
「カメラのきむら」CMでおなじみの民謡も鳴り響く親しみやすい音楽
レーガー:ピアノ連弾作品集(2CD)
トリヴェッラ兄弟
概要
◆マックス・レーガーのピアノ連弾のための主要作品を集めた2枚組アルバム。晦渋で難解とされるレーガーのイメージとは大きく異なる軽やかで抒情的な側面を浮き彫りにした作品を集めています。
◆作曲家、オルガニスト、指揮者として有名なレーガーはピアニストでもあり、コンサートや教育でも活動していました。巨体でしたが連弾も器用にこなし、オリジナル作品をいくつも書いています。
【収録作品】
◆ワルツ・カプリス集 Op.9 (全12曲): 華やかさと洗練された和声が同居する初期の傑作。
◆20のドイツ舞曲 Op.10: シューベルトやブラームスの系譜を継ぎつつ、レーガー特有の緻密な対位法が随所に光る小品群。
◆6つのワルツ Op.22:抒情性とウィットに富んだ、親しみやすい作風。
◆5つの絵画的小品 Op.34: 標題音楽的な性格を持ち、連弾ならではの豊かな響きを追求。
◆6つのブルレスカ Op.58: 技巧的かつ諧謔的な性格が強く、終曲では昔「カメラのきむら」のCMにも使われていたオーストリア民謡「かわいいアウグスティン」が変容されて面白い聴きものともなっています。
◆6つの小品 Op.94:Op.58をシリアスにしたような作品中期の円熟した語法が見られる重要作。
【演奏者】
◆イタリアの双子デュオ、ダヴィデ・トリヴェッラとダニエレ・トリヴェッラによる演奏。マイアミで開催される世界最高峰のピアノ・デュオ・コンクール「マレー・ドラノフ国際コンクール」で優勝した彼らの演奏は、緻密な楽曲分析に基づき、高精度な同期演奏をおこなうものとして高い評価を獲得。
【録音】
◆イタリア北部ロンバルディア州クレモナのマッタロッツィ・スタジオで収録。レーガーと同時代の木製ヴィンテージ・ピアノ、1906年製スタインウェイ Dの柔らかな音を聴くことができます。
【製品仕様】
◆収録時間は約154分。ケースは10mm厚のポリスチレン製(マルチケース)。付属ブックレット (英語・12ページ)には、カールスルーエ、マックス・レーガー研究所のユルゲン・シャールヴェヒターによる解説などが掲載。EU製で、ディスクはメジャー・レーベルでもおなじみの独オプティマル・メディアが製造。
Brilliant Classics & 関連レーベル
Brilliant Classics ・
Piano Classics ・
Berlin Classics ・
Neue Meister
演奏者情報

ダヴィデ&ダニエレ・トリヴェッラ(ピアノ)
【生地】
◆イタリア生まれ。一卵性双生児として誕生。
【学業】
◆ミラノ:アルベルト・コロンボに師事。
◆フィレンツェ音楽アカデミー:ピエール・ナルチゾ・マージに師事。
◆シエナのアカデミア・キジアーナでカティア・ラベックに師事。
◆ザルツブルク・モーツァルテウム:アルフォンス・コンタルスキーに師事。
◆ロアーノ:アレクサンダー・ロンクィッヒに師事。
◆ミラノ:ブルーノ・カニーノに師事。
◆パリ:テレーズ・デュソーに師事。
【賞歴】
◆マイアミのピアノ・デュオ・コンクール「マレー・ドラノフ国際コンクール」:優勝。
【仕事】
◆アメリカ、ロシア、イスラエル、極東、イギリス、ドイツ、フランス、オーストリア、そして母国イタリアなどで演奏。
【録音】
◆CDは、Brilliant Classicsなどから発売。
トラックリスト (収録作品と演奏者)
CD [154'25]
マックス・レーガー (1873-1916)
ピアノ連弾のためのオリジナル作品集
CD1 [79'47]
◆
ワルツ・カプリス Op.9 (1892)
1. 第1番 アレグロ [1'50]
2. 第2番 プレスト [1'29]
3. 第3番 アンダンテ(コン・パッシオーネ) [2'24]
4. 第4番 レント・インペトゥオーゾ [5'51]
5. 第5番 アレグロ・モデラート(クアジ・アンダンティーノ) [4'36]
6. 第6番 プレスティッシモ [0'58]
7. 第7番 モデラート [1'36]
8. 第8番 アレグロ・ノン・タント [1'55]
9. 第9番 アンダンティーノ [2'20]
10. 第10番 ヴィヴァーチェ [1'52]
11. 第11番 アレグロ・スケルツァンド [1'32]
12. 第12番 アレグロ・インペトゥオーゾ [5'11]
◆ドイツ舞曲 Op.10 (1893)
13. 第1番 アレグレット [2'55]
14. 第2番 [3'54]
15. 第3番 インノチェンテ [1'54]
16. 第4番 [2'09]
17. 第5番 コン・アニマ・エ・スケルツァンド [1'36]
18. 第6番 アレグロ [1'04]
19. 第7番 カンタービレ [2'17]
20. 第8番 アパッショナート [2'15]
21. 第9番 アレグレット [3'00]
22. 第10番 グラツィオーゾ。アンダンティーノ [3'56]
23. 第11番 インペトゥオーゾ [2'47]
24. 第12番 アレグレット [1'50]
25. 第13番 アンダンティーノ・マ・ノン・トロッポ [3'12]
26. 第14番 インノチェンテ [2'01]
27. 第15番 スケルツァンド [1'32]
28. 第16番 アパッショナート(ノン・アレグロ) [2'38]
29. 第17番 アンダンティーノ [2'37]
30. 第18番 プレスト [1'37]
31. 第19番 ジョコーゾ [2'04]
32. 第20番 コン・ブラヴーラ [2'38]
CD2 [74'38]
◆6つのワルツ Op.22 (1898)
1. 第1番 アレグロ [2'19]
2. 第2番 ピュ・ヴィヴァーチェ [2'24]
3. 第3番 アレグレット [1'53]
4. 第4番 モデラート(クアジ・アンダンティーノ) [2'26]
5. 第5番 ヴィヴァーチェ [0'44]
6. 第6番 アレグロ・ヴィヴァーチェ [1'42]
◆5つのピトレスク(絵画的小品) Op.34 (1899)
7. 第1番 アレグレット・コン・モート [2'16]
8. 第2番 プレスティッシモ [1'29]
9. 第3番 ヴィヴァーチェ・アッサイ [1'41]
10. 第4番 アンダンティーノ(コン・モート) [2'24]
11. 第5番 コン・モート(ヴィヴァーチェ) [2'28]
◆6つのブルレスカ Op.58 (1901)
12. 第1番 きわめて快活に [1'54]
13. 第2番 きわめて速く、わがままに [2'08]
14. 第3番 きわめて快活に、ユーモアを持って [2'37]
15. 第4番 速く、グロテスクに [2'33]
16. 第5番 きわめて速く、軽やかに [2'53]
17. 第6番 可能な限り快活に、奔放に [1'30]
◆6つの小品 作品94 (1906)
18. 第1番 アンダンテ・ソステヌート [6'38]
19. 第2番 アンダンテ・コン・モート [7'11]
20. 第3番 ラルゲット(マ・コン・モート) [8'11]
21. 第4番 ヴィヴァーチェ(マ・ノン・トロッポ) [3'15]
22. 第5番 アンダンテ(クアジ・ラルゲット) [5'02]
23. 第6番 ソステヌート(クアジ・アンダンテ・メスト) [8'46]
ダヴィデ&ダニエレ・トリヴェッラ(ピアノ/1906年製スタインウェイ D)
録音:2025年2月21-23日
場所:イタリア、クレモナ、マッタロッツィ・スタジオ
Track list
97590
MAX REGER 1873-1916
Original Compositions for piano 4-hands
CD1 79'47
Walzercapricen Op.9 (1892)
1. No.1 Allegro 1'50
2. No.2 Presto 1'29
