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【中古:盤質B】 ポリドール録音集2(『こうもり』序曲、『セヴィリアの理髪師』序曲、他) フルトヴェングラー&ベルリン・フィル(1929−37)

中古情報

新品ジャケット
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:
B
特記事項
:
帯付,ケースすれ
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基本情報

ジャンル
カタログNo
OPK2088
レーベル
International
フォーマット
CD
その他
:
輸入盤

商品説明

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目もさめるような生々しさだ。
オーパス蔵の面目躍如である。−宇野功芳−


『こうもり』は37年の録音なので、フルトヴェングラーがポリドールに残した最後のレコードであり、音はすばらしく良い。目もさめるような明るい生々しさだ。オーパス蔵の面目躍如である。こんなに細部までくっきり聴こえる優秀録音とは思わなかった。『セヴィリアの理髪師』と『どろぼうかささぎ』はフルトヴェングラーが録音した数多いレコードの中で、たった二曲しかないロッシーニである。ロッシーニ・クレッシェンドのコーダはフルトヴェングラーの芸風がぴたりと決まって凄みがある。(宇野功芳)

【収録情報】
1.ヨハン・シュトラウス:喜歌劇『こうもり』序曲
2.モーツァルト:歌劇『後宮よりの逃走』序曲
3.モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』序曲
4.ロッシーニ:歌劇『セヴィリアの理髪師』序曲
5.ロッシーニ:歌劇『どろぼうかささぎ』序曲
6.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第3番
7.モーツァルト:セレナード第13番K525『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』
8.バッハ: アリア
9.ブラームス:ハンガリー舞曲第10番
10.ブラームス:ハンガリー舞曲第1番
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(指揮)

 録音時期:1929年(8)、1930年(5,6,9,10)、1933年(2,3)、1935年(4)、1936-7年(7)、1937年(1)
 録音方式:モノラル


CDは国内プレスとなります。

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フルトヴェングラーを初めて聴いたのはクラ...

投稿日:2014/04/05 (土)

フルトヴェングラーを初めて聴いたのはクラシックを聴き始めた頃、某100円均一ストア店で一枚100円のCDで、当時安いからとシリーズを10枚程買い集めたのですが、何分音質が悪かった上に、その重い演奏もあって以後あまり積極的にこの指揮者のCDは避けていたのですが、今回安くなっていた事や、曲目に興味があったので手に取ってみましたが、結果はイマイチでした。 『セビリャの理髪師』『後宮からの逃走』の2つは良かったのですが、他はシンフォニックで重い演奏であまり合いませんでした。 ただ、音質はだいぶ良く、上記の100円CDに含まれていた『こうもり』や『泥棒かささぎ』を聴く限りかなり聴きやすい音質になっています。 私の再生機も関係してると思いますが、低音に迫力があります。

レインボー さん | 不明 | 不明

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待望のオーパス蔵によるポリドール録音集の...

投稿日:2010/02/06 (土)

待望のオーパス蔵によるポリドール録音集の第2弾。フルトヴェングラーのSP録音の復刻は、その間にいろいろ出たが、いずれも隔靴掻痒の感があり、オーパス蔵盤の登場を待っていたところ。やはり本命、期待以上に音質が良くなり大満足、待った甲斐があったというもの。これらの曲は、フルトヴェングラーの得意とするレパートリーではなく、愉悦さ、軽妙さに欠けているかもしれないが、それだけがロッシーニやモーツァルト、ヨハン・シュトラウスの魅力ではない。実にしなやかに、オケを統率しており、また、当時のベルリン・フィルの見事なアンサンブルを堪能した。26年の「運命」を含む第3弾を是非お願いしたい。

ドンナー さん | 神奈川県 | 不明

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第1集が発売されたのが確か2002年なの...

投稿日:2009/12/11 (金)

第1集が発売されたのが確か2002年なので、何と7年ぶりの第2集の登場だ。本盤に収められた曲はいずれも立派な演奏ではあるが、ロッシーニの2曲を除くと、何かが足りないような気がする。フルトヴェングラーならではの音楽の本質を抉り出すような深みのある演奏を心がけているのであろうが、これらの小品ではどうしても重苦しいものになってしまう。例えば、ハンガリー舞曲第10番に特に顕著で、舞曲というよりは、まるでお化け屋敷に入ったようだ。こうもりもいわゆる愉悦感に欠けているし、モーツァルトの3曲もどこかやぼったい。バッハの2曲も大仰なまでのものものしさが際立つ。それに対して、ロッシーニの2曲は、フルトヴェングラーのドラマティックな芸風によって、実にコクのある名演に仕上がっている。中間部のアッチェレランドなど見事な音のドラマであり、この両曲を偉大な芸術作品に仕立て上げている至芸はさすがと言うべきであろう。しかし、全体を俯瞰すると、同時に発売されたトスカニーニ盤に比べると、どうしてもおもしろみに欠ける気がする。フルトヴェングラーの芸風は、小品ではなかなか力を発揮するのは難しいということなのだろうか。

つよしくん さん | 東京都 | 不明

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