親の家を片づけながら ヴィレッジブックス

リディア・フレム

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784864911832
ISBN 10 : 4864911835
フォーマット
発行年月
2014年12月
日本
共著・訳者・掲載人物など
:
追加情報
:
147p;15

内容詳細

「人はいつか父と母を失い、孤児になる。子供とはもういえない年になっても、残される者は身寄りのない孤児だ」両親を見送り、膨大な遺品があふれる一軒家を相続することになった“私”。喪失感とためらいを抱えながらも、仕方なく家の中を片づけ始めていくうちに、生前はけして見せることのなかった、父と母の心の傷に触れることになる―静かな感動を呼び続けた再生の物語が、ついに文庫化。

【著者紹介】
リディア・フレム : フロイト研究で知られる精神分析学者

友重山桃 : 東京大学経済学部卒。英仏文学翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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読書メーターレビュー

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  • アキ・ラメーテ@家捨亭半為飯 さん

    親の家の片付けに関する話がメインかと思っていたら全然違った。老齢の父が死に、次いで母が死んだ著者が、自らの悲しみや混乱する気持ちを掘り下げていく。両親は共に、強制収容所の生き残り。そのことについて語ろうとしない両親と心が通っている実感が得られず疎外感を感じながら生きて来た著者。両親の家を整理することで、解放されていく気持ちを描いています。……なのですが、途中で読むのをやめようかと思った。幸い私の両親がまだ、健在だからなのかもしれないけれど、共感も出来なかったし、読みにくかった。

  • アイアイ さん

    「私はもう両親の顔を触ったり眺める事はできない、それでも書体を指でなぞる事はできる。筆跡は死なないのだ」 1942年18歳でロシア人というだけで収容所に入れられた父、1944年アウシュビッツの収容所に入れられた23歳の母。 亡き両親の遺品整理、喪の傷も癒えないまま親の家を空にする。戦争の証言者としての二人の次世代に残したい資料や 何世代も前に受け継いできた現代では不要なモノ、感傷的な気持ちも最後の方では捨てたい戦場になる。 売れる物を残してくれてる親を持つ著者が羨ましい。▽図書館

  • niisun さん

    まだ、現実にはその立場になってはいないものの、やはり自分の身に置き換えて読んでしまいますねぇ。 第二次世界大戦の中でも最も直接的な影響を受けた家系にある作者の場合には、ことさらに特別な想いがあったように思いますが、家から出てくる様々なモノの片付けに、没頭したり途方に暮れたりする姿には、共感できるものがありました。 ただ、もともと“断捨離”体質な私の場合、物思いにふける間もなく片付けが終わる気がしていますけどねw

  • fwhd8325 さん

    当初は、両親を亡くした動揺からなのか、その語りが苦痛に感じていたけれど、両親や祖母の思い出を語るにつれて、彼女自身の心が見えてくるようでした。 そこには、誰もが持つことが出来て、ただひとつの家族の物語があるように感じる。

  • fumikaze さん

    …親が死んだ時、私達は身寄りの無い孤児になる…その通りだ。両親が生きていた時に親の存在なんて全く考えもしなかった。それなのに亡くなってみると親の存在が身近に感じられる。いつも近くにいて私を見守っている気がする。時々「今日こんなことがあってね」と父に話しかけそうになって「いやいや、もう父は死んだのだ」と思い出したりする。私は自宅で父を看取りそのまま父の家に住んでいるからかもしれない。まだ家中に父の物が、気配が残っている。親を見送った人ならこの本に深く共感するだろう。

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