3. No.3 Andante (con passione) 2'24
4. No.4 Lento impetuoso 5'51
5. No.5 Allegro moderato
(quasi Andantino) 4'36
6. No.6 Prestissimo 0'58
7. No.7 Moderato 1'36
8. No.8 Allegro non tanto 1'55
9. No.9 Andantino 2'20
10. No.10 Vivace 1'52
11. No.11 Allegro scherzando 1'32
12. No.12 Allegro impetuoso 5'11
Deutsche Tänze Op.10 (1893)
13. No.1 Allegretto 2'55
14. No.2 3'54
15. No.3 Innocente 1'54
16. No.4 2'09
17. No.5 Con anima ed scherzando 1'36
18. No.6 Allegro 1'04
19. No.7 Cantabile 2'17
20. No.8 Appassionato 2'15
21. No.9 Allegretto 3'00
22. No.10 Grazioso. Andantino 3'56
23. No.11 Impetuoso 2'47
24. No.12 Allegretto 1'50
25. No.13 Andantino ma non troppo 3'12
26. No.14 Innocente 2'01
27. No.15 Scherzando 1'32
28. No.16 Appassionato (non Allegro) 2'38
29. No.17 Andantino 2'37
30. No.18 Presto 1'37
31. No.19 Giocoso 2'04
32. No.20 Con Bravura 2'38
CD2 74'38
Sechs Walzer Op.22 (1898)
1. No.1 Allegro 2'19
2. No.2 Più vivace 2'24
3. No.3 Allegretto 1'53
4. No.4 Moderato
(quasi Andantino) 2'26
5. No.5 Vivace 0'44
6. No.6 Allegro vivace 1'42
Cinq Pièces pittoresques Op.34 (1899)
7. No.1 Allegretto con moto 2'16
8. No.2 Prestissimo 1'29
9. No.3 Vivace assai 1'41
10. No.4 Andantino (con moto) 2'24
11. No.5 Con moto (vivace) 2'28
Sechs Burlesken Op.58 (1901)
12. No.1 Äußerst lebhaft 1'54
13. No.2 Sehr schnell und eigensinnig 2'08
14. No.3 Äußerst lebhaft, mit Humor 2'37
15. No.4 Schnell und grotesk 2'33
16. No.5 Äußerst schnell und flüchtig 2'53
17. No.6 So lebhaft und übermütig als nur möglich 1'30
Sechs Stücke Op.94 (1906)
18. No.1 Andante sostenuto 6'38
19. No.2 Andante con moto 7'11
20. No.3 Larghetto (ma con moto) 8'11
21. No.4 Vivace (ma non troppo) 3'15
22. No.5 Andante (quasi Larghetto) 5'02
23. No.6 Sostenuto
(quasi Andante mesto) 8'46
Davide & Daniele Trivella
piano: 1906 Steinway D
Recording: 21-23 February 2025, Mattarozzi Studio, Cremona, Italy
作曲者情報
年表
1873
1874
1875
1876
1877
1878
1879
1880
1881
1882
1883
1884
1885
1886
1887
1888
1889
1890
1891
1892
1893
1894
1895
1896
1897
1898
1899
1900
1901
1902
1903
1904
1905
1906
1907
1908
1909
1910
1911
1912
1913
1914
1915
1916
1873年/明治6年 (0歳)
【拠点】 ブラント(バイエルン王国)。
◆ 3月19日午前3時15分、マックス・レーガー誕生。生地はバイエルン王国の北部、バイロイトの東約23kmに位置するフィヒテル山地ティルシェンロイトに属するブラントで、当時の人口は600人ほど。レーガー誕生の2年前の1871年には、連邦国家であるドイツ帝国が成立。バイエルン王国はその構成国で、連邦議会61議席中、プロイセン王国の17議席に次ぐ6議席を確保。
◆ 父ヨーゼフ・レーガー[1847-1905]は小学校教員で、ピアノやコントラバスの演奏のほか、音楽理論にも精通したカトリック教徒。母フィロメナ・カタリーナ・レーガー(旧姓:ライヒェンベルガー)[1852-1911]はティルシェンロイトの地主の娘でピアノを弾くカトリック教徒。2人は1871年10月12日に隣接するエプナトの教区教会で挙式。マックスはその第1子。
◆ 3月22日、エプナトの教区教会で受洗。洗礼名は、ヨハン・バプティスト・ヨーゼフ・マクシミリアン・レーガー。
◆ 9月10日、バイエルン国王ルートヴィヒ2世、宮殿複合施設を建設するために、キームゼー湖のヘレンヴェルト島を35万グルデン(約8億7500万円相当)で購入。新ヘレンキームゼー城は、ノイシュヴァンシュタイン城、リンダーホーフ城と並ぶ名所として有名。
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1874年/明治7年 (0〜1歳)
【拠点】 ブラント(バイエルン王国)→ ヴァイデン(バイエルン王国)。
◆ 父ヨーゼフの新たな勤務先がヴァイデンの王立教員養成学校準備校に決定。
◆ レーガー家はブラントの南東約37kmに位置するヴァイデン(バイエルン王国)に転居。ヴァイデンの当時の人口は5千人ほどでしたが、1862年にバイエルン東部鉄道の「ヴァイデン・バイロイト線(約58km)」が開通しており、1863年には「レーゲンスブルク・ヴァイデン線(約86km)」も開通するなど交通の要衝で、20世紀を迎える頃には1万人近くに達していました。
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1875年/明治8年 (1〜2歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
◆ 2月22日、弟テオドール誕生(同年死去)。
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1876年/明治9年 (2〜3歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
◆ 4月13日、妹エマ[1876-1944]誕生。
◆ 8月13日、バイロイト祝祭劇場、「ラインの黄金」により開場。建設資金は後援公募とオスマン帝国皇帝アブデュルアズィズからの巨額援助、及びルートヴィヒ2世からの40万マルクの融資(約6億円相当。後年完済)など。
