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- ヴァイオリン協奏曲、ロマンス第1番、第2番 クリシュトフ・バラーティ、アンドラーシュ・ケラー&コンチェルト・ブダペスト
基本情報
カタログNo
:
BRL97750
組み枚数
:
1
フォーマット
:
CD
その他
:
輸入盤
商品説明

ハンガリー勢によるクレメンツァ(慈愛、寛容)の精神に富む演奏
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ロマンス第1番、第2番
バラーティ、ケラー&コンチェルト・ブダペスト
【概要】
◆自筆譜献辞はダジャレ:ヴァイオリン協奏曲ニ長調は、ベートーヴェンの10歳若い友人であるフランツ・クレメントの依頼で急遽書き上げた作品で、自筆譜には「クレメントへのクレメンツァによる協奏曲」とダジャレめいたユーモラスな献辞も記されており、両者の友好関係を象徴するかのように、伸びやかな筆致の音楽となっています。クレメンツァには慈愛、寛容といった意味があります。
◆余裕ある表現が必須:作品の成立事情を考慮すると、その「クレメンツァ」が織り込まれた情感豊かな音楽を演奏者がどう表現するかが気になるところで、ヴァイオリンとオーケストラの対話には、常に寛容で余裕のあるスケール感も求められます。ここでは名手バラーティのソロを、弦楽器を知り尽くした指揮者ケラー率いるコンチェルト・ブダペストが見事にサポートして万全の仕上がりです。
◆ハンガリー人と縁のある曲:現在ではヴァイオリン協奏曲の傑作として有名なこの曲は、作曲当時はなかなか人気が出ず、知名度が一気に向上するのはハンガリー出身のヨアヒム少年がメンデルスゾーンの指揮でロンドンで成功を収めてからのことです。
【作品】
◆ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61:1806年12月、36歳の誕生日を迎えた直後に完成。この演奏ではクライスラーのカデンツァを使用。
◆ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス第1番 ト長調 Op.40:1802年、32歳の誕生日を迎える年に完成。1803年に出版。「第1番」は後世の通称。
◆ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス第2番 ヘ長調 Op.50:1798年、28歳の誕生日を迎える年に完成し、1805年に出版。「第2番」は後世の通称。
【演奏者】
◆クリシュトフ・バラーティ:ハンガリーを拠点に国際的に活動する名手バラーティの使用楽器は、シカゴ・ストラディヴァリウス協会より貸与されている1703年製ストラディヴァリウス「レディ・ハームズワース」。
◆アンドラーシュ・ケラー:1983年にフーバイ・ヴァイオリン・コンクールで優勝。1987年にはケラー弦楽四重奏団を結成し、1990年にエヴィアン弦楽四重奏コンクールとボルチャーニ弦楽四重奏コンクールで優勝。2003年からは指揮活動も開始。
◆コンチェルト・ブダペスト:100年以上の歴史を持つオーケストラ。2007年以来、芸術監督兼首席指揮者アンドラーシュ・ケラーのリーダーシップのもとで多くの若手室内楽奏者たちを参加させることで改革を進め、現在ではハンガリー屈指のコンサート・オーケストラに成長。
【収録】
◆時期:2023年2月1-4日(セッション)。
◆場所:ブダペスト都市圏のディオーシュドにあるフェニックス・スタジオ。

【製品仕様】
◆ケース:10mm厚のポリスチレン製(ジュエルケース)。
◆ブックレット:英語。8ページ。レーベルによる解説などが掲載。
◆ディスク:独オプティマル・メディア(独EDELグループ)が製造。
◆レーベル: Brilliant Classics (独EDELグループ。系列レーベルは、Piano Classics ・ Berlin Classics ・ Neue Meister 等)
作品情報付きトラックリスト

CD:[60'07]
ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770-1827)
◆ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61(1806)(カデンツァ:クライスラー)
作曲:1806年11月下旬から12月21日頃にかけて作曲。1807年4月から6月にかけて改訂(現行版)。
委嘱:アン・デア・ウィーン劇場のコンサートマスターと指揮者を務めていた26歳のフランツ・クレメント(1780-1842)からの依頼により急遽作曲。クレメントは神童ヴァイオリニストとして有名だった人物で、ベートーヴェンとは14歳の時から交流。クレメントの急な依頼をベートーヴェンが引き受けて書いたこの曲の自筆譜には、「Concerto par Clemenza pour Clement(クレメントのための慈愛による協奏曲)」とダジャレめいた献辞が記されており、ベートーヴェンのユーモアが示されています。
初演:1806年12月23日、アン・デア・ウィーン劇場。クレメントによる慈善演奏会。当時異例の長さの協奏曲だったこともあり人気が出ませんでしたが、1844年にヨーゼフ・ヨアヒム独奏、メンデルスゾーン指揮によるロンドン公演で成功してからは人気曲となっています。
出版:1809年にウィーンの芸術工芸社より出版。ボン時代からの旧友シュテファン・フォン・ブロイニングに、1808年4月の彼の結婚祝いとして献呈。なお、ピアノ協奏曲への編曲版は1808年に出版され、同じく結婚祝いとしてブロイニングの妻ユリアに献呈されていました。
編成:独奏ヴァイオリン、フルート 1、オーボエ 2、クラリネット 2、ファゴット 2、ホルン 2、トランペット 2、ティンパニ、弦五部。
【1】 第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ [23’32]
ニ長調。4/4拍子。協奏的ソナタ形式。冒頭、ティンパニだけで開始。このリズム動機は楽章全体を支配する重要な要素となります。長大な管弦楽呈示部では、まず木管楽器(オーボエ、クラリネット、ファゴット)が静かに第1主題を奏で、直後に弦楽がドラマティックな陰影を形成します。第2主題はイ長調で木管楽器により提示され、突然の変ロ長調の強奏による中断を経て、独奏ヴァイオリンが力強いオクターヴのトリルから劇的に参入します。展開部では管弦楽の総奏がヘ長調で入り、独奏が主題を華麗に、時にはト短調の哀切な副主題を伴いながら発展させます。再現部およびカデンツァを通過したのち、第2主題をピアニッシモで静かに回顧しながら短いコーダで幕を閉じます。
【2】 第2楽章 ラルゲット [9’31]
ト長調。4/4拍子。変奏曲形式。フルート、オーボエ、トランペット、ティンパニが休止。静謐を極めた、内省的で崇高な祈りの音楽。弱音器を付けた弦五部によって牧歌的な主題が提示されたのち、第1変奏ではホルンとクラリネット、第2変奏ではファゴットがメロディーを担当し、独奏ヴァイオリンは16分音符の繊細な装飾音型でこれに応えます。管弦楽の強烈な総奏による主題提示のあと、独奏ヴァイオリンが極めてロマンティックで優しい独自の旋律をE線の高音域で提示し、深い会話を重ねます。中間部の第3変奏では、独奏が最低音のG線とD線のみで演奏するよう指示されており、深い情緒を醸し出します。終盤に短いカデンツァが置かれ、切れ目なく第3楽章へと突入します。
【3】 第3楽章 ロンド。アレグロ [10’58]
ニ長調。6/8拍子。ロンド形式。快活で生命力あふれる、農民の祝祭や狩猟を思わせるロンド。独奏ヴァイオリンが最も太いG線を用いて、軽快な狩りのテーマ(ロンド主題)を無伴奏で示します。総奏がこれを引き継ぐと舞曲風な勢いが増し、アルペッジョや重音奏法などの技巧パッセージが存分に展開されます。哀愁漂うト短調の中間エピソードが鮮やかな色彩の対比をもたらし、最後のきらびやかなカデンツァを通過したのち、主題が変ホ長調でユーモアを湛えて一瞬回帰し、一気呵成に華やかな終結へと至ります。
ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770-1827)
◆ロマンス 第1番 ト長調 Op.40(1802)
作曲:1802年頃。
出版:1803年12月、ライプツィヒのホフマイスター・ウント・キューネルより。
編成:独奏ヴァイオリン、フルート 1、オーボエ 2、ファゴット 2、ホルン 2、弦五部。
【4】アンダンテ [7’29]
ト長調。4/4拍子。ロンド形式。冒頭、管弦楽の前奏なしで、独奏ヴァイオリンが重音奏法を用いて弱起(アウフタクト)から極めて厳かなロンド主題を無伴奏で歌い始めます。続いて管弦楽がこの同じ讃美歌風の旋律をオクターブで繰り返して応え、対等なダイアローグが開始されます。ニ長調の第1挿入部では、独奏が装飾的な跳躍と滑らかな動きを見せ、オーケストラが伴奏に回ってそれを優しく支えます。ホ短調の第2挿入部では、やや付点リズムが強調された素朴なジプシー風の躍動的な楽想が現れ、穏やかな全体の雰囲気に心地よい躍動感のある対比を生みます。最終的にロンド主題がさらに細かく装飾されて回帰し、短いながらも典雅なコーダで終わります。
ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770-1827)
◆ロマンス 第2番 ヘ長調 Op.50(1798)
作曲:1798年頃。
出版:1805年に、ウィーンの芸術工芸社より。
編成。:独奏ヴァイオリン、フルート 1、オーボエ 2、ファゴット 2、ホルン 2、弦五部。
【5】アダージョ・カンタービレ [8’17]
ヘ長調。2/2拍子。ロンド形式。冒頭、短いオーケストラによる前奏ののち、独奏ヴァイオリンが美しい最高音域で、付点リズムと繊細な装飾音符を散りばめた息の長い甘美な主部を示します。続くハ長調の第1挿入部では、独奏のなだらかな16分音符が木管伴奏と美しく交わされます。再現部を挟み、第2挿入部に達すると、音楽は一転してドラマティックで激しい情熱を示します。この緊張から再びヘ長調の平穏な主部へと解決するように滑らかに戻り、独奏が優しく歌いきったのち、短いコーダに至り、最後は、独奏ヴァイオリンが奏でた下降音を、弦楽伴奏がエコーのように2度繰り返す極めて印象的な美しさをもって静かに閉じられます。
クリシュトーフ・バラーティ(ヴァイオリン)
コンチェルト・ブダペスト
アンドラーシュ・ケラー(指揮)
録音:2023年2月1-4日
場所:ハンガリー中部、ペスト県、エルド地区、ディオーシュド(オーラシュ)、フェニックス・スタジオ
演奏者情報

クリシュトフ・バラーティ(ヴァイオリン)
【生地】
◆ハンガリー人民共和国、ブダペスト(1979):1989年まで社会主義体制でした。
【家族】
◆父アンドラーシュ:チェロ奏者。
◆母ボルバーラ:ヴァイオリン奏者、指導者。
【移住】
◆ベネズエラ、カラカス(1984-1991):1956年のハンガリー動乱後、ハンガリー人は世界各地に移住しており、南米ベネズエラにも大規模なハンガリー人コミュニティがありました。バラーティ家はベネズエラで音楽家の仕事が求められていたことから移住し、ハンガリー民主化後の1991年に帰国しています。
【学業】
◆エミール・フリードマン音楽学校(1984-1991):プラハ出身のヴァイオリニスト、エミール・フリードマン(1908-2002)がベネズエラのカラカスで運営していた学校。母ボルバーラも講師として働いていました。
◆リスト音楽院(1991-1998):ヴィルモシュ・タートライ、ミクローシュ・センテイらに師事。
◆パリの私塾(1998-):エドゥアルト・ウルフソンに師事。
◆ペーチ大学(-2012):芸術学部。ハンガリー南西部ペーチの大学。修士号を取得。
【賞歴】
◆ロドルフォ・リピツェル国際ヴァイオリン・コンクール(1995):第1位。イタリア北東部ゴリツィアで開催。
◆ジャック・ティボー国際コンクール(1996):第2位。パリで開催。
◆エリザベート王妃国際音楽コンクール(1997):第3位、および聴衆賞。ベルギー、ブリュッセルで開催。
◆パガニーニ国際コンクール(2010):第2位。モスクワで開催。
◆リスト賞(2011):ハンガリー政府より授与。
◆コシュート賞(2014):ハンガリー大統領より授与。ハンガリー最高の文化勲章。
◆バルトーク・ベーラ=パーストリー・ディッタ賞(2014):ハンガリー大統領より授与。
【仕事】
◆ソリスト、室内楽奏者:1990年代から国際的に活動。
◆ペーチ・ジョルナイ・センター(2012-2014):レジデント・アーティスト。
◆カポシュヴァール国際室内楽フェスティヴァル(2015-):イシュトヴァーン・ヴァールダイと共同芸術監督。
◆リスト・フェレンツ音楽大学(2021-):弦楽器科長。
◆ハンガリー芸術アカデミー(2023-):正会員。
【録音】
◆CD:Brilliant Classics、Berlin Classics、Hungaroton、SONY、Budapest Music Center、Saphir 等。

アンドラーシュ・ケラー(指揮)
【生地】
◆ハンガリー人民共和国、ブダペスト(1960):
【学業】
◆個人指導(1967-):ヴァイオリン。
◆リスト音楽院(1974-):デーネシュ・コヴァーチュ、フェレンツ・ラドシュ、ギョルギ・クルターグらに師事。
◆ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学:シャーンドル・ヴェーグに師事。
【賞歴】
◆フーバイ・ヴァイオリン・コンクール(1983):優勝。
◆エヴィアン弦楽四重奏コンクール(1990):ケラー弦楽四重奏団として出場し優勝。
◆ボルチャーニ弦楽四重奏コンクール(1990):ケラー弦楽四重奏団として出場し優勝。
◆リスト賞(1995):
◆ハンガリー功労芸術家賞(2012):
◆ベーラ・バルトーク–ディッタ・パストリー賞(2012):
◆コシュート賞(2021):
◆プリマ・プリミッシマ賞(2022):
【仕事】
◆ハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団):コンサートマスター。
◆ブダペスト祝祭管弦楽団(1984-1991):コンサートマスター。
◆ケラー弦楽四重奏団(1987-):第1ヴァイオリン奏者。
◆パドヴァ・ヴェネト管弦楽団(2003):指揮者デビュー。
◆テレコム交響楽団(2007-):音楽監督。2009年にコンチェルト・ブダペストに改称。
