CD

交響曲第10番(クック全曲版) インバル&フランクフルト放送交響楽団

マーラー(1860-1911)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
COCO70479
組み枚数
:
1
レーベル
:
:
日本
フォーマット
:
CD

商品説明

マーラー:交響曲第10番(D. クック復元版) インバル&フランクフルト放送響、ほか
録音:1992年(デジタル)

クックによって演奏可能となったマーラーの白鳥の歌。インバルによる決定的な再現。
マーラーは自らの手で全5楽章の略式総譜を完成し第1、第2楽章の全部と第3楽章の一部まで総譜草稿に至ったところで世を去った。クックはいわば仕上がっていない草稿を演奏可能なフル・スコアに書き直し、マーラー最後の交響曲の全貌を世に示した。その誠実な復元は今や広く評価されている。インバルもまたこの版に録音の価値を見出し名盤に結実した。

内容詳細

80年代に圧倒的なマーラー交響曲全集を残したインバル&フランクフルト放送響が、続編として録音した第10番(クックによる全曲版)。DENONが誇る《CREST 1000》シリーズの1枚。(CDジャーナル データベースより)

収録曲   

総合評価

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マーラーが全曲オーケストラ化してくれてい...

投稿日:2014/02/23 (日)

マーラーが全曲オーケストラ化してくれていたらとは思いますが、素晴らしい音楽です。

カズニン さん | 東京都 | 不明

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インバルは、今や押しも押されぬ世界最高の...

投稿日:2012/08/25 (土)

インバルは、今や押しも押されぬ世界最高のマーラー指揮者であると言える偉大な存在であるが、現在におけるそうした地位を築くにあたっての土台となったのは、何と言っても1980年代に、当時の手兵であるフランクフルト放送交響楽団とともにスタジオ録音を行ったマーラーの交響曲全集(1985年〜1988年)であると言える。当該全集は、CD時代が到来し、マーラーブームとなっていた当時にあって、最も規範的な全集として識者の間でも極めて高いものであったところだ。当該全集において、インバルは交響曲第10番を収録していたが、それは全曲ではなく、アダージョのみの録音であった。インバルは、当該全集におけるスコアを精緻に、そして丁寧に描き出していくという普遍的とも言えるアプローチからしても、第10番については、マーラーが実際に作曲したアダージョにしか関心を示さないのではないかとも考えられたところであるが、当該全集の完成後4年ほどしてから、ついに、第10番の全曲版をスタジオ録音することになった(本盤)。第10番については、既にご案内のとおり様々な版が存在しているが、本演奏では、最も一般的なクック版(ただし第2稿であるが)が採用されている。その意味では、インバル自身にも、版については特段の拘りがないと言えるのかもしれない。インバルは、近年では東京都交響楽団やチェコ・フィルなどとともに、マーラーの交響曲の再録音を行っているところであるが、今後、第10番の再録音を行う際には、どのような版を使用するのか大変興味深いところだ。本演奏のアプローチは、全集と同様に、スコアを忠実に音化していくという、近年のマーラーの交響曲演奏にも繋がっていくものであり、バーンスタインやテンシュテットなどが個性的な名演の数々を成し遂げている時代にあっては、希少な存在であったとも言える。昨今のインバルのマーラーの交響曲演奏に際してのアプローチは、この当時と比較すると、思い切ったテンポの振幅を施すなど、全体の造型を蔑ろにしない範囲において、より劇的な解釈を施すようになってきているだけに、本演奏における精緻にして正統的とも言えるアプローチは、極めて貴重なものとも言えるだろう。もちろん、楽譜に忠実と言っても、無味乾燥な演奏には決して陥っていないのがインバルの素晴らしいところであり、どこをとっても、秘められたパッションの燃焼度には尋常ならざるものがある。正に、血が通った演奏であると言えるところであり、これは、インバルのマーラーの交響曲に対する深い理解と愛着の賜物に他ならないと言える。いずれにしても、本演奏は、いまや稀代のマーラー指揮者として君臨するインバルの芸術の出発点とも言うべき素晴らしい名演と高く評価したいと考える。そして、今般、かかる名演がBlu-spec-CD化がなされたということは、本演奏の価値を再認識させるという意味においても大きな意義があると言える。いずれにしても、インバルによる素晴らしい名演をBlu-spec-CDで味わうことができるのを大いに喜びたい。なお、前述のように本演奏はクック版第2稿によっているが、今後、インバルがチェコ・フィルまたは東京都響と同曲を録音する際には、クック版第3稿またはその他の稿による演奏を期待したいと考える。

つよしくん さん | 東京都 | 不明

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マーラーの第10番の全曲版は、筆者はマゼ...

投稿日:2012/04/08 (日)

マーラーの第10番の全曲版は、筆者はマゼッティ版を高く評価しているのだが、本盤の演奏は、クック版の良いところも悪いところも、そのままストレートに音にしていると同時に、極めて端正な、かっちりとしたマーラー像を提示する。この端正さは、ある意味、インバル最大の美質に数えられるものだろう。実際、ここに聞き手は、彼の個性を強く感じ取ることになるだろう。しかしその一方で、そこからこぼれ落ちてしまうものが存在するのも、また事実ではないだろうか。その「こぼれ落ちるもの」とは、その作曲家「らしさ」に他ならない。ブルックナーならブルックナー「らしさ」、ショスタコーヴィチならショスタコーヴィチ「らしさ」という、各々の作曲家の「個性」のようなものが、インバルの演奏からはことごとく「こぼれ落ちて」いるように思える。言い方を替えるなら、作曲家の個性が、インバルの個性に吸収されてしまっている、とでも言おうか。しかも、ここで演奏されているのは、マーラー自身が完成させた作品ではなく、他人の手で化粧が施された作品である。ここでのクックの仕事が、高い評価を与えられているのは事実であるが、では、「マーラーらしいか?」というと、否定せざるを得ない。クック自身、「交響曲第10番をマーラーが完成させた姿」ではなく、「マーラーが残した素材を、オーケストラで演奏できる水準にする事」を追求しただけである。その意味で、このディスクの演奏は、二重に「マーラーらしさ」が抜け落ちてしまっている。従って、このディスクを評価するに当たっては、その要素をどう見るかによって、結果は大きく変わってくるだろう。筆者は、純粋に「マーラー作曲/D・クック編集編曲」作品として録音を評価した。クックのスコアからでも、もっと内面的な深さや音楽の暗い面を抉り出すことは出来るはずである。録音当時のインバルには、このクオリティが限界だったのだろう。もし、今、インバルが都響やチェコ・フィルとこの作品を録音したとしたら、一体どうなるだろう? まぁ、それはまた別の話なのだが…。

MISPRISIONER さん | 東京都 | 不明

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人物・団体紹介

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マーラー(1860-1911)

1860年:オーストリア領ボヘミア、イーグラウ近郊のカリシュト村で、グスタフ・マーラー誕生。 1875年:ウィーン楽友協会音楽院に入学。 1877年:ウィーン大学にてアントン・ブルックナーの対位法の講義を受講。 1883年:カッセル王立劇場の副指揮者に就任。 1885年:『さすらう若人の歌』を完成。プラハのドイツ劇場の

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