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1877年/明治10年 (3〜4歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
◆ 6月10日、弟アレクサンダー誕生(同年死去)。
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1878年/明治11年 (4〜5歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
◆ 母によるピアノの指導が開始。ほどなく父も音楽に関するさまざまなことを指導。
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1879年/明治12年 (5〜6歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【教育】 ヴァイデンの小学校。
◆ 7月10日、弟ロベルト誕生(同年死去)。
◆ ヴァイデンの小学校に入学。読み書き計算ができたため4週間後に第2学年に進級。
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1880年/明治13年 (6〜7歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【教育】 ヴァイデンの小学校。
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1881年/明治14年 (7〜8歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【教育】 ヴァイデンの小学校。
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1882年/明治15年 (8〜9歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【教育】 ヴァイデンの小学校→ ヴァイデンの王立中等学校。
◆ ヴァイデンの小学校を卒業。
◆ ヴァイデンの王立中等学校に入学。
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1883年/明治16年 (9〜10歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【教育】 ヴァイデンの王立中等学校。
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1884年/明治17年 (10〜11歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【教育】 ヴァイデンの王立中等学校。
【教育】 アダルベルト・リントナーによる個人指導(ピアノ、オルガン)。
◆ ヴァイデンの教師でオルガニストのアダルベルト・リントナー[1860-1946]にピアノとオルガンを師事。リントナーはレーガーの父ヨーゼフの教え子。
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1885年/明治18年 (11〜12歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【教育】 ヴァイデンの王立中等学校。
【教育】 アダルベルト・リントナーによる個人指導(ピアノ、オルガン)。
◆ 父の勤務先である王立教員養成学校準備校のオルガンが使われなくなったため、自宅用に改造して設置。自宅でもオルガン演奏が可能に。
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1886年/明治19年 (12〜13歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【教育】 ヴァイデンの王立中等学校→ ヴァイデンの王立教員養成学校準備校。
【教育】 アダルベルト・リントナーによる個人指導(ピアノ、オルガン)。
◆ ヴァイデンの王立中等学校を優秀な成績で卒業。
◆ 典礼演奏が上達したため、ヴァイデンの聖ミヒャエル教区教会でおこなわれるカトリックの日曜礼拝で演奏するようになります。当時、この教会は2週間交替でプロテスタント住民にも使用されていたため、プロテスタントのコラールに触れることも可能でした。
◆ ヴァイデンの王立教員養成学校準備校に入学。
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1887年/明治20年 (13〜14歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【教育】 ヴァイデンの王立教員養成学校準備校。
【教育】 アダルベルト・リントナーによる個人指導(ピアノ、オルガン)。
◆ 5月、公開演奏会に初めて出演。会場の「ガストホーフ・ツア・アイゼンバーン」は当時の鉄道建設ラッシュに対応した「線路沿いの宿」。宿泊だけでなく、飲食や音楽演奏の地域拠点としてドイツ各地に数多く出現。
曲目はユダヤ系ポヘミア人作曲家ユリウス・シュルホフ[1825-1898]のピアノ・ソナタ ヘ短調。シュルホフはショパンやリストと交流のあったピアニストで作曲家。ヘ短調ソナタは1854年に出版されリストに献呈された17分ほどの曲。ユリウス・シュルホフはのちにレーガーがライプツィヒ音楽院で教えることになる作曲家エルヴィン・シュルホフ[1894-1942]の大叔父。

ちなみにエルヴィン・シュルホフは初期にはレーガーの影響を受けた「ヴァイオリンとピアノのための組曲」なども作曲していましたが、第1次大戦でオーストリア軍に従軍したのち前衛化。やがてナチ政権下のドイツとその保護領であるチェコで仕事を失ったエルヴィンは、1939年にソ連政府に市民権を申請して1941年4月26日に承認され、6月13日にはソ連領事館でビザを取得。移住しようとしていた矢先の6月22日にドイツが不可侵条約を破ってソ連に侵攻したため、ソ連市民権を得ていたシュルホフは敵国民扱いのユダヤ人となり翌6月23日に逮捕、翌年バイエルンのヴュルツブルク強制収容所で死去。
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1888年/明治21年 (14〜15歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【教育】 ヴァイデンの王立教員養成学校準備校。
【教育】 アダルベルト・リントナーによる個人指導(ピアノ、オルガン)。
◆ 夏、名付け親でもある裕福な叔父ヨハンに連れられバイロイトで、モットル指揮「パルジファル」、リヒター指揮「マイスタージンガー」を鑑賞。衝撃を受け、作曲家になることを決意。叔父ヨハンは毎年のようにレーガーを邸宅に滞在させていました。
◆ リントナーがハンブルクのフーゴー・リーマンとミュンヘンのヨーゼフ・ラインベルガー宛にレーガーの序曲ニ短調を送付。両者とも好意的でしたが、特にリーマンは積極的な反応でした。
【作品】
管弦楽
● 序曲ニ短調
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1889年/明治22年 (15〜16歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【教育】 ヴァイデンの王立教員養成学校準備校。
【教育】 アダルベルト・リントナーによる個人指導(ピアノ、オルガン)。
◆ 6月、ヴァイデンの王立教員養成学校準備校を卒業。
