SACD

交響曲第6番 クレンペラー&ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(SACD)

ブルックナー (1824-1896)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
WPCS13317
組み枚数
:
1
:
日本
フォーマット
:
SACD
その他
:
ハイブリッド

商品説明


レジェンダリー・シリーズ
オットー・クレンペラー/ブルックナー交響曲第6番
最新リマスターによるハイブリッドSACDで登場!


『マタイ受難曲』のリマスターの成功が評判となった「レジェンダリー・シリーズ」から再びクレンペラーが登場。今度はクレンペラーが偏愛していたブルックナーの交響曲第6番というプログラム。
 クレンペラーのこのブル6はいわくつきです。EMIのプロデューサー、ウォルター・レッグに対し、この作品のレコーディングを幾度か提案しながらも、「売れない」というだけの理由で拒否され続けて憤慨していたクレンペラーが、EMIからの援助打ち切りにより、フィルハーモニア管弦楽団が自主運営へと組織改変し、「ニュー・フィルハーモニア管弦楽団」として再スタートして間もなく、そのEMIにレコーディングをおこなっているのです。レッグへの皮肉も込めてのこと、という見方もありますが、それよりも作品への愛情の強さゆえと見るほうが妥当でしょう。
 実際、演奏は素晴らしいものとなっており、第1楽章冒頭のゴツゴツしたリズム動機の扱いからすでにクレンペラーらしさが全開です。続く第1主題での巨大さはもちろん、数多い構成動機を際立たせながら表出するのもいかにもクレンペラーらしいところで、その情報量の多さ、荒っぽいまでの迫力はさすが。第2主題でもピツィカートを強調するなど立体感の面白さはやはり比類がなく、第3主題の力強さと合わせて、その演奏内容からは、クレンペラーの意欲が見事にオケにも伝播したと見ることが可能です。何しろここでは第2楽章の葬送行進曲(第3主題)まで力強いのです(しかも美しい!)。
 このクレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団による素晴らしい演奏が、今回、アビーロード・スタジオでの最新リマスターによって蘇ることになったのは喜ばしい限りです。(HMV)

【収録情報】
● ブルックナー:交響曲第6番イ長調(ハース版)
 第1楽章:マエストーソ
 第2楽章:アダージョ(極めて荘重に)
 第3楽章:スケルツォ(速すぎずに)とトリオ(穏やかに)
 第4楽章:フィナーレ(躍動して、しかし速すぎず)

 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
 オットー・クレンペラー(指揮)

 録音時期:1964年11月
 録音場所:ロンドン、キングズウェイ・ホール
 録音方式:ステレオ(アナログ/セッション)      

収録曲   

総合評価

★
★
★
★
★

5.0

★
★
★
★
★
 
3
★
★
★
★
☆
 
1
★
★
★
☆
☆
 
0
★
★
☆
☆
☆
 
0
★
☆
☆
☆
☆
 
0
★
★
★
★
☆
クレンペラーのブル6SACDとは「ワーナ...

投稿日:2015/12/29 (火)

クレンペラーのブル6SACDとは「ワーナーも渋いところを突いてきたな」と期待して購入した。比較対象となるのが、2003年にアビーロードスタジオでイアン・ジョーンズによってリマスタリングされたART−CDである。結果としてCDとSACDとの器の大きさの違いによるトゥッティでの頭打ち感で差が生じているものの、目立った音質改善は見られないようだ。ケースのタスキには「2015年最新リマスター」と銘打ってはいるが、解説にはリマスタリングに関する情報は一切掲載されておらず、改めてアナログマスターテープを回してリミキリングしたのか?リマスタリングの機材が変更されたのか?従来のARTとのリマスター方針の違いは何か?など全くもって不明だし、そもそも2003年のARTリマスターにおいても96-24録音機を用いていたはずであり、今回の音源も当時のPCM音源を用いた可能性すらある。解説は、音楽批評界の重鎮M氏によるものだが、恐ろしく内容が空虚で、こと音質に関する記述に至ってはピントが外れまくっており「聴かなくても書ける」レベルの内容だ。これならHMVの常連レビューアー諸氏の方が間違いなく正確で内容も的確だ。以前クレンペラーのマタイでも主張したが、かかる名盤SACDを大枚をはたいて購入する人の興味は、オリジナルのアナログマスターにいかに近いかに尽きるわけで、言うなれば演奏を買うのではなく、音質を買うのである。M氏によれば「ロバート・グーチはアナログ時代を代表するバランス・エンジニア」とあるが、キングスウェイホールでパーカーやウィルキンソンらが収録した一連の優秀録音と比べると、グーチの仕事は、サウンドステージの広がりや奥行、豊穣なホールレゾナンス、トランスペアレンシーにおいて劣っており、全体として窮屈な印象が否めず特に全奏時の混濁感は致命的だ。とはいえ、クレンペラーのパーカー録音はテスタメントのペトルーシュカぐらいしか無いし(他にあれば是非情報を頂きたい)、グーチにパーカーやウィルキンソンのようなサウンドを期待する方が間違っているわけで、筆者も元の録音の優劣をどうこう言うつもりはない。今回のSACDがオリジナルのマスターテープに最も忠実かどうかが知りたいだけだ。ワーナーミュージック・シャパンにはその説明責任があると思う。