◆アルクス・テンポルム・フェスティヴァル(2004-2009):芸術監督。
◆アルクス・テンポルム・フェスティヴァル(2016-):芸術監督。
◆国際音楽家セミナー「プルシア・コーヴ」:客員教授。
◆エクス=アン=プロヴァンス国際音楽アカデミー:客員教授。
◆リスト音楽院(2012-2015):室内楽科長。
◆ギルドホール音楽演劇学校(2016-):ヴァイオリン科。
◆ベーラ・バルトーク国際講座:教授。
【録音】
◆CD:Brilliant Classics、Tacet、Hungaroton、ECM、Erato、Budapest Music Center、Harmonia Mundi France 等。

コンチェルト・ブダペスト(オーケストラ)
100年以上の歴史を持つコンチェルト・ブダペストは、2007年以来、芸術監督兼首席指揮者アンドラーシュ・ケラーのリーダーシップのもとで多くの若手室内楽奏者たちを参加させることで改革を進め、現在では年間80公演以上、毎年25曲以上の新作を演奏するハンガリー屈指のコンサート・オーケストラに成長しています。共演ソリストもアルゲリッチ、クレーメル、プレトニョフら有名どころも多く、また、ロンドン、東京、ニューヨークなど活動範囲も国際的です。
【簡易年表】
◆1907年:「オーストリア=ハンガリー帝国」のブダペストで、「ハンガリー王立郵便」により、「ポシュターシュ・ゼネカル(郵便楽団)」として創設。
◆1920年代:政変により「ハンガリー王国」として独立したため、運営母体の「ハンガリー王立郵便」は組織を再編成。
◆1920年代:「ハンガリー王立郵便」の技術支援と資金提供により「ハンガリー放送」が業務を開始。郵便楽団はラジオ放送への出演を通じ、ハンガリー全土で知名度が向上。
◆1960年代:定期公演開始。
◆1990年:民主化政変に伴う前年12月の「ハンガリー郵便」3分割により誕生した「マターヴ・ハンガリー電気通信会社」の「電気通信音楽財団」に運営母体が移行。名称も「マジャール・シムフォニクシュ・ゼネカル(ハンガリー交響楽団)」と改称。
◆1992年:運営母体が「マターヴ・ハンガリー電気通信会社」に移行し、「マターヴ・シムフォニクシュ・ゼネカル(マターヴ交響楽団)」と改称。
◆1995年:専用ホール「ゼネハーズ」が、ブダペスト9区パーヴァ通りに完成。
◆2005年:運営母体名称が「マジャール・テレコム」と改称されたことに伴い、楽団名を「マジャール・テレコム・シムフォニクシュ・ゼネカル(マジャール・テレコム交響楽団)」と改称。
◆2009年:12月7日、楽団名を「コンチェルト・ブダペスト」と改称。「マジャール・テレコム」が運営から撤退したことによる変更。
◆2011年:国費助成を獲得。
◆2016年:現代音楽アンサンブル「リゲティ・アンサンブル」を併設。現代音楽プログラムを多様化して強化。
◆2018年:ドイツTacetレーベルとの大規模な録音プロジェクト始動。ブルックナー、ドヴォルザーク、ショスタコーヴィチ、シューベルトなどを制作。
◆2022年:ミハイル・プレトニョフが「レジデント・アーティスト」、作曲家・指揮者のペーテル・エトヴェシュが「首席客演指揮者」に就任。
◆2024年:英Gramophone誌とライヴ・ストリーミング・パートナーシップを開始。
【録音】
◆CD:Brilliant Classics、Tacet 等。
トラックリスト(収録作品と演奏者)

CD:[60'07]
ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770-1827)
◆ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61(1806)(カデンツァ:クライスラー)
【1】 第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ [23’32]
【2】 第2楽章 ラルゲット [9’31]
【3】 第3楽章 ロンド。アレグロ [10’58]
ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770-1827)
◆ロマンス 第1番 ト長調 Op.40(1802)
【4】 [7’29]
ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770-1827)
◆ロマンス 第2番 ヘ長調 Op.50(1798)
【5】 [8’17]
クリシュトーフ・バラーティ(ヴァイオリン)
コンチェルト・ブダペスト
アンドラーシュ・ケラー(指揮)
録音:2023年2月1-4日
場所:ハンガリー中部、ペスト県、エルド地区、ディオーシュド(オーラシュ)、フェニックス・スタジオ
Track list
Ludwig van Beethoven(1770-1827)
Violin Concerto, 2 Romances
Violin Concerto in D Op.61
1. I. Allegro ma non troppo 23’32
2. II. Larghetto 9’31
3. III. Rondo. Allegro 10’58
4. Romance in G Op.40 for Violin & Orchestra(1800-01)7’29
5. Romance in F Op.50 for Violin & Orchestra(1798)8’17
Kristóf Baráti violin
Concerto Budapest
András Keller conductor
Recording: 1-4 February 2023, Phoenix Studio, Diósd, Hungary

年表
1770 1771 1772 1773 1774 1775 1776 1777 1778 1779 1780 1781 1782 1783 1784 1785 1786 1787 1788 1789 1790 1791 1792 1793 1794 1795 1796 1797 1798 1799 1800 1801 1802 1803 1804 1805 1806 1807 1808 1809 1810 1811 1812 1813 1814 1815 1816 1817 1818 1819 1820 1821 1822 1823 1824 1825 1826 1827
1770年 (0歳)
◆12月16日頃、ベートーヴェン、神聖ローマ帝国ケルン大司教領で人口1万人ほどの小都市ボンのラインガッセで誕生。父ヨハンは選帝侯宮廷のテノール歌手、母マリア・マグダレーナはボン宮廷離宮料理長の娘。
◆12月17日、ベートーヴェン、聖レミギウス教会で受洗。
1771年 (0〜1歳)
1772年 (1〜2歳)
1773年 (2〜3歳)
◆12月17日、祖父ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン死去。
1774年 (3〜4歳)
◆4月、弟カスパール・アントン・カール・ベートーヴェン[1774-1815]誕生。
1775年 (4〜5歳)
◆9月30日、祖母マリア・ヨゼファ・ベートーヴェン死去。
1776年 (5〜6歳)
◆ベートーヴェン、音楽のレッスン開始。父ヨハンの指導。
◆ベートーヴェン家、ラインガッセのフィッシャー館に転居。かつて祖父が住んでいた建物。
◆ベートーヴェン家、ノイガッセに転居。
◆10月、弟ニコラウス・ヨハン・ベートーヴェン[1776-1848]誕生。
1777年 (6〜7歳)
◆ベートーヴェン家、ラインガッセのフィッシャー館に再び転居。
◆ベートーヴェン、ボンの聖カシウス修道院のラテン語学校に入学。
1778年 (7〜8歳)
◆3月26日、ベートーヴェン、ケルンで父の主催による有料演奏会に、弟子のひとりとして出演。
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷オルガニスト、ハインリヒ(ギレス)・ヴァン・デン・エーデン[1710-1782]に鍵盤楽器演奏を師事。
1779年 (8〜9歳)
◆ベートーヴェン、劇場歌手トビアス・フリードリヒ・プファイファーにピアノを師事。
1780年 (9〜10歳)
◆ベートーヴェン、フランシスコ教会修道士でオルガン奏者のヴィリバルト・コッホのオルガンを師事。コッホの助手を務めたりもします。
◆ベートーヴェン、同じ建物に住む母の姪の息子で、宮廷楽団ヴァイオリン奏者のフランツ・ゲオルク・ロヴァンテイーニ[1757-1781]にヴァイオリンとヴィオラを師事
◆ベートーヴェン、ミュンスター教会オルガン奏者のツェンザーに師事。
◆11月、マリア・テレジア、死去。63歳。
1781年 (10〜11歳)
◆ヨーゼフ2世、農奴解放令発令。
◆ヨーゼフ2世、宗教寛容令。
◆ベートーヴェン、エーデンの後任として宮廷オルガニストになったクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェにピアノと作曲を師事。
◆ベートーヴェン、聖カシウス修道院のラテン語学校を卒業。ベートーヴェンはギムナジウムに進まず音楽の勉強を本格化。
1782年 (11〜12歳)
◆ヨーゼフ2世、ユダヤ人への職業制限、服装制限、特別税、移住制限などの法規制を撤廃。
◆ベートーヴェン、宮廷オルガニスト、ネーフェの不在時に代理演奏を務めるようになります。
● ドレスラーの行進曲によるクラヴサンのための9つの変奏曲 WoO.63
1783年 (12〜13歳)
◆3月、ベートーヴェン、ネーフェによって音楽雑誌で紹介。
◆6月、アイスランド、ラーキ火山が大噴火。1784年2月まで有毒ガスが放出され続け、少し前に噴火を開始した近くのグリムスヴォトン火山は1785年まで噴火を継続。成層圏にまで達する噴煙は、以後数年に渡って北半球全体に異常気象、食糧不足を引き起こし、フランス革命の原因の一つになったとも考えられています(東日本ではさらに同年4月の岩木山噴火、8月の浅間山噴火も重なって、折からの冷害による天明の飢饉が深刻化)。
◆10月、ベートーヴェン、「選定候ソナタ」( WoO.47-1〜3)を出版。
◆秋、ベートーヴェン、母とオランダ楽旅。
● 3のピアノ・ソナタ「選帝侯ソナダ」 WoO.47
● ピアノのための・ロンド WoO.48
● オルガンのための2声のフーガ WoO.31
● ピアノ伴奏歌曲「乙女を描く」 WoO.107
1784年 (13〜14歳)
◆1月、ライン川、川底まで凍結。噴煙による極度の気温低下のもたらした異常現象。大洪水の要因に。
◆2月、ベートーヴェン、宮廷オルガニストの助手に任命。無給の宮廷楽士。
◆春、ライン川の氷が融け始めて氾濫、氷塊が橋や河川近くの建築物を破壊、やがてヨーロッパ各地の町が水に覆われるという大洪水に発展。ベートーヴェンの住むボンは標高約60メートルの町でしたが大きな被害となり、また、標高約200メートルの盆地ウィーンも、周囲の山からの水や排水能力の低さによって大洪水となっています。
◆春、ベートーヴェン、家族と共に避難。
◆4月、選帝侯マクシミリアン・フリードリヒ死去。同月、新選帝侯マクシミリアン・フランツがウィーンから到着。
◆5月、ベートーヴェン、ボンの宮廷オルガニストに任命。年俸150グルデンの宮廷楽士。師のネーフェは年俸200グルデン。
● ピアノ協奏曲 WoO.4
● ピアノのための・ロンド WoO.49
● ピアノ伴奏歌曲「みどり児に寄せて」 WoO.108
1785年 (14〜15歳)
◆ベートーヴェン家、音楽の音がうるさいという理由で家主により退去させられ、ラインガッセの別の家に転居。
◆ベートーヴェン、のちに作曲家、パリ音楽院教授となるアントン・ライヒャ[1770-1836]と親しく交流。ベートーヴェンのがボンを離れる1792年まで継続。
● 3つのピアノ四重奏曲 WoO.36
1786年 (15〜16歳)
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷オルガニストとして活動。
◆ベートーヴェン家、ラインガッセのフィッシャー館に再び転居。
◆ベートーヴェン、ピアノ協奏曲第2番(初稿)の作曲開始(1792年まで)
● フルート、ファゴット、ピアノと管弦楽のためのロマンツェ ホ短調 WoO.207
● フルート、ファゴットとピアノのための三重奏曲ト長調 WoO.37
1787年 (16〜17歳)
◆1〜3月、ベートーヴェン、最初のウィーン滞在。
◆5月、ベートーヴェン、ウィーンの後、レーゲンスブルク、ミュンヘン、アウクスブルクを経てボンに到着。
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷オルガニストとして活動。
◆5月、ベートーヴェン、母マグダレーナ重体のため帰郷。
◆7月17日、母マグダレーナ死去。
1788年 (17〜18歳)
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷オルガニストとして活動。
◆ベートーヴェン、ブロイニング家でヴァルトシュタイン伯爵と交流。
◆ベートーヴェン家、ヴェンツェルガッセ476に転居。
◆ベートーヴェン、宮廷楽団のヴィオラ奏者に任命(1792年まで)。楽団にはフルート奏者としてアントン・ライヒャ、ホルン奏者としてニコラウス・ジムロック[1751-1832]、ヴァイオリン奏者としてフランツ・リース[1755-1846]なども在籍。
1789年 (18〜19歳)
◆ベートーヴェン、宮廷正オルガニストに任命。
◆ベートーヴェン、ボン大学で聴講生として登録。ギリシャ文学教授オイロギウス・シュナイダーの講義をライヒャらと聴講。シュナイダーは5年後にジャコバン党貝として処刑。
◆5月、フランス革命勃発。フランス革命戦争を経て、ナポレオン戦争に発展、1814年に終結するまでの四半世紀で約500万人がヨーロッパで殺害。
◆11月、フランス政府、教会財産を略奪。
◆11月、父ヨハン、宮廷歌手を引退。
● 全長調にわたる2つの前奏曲 Op.39 (ピアノまたはオルガン)
1790年 (19〜20歳)
◆ヨーゼフ2世[1741-1790]、死去。48歳。啓蒙主義者で、宗教寛容令、農奴解放令、死刑・拷問廃止、出版物検閲の大幅な緩和、商工業の保護、プラーター地区解放、カトリック修道院1,188のうち500以上を取り潰し&財産没収、神学校の国営化、宗教行事の廃止、などを勅令として強引に実施。多くの貴族や教会関係者に反発され、没後に皇位を継承した弟のレオポルト2世[1747-1792]は、その多くを元に戻しています。マリー・アントワネット[1755-1793]は実の妹。
