ベッリーニ(1801-1835)
新商品あり

ベッリーニ(1801-1835) レビュー一覧 8ページ目

ベッリーニ(1801-1835) | レビュー一覧 | CD、DVD、ブルーレイ(BD)、ゲーム、グッズなどを取り扱う【HMV&BOOKS online】では、コンビニ受け取り送料無料!国内最大級のECサイトです!いずれも、Pontaポイント利用可能!お得なキャンペーンや限定特典アイテムも多数!支払い方法、配送方法もいろいろ選べ、非常に便利です!

商品ユーザーレビュー

144件
並べ替え: 新着順| 共感数の多い順| 評価の高い順
  • カバリエ、コソット、ドミンゴ、ライモンディと豪華歌...

    投稿日:2017/07/19

    カバリエ、コソット、ドミンゴ、ライモンディと豪華歌手達による歌劇『ノルマ』。 実際の公演ではあり得ないメンバーによる貴重な記録だ。

    ユローヂィヴィ さん |30代

    0
  •  画像、音質とも問題なく、出演者の熱意も伝わり、リ...

    投稿日:2017/06/10

     画像、音質とも問題なく、出演者の熱意も伝わり、リセウ大劇場の実力が十分に発揮されている。なによりも、数少ないノルマの日本語字幕付きなのだ。しかし、しかしである、翻訳の致命的ミスはひどく興ざめさせるのもまた事実である。

    勉強嫌い さん |60代

    0
  • その昔、松本美和子さんがラジオで、このノルマのカバ...

    投稿日:2016/02/02

    その昔、松本美和子さんがラジオで、このノルマのカバリェの歌唱を大絶賛されていたのが思い出されます。カラスのノルマと比較しなければ、充分素晴らしいノルマなのですが、如何せん、カバリェの歌唱には、恋人の裏切りを呪う「女の怒り」が決定的に欠けています。コッソットとドミンゴの歌唱はこれ以上のものを想像するのも難しいほどの素晴らしさ。ライモンディのオロヴェーソもいいのですが、一度ギャウロフの歌唱で聴いてみたかった。あまりにも強烈なカラス盤に食傷ぎみの方には、是非一度「お口直し」にご一聴を。

    カラスの息子 さん

    1
  • 幾つか聴いたカラスの全曲録音の中では『夢遊病の女』...

    投稿日:2015/10/17

    幾つか聴いたカラスの全曲録音の中では『夢遊病の女』が特に印象に残った。 カラスのドラマチックな声のイメージとは違い、余分な力が抜けていてとても聴きやすかった。 エルヴィーノを歌うテノールのニコラ・モンティの存在感が弱いように思う。

    ユローヂィヴィ さん |30代

    0
  • 速いテンポ、装飾多し。でも、これが作品本来の姿に近...

    投稿日:2013/06/29

    速いテンポ、装飾多し。でも、これが作品本来の姿に近いと思わせる説得力がある。これまでカラスのノルマで感じていた違和感や不満を払拭させる音楽の生気が感じられる。 バルトリの歌唱は、ソプラノ歌唱に慣れた身には違和感もあるが、音楽としての説得力は高い。勿論技巧の冴えは凄まじい。ジョも衰えもなく、バルトリとの対比も面白い。問題は男声陣のレベルが低いこと。ペルトゥージもまるで余裕がないし、オズボーンが酷過ぎる。

    エンリーコ さん

    4
  • 日本のオペラ公演は優れた公演が多いにもかかわらず、...

