ベートーヴェン(1770-1827)

人物・団体ページへ

CD

交響曲第9番『合唱』 トスカニーニ&NBC交響楽団(XRCD24)

ベートーヴェン(1770-1827)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
JMM24XR03
組み枚数
:
1
レーベル
:
:
日本
フォーマット
:
CD

商品説明

XRCD24 RCA トスカニーニ・オリジナル・エディション(3)

ベートーヴェン:交響曲第9番『合唱』
トスカニーニ本人が満足し発売を認めた唯一の『第9』、XRCD24で登場

『ローマ三部作』『新世界』に続くトスカニーニのXRCD24化第2弾。RCA所蔵のオリジナル・モノラル・マスターテープ(76cm/30ips)を使用して最高の状態で復刻する『XRCD24 RCA トスカニーニ・オリジナル・エディション』の第2回発売は、1952年録音のベートーヴェン『第9』と、1954年の引退後に発売された『名管弦楽曲集』
 トスカニーニがミラノ・スカラ座で初めてベートーヴェンの『第9』全曲を指揮したのは1902年のこと。それ以来、メトロポリタン歌劇場、ニューヨーク・フィル、ロンドンのBBC響との重要な演奏会で取り上げ、さらに17年間にわたるNBC響時代には5回演奏しています(そのうち1回はTV中継されました)。RCAは、レコード発売を前提としてニューヨークでの演奏会を何度か録音しましたが、トスカニーニが発売を許可したのは、1952年3月31日と4月1日にカーネギー・ホールで行なわれた録音セッションで収録された当盤の演奏のみでした。編集テープを試聴したトスカニーニは、『これまで50年、この作品を研究、指揮してきたが、この録音が私の考えるベートーヴェンの『第九』に最も近い。今回の出来にはほぼ満足している』と語ったといいます。
 『バイロイトの第9』の異盤出現で巷間をにぎわせているフルトヴェングラーの有名な解釈とはあらゆる点で対照的なトスカニーニの『第9』は、オーケストラの鋼のような直接的迫力が際立っています。随所に見られるオーケストレーションの増強(第2楽章主部主題、第4楽章冒頭など)も編曲魔トスカニーニならではですが、むしろ興味深いのは第2楽章主部で各部の繰り返しをベートーヴェンの指示通り忠実に行なっていることでしょう(特に後半の繰り返しを励行しているのはこの世代の演奏家としては珍しいところ)。第3楽章での息の長いカンタービレの見事さ、第4楽章での祝祭的な盛り上がりも凄まじく、フルトヴェングラーとは異なり、これも楽譜の指定を生かして堂々と終結するのもトスカニーニらしいポイントと言えるでしょう。
 今回の復刻に当たっては、これまでのXRCD24の原則通り、最もオリジナルなアナログ・マスターテープにさかのぼり、細心の注意を払ってマスタリングを敢行しています。それにより、リビングステレオ・シリーズでRCAの録音黄金時代を築き上げたリチャード・モアとルイス・レイトンの名コンビが捉えたトスカニーニ=NBC交響楽団の輝かしいサウンドが、前代未聞の明晰さと色彩感を伴って瑞々しくよみがえっています。4人の独唱と四部混声合唱、シンバル、トライアングルを含む倍管のオーケストラという大編成ながら、全体の響きと細部の明晰さが奇跡的なレベルで同居しており、トスカニーニの中では比較的触れられることの少ない隠れた名演が今回のリマスタリングでようやく正統的な評価を得ることになることは間違いありません。(BMG)