◆ベートーヴェン、宮廷楽団にヴィオラ奏者として在籍。宮廷オルガニストとしても活動。
◆12月、ベートーヴェン、ボンを訪れたハイドン、ヨハン・ペーター・ザロモン[1745-1815]と会合。
● 弦楽四重奏のためのメヌエット 変イ長調 WoO.209
● 「ヨーゼフ2世の逝去を悼む葬送カンタータ」 WoO.87
● 「レオポルト2世の即位を祝うカンタータ」 WoO.88
1791年 (20〜21歳)
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷楽団にヴィオラ奏者として在籍。宮廷オルガニストとしても活動。
◆3月、「騎士バレエ」がヴァルトシュタイン伯爵の作品として初演。
◆8月、「ピルニッツ宣言」。レオポルト2世と、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世[1744-1797]の2人によるフランスに対するけん制ともとれる単なる威嚇としての軍事言及宣言でしたが、かえってフランスの主戦派民衆を勢いづかせ、「フランス革命戦争」、「ナポレオン戦争」を招き、レオポルト2世の妹のマリー・アントワネットや甥たちなど王族や貴族の大虐殺にも繋がっています。なお、宣言がおこなわれたザクセンのピルニッツ城での会談には、城主でザクセン選帝侯のフリードリヒ・アウグスト[1750-1827]も加わっていました。フリードリヒ・アウグストはその後、プロイセンと同盟を結んだり、フランス側についたりと、いろいろな策を弄しています。
◆9月、ベートーヴェン、ボン宮廷楽団のメンバーとして演奏旅行に出発。
● 「騎士バレエ」 WoO.1
● ピアノ三重奏曲 変ホ長調 WoO.38
● リギニのアリエッタ「愛よ来たれ」によるピアノのための24の変奏曲 WoO.65
1792年 (21〜22歳)
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷楽団にヴィオラ奏者として在籍。宮廷オルガニストとしても活動。
◆4月、フランス革命政府が、オーストリアに対して宣戦布告。「フランス革命戦争」の開始(1799年まで)。
◆7月、ハイドンがボンを再訪、ウィーンでのベートーヴェンの弟子入りを承諾。
◆ベートーヴェン、この頃から腹部茄痛・下痢に悩まされ始めます。
◆11月2日、ベートーヴェン、ボンを出発。
◆11月10日、ベートーヴェン、ウィーンのアルザーグルント45の建物の屋根裏部屋に転居。
◆ベートーヴェン、ハイドンに作曲を師事。
◆ベートーヴェン、シェンク[1753-1836]に作曲を師事(翌年5月まで)。
◆12月18日、父ヨハン死去。
◆12月、ベートーヴェン、ウィーンのアルザーグルント45の建物の1階に転居。
● 管楽八重奏曲 変ホ長調 Op.103
● ピアノ三重奏のための14の変奏曲 変ホ長調 Op.44
● ピアノ伴奏斉唱「ポンチ洒の歌」 WoO.111
● アリア「接吻への試み」 WoO.89
● ソプラノのためのシェーナとアリア「初恋」 WoO.92
1793年 (22〜23歳)
◆5月、ベートーヴェン、シェンクのもとでの作曲の勉強を終了。
◆ベートーヴェン、この頃からサリエリに作曲を師事し始め、1802年頃まで教わっています。
◆8月、フランスで大規模な徴兵がおこなわれ、約120万人の兵士が新たに誕生(総人口約2,600万人)。兵站(補給)が追い付かないため、食糧などは現地で調達(略奪)することとなり、民間の犠牲も増大。
◆10月15〜16日、北フランスのワティニーの戦いでオーストリア軍敗北。
◆10月16日、ヨーゼフ2世の実の妹のマリー・アントワネット王妃[1755-1793]、コンコルド広場でギロチンによって首を切り落とされ、吹きあがる鮮血に、見物に集まった数万人ともいわれる民衆は歓喜。当時のフランスではギロチンによる王族や貴族の処刑が、広場に舞台を設営して実施されるなど、見世物として民衆の人気を獲得。
● 「モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」の「もし伯爵様が踊るなら」による12の変奏曲」ヘ長調 WoO.40
1794年 (23〜24歳)
◆ナポレオン軍、ボン占領。
◆1月、ベートーヴェン、アルブレヒツベルガー[1736-1809]に、対位法など作曲技術を師事(翌年3月まで)。
◆ベートーヴェン、ヴァイオリンをイグナツ・シュッパンツィク[1776-1830]に師事。
◆秋、ベートーヴェン、カール・リヒノフスキー侯爵[1756-1814]の客人として邸宅の2階に滞在開始。同家でエステルハージ侯爵ら貴族と幅広く交流。
● ピアノ三重奏曲第1番 変ホ長調 Op.1-1
● ピアノ・ソナタ第1番 へ短調 Op.2-1
1795年 (24〜25歳)
◆ベートーヴェン、腹部疝痛発作に悩まされます。
◆3月、ベートーヴェン、アルブレヒツベルガーのもとでの勉強を終了。
◆5月頃、ベートーヴェン、「オギルヴィ館」2階に転居。
◆3月、ベートーヴェン、ブルク劇場の慈善演奏会でピアノ協奏曲第2番などを弾いてプロの作曲家・ピアニストとしてデビュー。
◆ベートーヴェン、リヒノフスキー侯爵のプラハ旅行に同行。
● ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 Op.15
● ピアノ協奏曲第2番 変口長調 Op.19
● 管楽六重奏曲 変ホ長調 Op.81b
● 弦楽五重奏曲 変ホ長調 Op.4(管楽八重奏曲 Op.103の改作)
● ピアノ三重奏曲第2番 卜長調 Op.1-2
● ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 Op.1-3
● フルート、ヴァイオリンとヴィオラのためのセレナード ニ長調 Op.25
● 管楽三重奏曲 ハ長調 Op.87
● 弦楽三重奏曲 ハ長調 Op.87(管楽三重奏曲の編曲)
● 弦楽三重奏曲 変ホ長調 Op.3
● ピアノ・ソナタ第2番 イ長調 Op.2-2
● ピアノ・ソナタ第3番 ハ長調 Op.2-3
● ロンド・ア・カプリッチョ「なくした小銭への怒り」ト長調 Op.129
● 歌曲「アデライーデ」Op.46
1796年 (25〜26歳)
◆ベートーヴェン、最初の難聴の症状。
◆2月、ベートーヴェン、2度目のプラハ旅行にでかけ、半年かけて単独でドレスデン、ライプツィヒ、ベルリンもまわります。
◆4月、26歳の司令官ナポレオン率いる約2万5千人のフランス軍がイタリア遠征で約7万人のオーストリア・サルディーニャ連合軍を破り、以後、しばらくは各地で連戦連勝。
● 管楽六重奏曲変ホ長調 Op.71
● ピアノと管楽のための五重奏曲 変ホ長調 Op.16
● チェロ・ソナタ第1番 へ長調 Op.5-1
● チェロ・ソナタ第2番 卜短調 Op.5-2
● モーツァルト「魔笛」の「恋人か女房か」の主題による12の変奏曲へ長調 Op.66
● ピアノ・ソナタ第19番 卜短調 Op.49-1
● ピアノ・ソナタ第20番 卜長調 Op.49-2
● シェーナとアリア「ああ、不実なる人よ」Op.65
● 8つの歌 Op.52
1797年 (26〜27歳)
◆ベートーヴェン、発疹チフスに罹患。
◆4月、ナポレオンの軍勢がウィーンの近くまで接近。
● ピアノ三重奏曲第4番 変口長調 Op.11「街の歌」
● 弦楽三重奏のためのセレナード ニ長調 Op.8
● 4手のためのピアノ・ソナタ ニ長調 Op.6
● ピアノ・ソナタ第4番 変ホ長調 Op.7
● ピアノのためのロンド ハ長調 Op.51-1
1798年 (27〜28歳)
◆ベートーヴェン、3度目のプラハ旅行。
● ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス第2番 へ長調 Op.50
● 弦楽三重奏曲第1番 卜長調 Op.9-1
● 弦楽三重奏曲第2番 二長調 Op.9-2
● 弦楽三重奏曲第3番 ハ短調 Op.9-3
● ヴァイオリン・ソナタ第1番 二長調 Op.12-1
● ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op.12-2
● ヴァイオリン・ソナタ第3番 変ホ長調 Op.12-3
● ピアノ・ソナタ第5番 ハ短調 Op.10-1
● ピアノ・ソナタ第6番 へ長調 Op.10-2
● ピアノ・ソナタ第7番 二長調 Op.IO-3
● ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 Op.13「悲愴」
● ピアノ・ソナタ第9番 ホ長調 Op.14-1
● ロンド ト長調 Op.51-2
1799年 (28〜29歳)
◆ベートーヴェン、ブルンスヴィク伯爵令嬢テレーゼとヨゼフィーネにピアノ指導。
◆ジュリエッタ・グイチャルディ、チェルニーがベートーヴェンにピアノ演奏で弟子入り。
● ピアノ・ソナタ第10番 卜長調 Op.14-2
1800年 (29〜30歳)
◆ウィーンの人口約23万人。
◆ベートーヴェン、リヒノフスキー侯爵から年金600グルデン支給。
◆春頃(?)、ベートーヴェン、「グライナー館」に転居。
◆冬、ベートーヴェン、年末から翌年にかけてひどい腹痛に悩まされます。
● 交響曲第1番 ハ長調 Op.21
● 七重奏曲 変ホ長調 Op.20
● 弦楽四重奏曲第1番 ハ長調 Op.18- 1
● 弦楽四璽奏曲第2番 卜長調 Op.18- 2
● 弦楽四重奏曲第3番 二長調 Op.18- 3
● 弦楽四重奏曲第4番 ハ短調 Op.18- 4
● 弦楽四重奏曲第5番 イ長調 Op.18- 5
● 弦楽四重奏曲第6番 変口長調Op.18- 6
● ホルン・ソナタ ヘ長調 Op.17
● ピアノ・ソナタ第11番 変口長調 Op.22
1801年 (30〜31歳)
◆ベートーヴェン、サリエリのもとで作曲の勉強。
◆11月、ベートーヴェン、ジュリエッタへの恋愛感情。
● バレエ音楽「プロメテウスの創造物」Op.43
● 弦楽五重奏曲 ハ長調 Op.29
● ピアノ四重奏曲 変ホ長調 Op.16
● ヴァイオリン・ソナタ第4番 イ短調 Op.23
● ヴァイオリン・ソナタ第5番 へ長調 Op.24「春」
● ピアノ・ソナタ第12番 変イ長調 Op.26「葬送」
● ピアノ・ソナタ第13番 変ホ長調 Op.27-1
● ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 Op.27-2「月光」
● ピアノ・ソナタ第15番 二長調 Op.28「田園」
1802年 (31〜32歳)
◆ベートーヴェン、サリエリのもとでの作曲の勉強を終了。
◆ベートーヴェン、ウィーンに滞在することとなった旧友アントン・ライヒャと交流。ライヒャがウィーンを離れる1808年まで継続。
◆秋頃(?)、ベートーヴェン、「銀馬亭」4階に転居。
◆10月、ベートーヴェン、「ハイリゲンシュタットの遺書」。
● 交響曲第2番 二長調 Op.36
● ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス第1番 卜長調 Op.40
● ヴァイオリン・ソナタ第6番 イ長調 Op.30-1
● ヴァイオリン・ソナタ第7番 ハ短調 Op.30-2
● ヴァイオリン・ソナタ第8番 卜長調 Op.30-3
● ピアノ・ソナタ第16番 卜長調 Op.31-1
● ピアノ・ソナタ第17番 二短調 Op.31-2 「テンペスト」
● ピアノ・ソナタ第18番 変ホ長調 Op.31-3
● 「エロイカ」の主題による15の変奏曲とフーガ 変ホ長調 Op.35
● 7つのバガテル Op.33
● 6つの変奏曲 へ長調 Op.34
● ゲレルトによる6つの歌 Op.48
● 三重唱「おののけ、背徳者」Op.116
1803年 (32〜33歳)
◆ベートーヴェン、68鍵のピアノを入手(エラール社製)。それまでの楽器は61鍵だったので、表現力強化に直結。翌年のピアノ・ソナタ第21番で音域が拡大。
◆春、ベートーヴェン、アン・デア・ウィーン劇場内に居室を用意されたため弟カールと共に転居。
◆5月、イギリス、フランスに対して宣戦布告。
◆5月、ヴァイオリン・ソナタ第9番 Op.47作曲。イギリス人ヴァイオリニスト、ジョージ・ブリッジタワー[1779-1860]のために書かれ、彼とベートーヴェンのピアノ演奏で5月24日に初演。しかし2人は決裂したため、フランス人ヴァイオリニストで知人のロドルフ・クルゼール[1766-1831]に献呈先を変更(クルゼールは結局演奏せず)。
◆夏、ベートーヴェン、イギリスの愛国的主題によるピアノのための変奏曲を作曲。
◆10月、ベートーヴェン、スコットランド民謡の編曲でイギリスのトムスンと交渉。
● ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op.37
● ピアノ三重奏曲 変ホ長調 Op.38 (七重奏曲Op.20の編曲)
● ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調 Op.47
● 行進曲ハ長調 Op.45-1(4手ピアノ)
● 行進曲変ホ長調 Op.45-2(4手ピアノ)
● 行進曲二長調 Op.45-3(4手ピアノ)
● オラトリオ「オリーブ山上のキリスト」Op.85
● ゴッド・セイヴ・ザ・キングによる7つの変奏曲 WoO.78
● ルール・ブリタニアによる5つの変奏曲 Wo0.79
● 歌曲「友情の喜び」Op.88
1804年 (33〜34歳)
◆5月、ベートーヴェン、「赤い館」に転居。ニコラウス・エステルハージ侯爵[l765|1833]の賃貸住宅。
◆11月、ベートーヴェン、かつての城壁の上に建てられたため見晴らしの良い「パスクァラーティ館」の5階に転居。
◆12月、ベートーヴェン、ダイム伯爵未亡人のヨゼフィーネに恋愛感情。
● 交響曲第3番 変ホ長調 Op.55「英雄」
● ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための協奏曲 ハ長調 Op.56
● ピアノ・ソナタ第21番 ハ長調 Op.53「ヴァルトシュタイン」
● ピアノ・ソナタ第22番 へ長調 Op.54
1805年 (34〜35歳)
◆ベートーヴェン、この頃から間欠性の高熱、腹部疝痛、下痢にも悩まされるようになります。
◆11月13日、フランス軍がウィーンを占領。ナポレオン、ウィーン入城。
◆11月20日、「レオノーレ」第1稿を上演。上演時タイトルは「フィデリオ」。聴衆の大半がフランス兵で失敗。