    投稿日:2013/05/30

    日本のオペラ公演は優れた公演が多いにもかかわらず、残念なことに映像記録は少ない。その中にあってこのラ・ヴォーチェ主催の公演の記録は大変に貴重である。さてその仕上がりはというとチェドリンスが優れたベル・カントを自信に満ち溢れた歌唱で聴かせている。この公演に前後して新国主催のイル・トロヴァトーレで優れたレオノーラを歌ったが、プリマ・ドンナにふさわしい風格であった。ラ・ボエームのミミではやや声が強すぎると感じた。アダルジーザをうたったバラシアスとのデュエットもバランスがよく好対照であった。残念なことにポリオーネのラ・スコーラは同役としては声が軽く2人の女性に愛される宿命がさほど感じられなかった。ただ公演では感じられなかった、過剰な反響が残っており、音響の明快さが失われていることが惜しまれるマイナス・ポイントである。。

    トスカの微笑 さん |50代

    0
  • ベッリーニがナポリからスカラ座に初めて進出して作曲...

    投稿日:2013/03/18

    ベッリーニがナポリからスカラ座に初めて進出して作曲した彼の3作めです。1827年初演は大成功だったもののいつかレパートリーからは消え失せていました。この復活も1958年・初演と同じスカラ座・カラス(S)で、顔ぶれもコレッリ(T)、バスティアニーニ(Br)と豪華なのが録音されていないのは残念ですが、翌年の演奏会形式の本盤で十分うかがい知ることができます。第1幕第2場Tu sciagurato Ah! fuggi,fuggi.から始まるS、Tの掛け合い、第1幕最後のAh! partiamo,i miei tormentiからのアンサンブルなど「ノルマ」の萌芽と思います。また、第1幕第3場Parlarti ancor per poco,からのT、Br、Sの重唱も美しい。が、なんといっても聴きものは、幕切れ10分弱も続くSのソロです。これがベッリーニのみならずドニゼッティもルチアなどで愛用した狂乱の場の嚆矢といいます。Obの前奏ではじまり、夫(Br)への罪悪感にさいなまれる心を歌いますが、後段はもと彼(T)の処刑を聞きさらなる打撃をうけます。中段(Col sorriso d’innocenza・・・)はわが子への愛着がしみじみとききとれ、単なる技巧の誇示のための曲ではありません。カラスは登場からこの終曲まで歌唱に一瞬の緩みもありません。ただ、父のため泣く泣く恋人Tの政敵Brへ嫁いでいった無力な女性という感じはしません。再会したTの残党をかき集めTと一緒になってBrを打倒しかねない勢いです。狂うことがあるとしてもそれがうまくいかなくて怒り狂うというような。マリア・ストゥアルダにふさわしい歌唱です。Tは立派なもので、妙なクセがないだけコレッリよりよいかもしれません。Brはバスティアニーニと同列というわけにはいきません。指揮が元気がいいのはいいが、多少軍楽的な嫌いがあります。ライヴですが録音は良好です。観客の咳が少し気になる他、終曲中段の終わりで拍手するなど少々素養にも欠けます。

    西荻椿山 さん

    0
  • 血縁関係、人物の生死に異同はあるが、基本はシェイク...

    投稿日:2013/03/17

    血縁関係、人物の生死に異同はあるが、基本はシェイクスピアと同じロメオとジュリエット(S)の物語です。が、序曲は悲劇の開幕とは思えない楽しげで調子がいいのは天国で結ぶ二人の恋を祝福しているのでしょうか。聴いて違和感をぬぐえないのはロメオがMsであることです。ヴェルディの「仮面舞踏会」や「ドンカルロ」でズボン役が(かなり重要な)脇役で変化をつけるのはわかりますが、主役で恋の歌を歌い続けるとなるとカペッロのように対立していなくても娘を百合にするわけにはいかんといいたくなります。第1幕第1場のLa tremenda ultrice spadaなんて勇壮だし、第1幕第3場SとSe ogni speme e a noi rapitaとデュエットするところなど美しいとは思うのですが。もし、ロメオをT、テバルドをBrにして作曲していたら、あるいはスターバトマーテルのような宗教曲だったら少なくとも「夢遊病の女」に優る人気作になっていたに違いない傑作です。というわけで、個人的には主としてSを聴くことになりますが、第1幕第2場Hrnの憂愁な調べのあとOh! quante volteとHを伴い歌いだすのを聴くと彼女の心には困難な恋の悩みだけでなく魂の問題があるようです。本盤のグルベローヴァは純真無垢な乙女の心の葛藤を澄み切った高音で歌いきって見事です。ライヴですが、歌唱中観客の音が妨げになる箇所はありません。録音も悪くありません。

    西荻椿山 さん

    1
  • 本曲を検索しても3種しか出てこず閑散としています。...

