芙蓉の人 文春文庫

新田次郎

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784167901226
ISBN 10 : 4167901226
フォーマット
出版社
発行年月
2014年06月
日本
追加情報
:
288p;16

内容詳細

時は明治28年である。正確な天気予報をするためには、どうしても富士山頂に恒久的な気象観測所を設けなければならない。そのために野中到は命を賭けて、冬の富士山に登り、観測小屋に篭った。一人での観測は無理だという判断と夫への愛情から、妻・千代子は後を追って富士山頂に登る。明治女性の感動的な物語がここにある。

【著者紹介】
新田次郎 : 明治45(1912)年長野県生まれ。無線電信講習所(現在電気通信大学)卒業。昭和31(1956)年「強力伝」にて第34回直木賞受賞。41年永年勤続した気象庁を退職。49年「武田信玄」などの作品により第8回吉川英治文学賞受賞。55年2月没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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読書メーターレビュー

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  • ふじさん さん

    この本を読むまで、野中千代子の存在は知らなかった。明治28年の富士山山頂の観測の主役はまさに、彼女だ。封建社会の殻を破り、日本女性此処の在りとその存在を世界に示した最初の女性と言っていい。困難な状況と知りつつ、夫の後を追って富士山頂に登り、夫を支え観測を行う、これほどの情熱と気概と勇気と忍耐を持った女性が明治の時代にいたことに驚く。新田次郎のあとがきの文章に、彼女の偉大さが読み取れる。

  • じいじ さん

    新田次郎の4作目、既読の『八甲田山 死の彷徨』と甲乙つけがたい感動作に熱く燃えた。富士山頂に気象観測所を建てたい! この法外な計画実現に、明治時代の中ごろに立ち向かった夫婦の実話である。野望ともいえる計画実現に向けて、夫の一助になりたいと立ち上がった妻のこの仕事への意気ごみは、夫の期待を超える凄まじいものだった。夫は準備の裾野での手助けを…。妻は頂上でも夫と観測の仕事を共にしたい…。厳しい寒さ、予期せぬ病魔と闘いながら、完成した気象観測所。現在に生きる我々は、その意義をもっと理解しなければいけないだろう。

  • 大阪魂 さん

    この本も感動やった!最初に富士山で冬季観測やらはった野中到・千代子夫妻の物語。日清戦争直後、世界に肩並べよおもたら高峰・富士山で通年観測が必要!ってことで自費で山頂に観測小屋建てはった到。一人で半年籠るつもりやったんやけど、千代子さんがすごくて、男尊女卑の家族や社会の声なんかガン無視、娘も実家に預けて到のために無理矢理富士山登ってきて合流!新田さんが千代子さん主役の物語書きたいってこの本できたそうやけど、そのぐらいすごい人やったね!この快挙あったから短編であった佐藤さんの観測所設置が実現!明治の人すごい!

  • mint-s さん

    明治時代、富士山頂で越冬観測を試みた夫婦の物語。過酷な環境の中、お互いの命が消えそうになっても決して諦めない二人。どこまでも夫について行くため幼い娘を預けて登頂した妻、千代子の覚悟、情熱、忍耐、それはもう現代に生きる私には考えられない強さ。私の想像をはるかに超える明治女の強さに圧倒されました。

  • タツ フカガワ さん

    富士山頂に気象観測所が建てられたのは昭和7年。それに先立つ27年前の明治28年に私費で観測所を建て越冬観測に挑んだ野中到・千代子夫婦の物語で、“芙蓉の人”千代子の献身的かつ進歩的な人物像が胸を打つ。また二人を襲う山頂での自然の苛烈さも圧巻! ページを捲る手も凍えるようでした。ちなみに野中夫婦を描いたカバーイラストで左の到氏、直木賞作家の今村翔吾さんかと……。

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新田次郎

1912(明治45)年6月6日‐1980(昭和55)年2月15日、享年67。本名:藤原寛人(ふじわらひろと)長野県出身。『強力伝』により第34回直木賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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