◆ 音楽の勉強を希望するものの父親は拒否。
◆ 8月、アンベルク(バイエルン王国)の王立教員養成学校に合格。
◆ 弦楽四重奏曲ニ短調を完成。終楽章に父を意識してコントラバスを使用。
◆ レーゲンスブルク大聖堂で礼拝に接して感動し、礼拝で演奏されるオルガン音楽を勉強して作曲することを決意。
【作品】
管弦楽
● 交響的楽章「ヘロイデ(英雄)」
室内楽
● 弦楽四重奏曲ニ短調
● フルートと弦楽五重奏のためのスケルツォ
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1890年/明治23年 (16〜17歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)→ ゾンダースハウゼン(シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国)→ ヴィースバーデン(プロイセン王国)。
【教育】 ゾンダースハウゼン音楽院。
【教育】 アルベルト・フックス音楽院。
【所属組織】 アルベルト・フックス音楽院(講師:オルガン、ピアノ)。
◆ 4月、ゾンダースハウゼン(シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国)に転居。
◆ 4月、ゾンダースハウゼン音楽院で、フーゴー・リーマン[1849-1919]のクラスに7月まで参加。リーマンはこの年、ハンブルク音楽院を辞めて故郷のゾンダースハウゼンに戻り、地元の音楽院で教えていました。リーマンは音楽辞典編纂でも有名な音楽理論家、音楽史家、音楽教育者。
◆ 9月、リーマンがヴィースバーデン(プロイセン王国)のアルベルト・フックス音楽院(旧称:フロイデンベルク音楽院)に招かれて契約したため、レーガーもヴィースバーデンに転居。
◆ 9月、アルベルト・フックス音楽院に入学。学生としてピアノと音楽理論を専攻しながら、オルガンとピアノの講師として報酬も得られるよう契約。
◆ アルベルト・フックス院長のフックスとの共演でチェンバロを演奏。フックスは歴史的楽器のコレクターでもありました。
【作品】
管弦楽
● 交響的楽章ニ短調
室内楽
● ヴァイオリン・ソナタ Op.1
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1891年/明治24年 (17〜18歳)
【拠点】 ヴィースバーデン(プロイセン王国)。
【教育】 アルベルト・フックス音楽院。
【所属組織】 アルベルト・フックス音楽院(講師:オルガン、ピアノ)。
◆ この頃から酒量と喫煙量が増大。
【作品】
室内楽
● ピアノ三重奏曲 Op.2
● ヴァイオリン・ソナタ Op.3
ピアノ
● 演奏会用大ワルツ WoO III/3(Op.378)
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1892年/明治25年 (18〜19歳)
【拠点】 ヴィースバーデン(プロイセン王国)。
【教育】 アルベルト・フックス音楽院。
【所属組織】 アルベルト・フックス音楽院(講師:オルガン、ピアノ)。
【作品】
室内楽
● チェロ・ソナタ Op.5
● 2つの弦楽四重奏のためのスケルツォ
ピアノ
● 12のワルツ・カプリース Op.9(4手)
オルガン
● 3つの小品 Op.7
声楽
● 3つの合唱曲 Op.6
● 5つの歌曲 Op.8
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1893年/明治26年 (19〜20歳)
【拠点】 ヴィースバーデン(プロイセン王国)。
【教育】 アルベルト・フックス音楽院。
【所属組織】 アルベルト・フックス音楽院(講師:オルガン、ピアノ)。
【個人事業】 個人指導。作曲。音楽評論。
◆ 2月、アルベルト・フックス音楽院での学業を修了。オルガンとピアノの講師として引き続き在職。
◆ ピアノの個人指導先のバーゲンスキー家で将来の妻となるエルザと出会います。
◆ 「アルゲマイネ・ムジーク・ツァイトゥング」紙に音楽評論を寄稿。
◆ ロンドンの出版社、オーゲナー社と契約。契約期間は7年間。
【作品】
ピアノ
● 20のドイツ舞曲 Op.10(4手)
● 7つのワルツ Op.11(4手)
オルガン
● 6つのコラール前奏曲
声楽
● 5つの歌 Op.12
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1894年/明治27年 (20〜21歳)
【拠点】 ヴィースバーデン(プロイセン王国)。
【所属組織】 アルベルト・フックス音楽院(講師:オルガン、ピアノ)。
【個人事業】 個人指導。作曲。音楽評論。
◆ 2月、ベルリンでヴァイオリン・ソナタ Op.1、ピアノ三重奏曲 Op.2、チェロ・ソナタ Op.5、歌曲を演奏するコンサートを開催。
◆ 3月、アルコールの過剰摂取が非難されます。
◆ 「アルゲマイネ・ムジーク・ツァイトゥング」紙に音楽評論を寄稿。
【作品】
ピアノ
● 綴じていないページ Op.13
声楽
● 5つの二重唱曲 Op.14
● 湖の上に立つ Op.14b
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1895年/明治28年 (21〜22歳)
【拠点】 ヴィースバーデン(プロイセン王国)。
【所属組織】 アルベルト・フックス音楽院(講師:オルガン、ピアノ)。
【個人事業】 個人指導。作曲。
◆ 秋、リーマン家がライプツィヒに転居。
【作品】
ピアノ
● 青年時代より Op.17
● すべての短調と長調の111のカノン
オルガン
● 組曲 Op.16
声楽
● タントゥム・エルゴ・サクラメントゥム(ラテン語)
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1896年/明治29年 (22〜23歳)
【拠点】 ヴィースバーデン(プロイセン王国)。
【所属組織】 アルベルト・フックス音楽院(講師:オルガン、ピアノ)。
【個人事業】 個人指導。作曲。
◆ 2月、フランクフルト・ムゼウム協会主催演奏会で、R.シュトラウス、ブゾーニと交流。
◆ ブラームス宛にオルガン組曲 Op.16を送付。バッハの手法による作品で、ブラームスは気に入り、他も送ってくれるようレーガーに依頼。
◆ 10月、志願兵としての兵役が開始。当時のドイツの志願兵役制度は、装備費、宿泊費、食費など、兵役期間中に必要な多額の費用を全額自費で賄うことにより兵役期間を2年短縮して1年とし、さらに昇進もしやすくするという制度でした。費用相場は2,000〜3,600マルク(約300〜540万円相当)で、当時の小学校教師の年収が2,000マルク(約300万円相当)ほどであったことから、この制度が富裕層を優遇するものであることは明らかで、同様の制度はオーストリア、フランス、イタリア、ロシアなどにもありました。
レーガーの場合は兵役期間短縮が目的ですが、資金が足りなかったため、6月にピアノ協奏曲ヘ短調を作曲し、7月に交響曲ロ短調をほぼ完成、イギリスのオーゲナー社から出版するはずでしたが見送られたため、借金で賄うことになります。
【作品】
ピアノ
● 華麗な練習曲
● 8つの即興曲 Op.18
● 5つのフモレスケ Op.20
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1897年/明治30年 (23〜24歳)
【拠点】 ヴィースバーデン(プロイセン王国)。
【個人事業】 個人指導。作曲。
◆ 4月3日、ブラームス死去。
◆ 夏、志願兵役中のレーガーは、兵役費用に充てるため、4年前から教えているバーゲンスキー家で、エルザとエルザの従姉妹のベルタにピアノの個人指導を実施。
