ベルリオーズ(1803-1869)

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CD

Symphonie Fantastique: Ozawa / Bso

ベルリオーズ(1803-1869)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
UCCG8006
組み枚数
:
1
:
日本
フォーマット
:
CD

内容詳細

小澤征爾が73年秋のボストン交響楽団音楽監督就任の直前に録音した「幻想交響曲」。若き日の小澤の自信に満ちた快演。以後、ベルリオーズは小澤&ボストン響の十八番となった。(CDジャーナル データベースより)

収録曲   

総合評価

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小澤・ボストンSOの幻想交響曲で、1973年、...

投稿日:2021/07/18 (日)

小澤・ボストンSOの幻想交響曲で、1973年、ボストンのシンフォニーホールでの録音だ。今となっては50年近く前の録音だが、音はなかなか良い。ボストン響のオケとしての分厚い響きもけっこうとらえられている。ジャケットの記載によると、レコーディング・プロデューサーはトーマス・モーリー、バランス・エンジニアはハンス・ペーター・シュバイグマンで、録音の良さはこの2人の功績のようだ。録音に関してはmejiさんのコメントに詳述されている。なお録音年の1973年は、小澤征爾が弱冠38歳でボストン響の音楽監督に就任した年だ。やる気満々の溌溂とした指揮ぶりが第4楽章に現れていると感じた。

snk さん | 北海道 | 不明

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小澤の幻想の魅力が聴こえてきました。 PE...

投稿日:2021/03/08 (月)

小澤の幻想の魅力が聴こえてきました。 PENTATONE のリマスター凄いですね。 小澤の幻想は LP CD と30年以上も聴いてきましたが、整ったアンサンブルと清潔な解釈で駆け足で進む爽やかな演奏と言った印象しか無く、何度聴き返してても正直今ひとつピンとこない演奏だと思っていました。しかし、しかしです。このSACDを聴いて本当に驚きました。聴こえなかったディティールが綺麗なホールトーンと一緒に響きわたり耳に届いてきました。あっ!こんな表現をしていたのか!と初めて感じました。小澤の幻想を実際に手に取って、全てのテクスチャーを体感したと言った感じです。 快速テンポではありますが、決して小ぢんまりした演奏ではなく、爽やかな迫力が伝わって来るのです。 早速、ボストンとのラヴェル、サンフランシスコとのドヴォルジァーク、エッシェンバッハとのベートーヴェンなども聴いてみたいと思います。 過去に持っていたイメージがひっくり返りました。皆さんにも一聴をおすすめします。

rela-cla88 さん | 愛知県 | 不明

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巷に無数にある幻想交響曲の名録音の中から...

投稿日:2015/04/27 (月)

巷に無数にある幻想交響曲の名録音の中から、敢えて小澤の73年盤を取り出して、しかも五つ星評価を与えることについては、誰もが訝しんでおられるのではなかろうか?オリジナルLPを所有する友人からも「LPは相変わらずの箱庭サウンドで、お世辞にも優秀録音とは言えないよ」と怪訝な顔を向けられる有様だ。しかしながら今度のペンタトーンによるSACDは途方も無く素晴らしい。その理由はプロデューサーのトーマス・モーリーによる目も覚めるようなハイファイサウンドと、ポリヒムニアのエンジニアによる丁寧かつオリジナルに忠実なリマスターにある。 1970年代のDG録音といえば、過剰なマルチマイクと低域カットの弊害による平面的で実在感に欠けた骨と皮だけのような貧相なサウンドが特徴だが、ここで聴かれるサウンドは明らかにこれとは異質であり、広大なサウンドステージといい、フラットに伸びていく低域の量感といい、ナチュラルな音色といい、デッカやEMIの優秀録音とゆうに肩を並べるレベルに達している。トーンマイスターはDGレギュラーメンバーの一員、ハンス・ペーター・シュバイクマンだが、今回ペンタトーンによるモーリープロデュースのDG作品を聴いた限りにおいては、DG独自のサウンドカラーを創出していた主導者はトーンマイスターではなくプロデューサーであったことは間違いなく、またマイクをセットしテープに収めるという行為においてはDGのエンジニアらも、デッカやEMIのエンジニア同等の技量を有していたことを窺い知ることができる。 ペンタトーンの公式PRビデオによるとマスタリングエンジニアはポリヒムニアのジャン・マリー・ゲイセン。過度なイコライジングやノイズリダクションを控え、モーリーが描いたサウンドイメージを素直に引き出そうとする基本姿勢には非常に好感が持てる。 さて、ボストンのシンフォニーホールは、聴衆の居ないセッション録音においてはその過剰なレゾナンスが録音の足枷になることは良く知られている。このようなホールでサウンドの明瞭度を保つためにはどうしても補助マイクが増やすことになるが、マイクの本数を増やせば増やすほど、ホールレゾナンスと楽音とが分離し、サウンドステージは消失していってしまう。このことは、同じ小澤&ボストンでも、モーリー以外がプロデュースしたDG録音やデジタル期に入ってからのフィリップス録音を聴けば容易に理解でき、平面的で作為的なサウンドは耳を傷めるばかりだ。 モーリーがこれまでシンフォニーホールでの録音経験がどれほどあったのかは分からないし、使用マイクやセッティングに対しどこまでDGのエンジニアに注文をつけていたのかは知る術が無いが、このホールからこれほど魅力的なサウンドを引き出し、テープに収めた手腕は只者とは言えず、RCAのルイス・レイトン以来の快挙といえよう。 聴きどころとして、ここでは終楽章の怒りの日を紹介したい。ファゴットとチェロ、コントラバスがpppまでディミヌエンドしながら最低音域まで下降したあと、闇の中から突如として鐘が鳴り響く有名な箇所である。まず鐘がステージの左奥から、かなり大きな音で鳴らされる。リスナーはそのリアリティにまず度肝を抜かれるが、やがて手を伸ばせば触れることができるようなパルパビリティーや、楽器の口径や肉厚さえも見えるかのようなミクロディテールの再現性に、これが普通の録音でないことに気付き始める。続いて右奥からテューバとそのやや手前でファゴットが怒りの日のテーマを吹き始める。ここでも、まるで奏者がそこで吹いているかのような感覚に襲われるが、テューバの肉厚なマウスピースに吹き込まれた唇の振動が管の内で大きく増幅され、上方に開いたベルから巨大な音波と風圧と化して放出された後もホールの後壁を震わせ、さらにその上部にあるパイプオルガンのチューブを共鳴させながら、獰猛なまでのパワーを持ってリスナーに迫ってくる恐怖感に打ちのめされることになる。左奥で鳴らされる鐘と右奥のテューバとの距離感とパワーバランスは、こうでなくてはという必然性に満ち、小澤が鐘をかなり強く叩かせた意図もここで明らかになる。 若き日の小澤の指揮は、軽快なスピード感が特徴で、ベルリオーズがスコアに書き込んだ細かなダイナミクスの変化に対して俊敏な身のこなしで切り抜けている。実際にテンポはパレーやミュンシュ並みに速いが、オーケストラを一糸乱さずにコントロールするバトンテクニックは両巨匠よりも秀でており、ルノー・アルピーヌでダートのコーナーをドリフトさせながらアクセル全開で攻め込んでいくような痛快さが魅力だ。 幸いながらペンタトーンのモーリープロデュース作品は、幻想以外にも数多くリマスターされており、中には小澤のファウストの拷罰やバーンスタインのカルメンといった大作も含まれるが、どれか一枚と言われればこの幻想を推すことに なんの躊躇も感じない。

meji さん | 神奈川県 | 不明

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