CD

交響曲第7番『夜の歌』 ケーゲル&東京都交響楽団(1985年ライヴ)

マーラー(1860-1911)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
TBRCD0003
組み枚数
:
1
レーベル
:
:
日本
フォーマット
:
CD

商品説明

ついに登場、幻の名演!
ケーゲル&都響のマーラー『夜の歌』!


東武レコーディングズ(Tobu Recordings)レーベルから超弩級の名演が登場です。WEITBLICKレーベルでは、ケーゲルのマーラーを数々リリースして参りましたが、演奏記録があるにもかかわらず、第5番、第7番の放送録音は幾ら探しても見つかりませんでした。
 しかし、ケーゲルが東京都交響楽団に二回目の客演を果たした1985年の曲目が何と『夜の歌』だったのです! 東京都交響楽団様が良好な状態で録音を保存していたためついにその全貌が明らかになりました。

 ケーゲルは1981年に当時の手兵ドレスデン・フィルを指揮して『夜の歌』を現地のみならずプラハ、ブタペストでも演奏しております。これが恐らく最初の演奏と思われますが、1985年の当演奏ではすっかり手の内に入った見事な棒さばきを見せます。
 共演が日本でも屈指のマーラー・オーケストラ、都響という点もプラスです。ライプツィヒ放送響やドレスデン・フィルを上回るストレートな反応や音の立ち上がりの機敏さには舌を巻きます。思えば1937年2月にプリングスハイムが日本初演して以後上演に恵まれなかった『夜の歌』を日本で蘇演させたのは渡邊暁雄氏と都響でした(1974年12月)。
 演奏の特徴はケーゲルならではの糞真面目偏執的演奏で、冒頭の第2ヴァイオリン以下をトレモロで演奏させないところなど、ギーレン、ベルティーニもやっていますが徹底振りはケーゲルに敵いません。そして、第4楽章冒頭のヴァイオリン・ソロにおけるグリッサンドの強調も如何にも闇の世界を描いた交響曲として相応しいものです。そして大騒ぎのフィナーレも厳格さがさらに強まる感があります。聴衆の熱狂も凄まじい! 「一般的でない」、「魅力に乏しい」と非難されることもある『夜の歌』を深く理解する指揮者、オーケストラ、そして聴衆の三位一体の幸福なコンサートがこの当時開かれていたことに感銘と驚きを禁じえません。(東武トレーディング)

【収録情報】
マーラー:交響曲第7番ホ短調『夜の歌』
 東京都交響楽団
 ヘルベルト・ケーゲル(指揮)

 録音時期:1985年6月25日
 録音場所:東京文化会館(都響第218回定期演奏会)
 録音方式:デジタル(ライヴ)
 原盤:東京都交響楽団、マスタリング:WEITBLICK

内容詳細

ケーゲル初のマーラー第7番の登場。東京都響に残されていた85年のライヴの録音を収録したもので、そこかしこにケーゲルらしさが表われている。ケーゲル・ファンはもちろん、マーラー・ファンにも見逃がせないアルバムだ。(CDジャーナル データベースより)

総合評価

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この演奏、私、実は会場で聴きました(ずい...

投稿日:2010/09/07 (火)

この演奏、私、実は会場で聴きました(ずいぶん後ろの席でしたけど)。とても懐かしい。大変立派な演奏で、『朝日新聞』の評でも絶賛されておりました。大いに感動した演奏なのですが、どういう演奏だったのかは記憶がなく、今回、あらためてという感じで聴きました。近頃もてはやされる、曲者的なケーゲルの要素がそこかしこに表れていて、都響がいささかついていくのに苦しみながらも、全体としては見事な力演になっています。各楽章の性格分けをくっきりと描き、気分の変化をはっきりつけて、大きな流れをしっかりと構成した演奏(一夜)だったなあという記憶がよみがえってきました。実際の演奏会では楽章の間の時間がたっぷり取られていたので、そのあたりがますます明確でしたねぇ。そういえば、4楽章終了後、ケーゲルさんは、一度椅子に座って汗をふきましたが、顔面から頭に向けてまさに拭うように拭いたので、最前列方面のお客さんと目が合って笑顔を浮かべ、客席からも笑いがこぼれていました。そのなごやかな雰囲気のうちにあのフィナーレ開始!忘れられない光景です。ケーゲルさんといえばそのことが思い出され、彼の自殺の報には本当に悲しい想いをいたしました(今でも泣けてきます)。さて、「夜の歌」。多くの人がこの作品に対してとまどっているようですが、単純に、夜から朝への自然と心象の風景を描いたものととらえておいてよいのではありませんか。7番以降(9番を除き)、マーラーの交響曲は形式的にも内容的にも伝統的交響曲を逸脱しており、確かに大作曲家の大交響曲としてはなにか違和感はありましょうとも、もっともらしい理屈をつけて妙な解釈を与えようと苦労しなくてもいいのではないですかね。そういう形で開き直って歌うところは歌い、荒れるところは荒れると、これが実に魅力的なオーケストラピースになります。演奏会当日の記憶もない混ぜて、やや甘く評価して、「最高」にします。あらためて、合掌。