    投稿日:2013/03/11

    本曲を検索しても3種しか出てこず閑散としています。聴いてみるとすぐに耳につく息の長い旋律がないのです。これが不人気の理由でしょう。高音はあっても華麗なブラヴーラのない「清教徒」といった趣きです。しかし、その名技的なアリアは聴いておもしろくても、劇的真実や進行を阻害しているといえないでしょうか。人物の心情が言葉と音によって素直に伝わってくるのは「夢遊病の女」や「清教徒」ではなく本作品です。これは埋もれた傑作だと思います。全曲沈鬱な雰囲気が支配しています。何しろSは常にベールで美しい(?)顔を隠しているというのです。最後に隠す必要はなくなりますが、幸せになったといえるのか。その傍らでTもMsも愛はかないません。ライヴでモノラルですが、音は良好で、観客やプロンプターの声が耳について困るほどです。その観客もSが歌いはじめると息を思わずひそめています。本盤のカバリエは彼女の全録音を聴いたわけではないが最上の出来だと思います。透明な高音が細くどこまでも伸びていき尋常でない美しさです。それでいてキイイーとなるところが皆無なのです。ベルカントとは何かを知りたくば本盤をお聴きになるといいと思います。何らメロディーがない声の連続だとしても法悦なのです。Ms、T、Brは詳細不詳ですが、立派に歌っています。下手なSで「夢遊病の女」や「清教徒」を聴くよりよっぽど素敵なひとときが過ごせると保証いたします。なお、ブックレットに歌詞は載っていません。

    西荻椿山 さん

    1
  • 観たこともないのにカーラス、カーラスとなぜ鳴くのと...

    投稿日:2013/03/11

    観たこともないのにカーラス、カーラスとなぜ鳴くのと問われれば、上演が途絶えていたオペラをいくつも復活させたとされることもあげられます。普通にかけられていた作品を立派に演じることだって大変でそれで済ましてもかまわなかったのにです。本作品もその一つです。しかし、同じ台本作者で似たような路線のドニゼッティ「愛の妙薬」が上演し続けられたのに対し本作品が最初成功をおさめながらその後舞台から消えていたというのには十分理由があると思います。こちらのほうが、歌うのにずいぶん難しそうというのもありますが、台本の差です。ドラマに緊張をよぶ主演男女および三角関係の対立が弱い。話のタネが夢遊病を信じるか信じないかだけではたとえ絶世の美女が主演を務めていたとしても間がもちません。第1幕からいきなり第2幕第9場大詰めにとんでいっこうかまわない、むしろそのほうがしまると思います。そしてその音楽も超絶技巧に唖然とする箇所はあるもののいまいち浸透力が低いように感じます。こういう代物で、Sが不束では聴けたものではありません。カラスが偉いのは復活であってしかもほぼ理想的であることです。ほぼというのは、夢幻を彷徨うかよわい女性というには、「蝶々夫人」のときのようには化けきれていないからです。悲劇、巫女、魔女に最適性という尻尾が出てしまっています。そこで、サザランドの大詰めを61年レッシーニョ盤で聴いてみましたが、ライヴで最後まであえかさを維持できるほどの難度ではない(カラスよりいいとはいえない)ようです。ブックレットの5枚のモノクロ写真をみるとこのときはもう朽ちた橋桁を踏み外しそうに太ってはいなかったようです。それからバーンスタインてけっこう若いときからヨーロッパでも振っていたんだなと思います。録音状態はカラスのライヴとして普通です。つまり、即投げ出したくなるほどひどくはありません。

    西荻椿山 さん

    0

既に投票済みです

ありがとうございました

%%message%%