バーゲンスキー家にはエルザの実兄でプロイセン陸軍中佐のハンスとその家族も滞在しており、レーガーに会ったハンスは、そのルールを守らない型破りな様子に驚き、救いようのない人だと呆れてもいました。
一方、ハンスの4歳の息子クルトは、よくレーガーの近くに座って演奏を眺めたりしていたので、レーガーのことが気に入っていたようですが、9月2日、鉄ネジの誤飲によりあっけなく死去。
レーガーは幼いクルトの死を悲しみ「小さなジークフリートのための葬送行進曲」を作曲していますが、残念ながら楽譜は現存していません。
◆ 10月1日、兵役終了。
【作品】
ピアノ
● 小さなジークフリートのための葬送行進曲
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1898年/明治31年 (24〜25歳)
【拠点】 ヴィースバーデン(プロイセン王国)→ ヴァイデン(バイエルン王国)。
【個人事業】 個人指導。作曲。
◆ 2月、ピアノ五重奏曲ハ短調が完成するものの、英オーゲナー社は出版を拒否。
◆ ハイデルベルクとボンの楽長職に応募して不合格。ブゾーニとモットルの推薦を得ていただけにレーガーのショックは大きく、酒量が増大。
◆ 3月、妹エマがアルコール依存状態のレーガーを実家に連れ戻して立て直そうとヴィースバーデンを訪れるもののレーガーは拒否。
◆ 3月、レーガーと同年齢の若いオルガニスト、カール・シュトラウべ[1873-1950]が、オルガン組曲 Op.16をベルリン初演。前年にブラームス宛に送って気に入られていた曲。
◆ 6月、妹エマの連れ戻しに応じ、レーガーはヴァイデンの実家に転居。
【作品】
室内楽
● ピアノ五重奏曲ハ短調 WoO II/9
● チェロ・ソナタ ト短調 Op.28
ピアノ
● 即興曲「美しく青きドナウ」
● 6つのワルツ Op.22(4手)
● 6つの小品 Op.24
● 水彩画 Op.25
● 「若者への挨拶」
オルガン
● コラール幻想曲「われらが神は堅き砦」Op.27
● 幻想曲とフーガ ハ短調 Op.29
● コラール幻想曲「大いに喜べ、おおわが魂よ」Op.30
声楽
● 讃歌と歌 Op.21
● 彼らはみなあなたに栄光をもたらすでしょう
● 2つの宗教的な歌 Op.19(ドイツ語、オルガン伴奏)
● 4つの歌曲 Op.23
● アンナ・リッターの6つの詩 Op.31
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1899年/明治32年 (25〜26歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【個人事業】 作曲。
◆ 5〜6月、ザルツブルクの隣ベルヒテスガーデンのシュネーヴィンクルに長期滞在。ヴィースバーデン時代にピアノの個人指導をおこなっていたバーゲンスキー家からの招待。同地で同家の娘エルザと再会。エルザは1891年にフランツ・フォン・ベルケン少将と結婚し、1899年4月に離婚。レーガーは恋愛感情を抱き、歌曲を作曲して表現。しかしまだ離婚から間もないことや、ヴィースバーデン時代のレーガーの深酒を覚えていたエルザは拒否。
【作品】
管弦楽
● ホルンと弦楽のためのスケルツィーノ
室内楽
● ヴァイオリン・ソナタイ長調 Op.41
ピアノ
● 7つの性格的小品 Op.32
● 5つの絵画的小品 Op.34(4手)
● 色とりどりの葉 Op.36
● 3つのアルバムの綴り
オルガン
● オルガン・ソナタ第1番嬰ヘ短調 Op.33
● 序奏とパッサカリア
● 2つのコラール幻想曲 Op.40
声楽
● 男声合唱のための7つの歌 Op.38
● 3つの合唱曲 Op.39
● マリア、まことの天の喜び
● 6つの歌 Op.35
● 5つの歌 Op.37
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1900年/明治33年 (26〜27歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)。
【個人事業】 作曲。
◆ 2月、B-A-C-Hの名による幻想曲とフーガを完成し、ラインベルガーに献呈。
【作品】
管弦楽
● ヴァイオリンと管弦楽のための2つのロマンス Op.50
室内楽
● 4つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ Op.42
● 2つのクラリネット・ソナタ Op.49
● 2つの弦楽四重奏曲 Op.54
ピアノ
● 6つの間奏曲 Op.45
● 10の演奏会用小品 Op.44
● 7つのシルエット Op.53
オルガン
● B-A-C-Hの名による幻想曲とフーガ Op.46
● 6つのトリオ Op.47
● 3つのコラール幻想曲 Op.52
● 前奏曲ハ短調
声楽
● 8つの歌曲 Op.43
● 7つの歌曲 Op.48
● 12の歌曲 Op.51
● 3つのコラール Op.79g
● 15の歌曲 Op.55
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1901年/明治34年 (27〜28歳)
【拠点】 ヴァイデン(バイエルン王国)→ ミュンヘン(バイエルン王国)。
【個人事業】 個人指導。演奏。作曲。
◆ 1月、ベルリンで歌曲の伴奏者としてピアノを演奏。
◆ 3月、シュトラウベがミュンヘンでレーガー作品のオルガン・コンサートで演奏して成功。
◆ ライプツィヒのペータース社から12の小品集 Op.59を出版。
◆ 7月、父ヨーゼフが持病悪化の為、早期退職。
◆ レーガーが両親を説得し、家族全員でミュンヘンに転居。
◆ ブリュートナーのグランド・ピアノを購入。
◆ 理論とピアノ演奏の個人指導を開始。
◆ 11月、シュトラウベが再びミュンヘンでレーガー作品のオルガン・コンサートで演奏。
【作品】
室内楽
● 2つの弦楽四重奏曲Op.54
● ヴァイオリンとピアノのためのカプリス
ピアノ
● 6つのブルレスケ Op.58(4手)
● 左手のための4つの特別な練習曲
オルガン
● 「我らが王、万歳」による変奏曲とフーガ
● 交響的幻想曲とフーガ Op.57「インフェルノ幻想曲」
● 12の小品 Op.59
● オルガン・ソナタ第2番 Op.60
声楽
● 演奏しやすい典礼曲 Op.61
● 8つのタントゥム・エルゴ Op.61a
● 4つのタントゥム・エルゴ Op.61b
● 4つのタントゥム・エルゴ Op.61c
● 8つのマリアの歌 Op.61d
● 4つのマリアの歌 Op.61e
● 4のマリアの歌 Op.61f
● 6つの哀悼歌 Op.61g
● 15の歌曲 Op.55
● 16の歌曲 Op.62
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1902年/明治35年 (28〜29歳)
【拠点】 ミュンヘン(バイエルン王国)。
【個人事業】 個人指導。演奏。作曲。
◆ 10月25日、エルザ・フォン・バーゲンスキー(マルガレーテ・ウルリケ・アウグスタ・マリー・カロリーネ・エルザ・フォン・バーゲンスキー)[1891-1951]と法的に結婚。新居はミュンヘン。エルザが離婚歴ありのプロテスタントだったため、熱心なカトリックであるレーガーの家族は強く拒絶。また、レーガーはカトリック教会から破門に。
◆ 11月、ヴェルト通り35番地の実家を出て、通りの反対側の20番地に転居してエルザとの結婚生活を開始。
◆ 12月7日、エルザとプロテスタント教会で結婚。
【作品】
室内楽
● ピアノ五重奏曲 ハ短調 Op.64
● ヴァイオリンとピアノのためのロマンス
● ヴァイオリンとピアノのための小さなカプリス
● クラリネット(またはヴァイオリン)とピアノのためのアルバムの綴り
● クラリネット(またはヴァイオリン)とピアノのためのタランテラ