◆12月2日、アウステルリッツの戦いで、オーストリア・ロシア連合軍がナポレオン率いるフランス軍に敗北。
● 「レオノーレ」序曲第2番 Op.72a
● ピアノ・ソナタ第23番 へ短調 Op.57「熱情」
● 歌劇「レオノーレ」第1稿 Op.72
● 歌曲「希望に寄せて」Op.32
1806年 (35〜36歳)
◆3〜4月、「レオノーレ」第2稿を上演。上演時タイトルは「フィデリオ」。
◆5月、弟カール、ヨハンナ・ライスと結婚。ベートーヴェン宅から独立。
◆7月、ナポレオンの圧力によりバイエルン王国、ヴュルッテンベルク王国、バーデン大公国など、ラインラント諸国により「ライン同盟」成立。ドイツ人兵士63,000名が、ナポレオン軍に供され、オーストリア軍と戦うことに。
◆8〜10月、ベートーヴェン、シレジアの領地に疎開中のリヒノフスキー侯爵の客として10月末まで滞在。
◆11月、ナポレオンにより「大陸封鎖令」発令。産業革命で優位に立っていたイギリスの覇権を貿易で潰し、フランスが覇権国となるための対イギリス経済政策でしたが、マイナス面も多く効果は限定的で、却ってナポレオン没落を速めることにも繋がっています。
◆ベートーヴェン、イギリスとのやり取りが多かったので、「大陸封鎖令」により、交渉などに支障をきたすようになります。
◆12月、ヴァイオリン協奏曲初演。
● 交響曲第4番 変口長調 Op.60
● 「レオノーレ」序曲第3番 Op.72
● ピアノ協奏曲第4番 卜長調 Op.58
● ヴァイオリン協奏曲 二長調 Op.61
● 弦楽四重奏曲第7番 へ長調 Op.59-1「ラズモフスキー第1番」
● 弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 Op.59-2「ラズモフスキー第2番」
● 弦楽四重奏曲第9番 ハ長調 Op.59-3「ラズモフスキー第3番」
● ピアノ三重奏曲 変ホ長調 Op.63(弦楽五重奏 Op.5の編曲)
● 歌劇「レオノーレ」第2稿 Op.72
● 歌曲「恋人が別れたいと思ったとき」 WoO.132
1807年 (36〜37歳)
◆ベートーヴェン、ロプコヴィッツ侯爵邸で交響曲第1〜4番とピアノ協奏曲第4番などを演奏。
◆ベートーヴェン、ピアノ・ソナタ第23番「熱情」をブルンスヴィク伯爵に献呈。
◆ベートーヴェン、アン・デア・ウィーン劇場の座付き作曲家になる希望を出すものの劇場側は取り合わず。
● 序曲「コリオラン」 Op.62
● 「レオノーレ」序曲第1番 Op.138
● ピアノ協奏曲ニ長調 Op.61(ヴァイオリン協奏曲 Op.61の編曲)
● 創作主題による32の変奏曲 WoO.80
● ミサ曲ハ長調 Op.86
1808年 (37〜38歳)
◆3月、ベートーヴェン、ハイドンの76歳誕生日記念演奏会に出席。
◆秋、ベートーヴェン、クルーガー通り1074番地に転居。
◆秋、ベートーヴェンに対し、ヴェストファーレン国王からカッセル宮廷楽長への就任要請。報酬は年額金貨600ドゥカーテン。
◆12月22日、ベートーヴェン、交響曲第5番、第6番」、合唱幻想曲を初演。練習不足と極度の寒さにより失敗。
● 交響曲第5番 ハ短調 Op.67「運命」
● 交響曲第6番 ヘ長調 Op.68「田園」
● ピアノ三重奏曲第5番 ニ長調 Op.70-1「幽霊」
● ピアノ三重奏曲第6番 変ホ長調 Op.70-2
● チェロ・ソナタ第3番 イ長調 Op.69
● 歌曲「憧れ、ゲーテによる」 WoO.134
● 歌曲「想い」 WoO.136
1809年 (38〜39歳)
◆1月、ベートーヴェン、前年秋にヴェストファーレン国王から要請されたカッセル宮廷楽長への就任を受諾する意思を表明。背景には、ベートーヴェンに反対する勢力が、ベートーヴェンの演奏会に出演したサリエリなどにも脅しをかけてきたという事情がありました。
◆2月、ベートーヴェン、3人の貴族と年金契約。キンスキー侯爵[1781-1812]が1,800グルデン、ルドルフ大公[1788-1831]が1,500グルデン、ロプコヴィッツ侯爵[1772-1816]が700グルデンで総額4,000グルデン。支払い条件は、ベートーヴェンがオーストリアに在住することで、この年金契約によりカッセル宮廷行きが阻止された格好です。
オーストリア皇帝フランツ2世の弟であるルドルフ大公からは生涯に渡って年金が支払われるものの、キンスキー侯爵は3年後に落馬で死去、ロプコヴィッツ侯爵は同じく3年後に破産したため、その2人については年金支払いが停止。ベートーヴェンはこれを不服として、1815年にロプコヴィッツ侯爵の管財人と、キンスキー侯爵の相続人を相手取って提訴し、勝訴しています(遡及支払いが適用)。
◆春、ベートーヴェン、クレッパーシュタルに転居。
◆4月、ウィーン近郊「エックミュールの戦い」でフランス・バイエルン・ヴュルッテンベルクの軍勢がオーストリア軍に勝利。
◆5月、ウィーン近郊「アスペルン・エスリンクの戦い」で、オーストリア軍が、ナポレオン率いるフランス軍に勝利。
◆7月、ウィーン近郊「ヴァグラムの戦い」で、ナポレオン率いるフランス軍がオーストリア軍に勝利。
◆10月、シェーンブルンの和約。オーストリアはフランスに対し8,500万フランの賠償支払いと、約100,000km²の国土を割譲(約3,500,000人居住)。
◆ウィーン、フランス軍占領下でインフレが進行。ベートーヴェン自身によれば以前の3倍の生活費水準に上昇。
◆ベートーヴェン、ピアノ・ソナ第24番をテレーゼ・マルファッティに献呈。
● ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73「皇帝」
● 合唱幻想曲 ハ短調 Op.80
● 弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 Op.74「ハープ」
● ピアノ・ソナタ第24番 嬰ヘ長調 Op.78
● ピアノ・ソナタ第25番 ト長調 Op.79「ソナチネ]
● 「トルコ行進曲」の主題による6つの変奏曲ニ長調 Op.76
● 幻想曲 Op.77
● 4つのアリエッタと1つの二重唱曲 Op.82
● 6つの歌 Op.75
● 歌曲「逝かよりの歌」 WoO.137
● 歌曲「異郷の若者」 WoO.138
● 歌曲「恋する男」 WoO.139
● モーツァルトのピアノ協奏曲第20番への2つのカデンツァ WoO.58
1810年 (39〜40歳)
◆4月、ベートーヴェン、「パスクァラーティ館」に再び転居。年間賃料500グルデン。
◆4月、ベートーヴェン、テレーゼ・マルファッティのために「エリーゼのために」作曲。求婚は失敗。
◆ベートーヴェン、テレーゼ・ブルンスヴィクとの婚約を解消。
◆ベートーヴェン、ゲーテと親交のあったベッティーナ・ブレンターノらと交流。
◆ウィーンのインフレ進行が継続。ベートーヴェンの手紙によれば以前の4倍の水準に上昇。
● 劇音楽「エグモント」Op.84
● 弦楽四重奏曲第11番 へ短調 Op.95「セリオーソ」
● ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調 Op.81a「告別」
● 「エリーゼのために」 WoO.59
● 軍楽のためのエコセーズ WoO.23
● 軍楽のためのポロネーズ WoO.21
● ゲーテによる3つの歌 Op.83
● アイルランド民謡編曲
● スコットランド民謡編曲
● ウェールズ民謡編曲
1811年 (40〜41歳)
◆2月、オーストリア政府、デフォルト宣言。銀行券は流通無効とし、補償紙幣と5対1で交換。実質的には通貨5分の1切り下げ政策。◆夏、ベートーヴェン、湯治のためボヘミアのテプリッツに旅行。詩人のクリストフ・アウグスト・ティートゲ[1752-1841]や、歌手のアマーリエ・ゼーバルト[1787-1846]と交流。
◆9月、オーストリア皇帝フランツ2世の勅令により通貨改定がおこなわれ、80%切り下げを約60切り下げまで緩和。
◆10月、ベートーヴェン、合唱幻想曲 Op.80が、出版社のブライトコップ&ヘルテルによって勝手にバイエルン国王に献呈されたことで激怒。当時、バイエルンはフランス側で、オーストリアの敵であり、また出版社の所在地ザクセン王国は、少し前にプロイセンとの同盟を破棄してフランス側に寝返っていたところでもありました。
● 「アテネの廃墟」のための音楽 Op.113
● 「アテネの廃墟」のための行進曲と合唱 Op.114
● 「シュテファン王」のための音楽 Op.117
● ピアノ三重奏曲第7番 変口長調 Op.97 「大公」
1812年 (41〜42歳)
◆2月、ピアノ協奏曲第5番、チェルニー独奏によりウィーン初演。
◆7〜10月、ベートーヴェン、再びテプリッツに湯治旅行。ゲーテと交流。アマーリエ・ゼーバルトと再会。プラハ、カールスバートもまわる長期滞在。
◆10〜11月、ベートーヴェン、リンツに滞在。裁判所や警察の手も借りて弟ヨハンと家政婦テレーズの交際をやめさせようとするものの、弟ヨハンは結局テレーズと結婚。
◆ベートーヴェン、「不滅の恋人への手紙」を書きます。
● 交響曲第7番イ長調 Op.92
● ピアノ三重奏曲 アレグレット WoO.39
● ヴァイオリン・ソナタ第10番ト長調 Op.96
● 4つのトロンボーンのための3エクアーレ WoO.30
● アイルランド民謡編曲
1813年 (42〜43歳)
◆8月、オーストリア、フランスに宣戦布告。
◆10月、バイエルン王国、ライン同盟を離脱し、オーストリアと同盟。
◆10月、「ライプツィヒの戦い」。約19万5千人のフランス軍(含むワルシャワ公国、ナポリ王国、ライン同盟)は、約36万5千人の連合軍(オーストリア、プロイセン、ロシア、スウェーデン)に破れ、ライン同盟のザクセン王国軍の一部が離反するなどフランス劣勢となり、ナポレオンは逃走。
◆ベートーヴェン、右耳の聴力を完全に喪失。
◆ベートーヴェン、ロプコヴィッツ侯爵やキンスキー侯爵らを、年金不払いで提訴。
◆5月、ベートーヴェン、バーデン・バイ・ウィーンに滞在開始。
● 交響曲第8番 ヘ長調 Op.93
● 「ウェリントンの勝利(戦争交響曲)」Op.91
● 歌曲「ナイチンゲールの歌」 WoO.141
● チェンバロ伴奏歌曲「吟遊詩人の亡霊」 WoO.142
1814年 (43〜44歳)
◆2月、ベートーヴェン、「バルテンシュタイン館」に転居。
◆ベートーヴェン、交響曲第7番と第8番を初演。
◆4月、ナポレオン、エルバ島に追放。
◆5月、ベートーヴェン、「フィデリオ」初演。成功。
◆9月、「ウィーン会議」開始。
● ピアノ・ソナタ第27番ホ短調 Op.90
● ポロネーズ ハ長調 Op.89
● 歌劇「フィデリオ」Op.72
● 歌劇「フィデリオ」序曲 Op.72
● パスティッチョ・ジングシュピール「よい知らせ」の終結合唱「ゲルマニア」 WoO.94
● カンタータ「栄光の時」Op.136
● 四重唱と弦楽器のための「悲歌」Op.118
● 「別れの歌」 WoO.102
● 合唱曲「田園のカンタータ」 WoO.103
● 合唱曲「汝ら、幸せな国々の賢き建国者たちよ」 WoO.95
● 歌曲「メルケンシュタイン」 WoO.144
● 歌曲「兵士の別れ」タイン」 WoO.143
● カノン「友楕は真の幸せの源」 WoO.164
● 音楽による戯れ「ひとりで、ひとりで」 WoO.205b
● 音楽による戯れ「私はzuの殿、あなたはvonの殿」 WoO.199
1815年 (44〜45歳)
◆2月頃、ベートーヴェン、「ランベルティ館」に転居。別宅として「ローマ皇帝館」も賃貸契約。
◆3月、ナポレオン、エルバ島を脱出。
◆5月、「フィデリオ」上演。成功
◆6月、「ウィーン会議」終了。
◆11月、弟カール、結核で死去。
◆ベートーヴェン、貴族相手の年金訴訟に勝訴。
● 序曲「命名祝日」Op.115
● 劇音楽「エレオノーレ・プロハスカ」 WoO.96
● チェロ・ソナタ第4番 ハ長調 Op.102-1
● チェロ・ソナタ第5番 ニ長調 Op.102-2
● カンタータ「静かな海と楽しい航海」Op.112
● 「凱旋門」のフィナーレ「成就せり」 WoO.97
● 歌曲「秘密」 WoO.145
● 歌曲「希望に寄せて」Op.94
● 二重唱「メルケンシュタイン」Op.100
● カノン「新年おめでとう」 WoO.165
● カノン「苦しみは短く」 WoO.166
1816年 (45〜46歳)
◆6月、オーストリア銀行設立。
◆ベートーヴェン、この頃、呼吸器感染の症状が頻出。
◆ベートーヴェン、甥カールの母ヨハンナから提訴。
● カカドゥ変奏曲 ト長調 Op.121
● ピアノ・ソナタ第28番 イ長調 Op.101
● 歌曲集「はるかな恋人に」Op.98
● 歌曲「約束を守る男」Op.99
● 歌曲「山からの呼び声」 WoO.147
● 音による戯れ「私はあなたにキスをする」 WoO.169
● 25のスコットランド民謡 Op.108
1817年 (46〜47歳)
◆ベートーヴェン、この頃、呼吸器感染の症状が頻出。
◆5月、ベートーヴェン、ラントシュトラーセ268番地に転居。
◆ベートーヴェン、甥カールをチェルニーに師事させます。
● 弦楽五重奏のためのフーガ ニ長調 Op.137
● 歌曲「いずれにしても」 WoO.148
● 「修道僧の歌」 WoO.104
● 音楽による戯れ「おお、副官」 WoO.205c
● 音楽による戯れ「どこ? どこ?」 WoO.205d
1818年 (47〜48歳)
◆ベートーヴェン、この頃、呼吸器感染の症状が頻出。
◆5月、ベートーヴェン、メートリンクに滞在。
◆ベートーヴェン、73鍵のピアノをブロードウッド社から贈呈され、作曲中のピアノ・ソナタ第29番の音域が拡大。
◆ベートーヴェン、ゲルトナー小路6番地に転居。
◆ベートーヴェン、聴力悪化により、相手の用件を会話帳に書いてもらい、それに口頭で答えるというコミュニケーション方法が本格化。
◆7月、ベートーヴェン、ロンドンのフィルハーモニック協会からのふたつの交響曲の作曲依頼に対し、返答を保留。
◆甥カールが母親の家に逃げ、ベートーヴェンは母親から再び告訴。
● ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 Op.106「ハンマークラヴィーア」
● 6つの民謡主題と変奏曲 Op.105
● 10の民謡主題と変奏曲 Op.107
1819年 (48〜49歳)
◆10月、ベートーヴェン、「金色の梨館」に転居。
◆11月15日、弟カール死去。
