アーサー・ミラー 2 るつぼ ハヤカワ演劇文庫

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784151400155
ISBN 10 : 415140015X
フォーマット
出版社
発行年月
2008年05月
日本
共著・訳者・掲載人物など
:
追加情報
:
16cm,285p

内容詳細

実直な農夫プロクターは召使いの少女アビゲイルと一夜の関係を持ってしまう。少女はプロクターを我がものにすべく、神の名のもと彼の妻を「魔女」として告発。折しも村人の悪魔憑きへの恐怖や日頃の相互不信と相まって、村には壮絶な魔女狩りの嵐が吹き荒れる…17世紀の実話に基づく本作は、1953年に発表されるやマッカーシズムに揺れる米国に衝撃を与えた。峻厳すぎる正義と暴走と人間の尊厳に鋭く迫る、巨匠不朽の代表作。

【著者紹介】
アーサー・ミラー : 1915年、ニューヨークのユダヤ系の家庭に生まれる。ミシガン大学で演劇を学び、在学中からラジオ・ドラマの脚本を執筆。1944年「幸運な男」でブロードウェイ・デビュー。「セールスマンの死」(1949)は、エリア・カザン演出で、トニー賞、ピュリッツァー賞を受賞。映画脚本、小説や評論と幅広く活躍した。1965〜69年、国際ペンクラブ会長を務めた。2005年2月没

倉橋健 : 1919年生。早稲田大学文学部英文科卒、早稲田大学教授、演劇博物館館長を歴任、2000年5月没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

ユーザーレビュー

総合評価

☆
☆
☆
☆
☆

0.0

★
★
★
★
★
 
0
★
★
★
★
☆
 
0
★
★
★
☆
☆
 
0
★
★
☆
☆
☆
 
0
★
☆
☆
☆
☆
 
0

読書メーターレビュー

こちらは読書メーターで書かれたレビューとなります。

powered by

  • harass さん

    映画化されたのを見ていて読む必要はないかと思っていたが「セールスマンの死」が良かったので手を出した。17世紀アメリカでの魔女裁判をモデルにした戯曲。他人の妬みがまかり通り神の権威を後ろ盾にする正義の横暴。赤狩りの時代にやり玉にあげられた著者はまさに同じような状況だったと知り薄ら寒さを感じる。今の時代にも反論も許されない群衆の暴走は見ることがある。主人公にも弱みがありそこが実に人間らしい懊悩を感じさせてくれる。そこが単純な話にならない部分なのだろう。訳者あとがきにあるピューリタニズムの背景に唸った。

  • ヴェネツィア さん

    1692年マサチューセッツ州セイラムで起こった魔女裁判を描く。ここでミラーは人物の整理などを行っているが、ほとんどは史実そのものを劇化する方法をとった。「わたし達はそういう迷信に頼ることはできません。悪魔は綿密です」―迷信の横行する前近代の話ではないのだ。人々は、魔女の告発を受けてしまえば、告白するかさもなければ嘘をついているとして処刑されるしかない。現実の事件では19名の処刑者と、6名の獄死者がいた。告発された村人は200名にものぼったという。そして、これらはすべて法の正義と神の名においてなされたのだ。

  • 藤月はな(灯れ松明の火) さん

    「緋文字」の作者、ホーソンの祖父が関わっていたセイラムの魔女事件。アビゲイルのヒステリックな偽証や裁判官の頑なな姿勢、人々の利害関係の問題による混乱などにより、罪を被せられた人々の追い詰められた様子が悲惨すぎます。神の名を盾に取った客観性のない法廷によって神の加護を信じられなくなり、自分の命を救うために偽証すべきだと諭すへイルに対して自分の尊厳を守るために処刑されたプロクターの姿に泣きそうになります。特にジェイコヴスの処刑を伝える一文に「神様、なぜ、彼らを助けて下さらないのですか!」と叫びそうになります。

  • 兎乃 さん

    再読。電車に揺られながら、「試験管なり坩堝(るつぼ)なり檻なりの中に飛び込んで焼かれいじめられてその経験を歌い叫び記録するのである。」という寺田寅彦氏の言葉を思い出したり。...舞台は1692年マサチューセッツ州セイラム魔女裁判。人々の狂宴・熱狂、その愚かさと美しさと。今ではゴス娘達にとってセイラム出身が凄いステイタスになるという、第2場「夜の森」。赤狩りとマッカーシズムに対する批判をオーバーラップさせながら、この戯曲は戯曲としての完成度が素晴らしく高い。映画「The Crucible」も好きです。

  • ぐら さん

    17世紀の実話、魔女裁判をもとにした話。時代も、宗教も、生活様式も、どれにも知識はないし、共感するところもないのに、すいすい読める。影響されやすい少女たちの集団力動はすごい。少女、を武器に魔女を糾弾していく。それに振り回される副知事やら判事が滑稽。あとがきにも書かれてるように最後のシーンは解釈が難しい。魔女裁判によって、自分が大事にしたいものが何であるかわかった、という皮肉にも感じる。だから名前、というアイデンティティを失いたくなかったのでは。

レビューをもっと見る

(外部サイト)に移動します

文芸 に関連する商品情報

おすすめの商品