● フルートとピアノのためのアレグレット・グラツィオーゾ
無伴奏
● 無伴奏ヴァイオリンのための前奏曲とフーガ
ピアノ
● 夜に
● 葉と花(12の小品)
オルガン
● 前奏曲とフーガ ニ短調
● 12のモノローグ Op.63
● 12の小品 Op.65
● 52のやさしいコラール前奏曲 Op.67
声楽
● 棕櫚の主日の朝
● 12の歌曲 Op.66
● 6つの歌曲 Op.68
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1903年/明治36年 (29〜30歳)
【拠点】 ミュンヘン(バイエルン王国)。
【個人事業】 個人指導。演奏。作曲。
◆ 3月、シュトラウベがライプツィヒの聖トーマス教会オルガン奏者に就任し、ほどなくライプツィヒ・バッハ協会の合唱指揮者にも就任(トーマスカントル就任は1918年)。
◆ 転調に関する理論書「Modulation」を出版。人気を博します。
◆ 9月、ヴェルト通りのアパートから800メートルほど離れたプライジング通りのアパートに転居し、エルザの母、アウグスタ[1841-1907]が同居開始。現在のガスタイクの隣の場所。
【作品】
室内楽
● ヴァイオリン・ソナタ Op.72
ピアノ
● 10の小品 Op.79a
オルガン
● 10の小品 Op.69
● 創作主題による変奏曲とフーガ Op.73
● 13のコラール前奏曲 Op.79b
声楽
● 変容の歌 Op.71(献呈:愛しのエルザ・レーガーに)
● 3つの宗教的歌曲(ドイツ語、オルガン伴奏)
● 17の歌曲 Op.70
● 18の歌曲 Op.75
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1904年/明治37年 (30〜31歳)
【拠点】 ミュンヘン(バイエルン王国)。
【個人事業】 個人指導。演奏。作曲。
◆ 4月、エルザの兄ハンスがドイツ領南西アフリカ(現・ナミビア)で反乱軍との戦いで戦死。ハンスは7年前にヴィースバーデンのバーゲンスキー家でレーガーと会っており、その際、ハンスの息子クルトが誤飲事故で急死したことから、レーガーは「小さなジークフリートの葬送行進曲」を作曲していました。
◆ 5月、フランクフルト・トーンキュンストラー音楽祭でアンリ・マルトーとヴァイオリン・ソナタ Op.72で成功を収め、しばらくはマルトーと内外で頻繁に演奏していたため、ペータースに宛てて「鉄道車輛に住んでいます」と手紙を送るほどの多忙さでした。
◆ 「J.S.バッハの主題による変奏曲とフーガ」と「ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ」も人気曲となり、レーガーの知名度向上に大きく貢献。
【作品】
室内楽
● 弦楽四重奏曲 Op.74
● フルート、ヴァイオリン、ヴィオラのためのセレナーデ Op.77a
● 弦楽三重奏曲 Op.77b
● 管楽セレナーデ
● チェロ・ソナタ Op.78
● ヴァイオリンとピアノのための3つの演奏会用小品 Op.79d
● チェロとピアノのための2つの演奏会用小品 Op.79e
ピアノ
● J.S.バッハの主題による変奏曲とフーガ Op.81
● ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ Op.86
● ロマンス イ短調
オルガン
● 5つのやさしい前奏曲とフーガ Op.56
● 12の小品 Op.80
声楽
● 14のコラール Op.79f
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1905年/明治38年 (31〜32歳)
【拠点】 ミュンヘン(バイエルン王国)。
【所属組織】 ミュンヘン音楽アカデミー。
【個人事業】 演奏。作曲。
◆ 5月、ミュンヘン音楽アカデミー(現・ミュンヘン音楽演劇大学)の講師にモットルにより任命。理論とオルガンを指導。
◆ 6月、ドイツ音楽協会(ADMV)主催によりグラーツで開催されたトーンキュンストラー音楽祭で、バッハの主題による変奏曲とベートーヴェンの主題による変奏曲が演奏されて成功。
◆ 9月28日、父ヨーゼフ、ミュンヘンで死去。58歳。
◆ 10月8日、レーガーの擁護者であるモットルがエッセンで「シンフォニエッタ」を初演。以後、シュタインバッハ、ニキシュ、シャルクなどによりシーズン中に22回演奏される成功作に。
◆ 12月、自動演奏ピアノ「ヴェルテ・ミニョン」のために10曲の小品を演奏。前年に開発されたばかりの新しい楽器。
【作品】
管弦楽
● シンフォニエッタ Op.90
室内楽
● ヴァイオリン・ソナタ Op.84
無伴奏
● 7つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ Op.91
ピアノ
● 無窮動
オルガン
● 4つの前奏曲とフーガ Op.85
● 組曲 Op.92
声楽
● 4つのカンタータ
● 復活カンタータ
● 4つの歌 Op.88
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1906年/明治39年 (32〜33歳)
【拠点】 ミュンヘン(バイエルン王国)。
【所属組織】 ミュンヘン音楽アカデミー。
【個人事業】 作曲。演奏。指揮。個人指導。
◆ 1月、ドイツ音楽協会(ADMV)を脱退。副会長のマックス・シリングス[1868-1933]との衝突が原因(シリングスは当時はフォン無し)。
◆ 2月、モットルがミュンヘンで「シンフォニエッタ」を指揮したコンサートで、組織的な妨害活動が展開。レーガーは同地で自分を敵視する一派が200枚の無料チケットを配ったと友人に報告。普通に考えれば前月に揉めたシリングスの支持者ということになりそうです。
◆ 2月、「シンフォニエッタ」をハイデルベルクで指揮。これが指揮者デビュー。
◆ 7月、ミュンヘン音楽アカデミーを退職。レーガーと揉めたシリングスの仲間であるルートヴィヒ・トゥイレ[1861-1907]は、その平明で保守的な姿勢により同アカデミーの人気作曲科教授でしたが、レーガーの複雑な技法が理解できず敵対し、衝突が頻発したことでレーガーはうんざりして退職。レーガーが教えていた生徒の何人かは、以後、レーガーの個人指導を受けることになります。
◆ 秋、国内外でレーガー作品をとりあげるコンサートが増え、シーズン中にレーガ―作品だけのコンサートが25回おこなわれています。
◆ 12月、サンクトペテルブルクでのレーガー作品コンサートが成功。
【作品】
管弦楽
● セレナーデ Op.95
室内楽
● ヴァイオリンとピアノのための古風な様式による組曲 Op.93
ピアノ
● 2つの小品
● スケルツォ 嬰ハ短調
● 4つのソナチネ
● 6つの小品 Op.94(4手)
● 序奏、パッサカリアとフーガ Op.96(2台ピアノ)
オルガン
● 前奏曲とフーガ 嬰ト短調
声楽
● 4つの歌 Op.97
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1907年/明治40年 (33〜34歳)
【拠点】 ミュンヘン(バイエルン王国)→ ライプツィヒ(ザクセン王国)。
【所属組織】 ライプツィヒ王立音楽院。
【所属組織】 ライプツィヒ大学(パウロ教会音楽監督)。
【個人事業】 作曲。演奏。指揮。
◆ 3月、ライプツィヒ(ザクセン王国)に転居。
◆ 3月、1歳11か月の孤児クリスタ[1905-1969]と養子縁組。
◆ ライプツィヒ王立音楽院の教授に任命。作曲を指導。
◆ ライプツィヒのパウロ教会音楽監督に任命。
【作品】
管弦楽
● J.A.ヒラーの主題による変奏曲とフーガ Op.100
ピアノ
● 6つの前奏曲とフーガ Op.99
● 永遠にあなたのもの!