◆弟カールの息子であるカール(甥)の後見問題が発生。弟カールが遺言で、妻と息子を引き離さないよう言及していたことで、ベートーヴェンと甥カールの母親とのあいだで法廷闘争が長期化。
◆ベートーヴェン、聴力悪化。
● 「さあ、友よ、結婚の神を歌え」 WoO.105
● カノン「新年おめでとう」 WoO.176
● カノン「悪魔に食われてしまえ」 WoO.173
● 音楽による戯れ「成就」 WoO.205e
● 「信じ、希望せよ」 WoO.174
1820年 (49〜50歳)
◆ベートーヴェン、甥カールの後見問題で勝訴。
◆12月、10年以上に渡って秘書を務めたフランツ・オリヴァーが職を辞し、サンクト・ペテルブルクに転居。
● ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109
● 歌曲「僕のことを想っていて」 WoO.130
● 歌曲「星空の下のタベの歌」 WoO.150
● カノン「ホフマンよ、宮廷人でありなさるな」 WoO.180
● カノン「糞たれは描かれず」 WoO.224
● 音楽による戯れ「殿下! お元気で、ご多幸を」 WoO.179
1821年 (50〜51歳)
◆1〜2月、ベートーヴェン、療養生活。リウマチ(関節炎?)により健康状態が悪化。
◆3月、ルドルフ大司教、叙階式。
◆ベートーヴェン、この頃、ラントシュトラーセ244番地に居住。
◆7月、黄疸発生。
◆夏から初秋、転地療養。
◆10月、ベートーヴェン、ミサ・ソレムニス作曲に加え、ピアノ・ソナタ第31番と第32番の作曲を開始。
● ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 Op.110
● ピアノ曲 口短調 Wo061
● カノン「おお、トビアス!」 WoO.182
1822年 (51〜52歳)
◆秋、ベートーヴェン、ヴィントミューレ60番地に転居。
◆ベートーヴェン、ミサ・ソレムニス完成。
◆ベートーヴェン、アントン・シンドラーを秘書として雇用。
◆12月、ベートーヴェン、ロンドンのフィルハーモニック協会に対し、4年前に依頼された交響曲の作曲を承諾した旨、連絡。
● 序曲「献堂式」Op.124
● ヴァイオリンニ重奏曲 WoO.34
● ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111
● 11の新バガテル Op.119
● 奉献歌 Op.121b
● 同志の歌 Op.122
● アリエッタ「くちづけ」Op.128
● 3つのカノン「きょうはバーデンのことを忘れるな」「ごきげんよう」「徳は空事にあらず」 WoO.181
1823年 (52〜53歳)
◆ベートーヴェン、ディアベッリ変奏曲とミサ・ソレムニス作曲中、視力悪化について言及。虹彩炎の疑い。
◆夏、ベートーヴェン、交響曲第9番の作曲に専念。
◆10月、ベートーヴェン、「美しき女奴隷館」に転居。
● ディアベッリの主題による33の変奏曲 ハ長調 Op.120
● ミサ・ソレムニス ニ長調 Op.123
● ピアノ伴奏カンタータ「我らの尊き伯爵」 WoO.106
● カノン「ファルスタッフ君、登場しろ」 WoO.184
● カノン「太っちょさん、不義の子は勝利した」 WoO.226
● カノン「人間は気高く、惜け深く、善良であれ」 WoO.185
● カノン「このような恩寵に感謝申しあげます」 WoO.225
● 記念帳記入「善なるものに美を」 WoO.202
● 記念帳記入「高貴なる人間は親切で善良であれ」 WoO.151
1824年 (53〜54歳)
◆ベートーヴェン、聴力を完全に喪失。
◆4月7日、ミサ・ソレムニス、サンクト・ペテルブルクで初演。
◆5月7日、交響曲第9番、ケルントナートーア劇場で初演。
◆5月、ベートーヴェン、ヨハネス小路969番地に転居。
◆7月、ベートーヴェン、黄疸症状。
◆年末、ベートーヴェン、鼻出血。
● 交響曲第9番 ニ短調 Op.125「合唱」
● 弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 Op.127
● 6つのバガテル Op.126
● ピアノのためのワルツ 変ホ長調 WoO.84
● カノン「親愛なる伯爵様、貴方はお人好し」 WoO.183
● カノン「汝のみ敬愛す」 WoO.186
● カノン「ふざけないでこっちを向け」 WoO.187
● 音楽による戯れ「トビアス! パーテルノステル小路の住人」 WoO.205g
1825年 (54〜55歳)
◆ウィーンの人口約29万人。
◆ベートーヴェン、クルーガー通り10091番地に転居。
◆5月31日、アン・デア・ウィーン劇場閉鎖。所有者パルフィ伯爵の破産により。音楽家への未払い報酬も。
◆ベートーヴェン、吐血。
◆ベートーヴェン、春から初秋までバーデン・バイ・ウィーンで静養。
◆10月、ベートーヴェン、シュヴァルツシュパニアー通りの「シュヴァルツシュパニアー館」に転居。ここが終の棲家となります。シュヴァルツシュパニアー(黒いスペイン人)の名の由来は、17世紀から18世紀にかけて通りに存在していたスペインのベネディクト会修道院の僧衣が黒かったからで、同じスペイン修道院でも白い僧衣を着用していた三位一体派と区別するための呼称として定着した言葉でした。
◆ベートーヴェン、ロンドンのフィルハーモニック協会に招待されるものの、金銭条件がで不満で拒否。
◆11月29日、ベートーヴェン、ウィーン楽友協会の名誉会員に推挙。
● 弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130
● 弦楽四重奏曲第15番 イ短調 Op.132
● 2つのチェロのためのカノン WoO.35
● ピアノ曲ト短調 WoO.61a
● ピアノ・ワルツ WoO.85
● ピアノ・エコセーズ WoO.86
● カノン「神は堅き砦」 WoO.188
● カノン「医者先生は死神に門を閉ざす」 WoO.189
● カノン「善なるものに美を」 WoO.203
● カノン「私はお伺いしました、医者先生」 WoO.190
● カノン「寒いよ、暖かくないよ」 WoO.191
● カノン「芸術は長く、人生は短し」 WoO.192
● カノン「人生は門ではなく」 WoO.194
● カノン「人生を楽しめ」 WoO.195
● 音楽による戯れ「トビアス、トビアス」 WoO.205h
● 音楽による戯れ「ああ、トビアス」 WoO.228a
1826年 (55〜56歳)
◆1月、ベートーヴェン、激しい腹痛、視力も低下。
◆7月30日、甥カール、ピストルによる自殺未遂。
◆9月28日、ベートーヴェン、甥カールと共に、薬剤師として成功し大農場も所有していた弟ヨハンの邸宅に滞在。弟ヨハンの招きによるものでしたが、ベートーヴェンは家賃・食費を支払っています。
◆11月、ベートーヴェン、弟ヨハン邸からの帰路は幌の無い馬車で、肺炎を発症。肝障害も悪化。呼吸促拍状態。
◆12月1日、ベートーヴェン、「シュヴァルツシュパニアー館」に帰館。
◆12月12日、ベートーヴェン、黄疸症状も現れて健康状態が悪化。腹水も出現。
◆12月20日、ベートーヴェン、腹水穿刺手術。10リットル近くの腹水を廃液。
● 弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 Op.131
● 弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 Op.135
● 弦楽四重奏のための大フーガ 変ロ長調 Op.133
● 弦楽四童奏曲第13番の新たな第6楽章
● 大フーガ変ロ長調 Op.134(Op.133の4手ピアノ編曲)
● 弦楽五重奏曲ハ長調(未完) WoO.62
● カノン「そうあらねばならぬ」 WoO.196
● カノン「ここに作品がある」 WoO.197
● カノン「ロバのなかのロバ」 WoO.227
● 音楽による戯れ「やあトビアス」 WoO.205i
1827年 (56歳)
◆1月2日、甥カール、イグラウの駐屯地に向けて出発。
◆1月3日、ベートーヴェン、甥カールを唯一の相続人とする遺言状を作成。
◆1月8日、ベートーヴェン、腹水を抜く手術。2度目。
◆2月2日、ベートーヴェン、腹水を抜く手術。3度目。
◆2月27日、ベートーヴェン、腹水を抜く手術。4度目。
◆3月7日、ベートーヴェン、ウィーン楽友協会名誉会員証を受領。
◆3月18日、ベートーヴェン、ロンドンのフィルハーモニック協会からの見舞金100ポンド(約1,000グルデン)送付への令状を口述筆記。最後の手紙。同日、シューベルトが見舞いのため訪問。
◆3月23日、ベートーヴェン、意識混濁。
◆3月24日、ベートーヴェン、病者の塗油の秘跡を受けます。
◆3月26日17時45分、ベートーヴェン死去。56歳。死因は肝硬変と記載。遺産は現金1,215グルデン、アルンシュタイン&エスケレス銀行の株券7,441グルデン、遺品競売1,140グルデンなど約1万グルデン。
◆3月27日、遺言によりヨハネス・ヴァーグナー医師と、アンドレアス・ヴァヴルフ医師が遺体解剖。解剖記録原本はウィーン大学病理解剖学研究所に保管。近年の研究で、ベートーヴェンが鉛中毒だったことも判明。ベートーヴェンがワインを飲む際に常用していた容器に鉛が使用されていたのが最大の原因とも考えられており、これによりさまざまな健康問題が引き起こされた可能性が高いということです。
◆3月28日、デスマスク作成。なぜか解剖の翌日に作成された為、通常のデスマスクと異なり、死亡時肖像としての客観的証拠にはなり得ず、また同じタイミングで描かれたという死の床のスケッチも、同様の理由で、死亡時の姿を伝えるものとは言えない状態にあるようです。
◆3月29日、アルザーシュトラーセの三位一体教会で葬儀。約2万人が参列し、約500メートルの距離を1時間半かけて移動、ヴェーリング墓地に埋葬。
◆1888年、ウィーン中央墓地に改葬。


年表
1770 1771 1772 1773 1774 1775 1776 1777 1778 1779 1780 1781 1782 1783 1784 1785 1786 1787 1788 1789 1790 1791 1792 1793 1794 1795 1796 1797 1798 1799 1800 1801 1802 1803 1804 1805 1806 1807 1808 1809 1810 1811 1812 1813 1814 1815 1816 1817 1818 1819 1820 1821 1822 1823 1824 1825 1826 1827
1770年 (0歳)
◆12月16日頃、ベートーヴェン、神聖ローマ帝国ケルン大司教領で人口1万人ほどの小都市ボンのラインガッセで誕生。父ヨハンは選帝侯宮廷のテノール歌手、母マリア・マグダレーナはボン宮廷離宮料理長の娘。
◆12月17日、ベートーヴェン、聖レミギウス教会で受洗。
1771年 (0〜1歳)
1772年 (1〜2歳)
1773年 (2〜3歳)
◆12月17日、祖父ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン死去。
1774年 (3〜4歳)
◆4月、弟カスパール・アントン・カール・ベートーヴェン[1774-1815]誕生。
1775年 (4〜5歳)
◆9月30日、祖母マリア・ヨゼファ・ベートーヴェン死去。
1776年 (5〜6歳)
◆ベートーヴェン、音楽のレッスン開始。父ヨハンの指導。
◆ベートーヴェン家、ラインガッセのフィッシャー館に転居。かつて祖父が住んでいた建物。
◆ベートーヴェン家、ノイガッセに転居。
◆10月、弟ニコラウス・ヨハン・ベートーヴェン[1776-1848]誕生。
1777年 (6〜7歳)
◆ベートーヴェン家、ラインガッセのフィッシャー館に再び転居。
◆ベートーヴェン、ボンの聖カシウス修道院のラテン語学校に入学。
1778年 (7〜8歳)
◆3月26日、ベートーヴェン、ケルンで父の主催による有料演奏会に、弟子のひとりとして出演。
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷オルガニスト、ハインリヒ(ギレス)・ヴァン・デン・エーデン[1710-1782]に鍵盤楽器演奏を師事。
1779年 (8〜9歳)
◆ベートーヴェン、劇場歌手トビアス・フリードリヒ・プファイファーにピアノを師事。
1780年 (9〜10歳)
◆ベートーヴェン、フランシスコ教会修道士でオルガン奏者のヴィリバルト・コッホのオルガンを師事。コッホの助手を務めたりもします。
◆ベートーヴェン、同じ建物に住む母の姪の息子で、宮廷楽団ヴァイオリン奏者のフランツ・ゲオルク・ロヴァンテイーニ[1757-1781]にヴァイオリンとヴィオラを師事
◆ベートーヴェン、ミュンスター教会オルガン奏者のツェンザーに師事。
◆11月、マリア・テレジア、死去。63歳。
1781年 (10〜11歳)
◆ヨーゼフ2世、農奴解放令発令。
◆ヨーゼフ2世、宗教寛容令。
◆ベートーヴェン、エーデンの後任として宮廷オルガニストになったクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェにピアノと作曲を師事。
◆ベートーヴェン、聖カシウス修道院のラテン語学校を卒業。ベートーヴェンはギムナジウムに進まず音楽の勉強を本格化。
1782年 (11〜12歳)
◆ヨーゼフ2世、ユダヤ人への職業制限、服装制限、特別税、移住制限などの法規制を撤廃。
◆ベートーヴェン、宮廷オルガニスト、ネーフェの不在時に代理演奏を務めるようになります。
● ドレスラーの行進曲によるクラヴサンのための9つの変奏曲 WoO.63
1783年 (12〜13歳)
◆3月、ベートーヴェン、ネーフェによって音楽雑誌で紹介。
◆6月、アイスランド、ラーキ火山が大噴火。1784年2月まで有毒ガスが放出され続け、少し前に噴火を開始した近くのグリムスヴォトン火山は1785年まで噴火を継続。成層圏にまで達する噴煙は、以後数年に渡って北半球全体に異常気象、食糧不足を引き起こし、フランス革命の原因の一つになったとも考えられています(東日本ではさらに同年4月の岩木山噴火、8月の浅間山噴火も重なって、折からの冷害による天明の飢饉が深刻化)。
◆10月、ベートーヴェン、「選定候ソナタ」( WoO.47-1〜3)を出版。
◆秋、ベートーヴェン、母とオランダ楽旅。
● 3のピアノ・ソナタ「選帝侯ソナダ」 WoO.47
● ピアノのための・ロンド WoO.48
● オルガンのための2声のフーガ WoO.31
● ピアノ伴奏歌曲「乙女を描く」 WoO.107
1784年 (13〜14歳)