meji さん | 神奈川県 | 不明

12
★
★
★
★
★
最後まで聴き通したとき、長編小説を読み通...

投稿日:2010/01/31 (日)

最後まで聴き通したとき、長編小説を読み通した時のような疲労感と達成感を感じた。第6番のCDではライトナー盤が一番素晴らしいと私は思っているけれども、それとは全く違う感銘を受けた。巨匠の、矜持(プライド)とか執念を私は感じた。第4楽章のコーダ、この巨大な終結。途中で聴くのを止めるとこの感動は得られないだろう。第5に続いて購入して良かったと素直に思った。

としちゃん さん | 宮城県 | 不明

2
★
★
★
★
★
ブルックナーの第6は、壮麗にして剛毅な第...

投稿日:2010/01/27 (水)

ブルックナーの第6は、壮麗にして剛毅な第5と、優美な第7に挟まれて、ずいぶんと目立たない存在である。ブルックナーならではの美しい旋律と重厚さ、つまりは第5と第7を足して2で割ったような魅力に溢れた交響曲だけに、非常に惜しいことであると思う。しかし、こうした第6の魅力は、ブルックナーを愛する巨匠には十分に伝わっており、ヨッフムや、最近ではヴァントや朝比奈などが、第6の素晴らしい名演を遺している。クレンペラーもそうした第6を愛した巨匠の一人と言うことができるだろう。レッグに、かつて録音を止められたことがあるという、いわくつきの曲でもあるが、それだけクレンペラーが、この第6に傾倒していたと言えるのではないだろうか。演奏の性格は、他の交響曲へのアプローチとほとんど変わりがない。剛毅にして重厚。したがって、アクセントなどは相変わらずきついが、それでも、この第6の場合は、あまり気にならない。同時期にヨッフムが第6の名演を遺しているが、ヨッフムのロマン派的な演奏とは全く対照的だ。したがって、第2楽章など、もっと歌ってほしいと思う箇所も散見されるが、この曲の弱点とも言われる第3楽章や終楽章は、重量感溢れる演奏を展開しており、この両楽章については、ヨッフムと言えども太刀打ちできない雄大なスケールを誇っている。ある意味では、ヴァントの演奏の先触れとも言える側面も有していると言える。いずれにせよ、本演奏は、クレンペラーの同曲への愛着に満ち溢れた壮麗な名演と評価したい。

つよしくん さん | 東京都 | 不明

1

人物・団体紹介

人物・団体ページへ

ブルックナー (1824-1896)

1824年:オーストリアのアンスフェルデンでヨーゼフ・アントン・ブルックナー誕生。 1845年:聖フローリアン修道院の助教師に就任。 1856年:リンツ聖堂及び教区教会のオルガン奏者に就任。 1866年:交響曲第1番完成。 1868年:音楽大学の教授に就任。 1869年:交響曲第0番完成。 1872年:交響曲第2番完成。 1873年

プロフィール詳細へ

ブルックナー (1824-1896)に関連するトピックス

交響曲 に関連する商品情報

おすすめの商品