・画期的なリマスタリングで蘇るトスカニーニの『第九』
ミュンシュやライナーなどRCAの誇る往年の名指揮者たちの演奏のすばらしさを、より一層すぐれた音質で再現するXRCD24シリーズにいよいよ本命ともいうべきトスカニーニが登場した。(・・・)トスカニーニの『第九』はフルトヴェングラーのバイロイト音楽祭のライヴ録音の対極に立つ演奏と思っているが、こんどのXRCD24を聴いて不思議だったのは、もう何十回も聴いているのに最初に聴いたときのような感動をおぼえたことである。それは多分、音の明晰度や透明感がこれまでより増し、また響きも全体に薄い膜がとり払われた豊かになったため、ディテールが鮮明に聴けるとともに演奏の美しさと気迫も一段もストレートに伝わってくるからではないだろうか。例えば第1楽章の冒頭、第2ヴァイオリンとチェロの6連音に『絶対的な汚れのなさ』を求めたのは『トスカニーニ以来の伝統』と言ったのはガーディナーだったと思うが、今回のXRCD24では6連音がこれまでよりはっきりと聴きとれるし、第2楽章のティンパニも乾いた音ではなく全体の響きと調和しながらはっきりと聴こえ、独唱と合唱も加わる終楽章の凄まじいまでの迫力とともに常に明晰さを失わないトスカニーニならではの演奏のすばらしさを味わうことができる。その意味でも画期的なCDといえるだろう。
浅里公三(ライナーノーツより)

・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調 op.125『合唱』
 アイリ−ン・ファーレル(ソプラノ)
 ナン・メリマン(メゾ・ソプラノ)
 ジャン・ピアース(テノール)
 ノーマン・スコット(バス)
 ロバート・ショウ合唱団(合唱指揮:ロバート・ショウ)
 NBC交響楽団
 アルトゥーロ・トスカニーニ(指揮)
 録音時期:1952年3月31日、4月1日(モノラル)
 録音場所:ニューヨーク、カーネギー・ホール
 オリジナル・プロデューサー:リチャード・モア
 オリジナル・レコーディング・エンジニア:ルイス・レイトン
 リマスタリング・エンジニア:杉本一家(JVCマスタリング・センター)
 マスターテープ・トランスファー:アンドレアス・マイヤー(ニューヨーク・ソニー・スタジオ)
 JVC K2 24 BIT REMSTERING/ MONO

・解説:浅里公三、岡本稔ほか
・歌詞対訳付き(日本語訳:舩木篤也)

 LP初出:LM-6009(October 1952, coupled with Beethoven: Symphony No.1 as 2LP set)
 第9のみ単独でのLP初出:LSX-2001(October 1957(Japanese reissue))
 国内LP初出: LS2012〜3(July 1954 as 2 LP set)

内容詳細

レコードという“複製”媒体の本源的特質に対する問題提起であり、解決手法の例示ともなるシリーズは、ついにトスカニーニのモノラル音源に垂涎ものの成果を聴かせた。76cm/秒収録のオリジナル・マスターの表現力を極限的に活かしきった別次元の高音質。★(田)(CDジャーナル データベースより)

総合評価

★
★
★
★
★

4.5

★
★
★
★
★
 
9
★
★
★
★
☆
 
1
★
★
★
☆
☆
 
1
★
★
☆
☆
☆
 
0
★
☆
☆
☆
☆
 
0
★
★
★
★
★
とにかく一楽章のハイテンポで一気呵成に駆...

投稿日:2014/10/28 (火)

とにかく一楽章のハイテンポで一気呵成に駆け抜ける激烈な表現が気に入った。(このハイテンポでなおかつ対位法的表現もおろそかにしないあたりは尋常ならざる才能)一楽章に関してはこれ以上の解釈は無いと思わされる何とも罪作りな演奏。二楽章のノリ良さ、テンポの早い三楽章のワルツ的な優雅さ、終楽章のオラトリオ的解放感に満ちた表現はいずれも素晴らしく第九の特にすぐれた演奏だとおもう。フルヴェンやカラヤンのように四楽章で煽りすぎないのも見識だ。リマスターで音色の透明度の高さや表現のしなやかさも感じられ、彼が戦前最高の指揮者であったことがよくわかった。

ym さん | 東京都 | 不明

1
★
★
★
★
★
このレビューを書いている時はまだ表題のCD...