◆1月、ライン川、川底まで凍結。噴煙による極度の気温低下のもたらした異常現象。大洪水の要因に。
◆2月、ベートーヴェン、宮廷オルガニストの助手に任命。無給の宮廷楽士。
◆春、ライン川の氷が融け始めて氾濫、氷塊が橋や河川近くの建築物を破壊、やがてヨーロッパ各地の町が水に覆われるという大洪水に発展。ベートーヴェンの住むボンは標高約60メートルの町でしたが大きな被害となり、また、標高約200メートルの盆地ウィーンも、周囲の山からの水や排水能力の低さによって大洪水となっています。
◆春、ベートーヴェン、家族と共に避難。
◆4月、選帝侯マクシミリアン・フリードリヒ死去。同月、新選帝侯マクシミリアン・フランツがウィーンから到着。
◆5月、ベートーヴェン、ボンの宮廷オルガニストに任命。年俸150グルデンの宮廷楽士。師のネーフェは年俸200グルデン。
● ピアノ協奏曲 WoO.4
● ピアノのための・ロンド WoO.49
● ピアノ伴奏歌曲「みどり児に寄せて」 WoO.108
1785年 (14〜15歳)
◆ベートーヴェン家、音楽の音がうるさいという理由で家主により退去させられ、ラインガッセの別の家に転居。
◆ベートーヴェン、のちに作曲家、パリ音楽院教授となるアントン・ライヒャ[1770-1836]と親しく交流。ベートーヴェンのがボンを離れる1792年まで継続。
● 3つのピアノ四重奏曲 WoO.36
1786年 (15〜16歳)
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷オルガニストとして活動。
◆ベートーヴェン家、ラインガッセのフィッシャー館に再び転居。
◆ベートーヴェン、ピアノ協奏曲第2番(初稿)の作曲開始(1792年まで)
● フルート、ファゴット、ピアノと管弦楽のためのロマンツェ ホ短調 WoO.207
● フルート、ファゴットとピアノのための三重奏曲ト長調 WoO.37
1787年 (16〜17歳)
◆1〜3月、ベートーヴェン、最初のウィーン滞在。
◆5月、ベートーヴェン、ウィーンの後、レーゲンスブルク、ミュンヘン、アウクスブルクを経てボンに到着。
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷オルガニストとして活動。
◆5月、ベートーヴェン、母マグダレーナ重体のため帰郷。
◆7月17日、母マグダレーナ死去。
1788年 (17〜18歳)
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷オルガニストとして活動。
◆ベートーヴェン、ブロイニング家でヴァルトシュタイン伯爵と交流。
◆ベートーヴェン家、ヴェンツェルガッセ476に転居。
◆ベートーヴェン、宮廷楽団のヴィオラ奏者に任命(1792年まで)。楽団にはフルート奏者としてアントン・ライヒャ、ホルン奏者としてニコラウス・ジムロック[1751-1832]、ヴァイオリン奏者としてフランツ・リース[1755-1846]なども在籍。
1789年 (18〜19歳)
◆ベートーヴェン、宮廷正オルガニストに任命。
◆ベートーヴェン、ボン大学で聴講生として登録。ギリシャ文学教授オイロギウス・シュナイダーの講義をライヒャらと聴講。シュナイダーは5年後にジャコバン党貝として処刑。
◆5月、フランス革命勃発。フランス革命戦争を経て、ナポレオン戦争に発展、1814年に終結するまでの四半世紀で約500万人がヨーロッパで殺害。
◆11月、フランス政府、教会財産を略奪。
◆11月、父ヨハン、宮廷歌手を引退。
● 全長調にわたる2つの前奏曲 Op.39 (ピアノまたはオルガン)
1790年 (19〜20歳)
◆ヨーゼフ2世[1741-1790]、死去。48歳。啓蒙主義者で、宗教寛容令、農奴解放令、死刑・拷問廃止、出版物検閲の大幅な緩和、商工業の保護、プラーター地区解放、カトリック修道院1,188のうち500以上を取り潰し&財産没収、神学校の国営化、宗教行事の廃止、などを勅令として強引に実施。多くの貴族や教会関係者に反発され、没後に皇位を継承した弟のレオポルト2世[1747-1792]は、その多くを元に戻しています。マリー・アントワネット[1755-1793]は実の妹。
◆ベートーヴェン、宮廷楽団にヴィオラ奏者として在籍。宮廷オルガニストとしても活動。
◆12月、ベートーヴェン、ボンを訪れたハイドン、ヨハン・ペーター・ザロモン[1745-1815]と会合。
● 弦楽四重奏のためのメヌエット 変イ長調 WoO.209
● 「ヨーゼフ2世の逝去を悼む葬送カンタータ」 WoO.87
● 「レオポルト2世の即位を祝うカンタータ」 WoO.88
1791年 (20〜21歳)
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷楽団にヴィオラ奏者として在籍。宮廷オルガニストとしても活動。
◆3月、「騎士バレエ」がヴァルトシュタイン伯爵の作品として初演。
◆8月、「ピルニッツ宣言」。レオポルト2世と、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世[1744-1797]の2人によるフランスに対するけん制ともとれる単なる威嚇としての軍事言及宣言でしたが、かえってフランスの主戦派民衆を勢いづかせ、「フランス革命戦争」、「ナポレオン戦争」を招き、レオポルト2世の妹のマリー・アントワネットや甥たちなど王族や貴族の大虐殺にも繋がっています。なお、宣言がおこなわれたザクセンのピルニッツ城での会談には、城主でザクセン選帝侯のフリードリヒ・アウグスト[1750-1827]も加わっていました。フリードリヒ・アウグストはその後、プロイセンと同盟を結んだり、フランス側についたりと、いろいろな策を弄しています。
◆9月、ベートーヴェン、ボン宮廷楽団のメンバーとして演奏旅行に出発。
● 「騎士バレエ」 WoO.1
● ピアノ三重奏曲 変ホ長調 WoO.38
● リギニのアリエッタ「愛よ来たれ」によるピアノのための24の変奏曲 WoO.65
1792年 (21〜22歳)
◆ベートーヴェン、ボンの宮廷楽団にヴィオラ奏者として在籍。宮廷オルガニストとしても活動。
◆4月、フランス革命政府が、オーストリアに対して宣戦布告。「フランス革命戦争」の開始(1799年まで)。
◆7月、ハイドンがボンを再訪、ウィーンでのベートーヴェンの弟子入りを承諾。
◆ベートーヴェン、この頃から腹部茄痛・下痢に悩まされ始めます。
◆11月2日、ベートーヴェン、ボンを出発。
◆11月10日、ベートーヴェン、ウィーンのアルザーグルント45の建物の屋根裏部屋に転居。
◆ベートーヴェン、ハイドンに作曲を師事。
◆ベートーヴェン、シェンク[1753-1836]に作曲を師事(翌年5月まで)。
◆12月18日、父ヨハン死去。
◆12月、ベートーヴェン、ウィーンのアルザーグルント45の建物の1階に転居。
● 管楽八重奏曲 変ホ長調 Op.103
● ピアノ三重奏のための14の変奏曲 変ホ長調 Op.44
● ピアノ伴奏斉唱「ポンチ洒の歌」 WoO.111
● アリア「接吻への試み」 WoO.89
● ソプラノのためのシェーナとアリア「初恋」 WoO.92
1793年 (22〜23歳)
◆5月、ベートーヴェン、シェンクのもとでの作曲の勉強を終了。
◆ベートーヴェン、この頃からサリエリに作曲を師事し始め、1802年頃まで教わっています。
◆8月、フランスで大規模な徴兵がおこなわれ、約120万人の兵士が新たに誕生(総人口約2,600万人)。兵站(補給)が追い付かないため、食糧などは現地で調達(略奪)することとなり、民間の犠牲も増大。
◆10月15〜16日、北フランスのワティニーの戦いでオーストリア軍敗北。
◆10月16日、ヨーゼフ2世の実の妹のマリー・アントワネット王妃[1755-1793]、コンコルド広場でギロチンによって首を切り落とされ、吹きあがる鮮血に、見物に集まった数万人ともいわれる民衆は歓喜。当時のフランスではギロチンによる王族や貴族の処刑が、広場に舞台を設営して実施されるなど、見世物として民衆の人気を獲得。
● 「モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」の「もし伯爵様が踊るなら」による12の変奏曲」ヘ長調 WoO.40
1794年 (23〜24歳)
◆ナポレオン軍、ボン占領。
◆1月、ベートーヴェン、アルブレヒツベルガー[1736-1809]に、対位法など作曲技術を師事(翌年3月まで)。
◆ベートーヴェン、ヴァイオリンをイグナツ・シュッパンツィク[1776-1830]に師事。
◆秋、ベートーヴェン、カール・リヒノフスキー侯爵[1756-1814]の客人として邸宅の2階に滞在開始。同家でエステルハージ侯爵ら貴族と幅広く交流。
● ピアノ三重奏曲第1番 変ホ長調 Op.1-1
● ピアノ・ソナタ第1番 へ短調 Op.2-1
1795年 (24〜25歳)
◆ベートーヴェン、腹部疝痛発作に悩まされます。
◆3月、ベートーヴェン、アルブレヒツベルガーのもとでの勉強を終了。
◆5月頃、ベートーヴェン、「オギルヴィ館」2階に転居。
◆3月、ベートーヴェン、ブルク劇場の慈善演奏会でピアノ協奏曲第2番などを弾いてプロの作曲家・ピアニストとしてデビュー。
◆ベートーヴェン、リヒノフスキー侯爵のプラハ旅行に同行。
● ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 Op.15
● ピアノ協奏曲第2番 変口長調 Op.19
● 管楽六重奏曲 変ホ長調 Op.81b
● 弦楽五重奏曲 変ホ長調 Op.4(管楽八重奏曲 Op.103の改作)
● ピアノ三重奏曲第2番 卜長調 Op.1-2
● ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 Op.1-3
● フルート、ヴァイオリンとヴィオラのためのセレナード ニ長調 Op.25
● 管楽三重奏曲 ハ長調 Op.87
● 弦楽三重奏曲 ハ長調 Op.87(管楽三重奏曲の編曲)
● 弦楽三重奏曲 変ホ長調 Op.3
● ピアノ・ソナタ第2番 イ長調 Op.2-2
● ピアノ・ソナタ第3番 ハ長調 Op.2-3
● ロンド・ア・カプリッチョ「なくした小銭への怒り」ト長調 Op.129
● 歌曲「アデライーデ」Op.46
1796年 (25〜26歳)
◆ベートーヴェン、最初の難聴の症状。
◆2月、ベートーヴェン、2度目のプラハ旅行にでかけ、半年かけて単独でドレスデン、ライプツィヒ、ベルリンもまわります。
◆4月、26歳の司令官ナポレオン率いる約2万5千人のフランス軍がイタリア遠征で約7万人のオーストリア・サルディーニャ連合軍を破り、以後、しばらくは各地で連戦連勝。
● 管楽六重奏曲変ホ長調 Op.71
● ピアノと管楽のための五重奏曲 変ホ長調 Op.16
● チェロ・ソナタ第1番 へ長調 Op.5-1
● チェロ・ソナタ第2番 卜短調 Op.5-2
● モーツァルト「魔笛」の「恋人か女房か」の主題による12の変奏曲へ長調 Op.66
● ピアノ・ソナタ第19番 卜短調 Op.49-1
● ピアノ・ソナタ第20番 卜長調 Op.49-2
● シェーナとアリア「ああ、不実なる人よ」Op.65
● 8つの歌 Op.52
1797年 (26〜27歳)
◆ベートーヴェン、発疹チフスに罹患。
◆4月、ナポレオンの軍勢がウィーンの近くまで接近。
● ピアノ三重奏曲第4番 変口長調 Op.11「街の歌」
● 弦楽三重奏のためのセレナード ニ長調 Op.8
● 4手のためのピアノ・ソナタ ニ長調 Op.6
● ピアノ・ソナタ第4番 変ホ長調 Op.7
● ピアノのためのロンド ハ長調 Op.51-1
1798年 (27〜28歳)
◆ベートーヴェン、3度目のプラハ旅行。
● ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス第2番 へ長調 Op.50
● 弦楽三重奏曲第1番 卜長調 Op.9-1
● 弦楽三重奏曲第2番 二長調 Op.9-2
● 弦楽三重奏曲第3番 ハ短調 Op.9-3
● ヴァイオリン・ソナタ第1番 二長調 Op.12-1
● ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op.12-2
● ヴァイオリン・ソナタ第3番 変ホ長調 Op.12-3
● ピアノ・ソナタ第5番 ハ短調 Op.10-1
● ピアノ・ソナタ第6番 へ長調 Op.10-2
● ピアノ・ソナタ第7番 二長調 Op.IO-3
● ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 Op.13「悲愴」
● ピアノ・ソナタ第9番 ホ長調 Op.14-1
● ロンド ト長調 Op.51-2
1799年 (28〜29歳)
◆ベートーヴェン、ブルンスヴィク伯爵令嬢テレーゼとヨゼフィーネにピアノ指導。
◆ジュリエッタ・グイチャルディ、チェルニーがベートーヴェンにピアノ演奏で弟子入り。
● ピアノ・ソナタ第10番 卜長調 Op.14-2
1800年 (29〜30歳)
◆ウィーンの人口約23万人。
◆ベートーヴェン、リヒノフスキー侯爵から年金600グルデン支給。
◆春頃(?)、ベートーヴェン、「グライナー館」に転居。
◆冬、ベートーヴェン、年末から翌年にかけてひどい腹痛に悩まされます。
● 交響曲第1番 ハ長調 Op.21
● 七重奏曲 変ホ長調 Op.20
● 弦楽四重奏曲第1番 ハ長調 Op.18- 1
● 弦楽四璽奏曲第2番 卜長調 Op.18- 2
● 弦楽四重奏曲第3番 二長調 Op.18- 3
● 弦楽四重奏曲第4番 ハ短調 Op.18- 4
● 弦楽四重奏曲第5番 イ長調 Op.18- 5
● 弦楽四重奏曲第6番 変口長調Op.18- 6
● ホルン・ソナタ ヘ長調 Op.17
● ピアノ・ソナタ第11番 変口長調 Op.22
1801年 (30〜31歳)
◆ベートーヴェン、サリエリのもとで作曲の勉強。
◆11月、ベートーヴェン、ジュリエッタへの恋愛感情。
● バレエ音楽「プロメテウスの創造物」Op.43
● 弦楽五重奏曲 ハ長調 Op.29
● ピアノ四重奏曲 変ホ長調 Op.16
● ヴァイオリン・ソナタ第4番 イ短調 Op.23
● ヴァイオリン・ソナタ第5番 へ長調 Op.24「春」
● ピアノ・ソナタ第12番 変イ長調 Op.26「葬送」
● ピアノ・ソナタ第13番 変ホ長調 Op.27-1
● ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 Op.27-2「月光」
