SHM-CD

交響曲第5番 クナッパーツブッシュ&ウィーン・フィル(SHM−CD)

ブルックナー (1824-1896)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
UCCD9634
組み枚数
:
1
:
日本
フォーマット
:
SHM-CD

商品説明

クナッパーツブッシュのブルックナー第5番

20世紀のドイツ演奏芸術の黄金期を代表するクナッパーツブッシュは、ワーグナーの舞台作品と並んでブルックナーの交響曲演奏を最も得意にしていた指揮者です。ウィーン・フィルハーモニーとの名コンビによる第5交響曲は彼の残したこの作品の唯一のステレオ録音。雄渾な楽想が壮大なスケールのうちに展開される幻想的・神秘的な演奏は、この名コンビでなければ到達できなかった境地へと聴く者を導きます。

・ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調(シャルク改訂版)
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 指揮:ハンス・クナッパーツブッシュ

 録音時期:1956年6月(ステレオ)
 録音場所:ウィーン、ムジークフェラインザール
リマスター音源使用
ニュー・カッティング(ルビジウム)

収録曲   

総合評価

★
★
★
★
☆

4.0

★
★
★
★
★
 
4
★
★
★
★
☆
 
0
★
★
★
☆
☆
 
2
★
★
☆
☆
☆
 
2
★
☆
☆
☆
☆
 
0
★
★
★
★
★
改訂版の演奏であるが、他の原典版の演奏と...

投稿日:2021/03/08 (月)

改訂版の演奏であるが、他の原典版の演奏と比較して退屈しないで聞くことができた。最近、改訂版にも少しは分があるような気がしてきた。ステレオ最初期の録音であるが、LPの美しかった音質が再現できている。

LFA さん | 千葉県 | 不明

0
★
★
★
★
★
世の中、耳はあっても音楽を聴く耳を持たな...

投稿日:2017/03/22 (水)

世の中、耳はあっても音楽を聴く耳を持たない人がいるようです。勿論、音楽に好き嫌いはあって当然ですが、『Deccaのステレオ初期の音が冴えない』とか『「改訂版」と言う「改悪版」』という様な『感想』を書いている人がいるのを目にすると、好みの問題ではなく、宇野功芳先生が御著書で書いておられる様に、やはり(モーツァルトと)ブルックナーの交響曲は、聴く人を選ぶものだと思います。こんな優しい第2楽章、金管、打楽器を増強して、神様を讚美するフィナーレに感動出来ない人は、可哀想だな、と思いました。5月には、ゲンナジーロジェストヴェンスキーが読売交響楽団を指揮して、第5番を振ります。シャルク改訂版ですよ。本当に『改悪』なら、敢えてロジェストヴェンスキー氏が選ぶでしょうか?

Albertine Simonet さん | 和歌山県 | 不明

8
★
★
★
★
★
ブルックナーの第5番にハマり、いろいろ聞...

投稿日:2011/07/30 (土)