ほんず内閣総理大臣 さん | 北海道 | 不明

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マーラー好きなら、冒頭を聴いただけで「こ...

投稿日:2010/04/23 (金)

マーラー好きなら、冒頭を聴いただけで「こりゃただ事ではない」ことに気づくはずだ。超寒かった「アルルの女」同様、この演奏も人間くささよりも純音楽的なアプローチを最上とする徹底的なケーゲル調。それが中途半端ではなく、徹底しているだけにまさに本物の味わい。と言うより恐いわ。「アルルの女」と違い、本質的に暗い曲だけに作曲者の思いにピタリとハマッた演奏になった。数多い「夜の歌」の最右翼に置いて良い傑作。

ハリアー黒 さん | 東京都 | 不明

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このような超個性的な名演を発掘した東武レ...

投稿日:2010/04/18 (日)

このような超個性的な名演を発掘した東武レコーディングズの快挙である。マーラーの第7は、場面の変遷が激しく、大変音符の多い楽曲だけに、うまく纏めるのが難しい交響曲である。ケーゲルは、全体として、各旋律の輪郭をはっきりさせ、幾何学的に計算され尽くしたアプローチを行っているが、それでいて劇的な迫力や情感の豊かさにもいささかの不足はなく、相反する要素を高次元でコラボさせた稀有の名演と言うことができるだろう。第1楽章は、ねばるようなテンポ、アッチェレランドの駆使、そして効果的なゲネラルパウゼが実に印象的である。特に、中間部のゆったりとしたテンポによる抒情豊かな演奏は、これこそ夜の歌というべき深沈たる雰囲気に満ち溢れている。第2楽章は、実にきまじめな演奏だ。しかしながら、そこから漂ってくる何と言う不気味さ。これは夜想曲ではなく、まるで死神のワルツだ。各楽器の響かせ方は、カウベルの力強さも相まって、独特の不気味な雰囲気を醸し出すのに大きく貢献している。第3楽章は早めのテンポで、一聴すると何でもないように演奏しているが、スパイスの効いた各楽器の活かし方は超個性的だ。特に、中間部のテンポ設定は独特で、終結部のトロンボーンの力奏や、ラストのティンパニの一撃の凄まじさなど、はじめて聴くような場面が連続する。第4楽章は、それまでのシリアスな雰囲気とは一転して、官能的な夜の世界が出現する。冒頭の独奏ヴァイオリンの極端なグリッサンドや、ホルンの甘いヴィブラートなど、情感過多な妖しい世界に聴き手を導いていく。この過激とも言える濃厚な表現こそ、世紀末芸術家マーラー演奏の醍醐味と言うべきである。終楽章は、ここにきてケーゲルの秘められたパッションが大爆発。中途でのテンポの激変や猛烈なアッチェレランドなど個性的な解釈をふんだんに駆使して、圧倒的な迫力のうちに大団円を迎えるのである。東京都交響楽団は、若杉やインバル、ベルティー二に鍛え抜かれた我が国最高のマーラーオーケストラと言えるが、本演奏でもケーゲルの個性的な棒にしっかりと応えている点を高く評価したい。演奏終了後の熱狂も当然で、演奏会場にいた聴衆に羨望の念を禁じえない。

つよしくん さん | 東京都 | 不明

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人物・団体紹介

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マーラー(1860-1911)

1860年:オーストリア領ボヘミア、イーグラウ近郊のカリシュト村で、グスタフ・マーラー誕生。 1875年:ウィーン楽友協会音楽院に入学。 1877年:ウィーン大学にてアントン・ブルックナーの対位法の講義を受講。 1883年:カッセル王立劇場の副指揮者に就任。 1885年:『さすらう若人の歌』を完成。プラハのドイツ劇場の

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