● ピアノ・ソナタ第15番 二長調 Op.28「田園」
1802年 (31〜32歳)
◆ベートーヴェン、サリエリのもとでの作曲の勉強を終了。
◆ベートーヴェン、ウィーンに滞在することとなった旧友アントン・ライヒャと交流。ライヒャがウィーンを離れる1808年まで継続。
◆秋頃(?)、ベートーヴェン、「銀馬亭」4階に転居。
◆10月、ベートーヴェン、「ハイリゲンシュタットの遺書」。
● 交響曲第2番 二長調 Op.36
● ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス第1番 卜長調 Op.40
● ヴァイオリン・ソナタ第6番 イ長調 Op.30-1
● ヴァイオリン・ソナタ第7番 ハ短調 Op.30-2
● ヴァイオリン・ソナタ第8番 卜長調 Op.30-3
● ピアノ・ソナタ第16番 卜長調 Op.31-1
● ピアノ・ソナタ第17番 二短調 Op.31-2 「テンペスト」
● ピアノ・ソナタ第18番 変ホ長調 Op.31-3
● 「エロイカ」の主題による15の変奏曲とフーガ 変ホ長調 Op.35
● 7つのバガテル Op.33
● 6つの変奏曲 へ長調 Op.34
● ゲレルトによる6つの歌 Op.48
● 三重唱「おののけ、背徳者」Op.116
1803年 (32〜33歳)
◆ベートーヴェン、68鍵のピアノを入手(エラール社製)。それまでの楽器は61鍵だったので、表現力強化に直結。翌年のピアノ・ソナタ第21番で音域が拡大。
◆春、ベートーヴェン、アン・デア・ウィーン劇場内に居室を用意されたため弟カールと共に転居。
◆5月、イギリス、フランスに対して宣戦布告。
◆5月、ヴァイオリン・ソナタ第9番 Op.47作曲。イギリス人ヴァイオリニスト、ジョージ・ブリッジタワー[1779-1860]のために書かれ、彼とベートーヴェンのピアノ演奏で5月24日に初演。しかし2人は決裂したため、フランス人ヴァイオリニストで知人のロドルフ・クルゼール[1766-1831]に献呈先を変更(クルゼールは結局演奏せず)。
◆夏、ベートーヴェン、イギリスの愛国的主題によるピアノのための変奏曲を作曲。
◆10月、ベートーヴェン、スコットランド民謡の編曲でイギリスのトムスンと交渉。
● ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op.37
● ピアノ三重奏曲 変ホ長調 Op.38 (七重奏曲Op.20の編曲)
● ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調 Op.47
● 行進曲ハ長調 Op.45-1(4手ピアノ)
● 行進曲変ホ長調 Op.45-2(4手ピアノ)
● 行進曲二長調 Op.45-3(4手ピアノ)
● オラトリオ「オリーブ山上のキリスト」Op.85
● ゴッド・セイヴ・ザ・キングによる7つの変奏曲 WoO.78
● ルール・ブリタニアによる5つの変奏曲 Wo0.79
● 歌曲「友情の喜び」Op.88
1804年 (33〜34歳)
◆5月、ベートーヴェン、「赤い館」に転居。ニコラウス・エステルハージ侯爵[l765|1833]の賃貸住宅。
◆11月、ベートーヴェン、かつての城壁の上に建てられたため見晴らしの良い「パスクァラーティ館」の5階に転居。
◆12月、ベートーヴェン、ダイム伯爵未亡人のヨゼフィーネに恋愛感情。
● 交響曲第3番 変ホ長調 Op.55「英雄」
● ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための協奏曲 ハ長調 Op.56
● ピアノ・ソナタ第21番 ハ長調 Op.53「ヴァルトシュタイン」
● ピアノ・ソナタ第22番 へ長調 Op.54
1805年 (34〜35歳)
◆ベートーヴェン、この頃から間欠性の高熱、腹部疝痛、下痢にも悩まされるようになります。
◆11月13日、フランス軍がウィーンを占領。ナポレオン、ウィーン入城。
◆11月20日、「レオノーレ」第1稿を上演。上演時タイトルは「フィデリオ」。聴衆の大半がフランス兵で失敗。
◆12月2日、アウステルリッツの戦いで、オーストリア・ロシア連合軍がナポレオン率いるフランス軍に敗北。
● 「レオノーレ」序曲第2番 Op.72a
● ピアノ・ソナタ第23番 へ短調 Op.57「熱情」
● 歌劇「レオノーレ」第1稿 Op.72
● 歌曲「希望に寄せて」Op.32
1806年 (35〜36歳)
◆3〜4月、「レオノーレ」第2稿を上演。上演時タイトルは「フィデリオ」。
◆5月、弟カール、ヨハンナ・ライスと結婚。ベートーヴェン宅から独立。
◆7月、ナポレオンの圧力によりバイエルン王国、ヴュルッテンベルク王国、バーデン大公国など、ラインラント諸国により「ライン同盟」成立。ドイツ人兵士63,000名が、ナポレオン軍に供され、オーストリア軍と戦うことに。
◆8〜10月、ベートーヴェン、シレジアの領地に疎開中のリヒノフスキー侯爵の客として10月末まで滞在。
◆11月、ナポレオンにより「大陸封鎖令」発令。産業革命で優位に立っていたイギリスの覇権を貿易で潰し、フランスが覇権国となるための対イギリス経済政策でしたが、マイナス面も多く効果は限定的で、却ってナポレオン没落を速めることにも繋がっています。
◆ベートーヴェン、イギリスとのやり取りが多かったので、「大陸封鎖令」により、交渉などに支障をきたすようになります。
◆12月、ヴァイオリン協奏曲初演。
● 交響曲第4番 変口長調 Op.60
● 「レオノーレ」序曲第3番 Op.72
● ピアノ協奏曲第4番 卜長調 Op.58
● ヴァイオリン協奏曲 二長調 Op.61
● 弦楽四重奏曲第7番 へ長調 Op.59-1「ラズモフスキー第1番」
● 弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 Op.59-2「ラズモフスキー第2番」
● 弦楽四重奏曲第9番 ハ長調 Op.59-3「ラズモフスキー第3番」
● ピアノ三重奏曲 変ホ長調 Op.63(弦楽五重奏 Op.5の編曲)
● 歌劇「レオノーレ」第2稿 Op.72
● 歌曲「恋人が別れたいと思ったとき」 WoO.132
1807年 (36〜37歳)
◆ベートーヴェン、ロプコヴィッツ侯爵邸で交響曲第1〜4番とピアノ協奏曲第4番などを演奏。
◆ベートーヴェン、ピアノ・ソナタ第23番「熱情」をブルンスヴィク伯爵に献呈。
◆ベートーヴェン、アン・デア・ウィーン劇場の座付き作曲家になる希望を出すものの劇場側は取り合わず。
● 序曲「コリオラン」 Op.62
● 「レオノーレ」序曲第1番 Op.138
● ピアノ協奏曲ニ長調 Op.61(ヴァイオリン協奏曲 Op.61の編曲)
● 創作主題による32の変奏曲 WoO.80
● ミサ曲ハ長調 Op.86
1808年 (37〜38歳)
◆3月、ベートーヴェン、ハイドンの76歳誕生日記念演奏会に出席。
◆秋、ベートーヴェン、クルーガー通り1074番地に転居。
◆秋、ベートーヴェンに対し、ヴェストファーレン国王からカッセル宮廷楽長への就任要請。報酬は年額金貨600ドゥカーテン。
◆12月22日、ベートーヴェン、交響曲第5番、第6番」、合唱幻想曲を初演。練習不足と極度の寒さにより失敗。
● 交響曲第5番 ハ短調 Op.67「運命」
● 交響曲第6番 ヘ長調 Op.68「田園」
● ピアノ三重奏曲第5番 ニ長調 Op.70-1「幽霊」
● ピアノ三重奏曲第6番 変ホ長調 Op.70-2
● チェロ・ソナタ第3番 イ長調 Op.69
● 歌曲「憧れ、ゲーテによる」 WoO.134
● 歌曲「想い」 WoO.136
1809年 (38〜39歳)
◆1月、ベートーヴェン、前年秋にヴェストファーレン国王から要請されたカッセル宮廷楽長への就任を受諾する意思を表明。背景には、ベートーヴェンに反対する勢力が、ベートーヴェンの演奏会に出演したサリエリなどにも脅しをかけてきたという事情がありました。
◆2月、ベートーヴェン、3人の貴族と年金契約。キンスキー侯爵[1781-1812]が1,800グルデン、ルドルフ大公[1788-1831]が1,500グルデン、ロプコヴィッツ侯爵[1772-1816]が700グルデンで総額4,000グルデン。支払い条件は、ベートーヴェンがオーストリアに在住することで、この年金契約によりカッセル宮廷行きが阻止された格好です。
オーストリア皇帝フランツ2世の弟であるルドルフ大公からは生涯に渡って年金が支払われるものの、キンスキー侯爵は3年後に落馬で死去、ロプコヴィッツ侯爵は同じく3年後に破産したため、その2人については年金支払いが停止。ベートーヴェンはこれを不服として、1815年にロプコヴィッツ侯爵の管財人と、キンスキー侯爵の相続人を相手取って提訴し、勝訴しています(遡及支払いが適用)。
◆春、ベートーヴェン、クレッパーシュタルに転居。
◆4月、ウィーン近郊「エックミュールの戦い」でフランス・バイエルン・ヴュルッテンベルクの軍勢がオーストリア軍に勝利。
◆5月、ウィーン近郊「アスペルン・エスリンクの戦い」で、オーストリア軍が、ナポレオン率いるフランス軍に勝利。
◆7月、ウィーン近郊「ヴァグラムの戦い」で、ナポレオン率いるフランス軍がオーストリア軍に勝利。
◆10月、シェーンブルンの和約。オーストリアはフランスに対し8,500万フランの賠償支払いと、約100,000km²の国土を割譲(約3,500,000人居住)。
◆ウィーン、フランス軍占領下でインフレが進行。ベートーヴェン自身によれば以前の3倍の生活費水準に上昇。
◆ベートーヴェン、ピアノ・ソナ第24番をテレーゼ・マルファッティに献呈。
● ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73「皇帝」
● 合唱幻想曲 ハ短調 Op.80
● 弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 Op.74「ハープ」
● ピアノ・ソナタ第24番 嬰ヘ長調 Op.78
● ピアノ・ソナタ第25番 ト長調 Op.79「ソナチネ]
● 「トルコ行進曲」の主題による6つの変奏曲ニ長調 Op.76
● 幻想曲 Op.77
● 4つのアリエッタと1つの二重唱曲 Op.82
● 6つの歌 Op.75
● 歌曲「逝かよりの歌」 WoO.137
● 歌曲「異郷の若者」 WoO.138
● 歌曲「恋する男」 WoO.139
● モーツァルトのピアノ協奏曲第20番への2つのカデンツァ WoO.58
1810年 (39〜40歳)
◆4月、ベートーヴェン、「パスクァラーティ館」に再び転居。年間賃料500グルデン。
◆4月、ベートーヴェン、テレーゼ・マルファッティのために「エリーゼのために」作曲。求婚は失敗。
◆ベートーヴェン、テレーゼ・ブルンスヴィクとの婚約を解消。
◆ベートーヴェン、ゲーテと親交のあったベッティーナ・ブレンターノらと交流。
◆ウィーンのインフレ進行が継続。ベートーヴェンの手紙によれば以前の4倍の水準に上昇。
● 劇音楽「エグモント」Op.84
● 弦楽四重奏曲第11番 へ短調 Op.95「セリオーソ」
● ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調 Op.81a「告別」
● 「エリーゼのために」 WoO.59
● 軍楽のためのエコセーズ WoO.23
● 軍楽のためのポロネーズ WoO.21
● ゲーテによる3つの歌 Op.83
● アイルランド民謡編曲
● スコットランド民謡編曲
● ウェールズ民謡編曲
1811年 (40〜41歳)
◆2月、オーストリア政府、デフォルト宣言。銀行券は流通無効とし、補償紙幣と5対1で交換。実質的には通貨5分の1切り下げ政策。◆夏、ベートーヴェン、湯治のためボヘミアのテプリッツに旅行。詩人のクリストフ・アウグスト・ティートゲ[1752-1841]や、歌手のアマーリエ・ゼーバルト[1787-1846]と交流。
◆9月、オーストリア皇帝フランツ2世の勅令により通貨改定がおこなわれ、80%切り下げを約60切り下げまで緩和。
◆10月、ベートーヴェン、合唱幻想曲 Op.80が、出版社のブライトコップ&ヘルテルによって勝手にバイエルン国王に献呈されたことで激怒。当時、バイエルンはフランス側で、オーストリアの敵であり、また出版社の所在地ザクセン王国は、少し前にプロイセンとの同盟を破棄してフランス側に寝返っていたところでもありました。
● 「アテネの廃墟」のための音楽 Op.113
● 「アテネの廃墟」のための行進曲と合唱 Op.114
● 「シュテファン王」のための音楽 Op.117
● ピアノ三重奏曲第7番 変口長調 Op.97 「大公」
1812年 (41〜42歳)
◆2月、ピアノ協奏曲第5番、チェルニー独奏によりウィーン初演。
◆7〜10月、ベートーヴェン、再びテプリッツに湯治旅行。ゲーテと交流。アマーリエ・ゼーバルトと再会。プラハ、カールスバートもまわる長期滞在。
◆10〜11月、ベートーヴェン、リンツに滞在。裁判所や警察の手も借りて弟ヨハンと家政婦テレーズの交際をやめさせようとするものの、弟ヨハンは結局テレーズと結婚。
◆ベートーヴェン、「不滅の恋人への手紙」を書きます。
● 交響曲第7番イ長調 Op.92
● ピアノ三重奏曲 アレグレット WoO.39
● ヴァイオリン・ソナタ第10番ト長調 Op.96
● 4つのトロンボーンのための3エクアーレ WoO.30
● アイルランド民謡編曲
1813年 (42〜43歳)
◆8月、オーストリア、フランスに宣戦布告。
◆10月、バイエルン王国、ライン同盟を離脱し、オーストリアと同盟。
◆10月、「ライプツィヒの戦い」。約19万5千人のフランス軍(含むワルシャワ公国、ナポリ王国、ライン同盟)は、約36万5千人の連合軍(オーストリア、プロイセン、ロシア、スウェーデン)に破れ、ライン同盟のザクセン王国軍の一部が離反するなどフランス劣勢となり、ナポレオンは逃走。
◆ベートーヴェン、右耳の聴力を完全に喪失。
◆ベートーヴェン、ロプコヴィッツ侯爵やキンスキー侯爵らを、年金不払いで提訴。
◆5月、ベートーヴェン、バーデン・バイ・ウィーンに滞在開始。
● 交響曲第8番 ヘ長調 Op.93
● 「ウェリントンの勝利(戦争交響曲)」Op.91
● 歌曲「ナイチンゲールの歌」 WoO.141
● チェンバロ伴奏歌曲「吟遊詩人の亡霊」 WoO.142
1814年 (43〜44歳)
◆2月、ベートーヴェン、「バルテンシュタイン館」に転居。
◆ベートーヴェン、交響曲第7番と第8番を初演。
◆4月、ナポレオン、エルバ島に追放。
◆5月、ベートーヴェン、「フィデリオ」初演。成功。