ブルックナーの第5番にハマり、いろいろ聞いてきました。ケンペ、チェリビダッケ、ヨッフム、オーマンディ、ボルトン、シューリヒト、フルトヴェングラー・・・他にもあったかな。あ、あとショルティとかかな。そして、そのどこかの地点でこのクナッパーツブッシュ版も聞きました。その時の印象は「クナにしては早いテンポだなぁ、録音がいいなぁ」というものでした。シャルク改訂版ということも相まって、「まあ、まともに聞く盤ではないな」とタカをくくっていたのでしょう。いろいろ聞いた中で、ケンペとオーマンディが一番いいかな〜と思ってました。あぁあと、ヴァントも聞きましたね(記憶があちこち行ってしまってすいません…)。ヴァント/ベルリンpoの最晩年の記録もなかなか素敵ですが、フィナーレに重心を持ってきているようで、他の楽章に愛着が感じられないようにも思いました。もちろん、ブル5を愛好している方々はフィナーレをかなり楽しみにしていると思うのですが、やはりどこかで「頭から通して聴く」という「交響的感興」をやはり求めていると思うんです。だからヴァントは評価が割れているのかなと思ったりしています。フィナーレ用のCDでしょうね。でもそういうCDはCDとしてあまり価値がないと思いますね。やはり総合点でオーマンディ、ケンペかなと思うのです。ブル5はとても複雑な曲ですので、これだけたくさん聞いても空ですべて歌える様にはなりませんが、大体小節をカットされたら「あれ?」と思うくらいには私も曲を覚えたと思いました。そこで、「だったらシャルクがどのあたりをいじくってるもんだか、一つチェックしてやろうじゃないか」と、このクナッパーツブッシュ盤をまた再び聞いてみたのです。前置きがすごく長くなりましたが、ぶっ飛びました…。これはとてつもない演奏です。僕はクナッパーツブッシュという指揮者が好きで、これまたいろいろCDを持っています。クナの実力を見せつける録音と言えば、私にとっては56年、57年、58年と録音が残っている「ニーベルングの指環」でしょうか。あんなに長大な音楽を、ろくに練習時間も取れないのに、あれほどまでに自由自在にオケを操り、表情もたっぷりと付けられ、さらには歌手に合わせてゆくなんて、これは「神」としか言いようがない。レコードもろくにない時代に、スコアを丹念に読み、そこからしかるべき表情を考えてゆく。もちろんそれだけではダメで、それを棒でオケに的確に伝える術もなくてはならない。それは「術」という具体的なものだけではだめで、容姿や雰囲気みたいなものも必要でしょう。○ーベリックがカリスマになれなかったのは、あの容姿がすでにだめだからでしょう。あれは3流哲学者、ないし大学教授の容姿です。さぞかしオケに馬鹿にされていたのではないでしょうか。話がずれましたが、とにかくクナッパーツブッシュというのは、才能、技術、カリスマ、すべて兼ね備えた、まさに「神」レベルの指揮者であると私は考えています。同じく音楽に詳しい知り合いにこの「指環」の録音をどう思うかと聞いたら、同じ答えが返ってきました。ほんとうに「神」の技としか思えない、と。同時に、どうして練習もろくにしないのにあんなに濃厚な表情が付くのか不思議だとも言ってました。また話がそれてしまいましたが、まず、シャルクのカットですが、僕は正直全然気付きませんでした。これは僕がブル5という曲を完璧に把握してないせいかもしれませんが、大事なポイントは抑えてるつもりです。さすがにそこをカットするということはなかったようです。ただ、オーケストレーションの変更をかなり行っており、そこに多少の違和感は残ります。ヴォイシングも変わっていたり、たとえば終結の和音なんかは、どちらかというと通俗的な「チャンチャン」的なものに聞こえたりしますが、それはそれだけオケが効果的(通俗的?)に改変されているということで、その改変されたオケの効果を十分に発揮して、ものすごいスケール感を獲得している部分もあるのでしょうから、痛み分けと言った感じでしょうか。このスケール感をしっかり録音したデッカの録音陣も本当にありがとうと言いたい。クナッパーツブッシュは録音に協力的ではなかったそうですが、カルショーの自伝を読んでも分かるように、その実力は十分に制作陣に認められており、その「音」をしっかり取ろうという情熱が感じられます。クナのデッカのステレオ録音は、どれもがとてつもない音をしていますが、おそらくクナの良い耳と演奏とデッカの制作陣の相乗効果でしょうね。このカップリングの「ジークフリートのラインの旅」を初めて聞いたときにそのド迫力に腰を抜かしたのをつい昨日のように思い出します(キング盤でした)。そして、先述したクナの「魔法」の棒さばき。これは繰り返しますが「神」の領域です。どうしてこんな多彩な表情が自然と即興性を持って紡ぎだせることが出来てしまうのか。私のような凡人が分かるのは「余りリハーサルをしていないんだな」ということだけです。「作りあがった表情」を録音してゆくのではなく、今ここで音楽が作られてゆく、そういう力を音楽に持たせるには、リハーサルをあまりしないことしか私には思いつきません。大げさに言うと、宇宙の創造をいまこの目の前で体験しているようなかんじとすら言えるでしょうか。こういう即興はシューリヒトも持っていたものだと思います。彼はウィーンフィルとの「未完成」のセッションで、録り直すたびに違う解釈で棒を振るので、制作陣もウィーンフィルもうんざりしてしまったそうですが、狙った効果としてはクナと同じものでしょう。けれど、シューリヒトの場合は、各地を転々としていたために、馴染みのないオケを振る時に、解釈を固定させないことによって「自分の目指すところは即興性である」と分からせていたのではないでしょうか。シューリヒトが芸術家として生き残ってゆくために身に付けざるをえなかった悲しい性ということもいえるでしょう。話をクナに戻しますが、クナは解釈が毎回違うということはありません。それはやはり親密慣れたオケを持てたこと、これが一番大きいのだと思います。クナの旋律の歌わせ方というのをオケも熟知しているのが、リハなしでも濃厚な表情が付けられる大きな原因だと思います。そうすれば、あとは、リハをしなければ純粋な即興性とそれに伴う心地よい緊張性を生むことが出来る。そんな風に私は考えています。特にブルックナーのこの第5というのは、休止がたくさん出てくるので、指揮者の棒が演奏に強力に作用するし、それゆえ、クナの「技」というものが普段よりとても強く感られるのではないでしょうか。クナはブルックナーという作曲家を本当は理解してなかったのではないかと言われることもあります。でも、聞き手もブルックナーを理解しているとも言えないでしょう。自分の理解を揺るがし、刷新してくれる演奏こそが、良い演奏であり、そこには「ブルックナーの真実」みたいなものはお呼びでないと思います。とにかく、第5の決定盤であることは間違いなく、それはふらふらと、いろんな盤を聞き漁ってきた自分に向けられた「鉄拳」のような思いがし、これに勝る説得力を持った演奏は、ついぞ巡り合えなかったということを認めさせられた瞬間でもあるということです。ぜひ皆さんも、ふらふらと、いろんな盤を聞いてみてください。そして「最後に」これを聞いてみてください。この演奏を享受できてしまうというのは、とても不幸なことです。そして、「改訂版」である「不完全性」を有してるからこそ救われているということに気づくでしょう。もう一度言います。「最後に聞いてみてください」。

くるとん さん | 岩手県 | 不明

5

人物・団体紹介

人物・団体ページへ

ブルックナー (1824-1896)

1824年:オーストリアのアンスフェルデンでヨーゼフ・アントン・ブルックナー誕生。 1845年:聖フローリアン修道院の助教師に就任。 1856年:リンツ聖堂及び教区教会のオルガン奏者に就任。 1866年:交響曲第1番完成。 1868年:音楽大学の教授に就任。 1869年:交響曲第0番完成。 1872年:交響曲第2番完成。 1873年

プロフィール詳細へ

ブルックナー (1824-1896)に関連するトピックス

交響曲 に関連する商品情報

おすすめの商品