初出! ワルター&NBC交響楽団の幻想交響曲
ブルーノ・ワルターにとって、ベルリオーズの《幻想交響曲》は非常に重要な価値を持つ作品だったとのことで、他者の演奏を敢えて未熟と批判したり、自分のレコードを溺愛したりといったエピソードからもそうした特殊な事情は伝わってきます。
が、残念ながらこれまで聴くことのできた
パリ音楽院管弦楽団盤や
ニューヨーク・フィル盤は、決して条件の良いものではなく、ワルターの目指す《幻想交響曲》の姿をよく伝えるものとは言いがたかったというのが実情です。
今回初めて登場するNBC交響楽団盤は、1939年4月1日の古い録音、しかもライヴという条件(拍手入り)にも関わらず、トスカニーニが好んだという8Hスタジオならではの力強い響きが好条件で充満しており、ワルターの激しいアプローチにまさにピタリと適合しています。
第5楽章序奏部でのうなりをあげる凄まじいコントラバスやティンパニなど、とてもワルターとは思えない過激さで、異様な鐘(ピアノで補強)に導かれる《怒りの日》もきわめて克明。悪魔のロンドに始まる主部の迫力にも驚くべきものがあり、殺気立ったコルレーニョのあとはもう阿鼻叫喚状態です。第1楽章序奏部では夢見るように繊細だったワルターのイメージはすでにどこにもありませんが、それだけ広大な表現レンジを持った作品として、ワルターが《幻想交響曲》を捉えていたということでしょう。このコントラストは強烈です。
有名な
ホロヴィッツとのブラームスの第1番のコンチェルトもそうでしたが、こうした激しい演奏で聴くと、ワルターという指揮者の本来の芸風が、実はきわめてダイナミックな動きを伴うものだったことがよく判ります。
中でも第3楽章の演奏は素晴らしく、指揮者によってはけっこう退屈に聴こえるこの緩徐楽章が、ここでは次から次へと面白い場面の現れる映像作品でも見ているかのような刺激の宝庫なのです。特に5分39秒からの美しさ、不気味さ、優雅さや高揚感の入り混じった複雑な味わいは実に見事なもの。コーダのティンパニによる遠雷も雄弁です。
また、《幻想交響曲》といえば、ピツィカートが多用される作品としても有名ですが、ワルターの場合は、かなり動的な効果を重視しており、たとえば同じピツィカートこだわり派でも
クレンペラー盤のような静的かつ構造的なアプローチとは正反対のパッションを感じさせてくれます。クレンペラーがワルターの演奏をよく揶揄していたのはそうした正反対の特質ゆえとも思われますが、どちらも正論と響くのはその主義主張の徹底ぶりゆえでしょう。
第二次世界大戦直前のこの時期、ワルターはナチスを避けフランスに逃れて同国の国籍を取得。英米への客演活動をパリをベースにおこなっており、ニューヨークでは組織されてまだ間もない「トスカニーニ・オーケストラ」であるNBC交響楽団を指揮しています。このCDに収められた演奏をおこなった日には、ほかに
《海賊》序曲と《ファウストの劫罰》からの3曲が演奏されていて、当夜の公演がベルリオーズ・プロだったことがわかります。
組み合わせのラヴェル:《スペイン狂詩曲》は、これまでワルター協会のLPでリリースされていたものと同一。戦争が始まり、アメリカに亡命したワルターによる表情付けのハッキリした演奏ですが、それには8Hスタジオのデッドな響きも影響しているものと思われます。ユニークなラヴェルです。