◆9月、「ウィーン会議」開始。
● ピアノ・ソナタ第27番ホ短調 Op.90
● ポロネーズ ハ長調 Op.89
● 歌劇「フィデリオ」Op.72
● 歌劇「フィデリオ」序曲 Op.72
● パスティッチョ・ジングシュピール「よい知らせ」の終結合唱「ゲルマニア」 WoO.94
● カンタータ「栄光の時」Op.136
● 四重唱と弦楽器のための「悲歌」Op.118
● 「別れの歌」 WoO.102
● 合唱曲「田園のカンタータ」 WoO.103
● 合唱曲「汝ら、幸せな国々の賢き建国者たちよ」 WoO.95
● 歌曲「メルケンシュタイン」 WoO.144
● 歌曲「兵士の別れ」タイン」 WoO.143
● カノン「友楕は真の幸せの源」 WoO.164
● 音楽による戯れ「ひとりで、ひとりで」 WoO.205b
● 音楽による戯れ「私はzuの殿、あなたはvonの殿」 WoO.199
1815年 (44〜45歳)
◆2月頃、ベートーヴェン、「ランベルティ館」に転居。別宅として「ローマ皇帝館」も賃貸契約。
◆3月、ナポレオン、エルバ島を脱出。
◆5月、「フィデリオ」上演。成功
◆6月、「ウィーン会議」終了。
◆11月、弟カール、結核で死去。
◆ベートーヴェン、貴族相手の年金訴訟に勝訴。
● 序曲「命名祝日」Op.115
● 劇音楽「エレオノーレ・プロハスカ」 WoO.96
● チェロ・ソナタ第4番 ハ長調 Op.102-1
● チェロ・ソナタ第5番 ニ長調 Op.102-2
● カンタータ「静かな海と楽しい航海」Op.112
● 「凱旋門」のフィナーレ「成就せり」 WoO.97
● 歌曲「秘密」 WoO.145
● 歌曲「希望に寄せて」Op.94
● 二重唱「メルケンシュタイン」Op.100
● カノン「新年おめでとう」 WoO.165
● カノン「苦しみは短く」 WoO.166
1816年 (45〜46歳)
◆6月、オーストリア銀行設立。
◆ベートーヴェン、この頃、呼吸器感染の症状が頻出。
◆ベートーヴェン、甥カールの母ヨハンナから提訴。
● カカドゥ変奏曲 ト長調 Op.121
● ピアノ・ソナタ第28番 イ長調 Op.101
● 歌曲集「はるかな恋人に」Op.98
● 歌曲「約束を守る男」Op.99
● 歌曲「山からの呼び声」 WoO.147
● 音による戯れ「私はあなたにキスをする」 WoO.169
● 25のスコットランド民謡 Op.108
1817年 (46〜47歳)
◆ベートーヴェン、この頃、呼吸器感染の症状が頻出。
◆5月、ベートーヴェン、ラントシュトラーセ268番地に転居。
◆ベートーヴェン、甥カールをチェルニーに師事させます。
● 弦楽五重奏のためのフーガ ニ長調 Op.137
● 歌曲「いずれにしても」 WoO.148
● 「修道僧の歌」 WoO.104
● 音楽による戯れ「おお、副官」 WoO.205c
● 音楽による戯れ「どこ? どこ?」 WoO.205d
1818年 (47〜48歳)
◆ベートーヴェン、この頃、呼吸器感染の症状が頻出。
◆5月、ベートーヴェン、メートリンクに滞在。
◆ベートーヴェン、73鍵のピアノをブロードウッド社から贈呈され、作曲中のピアノ・ソナタ第29番の音域が拡大。
◆ベートーヴェン、ゲルトナー小路6番地に転居。
◆ベートーヴェン、聴力悪化により、相手の用件を会話帳に書いてもらい、それに口頭で答えるというコミュニケーション方法が本格化。
◆7月、ベートーヴェン、ロンドンのフィルハーモニック協会からのふたつの交響曲の作曲依頼に対し、返答を保留。
◆甥カールが母親の家に逃げ、ベートーヴェンは母親から再び告訴。
● ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 Op.106「ハンマークラヴィーア」
● 6つの民謡主題と変奏曲 Op.105
● 10の民謡主題と変奏曲 Op.107
1819年 (48〜49歳)
◆10月、ベートーヴェン、「金色の梨館」に転居。
◆11月15日、弟カール死去。
◆弟カールの息子であるカール(甥)の後見問題が発生。弟カールが遺言で、妻と息子を引き離さないよう言及していたことで、ベートーヴェンと甥カールの母親とのあいだで法廷闘争が長期化。
◆ベートーヴェン、聴力悪化。
● 「さあ、友よ、結婚の神を歌え」 WoO.105
● カノン「新年おめでとう」 WoO.176
● カノン「悪魔に食われてしまえ」 WoO.173
● 音楽による戯れ「成就」 WoO.205e
● 「信じ、希望せよ」 WoO.174
1820年 (49〜50歳)
◆ベートーヴェン、甥カールの後見問題で勝訴。
◆12月、10年以上に渡って秘書を務めたフランツ・オリヴァーが職を辞し、サンクト・ペテルブルクに転居。
● ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109
● 歌曲「僕のことを想っていて」 WoO.130
● 歌曲「星空の下のタベの歌」 WoO.150
● カノン「ホフマンよ、宮廷人でありなさるな」 WoO.180
● カノン「糞たれは描かれず」 WoO.224
● 音楽による戯れ「殿下! お元気で、ご多幸を」 WoO.179
1821年 (50〜51歳)
◆1〜2月、ベートーヴェン、療養生活。リウマチ(関節炎?)により健康状態が悪化。
◆3月、ルドルフ大司教、叙階式。
◆ベートーヴェン、この頃、ラントシュトラーセ244番地に居住。
◆7月、黄疸発生。
◆夏から初秋、転地療養。
◆10月、ベートーヴェン、ミサ・ソレムニス作曲に加え、ピアノ・ソナタ第31番と第32番の作曲を開始。
● ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 Op.110
● ピアノ曲 口短調 Wo061
● カノン「おお、トビアス!」 WoO.182
1822年 (51〜52歳)
◆秋、ベートーヴェン、ヴィントミューレ60番地に転居。
◆ベートーヴェン、ミサ・ソレムニス完成。
◆ベートーヴェン、アントン・シンドラーを秘書として雇用。
◆12月、ベートーヴェン、ロンドンのフィルハーモニック協会に対し、4年前に依頼された交響曲の作曲を承諾した旨、連絡。
● 序曲「献堂式」Op.124
● ヴァイオリンニ重奏曲 WoO.34
● ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111
● 11の新バガテル Op.119
● 奉献歌 Op.121b
● 同志の歌 Op.122
● アリエッタ「くちづけ」Op.128
● 3つのカノン「きょうはバーデンのことを忘れるな」「ごきげんよう」「徳は空事にあらず」 WoO.181
1823年 (52〜53歳)
◆ベートーヴェン、ディアベッリ変奏曲とミサ・ソレムニス作曲中、視力悪化について言及。虹彩炎の疑い。
◆夏、ベートーヴェン、交響曲第9番の作曲に専念。
◆10月、ベートーヴェン、「美しき女奴隷館」に転居。
● ディアベッリの主題による33の変奏曲 ハ長調 Op.120
● ミサ・ソレムニス ニ長調 Op.123
● ピアノ伴奏カンタータ「我らの尊き伯爵」 WoO.106
● カノン「ファルスタッフ君、登場しろ」 WoO.184
● カノン「太っちょさん、不義の子は勝利した」 WoO.226
● カノン「人間は気高く、惜け深く、善良であれ」 WoO.185
● カノン「このような恩寵に感謝申しあげます」 WoO.225
● 記念帳記入「善なるものに美を」 WoO.202
● 記念帳記入「高貴なる人間は親切で善良であれ」 WoO.151
1824年 (53〜54歳)
◆ベートーヴェン、聴力を完全に喪失。
◆4月7日、ミサ・ソレムニス、サンクト・ペテルブルクで初演。
◆5月7日、交響曲第9番、ケルントナートーア劇場で初演。
◆5月、ベートーヴェン、ヨハネス小路969番地に転居。
◆7月、ベートーヴェン、黄疸症状。
◆年末、ベートーヴェン、鼻出血。
● 交響曲第9番 ニ短調 Op.125「合唱」
● 弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 Op.127
● 6つのバガテル Op.126
● ピアノのためのワルツ 変ホ長調 WoO.84
● カノン「親愛なる伯爵様、貴方はお人好し」 WoO.183
● カノン「汝のみ敬愛す」 WoO.186
● カノン「ふざけないでこっちを向け」 WoO.187
● 音楽による戯れ「トビアス! パーテルノステル小路の住人」 WoO.205g
1825年 (54〜55歳)
◆ウィーンの人口約29万人。
◆ベートーヴェン、クルーガー通り10091番地に転居。
◆5月31日、アン・デア・ウィーン劇場閉鎖。所有者パルフィ伯爵の破産により。音楽家への未払い報酬も。
◆ベートーヴェン、吐血。
◆ベートーヴェン、春から初秋までバーデン・バイ・ウィーンで静養。
◆10月、ベートーヴェン、シュヴァルツシュパニアー通りの「シュヴァルツシュパニアー館」に転居。ここが終の棲家となります。シュヴァルツシュパニアー(黒いスペイン人)の名の由来は、17世紀から18世紀にかけて通りに存在していたスペインのベネディクト会修道院の僧衣が黒かったからで、同じスペイン修道院でも白い僧衣を着用していた三位一体派と区別するための呼称として定着した言葉でした。
◆ベートーヴェン、ロンドンのフィルハーモニック協会に招待されるものの、金銭条件がで不満で拒否。
◆11月29日、ベートーヴェン、ウィーン楽友協会の名誉会員に推挙。
● 弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130
● 弦楽四重奏曲第15番 イ短調 Op.132
● 2つのチェロのためのカノン WoO.35
● ピアノ曲ト短調 WoO.61a
● ピアノ・ワルツ WoO.85
● ピアノ・エコセーズ WoO.86
● カノン「神は堅き砦」 WoO.188
● カノン「医者先生は死神に門を閉ざす」 WoO.189
● カノン「善なるものに美を」 WoO.203
● カノン「私はお伺いしました、医者先生」 WoO.190
● カノン「寒いよ、暖かくないよ」 WoO.191
● カノン「芸術は長く、人生は短し」 WoO.192
● カノン「人生は門ではなく」 WoO.194
● カノン「人生を楽しめ」 WoO.195
● 音楽による戯れ「トビアス、トビアス」 WoO.205h
● 音楽による戯れ「ああ、トビアス」 WoO.228a
1826年 (55〜56歳)
◆1月、ベートーヴェン、激しい腹痛、視力も低下。
◆7月30日、甥カール、ピストルによる自殺未遂。
◆9月28日、ベートーヴェン、甥カールと共に、薬剤師として成功し大農場も所有していた弟ヨハンの邸宅に滞在。弟ヨハンの招きによるものでしたが、ベートーヴェンは家賃・食費を支払っています。
◆11月、ベートーヴェン、弟ヨハン邸からの帰路は幌の無い馬車で、肺炎を発症。肝障害も悪化。呼吸促拍状態。
◆12月1日、ベートーヴェン、「シュヴァルツシュパニアー館」に帰館。
◆12月12日、ベートーヴェン、黄疸症状も現れて健康状態が悪化。腹水も出現。
◆12月20日、ベートーヴェン、腹水穿刺手術。10リットル近くの腹水を廃液。
● 弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 Op.131
● 弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 Op.135
● 弦楽四重奏のための大フーガ 変ロ長調 Op.133
● 弦楽四童奏曲第13番の新たな第6楽章
● 大フーガ変ロ長調 Op.134(Op.133の4手ピアノ編曲)
● 弦楽五重奏曲ハ長調(未完) WoO.62
● カノン「そうあらねばならぬ」 WoO.196
● カノン「ここに作品がある」 WoO.197
● カノン「ロバのなかのロバ」 WoO.227
● 音楽による戯れ「やあトビアス」 WoO.205i
1827年 (56歳)
◆1月2日、甥カール、イグラウの駐屯地に向けて出発。
◆1月3日、ベートーヴェン、甥カールを唯一の相続人とする遺言状を作成。
◆1月8日、ベートーヴェン、腹水を抜く手術。2度目。
◆2月2日、ベートーヴェン、腹水を抜く手術。3度目。
◆2月27日、ベートーヴェン、腹水を抜く手術。4度目。
◆3月7日、ベートーヴェン、ウィーン楽友協会名誉会員証を受領。
◆3月18日、ベートーヴェン、ロンドンのフィルハーモニック協会からの見舞金100ポンド(約1,000グルデン)送付への令状を口述筆記。最後の手紙。同日、シューベルトが見舞いのため訪問。
◆3月23日、ベートーヴェン、意識混濁。
◆3月24日、ベートーヴェン、病者の塗油の秘跡を受けます。
◆3月26日17時45分、ベートーヴェン死去。56歳。死因は肝硬変と記載。遺産は現金1,215グルデン、アルンシュタイン&エスケレス銀行の株券7,441グルデン、遺品競売1,140グルデンなど約1万グルデン。
◆3月27日、遺言によりヨハネス・ヴァーグナー医師と、アンドレアス・ヴァヴルフ医師が遺体解剖。解剖記録原本はウィーン大学病理解剖学研究所に保管。近年の研究で、ベートーヴェンが鉛中毒だったことも判明。ベートーヴェンがワインを飲む際に常用していた容器に鉛が使用されていたのが最大の原因とも考えられており、これによりさまざまな健康問題が引き起こされた可能性が高いということです。
◆3月28日、デスマスク作成。なぜか解剖の翌日に作成された為、通常のデスマスクと異なり、死亡時肖像としての客観的証拠にはなり得ず、また同じタイミングで描かれたという死の床のスケッチも、同様の理由で、死亡時の姿を伝えるものとは言えない状態にあるようです。
◆3月29日、アルザーシュトラーセの三位一体教会で葬儀。約2万人が参列し、約500メートルの距離を1時間半かけて移動、ヴェーリング墓地に埋葬。
◆1888年、ウィーン中央墓地に改葬。

ユーザーレビュー
人物・団体紹介
ベートーヴェン(1770-1827)
1770年12月17日(16日?):父ヨハン、母マリアの次男としてドイツのボンに誕生。 1778年:7歳でケルンでの演奏会に出演。 1781(1782?)年:クリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事。 1800年:交響曲第1番を宮廷劇場で指揮。 1804年:交響曲第3番『英雄』を発表。 1805年:交響曲第5番『運命』、交響曲
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