西太后秘録 近代中国の創始者 下 講談社プラスアルファ文庫

ユン・チアン

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784062816625
ISBN 10 : 4062816628
フォーマット
出版社
発行年月
2018年05月
日本
共著・訳者・掲載人物など
:
追加情報
:
368p;15

内容詳細

時は19世紀末。日清戦争後、衰退の一途をたどる大国・清では、帝国主義時代の西欧列強による非情な領土争奪戦が始まっていた。無気力な皇帝をはじめ、優柔不断な男たちに業を煮やした慈禧(西太后)は、国内で起こった政治改革運動「戊戌の変法」を契機に再び指導者に復帰するが、もはや国力の衰えは如何ともしがたく、清はいよいよ最後の時を迎えようとしていた…。誰もなしえなかった長期的な統治の秘密を、膨大な記録をもとに明らかにする!

目次 : 第4部 光緒帝、跡を継ぐ(一八八九〜一八九八年)(承前)(中国を没落させた和平(一八九五年)/ 中国争奪戦(一八九五〜一八九八年))/ 第5部 表舞台へ(一八九八〜一九〇一年)(戊戌の変法(一八九八年)/ 慈禧暗殺の筋書き(一八九八年九月)/ 光緒帝廃位に燃やした執念(一八九八〜一九〇〇年)/ 世界を敵にまわして―義和団と組む(一八九九〜一九〇〇年) ほか)/ 第6部 近代中国の真の革命(一九〇一〜一九〇八年)(北京への帰還(一九〇一〜一九〇二年)/ 欧米人との友好(一九〇二〜一九〇七年)/ 慈禧の革命(一九〇二〜一九〇八年)/ 投票!(一九〇五〜一九〇八年) ほか)

【著者紹介】
ユンチアン : 1952年、中華人民共和国四川省生まれ。文化大革命が吹き荒れた1960年代、14歳で紅衛兵を経験後、農村に下放されて農民として働く。以後は「はだしの医者」、鋳造工、電気工を経て四川大学英文科の学生となり、苦学ののちに講師となる。1978年にイギリスへ留学、ヨーク大学から奨学金を得て勉強を続け、1982年に言語学の博士号を取得(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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読書メーターレビュー

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  • あやの さん

    昔の映画や伝説のせいで、すっかり西太后は悪女の代名詞になっているが、実は中国社会を近代化させた立役者だった。特に女性教育推進や立憲君主制構想など、高い評価を得ても良さそうな実績が多々ある。にも関わらず、これだけ評価されないのはまさに彼女が「女性」だったから。それゆえ政治の前面に立てなかった。近代化を目指しながらも、伝統的な清朝を守りたいという相反する望みがあったために様々な面で矛盾が生じたのが残念でもある。作者の思い入れが解釈に影響している傾向がなきにしもあらずだが、新しい視点を持つことがでる力作!

  • うさぎや さん

    西太后の評伝。彼女が最初から実権を握り表舞台に出ていたらどうなっていただろう、と思うほどの辣腕ぶり。凄まじい。

  • 田中峰和 さん

    西太后に残酷な悪女のイメージが定着するのは日本だけなのか。本書で唯一、彼女の批判があるとすれば、庭園に拘り過ぎて海軍の予算を着服して造園費や建造費に回していたことくらい。元々の兵力は日本を上回っていたのに、政治に興味のない光緒帝やその取り巻きたちが日本の脅威を軽視して敗戦。領土の割譲と莫大な賠償金の支払いによって、さらに弱体化する清国。西太后を囲む男たちは覇気も能力もない連中ばかり。日本の次はドイツ、さらにロシアが領土を略奪していく。中国弱体化の要因を作った日本に対しての恨みが今も残るのは仕方ないのか。

  • てっちゃん さん

    西太后は、中国の近代化に大きな足跡を残したことが 良く分かった。ただ、その過程で様々な確執があり、強権的手法を使ったことも事実。中国という巨大な国家を運営することの宿命なのかもしれないな。

  • れんれん さん

    少し西太后を評価しすぎているところはありますが、世継ぎが育たなかった点で活躍の場を与えられ、列強とのなかで政治力を披露できた珍しい例だと感じました。暗殺されてもおかしくないのに生き延びたのはすごい・・・運も実力のうち。かも。

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