声楽
● 歌曲集「素朴な歌」Op.76(全6巻60曲)
● 2つの宗教的な歌 Op.105
● 6つの歌 Op.104
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1908年/明治41年 (34〜35歳)
【拠点】 ライプツィヒ(ザクセン王国)。
【所属組織】 ライプツィヒ王立音楽院。
【所属組織】 ライプツィヒ大学(パウロ教会音楽監督)。
【個人事業】 作曲。演奏。指揮。
◆ 3月、ピアノ三重奏曲 Op.102をライプツィヒで初演。
◆ ダルムシュタット(ヘッセン大公国)で演奏されたピアノ三重奏曲 Op.102により、ヘッセン大公エルンスト・ルートヴィヒ[1868-1937]が銀メダル(芸術と科学部門)を授与。
◆ ライプツィヒのパウロ教会音楽監督を退任。
◆ 10月、1歳8か月の孤児シャルロッテ[1907-1963]と養子縁組。
【作品】
管弦楽
● ある悲劇のための交響的プロローグ Op.108
● ヴァイオリン協奏曲 Op.101
● ヴァイオリンと管弦楽のための組曲(アリア) Op.103a
室内楽
● ピアノ三重奏曲 Op.102
● ヴァイオリンとピアノのための組曲(6つの演奏会用小品) Op.103a
オルガン
● 6つのコラール前奏曲
声楽
● 聖別の歌
● 詩篇第100番第1部 Op.106
戻る
1909年/明治42年 (35〜36歳)
【拠点】 ライプツィヒ(ザクセン王国)。
【所属組織】 ライプツィヒ王立音楽院。
【個人事業】 作曲。演奏。指揮。
◆ 5月、ロンドン・ツアー。
◆ マックス・シリングスと和解し、ドイツ音楽協会(ADMV)に復帰。シリングスは前年にシュトゥットガルト(ヴュルテンベルク王国)の宮廷劇場総監督に就任し、この1909年にはドイツ音楽協会の会長に就任。
【作品】
室内楽
● 弦楽四重奏曲 Op.109
● ヴァイオリンとピアノのための2つの小ソナタ Op.103b
● クラリネット・ソナタ Op.107
声楽
● 詩篇第100番第2部 Op.106
● ツェッペリンへ(無伴奏合唱曲)
● 我らの父(無伴奏合唱曲)
● 3つの二重唱曲 Op.111a
● 3つの歌 Op.111b(無伴奏女声合唱曲)
● 3つの歌 Op.111c(無伴奏女声合唱曲)
● 修道女 Op.112(合唱、管弦楽)
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1910年/明治43年 (36〜37歳)
【拠点】 ライプツィヒ(ザクセン王国)。
【所属組織】 ライプツィヒ王立音楽院。
【個人事業】 作曲。演奏。指揮。
◆ 5月、ドルトムント(プロイセン王国)で「第1回ドイツ・レーガー音楽祭」3日間開催。レーガー作品による7つのコンサートで、多くの作品を紹介。
◆ レーガーの成功により、ライプツィヒの批評家ヴァルター・ニーマン[1876-1953]による激しい批評攻撃が激化。ニーマンの執筆媒体はライプツィヒの日刊紙「ノイエステ・ナハリヒテン(=最新ニュース)」などで、当時10万部近い部数のドイツ文字印刷で保守系の新聞。ライプツィヒの当時の人口は50万人ほどで、ラジオも存在しない時代なので影響力は絶大。ニーマンはサロン系のピアノ曲などを後年作曲したこともある人物。
【作品】
管弦楽
● ピアノ協奏曲 Op.114
室内楽
● ピアノ四重奏曲 Op.113
● チェロ・ソナタ Op.116
● 弦楽六重奏曲 Op.118
ピアノ
● エピソード集 Op.115
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1911年/明治44年 (37〜38歳)
【拠点】 ライプツィヒ(ザクセン王国)。
【所属組織】 ライプツィヒ王立音楽院。
【所属組織】 マイニンゲン宮廷(宮廷楽団首席指揮者)。
【個人事業】 作曲。演奏。指揮。
◆ 1月16日、マイニンゲン宮廷楽団の首席指揮者、ヴィルヘルム・ベルガー[1861-1911]が胃の手術直後に49歳で急死。ベルガーは重厚で複雑な作風からブラームス派の作曲家と呼ばれた人物。
◆ 2月、ザクセン=マイニンゲン公ゲオルク2世[1826-1914]は、レーガーを宮廷楽長に任命。
◆ 3月、ザクセン=コーブルク=ゴータ公カール・エドゥアルト[1884-1954]から宮廷顧問に任命。レーガーは感謝の印としてピアノ曲集「私的な日記」Op.82の第3巻を献呈。
◆ 5月、ダルムシュタット音楽祭で、詩篇第100番 Op.106を聴いたヘッセン大公エルンスト・ルートヴィヒが感動してもう一度演奏するよう要請。30分ほどの合唱と管弦楽のための作品で、有名なコラール「われらが神は堅き砦」が背後で鳴り響く終曲の高揚感は確かに素晴らしいものがあります。ヘッセン大公は1908年にピアノ三重奏曲 Op.102に感動してレーガーに銀メダル(芸術と科学部門)を授与していた人物。
◆ 5月、ピルモント(ヴァルデック=ピルモント侯国)で、フリッツ・ブッシュの指揮により、第1回バッハ=レーガー音楽祭が開催。
◆ 6月7日、母フィロメナ、ミュンヘンの病院で死去。58歳。
◆ マイニンゲン(ザクセン=マイニンゲン公国)に転居。
◆ 12月、マイニンゲン宮廷楽団の首席指揮者に就任。レーガーはビューローやシュタインバッハの時代のように多くのツアーを実施することを計画。マイニンゲン宮廷楽団は、ハンス・フォン・ビューロー[1830-1894]の時代[1880-1885]にブラームス本人との関係が強まり、ビューローの後任はブラームスの推薦で、使徒フリッツ・シュタインバッハ[1855-1916]が就任。在任中[1886-1903]はブラームス尽くしだったことから、マイニンゲンは約30年に渡ってブラームス派の牙城だったことになります。これはシンプル志向のヴァルター・ニーマンに攻撃されて裁判でも負け、同じく平明なミュンヘン楽派のシリングスとトゥイレに苦しめられたレーガーにとっては理想的な環境でもありました。レーガーはここで楽器の音響的可能性を探求するかのように、幅広いスタイルのオーケストラ音楽を作曲するようになります。
【作品】
管弦楽
● ある喜劇の序曲 Op.120
室内楽
● 弦楽四重奏曲嬰 Op.121
● ヴァイオリン・ソナタ Op.122
声楽
● 宗教的合唱曲集 Op.110
● 夜の聖別 Op.119
戻る
1912年/明治45年/大正元年 (38〜39歳)
【拠点】 マイニンゲン(ザクセン=マイニンゲン公国)。
【所属組織】 ライプツィヒ王立音楽院。
【所属組織】 マイニンゲン宮廷(宮廷楽団首席指揮者)。
【個人事業】 作曲。演奏。指揮。
◆ 11月、カールスルーエでレーガー音楽祭開催。
