SACD 輸入盤

【中古:盤質A】 交響曲第2番『復活』 ジンマン&チューリヒ・トーンハレ管(ハイブリッドSACD)

マーラー(1860-1911)

中古情報

新品ジャケット
こちら ※参考のため、実際の商品と異なる場合がございます
:
A
特記事項
:
なし
コメント
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2枚組
:
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基本情報

ジャンル
カタログNo
87157
レーベル
Rca
Europe
フォーマット
SACD
その他
:
輸入盤

商品説明

(こちらは新品のHMVレビューとなります。参考として下さいませ。中古商品にはサイト上に記載がある場合でも、封入/外付け特典は付属いたしません。また、実際の商品と内容が異なる場合がございます。)

ジンマン&チューリヒ・トーンハレ / マーラー:『復活』(2SACD)

デイヴィッド・ジンマン&チューリヒ・トーンハレ管

ジンマン&チューリヒ・トーンハレ充実のマーラー・プロジェクト第2弾。未曾有の感動が聴き手を待ち受ける圧倒的な『復活』。
 ベートーヴェン、R.シュトラウスを経て、ついにマーラーへ〜ジンマン&チューリヒ・トーンハレの新境地。1995年、デイヴィッド・ジンマンが首席指揮者に就任以来、この10年間チューリヒ・トーンハレ管弦楽団(TOZ)の躍進ぶりは止まるところがありません。ヨーロッパの名門らしい芳醇で深い音色をたたえつつ、響きの透明感を獲得するだけでなく、作品の時代によって、使用楽器を選び、編成・オーケストラ配置などを自在に変えることで、各時代の音楽を鮮やかに現在に蘇らせるその独特の手法は、『21世紀のオーケストラのあり方の理想的な姿の一つ』として世界的に大きな評価を得ています。全世界で空前のベストセラーとなったベートーヴェンの交響曲全集、R.シュトラウスの管弦楽曲全集という充実した成果を経て、ジンマン/TOZが世に問うのは、オーケストレーションの粋を極めたマーラーの交響曲全曲録音。第1弾、交響曲第1番『巨人』に続き、マーラー最高の人気曲・交響曲第2番『復活』が登場です。

【巨大なマーラーのオーケストレーションの醍醐味を精緻に再現】
2006年6月の来日公演における『巨人』の実演でも証明された通り、巨大な3管編成を基本としたマーラーのオーケストレーションを精緻に再現し、爛熟した後期ロマン派・世紀末の申し子マーラーが極限まで拡大させた古典形式の作品構造を聴く者にはっきりと認識させるという点において、ジンマン/TOZのマーラー解釈は、感情の波に呑まれこみがちな演奏や、あるいは細部拡大的な演奏など、これまでのさまざまなマーラー演奏とは異なる次元に立つ、まさに21世紀のマーラー像といえます。第2ヴァイオリンに独自の役割を与えることの多かったマーラーのオーケストレーションを考慮して、ヴァイオリンを舞台上の左右に振り分けるほか(舞台左から第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリン、コントラバスという配置)、第5楽章の金管別働隊(バンダ)の聴こえ方の配慮のみならず、第4楽章『原光』でもやはり楽譜通り、金管・木管をオーケストラの反対側に置いて空間性を強調、また、ハープも左右の舞台端に分けて配置して立体感を出すという具合。

【マーラー演奏の伝統の上に築き上げられた成果】
ジンマンはオランダ室内管やロッテルダム・フィルの指揮者をつとめていたため20年間にわたってオランダに在住し、生前のマーラーが指揮した名門コンセルトヘボウ管にも頻繁に客演、ハイティンクらによるマーラー・チクルスのリハーサルや演奏会に必ず立ち合い、同管のアーカイヴに保管されているスコアにあるマーラーの書きこみや修正をじっくりと研究してました。これまでポストを歴任したロッテルダム・フィル、ボルティモア響とはマーラーの全曲演奏会を敢行、TOZでは首席指揮者就任演奏会で第3番を演奏して以来、これまでに2番・7番を除く7曲のマーラー交響曲を取り上げているジンマンにとって、まさに機は熟したといえるでしょう。TOZも、第2次大戦後首席指揮者となったフォルクマール・アンドレーエがマーラー演奏に積極的に取り組み、セル、クレンペラー、ショルティなど名だたる名指揮者のもとでマーラーの交響曲の演奏を積み重ねてきています。いわばジンマンとTOZ双方のマーラー演奏に関する年輪の深まりがちょうど一致した時期にこのチクルスが開始されたことになります。

