあと、カリフォルニアに移ったペギーはパームスプリングの「ドール・ハウス」に出演するようになりこの頃からリーは彼女の独特の「クール・スタイル」を確立する。ここに見に来ていたのがシカゴでホテルを経営するフランク・ベーリングで、彼の誘いによって出演中のシカゴの「バタリー・ルーム」でベニー・グッドマンに見出されたのである。

 1941年7月にペギーはヘレン・フォレストの後釜としてBGバンドに加入する。42年7月には、はじめてのスマッシュ・ヒット"Why Don't You Do Right?”を録音し、100万枚の大ヒットを飛ばした。43年3月にはグッドマン・バンドのギタリストであったデイヴ・バーバーと結婚、BGバンドを辞した。初めての娘ニッキーを出産後、西海岸で夫君と活躍する。

 ペギーは44年キャピトルと契約、“Golden Earring”“You More Can A Woman Do?”などミリオンセラ−を連発した。50年にはパラマウントで映画に初出演、その後、アルバムが発売され有名になった「Pete Kelly's Blues」にシンガー役で出演した。ミリオン・ヒットも夫君との共作だったがコンポーザーとしてのペギーは“ジョニーギター”の作者として知られる。こうして、ヴォーカル界の頂点にたったペギーは当時「ミルドレッド・ベイリー以来最高の白人ヴォーカリスト」と謳われた。

 当時ニューヨークのフィルハーモニック・ホールを使った大規模なパフォーミング・アートのプロジェクトに際してのペギーの「完ぺき主義」を考えると彼女が単なる一歌手ではなく、作詞作曲、プロデュースも含めた総合的な音楽芸術家であったことが解る、しかし、このすべてを手に入れた時期にペギーは肺炎に倒れ、58年61年はたった6週のライブとTVの仕事に終始した。

 その後、キャトルにThe Man I Loveジョージ・シアリングとの共演盤beauty And The Beat!のほか2枚のラテン作品Latin a la Lee Ol-a la Leeなどを録音。ジャズファンにも人気の高い『Miss Peggy Lee』やクインシー・ジョーンズ編曲指揮の『If You Go』やマックス・ベネット、ベニー・カーター指揮の豪華なMink Jazzなどを発表。その後も72年までキャピトルに録音を続けた。

  70年代半ばからはアトランティック、A&M、UK-POLYDOR,DRGなどに録音、88年には新興レーベルMusicMastersに全曲ブルースを採り上げた作品『Miss Peggy Lee Sings the Blues』を録音している。 この当時ペギーは著作権料の訴訟等で忙しかった。 CD時代に入り同レーベルに『Love Held Lightly: Rare Songs By Harold Arlen』『The Peggy Lee Songbook: There'll Be Another Spring』『Moments Like This』を録音している。

 いずれにしてもペギーはジャズ〜ポピュラー・ヴォーカルの分野で多いな成果を上げた。しかも、歌手、作詞作曲家、女優に止まらずに音楽家としても優れた人だった。“フィーヴァー”以上に、熱い音楽への情熱を持ったペギーはこれからも聴きつづけられていくだろう。

 2002年1月22日、ペギーは娘夫婦、孫達に看取られて、心臓発作のため亡くなった。享年81歳。数々の栄光を手にしつつ、常に前進しつづけたペギーの冥福を祈りたい。(2002年1月23日追記)

<グラミー賞関係アイテム>
"Fever"1958 nominee for Record of the Year
"Fever"1958 nominee for Best Vocal Performance,Female
"Alright, Okay, You Win"1959 nominee, Best Vocal Performance, Female
「Latin a la Lee」1960 nominee, Best Vocal Performance, Album, Female
"I'm Gonna Go Fishin'"1960 nominee, Best Vocal Performance, Single, Female
"Heart"1960 nominee, Best Performance by a Pop Single Artist
「Live at Basin Street East」1961 nominee for Best Solo Vocal Performance, Female
"I'm a Woman"1962 nominee for Best Solo Vocal Performance, Female
"Is That All There Is?"1969 nominee for Record of the Year
"Is That All There Is?"1969 Winner for Best Contemporary Vocal Performance, Female
「Miss Peggy Lee Sings the Blues」1988 nominee for Best Jazz Vocal Performance, Female
「The Peggy Lee Songbook: There'll Be Another Spring」1989 nominee for Best Jazz Vocal Performance, Female
Lifetime Achievement Award1995

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