投稿日:2010/06/08 (火)

このレビューを書いている時はまだ表題のCDは手元に届いていません。 今回はXRCD版の買いなおしです。 (通常CDのは持っています。) 第九が好きな方、本当の第九とは何なのかを知りたい方は一度は聴くべき演奏です。 この第九を聴かずして第九を語るなと言っても過言ではない演奏です。 (レビューここまで。) 先にかかれた方のレビューで気になる発言があったので私もレビューを書きました。 第九は多数の演奏がソフト化されています。 が、同じ第九でも指揮者毎に解釈が違います。 それを全て楽しむ事が第九の一つの魅力だと思います。 バイロイトが演奏と録音だけを見た時にはたしかに過大すぎる評価を受けているというのは大いに同意します。 バイロイトが演奏として最高であるとか至高であるとは思いません。 が、過去の演奏とは名演+名録音であるだけでなく、その演奏の裏にある時代背景も一緒に聴く事も一つのオーディオの楽しみです。 たしかにこのトスカニーニのこの版は名盤です。 私も最高の第九の一つと考えています。 が、歴史的な面でいうならばバイロイトの足元にも及びません。 トスカニーニがフルトヴェングラーに劣る面。 これは歴史的意味を持つ演奏が多数あり、 フルトヴェングラーの指揮は唯一無二(誰も真似できなかった)という二点です。 それが良いか悪いかは話が別です。 オーディオの楽しみとはとはそういう面もあることを知った上で記載した方が良い。 聴き方は人それぞれです。 また、他者(バイロイト)を愚弄し自己(この演奏)を肯定する行為は、至高である全ての第九を愚弄する行為でありトスカニーニを愚弄する行為でもあります。 では、私にとってどの第九が良いのか? 答えは1万人他素人演奏も含めて全てです。 たしかに聴くだけ聴いて買わなかったソフトやCDRでのみ持っているものもあります。 全てを入手するのは困難でありますがそれ以上に私に合わない演奏というのもあります。 が、合わないから低レベルの第九だとは言いません。 私は(私に合わなかっただけで)それも最高の第九であると思います。第九は永遠に完成されることのない大作でしょう。 だからこそ演奏されるたびに違った感動があるのです。 だからこそ演奏に脚を運びますし毎年のように違った版の第九を手に入れるのです。

赫夜 さん | 大阪府 | 不明

3
★
★
★
★
★
自在にテンポを操り、表層を作るような、例...

投稿日:2009/10/11 (日)

自在にテンポを操り、表層を作るような、例えばフルヴェンやメンゲルベルグらの同時代の指揮者に対して、彼の演奏は「客観的」で「インテンポ」といわれるが、果たしてそうだろうか?トスカニーニは誤解されている。トスカニーニのテンポは変化している。よく聴いてみて欲しい。この第9では全体を通して着実・規則的なテンポアップが設定されており、いわゆるインテンポで「現代的」な演奏ではなく、音楽の高揚と静寂と静けさの作り出すダイナミズムをさりげないテンポ変化により、バランスのとれた形で音化しようとする、極めて独自の美学を示している。現代の指揮者でこのような主張をする指揮者はいない。音が聴ければわかることだが、その方法論を例えば某評論家は「トスカニーニの場合は、1つ1つの音の直接的な表現力が強烈であり、聴き手はあくまでも音楽と同じ空間にとどまらされる。音楽全体の流れを味わうというよりは、もっと短い瞬間の感覚的刺激に酔わされ・・」。この程度の印象批評。その印象が何によって引き起こされるのかといった視点が完全に欠落している。トスカニーニは全体を見渡して厳密なテンポ設定をしているにもかかわらずである。全体を俯瞰して、繊細な音の変化を正しく聴けないと、このような発言が出てしまう。トスカニーニが求めようとした純粋なダイナミズムの凄さ。作品を有機的に構成された統一体として把握する方向を純粋な形で実現しようとする「純粋主義」の美学を聴いて欲しい。

蝉の抜殻 さん | 神奈川県 | 不明

5

人物・団体紹介

人物・団体ページへ

ベートーヴェン(1770-1827)

1770年12月17日(16日?):父ヨハン、母マリアの次男としてドイツのボンに誕生。 1778年:7歳でケルンでの演奏会に出演。 1781(1782?)年:クリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事。 1800年:交響曲第1番を宮廷劇場で指揮。 1804年:交響曲第3番『英雄』を発表。 1805年:交響曲第5番『運命』、交響曲

プロフィール詳細へ

ベートーヴェン(1770-1827)に関連するトピックス

交響曲 に関連する商品情報

おすすめの商品

この商品が登録されてる公開中の欲しい物リスト