Clifford Brown
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Clifford Brown (クリフォード・ブラウン) プロフィール

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1930年10月30日、デラウエア州ウィルミントン生まれ、1956年6月26日死亡。ジャズトランペッター、クリフォード・ブラウンはたった25年の生涯で彗星のようにジャズの世界を掛け抜けて行った。13歳でトランペットを手にし、デラウェア州立大学で数学を専攻、その勉学が認められメリーランド州立大学へ転校、その頃先輩格のトランペッターのファッツ・ナヴァロディジー・ギレスピーに認められ天才クリフォードの歩みは始まった。

 死のちょうど6年前の1950年6月には一度目の自動車事故に遭遇するが51年5月には回復し退院、フィラデルフィア・ジャズシーンにデビューする。このころ参加していたR&Bバンド、“クリス・パウエルのブルー・フレイム”での演奏を収録した『ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド』は後年発掘された未発表テープからのアルバムで、1952年3月21日の演奏を収録した、ブラウニーの出世前の演奏が聴けるヒストリカルな作品。そして、CBSのちょっと粋な考えでLP時代には“裏面”に彼のラスト・セッションが収録された。52年の録音分はヴォーカルがフィーチャーされたりと時代がかったところもあるが、全ての演奏を聴きたいと思うファンにとってはこの上ないプレゼントとなった。

ブラウニーはこのバンドに1953年まで留まり、やがてタッド・ダメロンに引き抜かれる。この頃の演奏はプレステッジ・レーベルから後年発売された『クリフォード・ブラウン・メモリアル・アルバム』で聴くことができる。これに先立ってブラウニーは当時隆盛を極めつつあったブルーノート・レーベルへもルー・ドナルドソンエルモ・ホープとともに録音し、後に12インチで発売されたときには同じく『メモリアル・アルバム』というタイトルを付けた演奏を残している。その後、J.J.ジョンソンとのブルーノート・セッションの後、ブラウニーは当時若手の有望株を大量に擁してバップ〜モダンへの登竜門的なバンドであったライオネル・ハンプトン・バンドに帯同しヨーロッパにツアーする。そのとき、かの地でバンドのメンバーを引き連れて録音されたのが、フランス・ヴォーグに録音された『イン・パリ』の3枚のアルバムであった。

そして、帰ってきたブラウニーを待ちうけていたのは名門ジャズ・メッセンジャーズ結成直前のアート・ブレイキーからのオファーであった。『バードランドの夜Vol.1 &2』に残されたのがこの当時のブラウニーの演奏である。もうすでに輝かしい音色と抜群の楽器コントロールの能力は花開いている。その後、彼自身のハイライトであり、そして,ジャズ史上に燦然と輝く“ブラウン=ローチ・クインテット”のコラボレイションが開始された。当時、1954年の4月と8月のコンサートはGNPレーベルの『イン・コンサート〜コンプリート版』に収録されている。この演奏はこの時期の一連のエマーシー・レーベルヘの録音を挟んだライブ演奏で、ブラウニー・フリークには嬉しいドキュメントとして記憶された。

そして、ブラウニーは満を持して『クリフォード・ブラウン・アンド・マックス・ローチ』という、まるで名詞代わりのタイトルのエマーシー・レーベル第一弾と共に、リッチー・パウエル(p)ジョージ・モロウ(b)ハロルド・ランド(ts)を擁したクインテットでデビューを飾る。ここからの録音は全て同レーベルに残されており、その中でも『ベスト・コースト・ジャズ』には西海岸の俊英達との火を吹くようなセッションが収録されている。

また、ダイナ・ワシントンサラ・ヴォーン,ヘレン・メリルら超一流のヴォーカリスト達との共演盤でも凡百のトランペッターたちの遠く及ばない歌心溢れるバッキングで素晴らしい作品を生み出し続けた。やがて、バラード・プレイにおいて他の追随を許さないことを証明する名盤『ウィズ・ストリングス』を吹きこんだのち、作曲能力の高さとソロにおける類い稀なるオリジナリティが歴史に刻まれることになる名盤『スタディ・イン・ブラウン』を録音する。

その後テナーはソニー・ロリンズに替わり、グループは新たな地平へと踏み出す。ロリンズ自身が、かつて最も好きな作品として挙げた『ロリンズ・プラス・フォー』はこのグループをそのままロリンズのリーダーとして録音された“隠れブラウン=ローチ・クインテット”である。

 冷静に見てトラッペッターの魅力を語るとき、ハイノートが吹ける、素晴らしいソロをとる、作曲能力に優れている、時代のイノーヴェイターとしての能力、リーダーとしての統率力、人間的な素晴らしさ、などなど様々な要素が考えられるだろう。そして、ハードバップの時代、最も大きな要素だったのはいかに“人より素晴らしいオリジナリティ”に溢れたソロをとるかで、そこにミュージシャンたちの地位はかかっていた。

そんな時代の真っ只中に生まれたブラウニーは“全ての速度、すべての曲調”で最高水準のソロをとり、しかも優れたコンポーザーであった。人間的に彼が如何に人から好かれていたかは、巷間伝わる、彼が亡くなったときの多くのミュージシャンたちの反応で分かるだろう。レコーディング中だったミュージシャンたちはそれどころではなくなってスタジオ内で彼の思い出話で夜を明かしたという。

また,幸いにもエマーシー・レーベルに残された多くのレコ−ディングがコンディションよく「セッション・テープ」(=レコーディング時のテープの原本、この形でそっくり残っているのは非常に珍しい)として保管されており、それが近年の最新技術によって見事な音質で蘇りブラウニーの音質を一層輝かせた。そうしたテクノロジーの進歩とポリグラム(現ユニヴァーサル・グループ)の保管状態の素晴らしさが、結果的にブラウニーの真価をストレートにわれわれに伝えてくれた。

 クリフォード・ブラウンこそはジャズ史が生んだ“最もすばらしいトランペッター”にほかならない。マイルス・デイヴィスでさえトップスピードに乗ったブラウニーのソロには遠く及ばない。

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