John Fogerty

John Fogerty (ジョンフォガティ) プロフィール

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活動を本格化させた60年代後期から70年代初期頃までという短い期間の中で、アメリカン・ロックのヒットメイカー、重要バンドとして評価されたクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルの顔、ギター/ヴォーカルのジョン・フォガティ。白人ヴォーカルとしてはかなりソウルフルな部類に入る彼のヴォーカルは、クリーデンス時代のさまざまな名曲に欠かせないものであり、見せかけだけではないソウル・フィーリングを聴かせるそれは、アメリカの奥深いさまざまな音楽要素を取り入れたロックンロールの伝統を、ロック・ファンや当時のヒットチャート・ファンへ紹介する役目まで果たした。ジョン・フォガティが持つ、彼独特の高音域に特徴のあるブルージーな歌声は、単に渋いだけでなく、ロック・ファンの心を強く掴む「華」をどこかに携えていたし、実際にヒット曲も結構な数を放った。彼の声がバンド・サウンドの中で果たした役割は、今の邦楽で例えれば、山崎まさよしのいくつかの楽曲に聴かれるような、エモーショナルかつどこかクール、といった印象を、当時のクリーデンスのヒット曲に与えているように思う(黒人音楽やブルース感覚をモダンなフィーリングで表現したという共通点を持つシンガーふたり。現在の知名度からいくと、山崎くんをダシに使う感じになってしまうので気が引けるが、実際、曲によっては山崎くんの高音の発声法などは少しジョン・フォガティを感じさせる気がしてしまう)。

ジョン・フォガティは1948年5月28日、カリフォリニア州、バークレーに生まれた。ジョン・フォガティが名を成すのは、いわずと知れたクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル(以下CCR)というバンドで成功してからのこと。そのCCRは、ジョン・フォガティ(g, vo)、トム・フォガティ(g)、スチュ・クック(b)、ダグ・クリフォード(ds)という4人組のバンドだった。そのCCRが結成されたのは、まだメンバーらがジュニア・ハイスクールに通っている頃で、ジョンの兄・トム・フォガティが中心になって結成したトミー・フォガティ&ザ・ブルー・ヴェルヴェッツという前身バンドという形でだった。彼らはセミ・プロとしての地方のライヴ演奏などの仕事をしていたが、1964年頃、地元バクレーに拠点を置くファンタジー・レコードのオーディションを受け、それに合格し契約を勝ち取ったため、プロのバンドとして活動していくことになった。会社の意向でバンド名を「ゴリウォッグス」と改めた彼らは、1965年にシングル・デビュー。しかしその後二年間は鳴かず飛ばずの活動を強いられ、成果はわずかにシングル“ブラウン・アイド・ガール”がローカル・ヒットになったのみ、という淋しいものだった。

そんな彼らが飛躍するきっかけとなったのが、ファンタジー・レコードの社長交替劇だった。メンバー達ともともと親しかったというサウル・ゼンツが新しい社長に就任。ゴリウォッグスはグループ名をクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルに改め、心機一転再スタートをきることになった。

1968年にCCRは、50年代に活躍したロックンローラー、デイル・ホーキンスのヒット曲“スージーQ”スクリーミン・ジェイ・ホーキンス”アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー“という二枚のシングルをリリース。初期ロックンロール譲りのエネルギーに満ちた小気味よいリズムと、ジョン・フォガティの粗削りながらも黒人ブルース/R&Bに大きな影響を受けた深い表現を伴ったヴォーカルが話題となり、CCRの評判は西海岸をはじめとして、徐々に全米へと広がっていった。その後アルバムを発表していき、いくつものシングル・ヒットを放っていった彼らは、1960年代後半から70年の初頭にかけて、重要なアメリカン・バンドとしての地位を揺るぎないものにするも、1972年10月に解散。ジョン・フォガティは解散後、1973年にブルー・リッジ・レインジャーズとしてアルバムを発表(バンドの名前をもっているが実際にはジョン・フォガティが多重録音で独りで作り上げた作品)。続く1975年にジョン・フォガティ、長いブランクの後発表されヒットした1984年センターフィールド、1986年にアイ・オブ・ザ・ゾンビーというアルバムを発表。現在までにこの4枚のソロ作を発表していることになる。

ジョン・フォガティには、黒人音楽からサウンド的な尖り方を得て、それをブーストさせていったような初期ロックンロールのヒーロー達と同じような性質を持った遅れてきたロックンローラーだった側面がある一方で(サイケ時代も終わり、実は世の中の流れ的にはイナタい音楽が流行していくのだからその意味では早かったとも言えるが)、CCR時代の楽曲の良さをヒット曲へと持ち上げることのできる「華」、そして独り多重録音をやってしまう柔軟性など(CCRが好きだといっていた元ダイナソーJr.のJなどは、ここら辺の感じも好きなんじゃないだろうか)をも持ったモダンなアーティストでもあった。またデビュー直後のカヴァー曲で取り上げたデイル・ホーキンススクリーミン・ジェイ・ホーキンスをはじめ、彼はその他アメリカ50年代からのロックンロールR&Bの伝統、エルヴィスカール・パーキンスジェリー・リー・ルイスチャック・ベリーなどの王道を汲みつつ、名盤ウィリー&ザ・プア・ボーイズでの米国の伝統的フォーク/ジャグ・バンド音楽などをモダンに聴かせることのできたユニークなシンガーでもあったのだ

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