真珠湾作戦回顧録 文春学藝ライブラリー

源田實

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784168130953
ISBN 10 : 4168130959
フォーマット
出版社
発行年月
2021年10月
日本
追加情報
:
347p;16

内容詳細

魚雷の使えない浅い港湾、給油不可能な荒れる航路―開戦と同時に米太平洋艦隊の根拠地を叩く真珠湾作戦は誰もが不可能と考えた。ひとり、連合艦隊司令長官・山本五十六を除いて。山本の密命を帯びた著者は、いかにして不可能を可能としたのか。元参謀、驚愕の回想録。増補二篇「真珠湾奇襲と三人の提督」「淵田美津雄という男」収録。

目次 : 初めて企図を知る/ 日本海軍の戦略・戦術の変遷(その1)/ 日本海軍の戦略・戦術の変遷(その2)/ 作戦の主柱、大西瀧治郎中将/ 水雷戦術の権威、南雲忠一中将/ 憂国の名将、山本五十六元帥/ 機密保持と飛行機隊幹部の人選/ 初めて計画を知らせる/ 困難を排除したパイロットたち/ パイロットの名リーダー/ 真珠湾進撃と決戦/ ハワイ作戦の評価と教訓/ (増補一)真珠湾奇襲と三人の提督/ (増補二)淵田美津雄という男

【著者紹介】
源田實 : 1904(明治37)年8月16日、広島県に生まれる。1921(大正10)年、広島第一中学校を卒業、同年、海軍兵学校に入校。1924(大正13)年、同校卒業(52期)。1928(昭和3)年、霞ヶ浦海軍航空隊飛行学生となってから一貫して海軍の航空畑を歩む。1941(昭和16)年、第一航空艦隊参謀となり、真珠湾攻撃、インド洋作戦、ミッドウエー攻略などの作戦に参加。終戦時は第343航空隊司令、海軍大佐。戦後は防衛庁に入庁、空将、航空幕僚長を歴任。1962(昭和37)年参議院議員に初当選、以後4回当選。1989(平成元)年8月15日、永眠(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

ユーザーレビュー

総合評価

☆
☆
☆
☆
☆

0.0

★
★
★
★
★
 
0
★
★
★
★
☆
 
0
★
★
★
☆
☆
 
0
★
★
☆
☆
☆
 
0
★
☆
☆
☆
☆
 
0

読書メーターレビュー

こちらは読書メーターで書かれたレビューとなります。

powered by

  • CTC さん

    21年10月の文春学藝ライブラリー新刊。同タイトルで…単行本72年読売新聞社、98年に文春文庫になったものに、68年と76年に月刊文藝春秋に寄せたテキストを増補しているようだ。 陸の辻政信、海の源田実…とつい並べたくなるのは…両名が戦後いけしゃあしゃあと国会議員まで務めているからであり、実際かなりの自己顕示欲を持った人だった事が窺える。何故そんな敗軍の将(実際には最終階級は大佐)の弁を読まねばならないのかと何度も書店店頭で購入を見送ってきたのだが…秦郁彦先生解説と知り。感想はふーん、としか言いようがない。

  • Thomas51 さん

    太平洋戦争の発端となった真珠湾攻撃から12月8日で80年経つと言う。真珠湾があるハワイのオアフ島では、犠牲者を追悼する式典が開催され話題となった。 その式典に合わせて就役された駆逐艦が「ダニエル・イノウエ」という名前で、ハワイ生まれの日系二世で、元アメリカ陸軍将校、上院議員で、戦後日米の懸け橋になった人と聞く。このニュースがとても印象的だったため、書店でたまたま「真珠湾」がタイトルに付いた本が平置きされていたので購入。

レビューをもっと見る

(外部サイト)に移動します

人物・団体紹介

人物・団体ページへ

源田實

1904(明治37)年8月16日、広島県に生まれる。1921(大正10)年、広島第一中学校を卒業、同年、海軍兵学校に入校。1924(大正13)年、同校卒業(52期)。1928(昭和3)年、霞ヶ浦海軍航空隊飛行学生となってから一貫して海軍の航空畑を歩む。1941(昭和16)年、第一航空艦隊参謀となり、

プロフィール詳細へ

文芸 に関連する商品情報

おすすめの商品