【大河小説の一つの章にもなぞらえられるマーラーの交響曲】
「マーラーの交響曲はそれぞれが大河小説の一つの章のようなもの」と語るジンマンだけに、演奏・録音順も番号順に行われる。2005/06年シーズンには第1番『巨人』、第2番『復活』、第3番(3曲とも録音済み)、2006/07年シーズンには第4番(2006年10月)、第5番(2007年4月)、第6番『悲劇的』(2007年5月)が予定されている。ジンマンが休暇を取る2007/08年のシーズンのあと、2008/09年シーズンで第7番『夜の歌』、第8番『千人の交響曲』、2009/10年シーズンで第9番、第10番(クック版の予定)、『大地の歌』が演奏・録音されて、ジンマンにとって75歳の時に完結することになっています(ちなみにこの年まで首席指揮者としての契約を延長)。
 少年時代、ワルター&ウィーン・フィルによる交響曲第5番の『アダージェット』SP盤でマーラーに目覚め、ミトロプーロス&ニューヨーク・フィルの第6番、ホーレンシュタイン&ロンドン響の第3番、クレンペラー&フィルハーモニアの第2番をナマで体験し、自らも繰り返し指揮して『最近ようやくマーラーの音楽を理解できるようになった』と語るジンマン畢生の演奏といえる充実した出来になること間違いなし。

【空間性を生かした見事な録音】
今回のマーラー・シリーズも、ベートーヴェンの交響曲全集以来(より正確にはその直前の英デッカへのオネゲル・アルバム以来)、一貫して録音を担当するクリス・ヘイゼル=サイモン・イーデンの名コンビが音響効果抜群のトーンハレに鳴り響く名門オーケストラのサウンドを見事に再現。『ホール、オーケストラ、スタッフ、レコード会社とすべてに理想的な状況の中で、長年温めつづけた私のファンタジーが飛翔するのです』と自身を持って語るジンマン。巷に溢れるマーラーとは一線を画す、決定的なシリーズの登場です。(BMG JAPAN)

グスタフ・マーラー(1860-1911):
・交響曲第2番ハ短調『復活』[マーラー協会版決定稿]

ユリアーネ・バンゼ(ソプラノ)
アンナ・ラーション(アルト)
スイス室内合唱団

チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
デイヴィッド・ジンマン(指揮)

SACD Hybrid
Stereo/Multichannel

収録曲   

ディスク   1

  • 01. I. Allegro maestoso - Mit durchaus ernstem und feierlichem Ausdruck 22:04

ディスク   2

  • 01. II. Andante moderato - Sehr gemächlich - Nie eilen 10:32
  • 02. III. In ruhig fliessender Bewegung - Sehr gemächlich, nicht eilen 10:10
  • 03. IV. Urlicht: "O, Röschen rot! Der Mensch liegt in grösster Not!" Sehr feierlich, aber schlicht, nicht schleppen 05:20
  • 04. V. Im Tempo des Scherzo, wild herausfahrend - "Auferstehn, ja auferstehn" Langsam, misterioso - Etwas bewegter - Mit Aufschwung aber nicht eilen 33:40

総合評価

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マーラーの《復活》(だけではなく全般にいえる...