【作品】
管弦楽
● 管弦楽のための古風な様式による協奏曲 Op.123
● ロマンティック組曲 Op.125
無伴奏
● 無伴奏ヴァイオリンのための前奏曲とフーガ Op.117
ピアノ
● 私の日記から Op.82(4巻35曲)
オルガン
● 前奏曲とフーガ 嬰ヘ短調
声楽
● ローマの勝利の歌 Op.126
● 希望に寄せて Op.124
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1913年/大正2年 (39〜40歳)
【拠点】 マイニンゲン(ザクセン=マイニンゲン公国)。
【所属組織】 ライプツィヒ王立音楽院。
【所属組織】 マイニンゲン宮廷(宮廷楽団首席指揮者)。
【個人事業】 作曲。演奏。指揮。
◆ 4月、シューベルトの歌曲「メムノン」を管弦楽伴奏に編曲。以後。「魔王」などのシューベルト作品や自作など計45曲の歌曲を編曲。
◆ 5月、ヴェルテ社製フィルハーモニー・オルガンにより演奏を記録。場所はフライブルク・イム・ブライスガウ(バーデン大公国)。
◆ 6月、ハイデルベルク(バーデン大公国)で「バッハ=レーガー音楽祭」開催。
◆ 9月、世界最大のオルガンのために書いた30分ほどの作品「序奏、パッサカリアとフーガ」Op.127がシュトラウベにより初演。ナポレオンからの解放戦争100周年を記念して、プロイセン王国ブレスラウは、市の予算のみで新たに巨大な「世紀ホール」を建設。ホールに設置されたパウル・ヴァルカー[1846-1928]製作のオルガンは当時世界最大で、15,133本のパイプと185のレジスターを備えていました。
【作品】
管弦楽
● アルノルト・ベックリンによる4つの音詩 Op.128
● バレエ組曲 Op.130
オルガン
● 序奏、パッサカリアとフーガ Op.127
● 9つの小品 Op.129
声楽
● ジルヴェスター・カノン
戻る
1914年/大正3年 (40〜41歳)
【拠点】 マイニンゲン(ザクセン=マイニンゲン公国)。
【所属組織】 ライプツィヒ王立音楽院。
【所属組織】 マイニンゲン宮廷(宮廷楽団首席指揮者)。
【個人事業】 作曲。演奏。指揮。
◆ 2月28日、マイニンゲン宮廷管弦楽団ツアー中にハーゲンで倒れて指揮をキャンセル。
◆ 3月、マイニンゲンで4週間休養。
◆ 4月、南チロルのメランのサナトリウムに約1か月滞在(メランは第1次大戦後にオーストリアからイタリアに割譲されてメラーノとなります)。
◆ 6月25日、ザクセン=マイニンゲン公ゲオルク2世死去。
◆ 6月25日、ザクセン=マイニンゲン公ベルンハルト3世即位。
◆ 6月28日、サライェヴォ事件発生。
◆ 7月、マイニンゲン宮廷の音楽総監督を辞任。「劇場公爵」と呼ばれたゲオルク2世が88歳で亡くなり、63歳で後を継いだ息子のベルンハルト3世は、キャリア約40年の元プロイセン軍人で、1912年に退役するときには上級大将を務めていた人物。予備役動員はすでに始まり大規模動員も間近な状況の中、マイニンゲンの劇場が維持されるはずもなく、オーケストラもすでに解散状態でした。
◆ 7月28日、第1次大戦開戦。
【作品】
管弦楽
● モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ Op.132
● 祖国への序曲 Op.140
室内楽
● ピアノ四重奏曲イ短調 Op.133
● 古風な様式による3つの二重奏曲(カノンとフーガ) Op.131b
● 2つのヴァイオリンのためのアレグロ
器楽
● 3つの無伴奏チェロ組曲
● 無伴奏ヴァイオリンのための6つの前奏曲とフーガ Op.131a
ピアノ
● モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ Op.132a
● テレマンの主題による変奏曲とフーガ Op.134
● 婦人慈善団体の行進曲
オルガン
● 30の小コラール前奏曲 Op.135a
声楽
● 宗教的歌曲集 Op.138
● 宗教的歌曲集 Op.137
● 愛の讃歌 Op.136
● 別れの歌
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1915年/大正4年 (41〜42歳)
【拠点】 マイニンゲン(ザクセン=マイニンゲン公国)→ イェーナ(ザクセン=ワイマール=アイゼナハ大公国)。
【所属組織】 ライプツィヒ王立音楽院。
【個人事業】 作曲。演奏。指揮。
◆ 3月、イェーナに転居。ベートーヴェン通り2番地に家を購入。
【作品】
管弦楽
● ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ Op.86の管弦楽編曲
室内楽
● クラリネット五重奏曲 イ長調 Op.146
● ヴァイオリン・ソナタ ハ短調 Op.139
● フルート、ヴァイオリン、ヴィオラのためのセレナーデ ニ短調 Op.141a
● 弦楽三重奏曲 ニ短調 op.141b
器楽
● 3つの無伴奏ヴィオラ組曲
● 無伴奏ヴァイオリンのための前奏曲ホ短調
ピアノ
● 暖炉のそばの夢 Op.143
声楽
● ヘッベルによるレクイエムOp.144b
● 2つの歌 Op.144
● ラテン語レクイエム Op.145a(未完)
● 5つの新しい子供の歌 Op.142
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1916年/大正5年 (42〜43歳)
【拠点】 イェーナ(ザクセン=ワイマール=アイゼナハ大公国)。
【所属組織】 ライプツィヒ王立音楽院。
【個人事業】 作曲。演奏。指揮。
◆ 3月、兵役不適格と通告。
◆ 4月、ライプツィヒ音楽院との契約を1923年まで延長。
◆ 5月11日、ライプツィヒのホテル・ヘンチェルの居室で心不全により43歳で死去。前日には通常通り、ライプツィヒ音楽院での指導をおこなっていました。
◆ 5月14日、イェーナで大規模な音楽葬。遺体は火葬されて骨壺に収められるもののエルザ未亡人は埋葬せず自宅に保管し、1922年にワイマールに転居した際、同地に埋葬。その後、未亡人は1929年にミュンヘンに転居し、翌年同地に改葬。
【作品】
管弦楽
● 古風な様式による組曲 Op.93の管弦楽編曲
室内楽
● クラリネット五重奏曲 Op.146
● ヴァイオリンとピアノのための12の小品 Op.103c(素朴な歌 Op.76より編曲)
オルガン
● 幻想曲とフーガ Op.135b
● 7つの小品 Op.145
ピアノ
● ドイツの歌によるフゲッタ
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