投稿日:2011/11/05 (土)

マーラーの《復活》(だけではなく全般にいえること)といえば、バーンスタインやテンシュテット、最近ではゲルギエフのように、とかく感情移入の濃厚な演奏が評価される傾向にある。確かに、バーンスタインの最晩年の全集や、テンシュテットの癌克服後の演奏など、全身全霊、壮絶としか言えないような名演中の名演である。だが、その代償として、マーラーの交響曲のもう一つの側面、すなわち室内楽的緊密さが忘れられてしまった憾みがある。確かに、マーラーは世紀末思想の申し子的存在であり、絶えず死に戦き、生に苦しんだ人である。だからこそ、そうした分裂症的気質をクローズアップした演奏が持て囃されるのはよく分かるし、現に自分自身も、特にテンシュテットの演奏を高く評価してきた。だが、どうもそれだけではないような気がしてきた。マーラーの分裂症的気質は、あくまで彼の一側面に過ぎないのではないか、と。思い返して欲しい、マーラーは何故、交響詩や歌劇というジャンルには一切手をつけなかったのだろう。まして無調音楽にも走らず、交響曲に絞ったのだろうか?それを考えると、マーラーは、古典的・形式主義的な枠組みの中で、極限まで表現の幅を拡大することに一生涯を費やしたのではないかと思えるのだ。この前提に立つと、ジンマンの解釈が際だってくる。ジンマンは作品に没入することなく、あくまで一歩引いた視線で対峙している。作品構造を徹底的に研究し、そこにある緊密な情報をくまなく音に変えていく。空間配置やテンポ、強弱や緩急など、実に考え抜かれている。その結果、今まで埋もれていた数々の仕掛けが開陳され、マーラーのこだわりが透けるように見えてくるのである。録音も実に優秀であり、レンジの広さは圧倒的だ。殊に合唱の透明感は格別で、最強奏でも混濁せずに明瞭さと力強さを保つあたりは、さすがとしか言いようがない。まさに、21世紀のスタンダードとなりうる傑作といえよう。

遊悠音詩人 さん | 埼玉県 | 不明

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さすがSACD。 しばらくCDを購入することの...

投稿日:2011/08/14 (日)

さすがSACD。 しばらくCDを購入することの意義を見いだせなかった時期があるが SACDで“復活”。 SACD環境さえ整えば、通常CDとは比べ物にならない立体感が体験 できます。一言で言えば楽器配置の奥行きが感じられること。 このSACDでも体験できます。 演奏は複数回のリスニングに耐えることのできる価値を十分にもっているのでお勧めします。音に生命感があり決して巧いオケではないが、コクがあり淡白にはならない。独特のボーイングがあったり新たなスコアの発見があり。

まめ さん | 東京都 | 不明

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何とも評価の難しい「復活」である。まず良...

投稿日:2011/01/07 (金)

何とも評価の難しい「復活」である。まず良い点から書くと、音質・録音がずば抜けて良い。単なる各楽器の音色という意味のみならず、チューリヒ・トーンハレというのは素晴らしいアンサンブル技術を持ったオケだ。そして、声楽陣が良い。ラーションも良いが、ソプラノのユリア・バンゼの歌声は素晴らしい。それでもって、実はこの演奏、これらの声楽陣に大いに助けられた感がある。既に多方面から指摘されているが、良くも悪くも実に「客観的」なマーラーである。熱い感情移入というのはほとんど感じられない。あったとしても「楽譜に書いてあるから」というような感じ。主観を一切排除したような演奏だ。そして個人的に不満であるのが、管楽器の音一つ一つがほぼことごとくディミヌエンドしているかのように演奏されていることだ。これが一体どういう意図・美的センスなのか、正直理解に苦しむ。総合的には、「音を楽しむためだけならいいが、熱いマーラーを期待しないほうがよい」と言える。これが「21世紀の新しいマーラー像だ」と言われると相当に戸惑いを感じてしまう。

金閣寺TEMPLE さん | 京都府 | 不明

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人物・団体紹介

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マーラー(1860-1911)

1860年:オーストリア領ボヘミア、イーグラウ近郊のカリシュト村で、グスタフ・マーラー誕生。 1875年:ウィーン楽友協会音楽院に入学。 1877年:ウィーン大学にてアントン・ブルックナーの対位法の講義を受講。 1883年:カッセル王立劇場の副指揮者に就任。 1885年:『さすらう若人の歌』を完成。プラハのドイツ劇場の

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