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【中古:盤質A】 交響曲第8番 ジョルジュ・プレートル&ウィーン交響楽団(2008)

ブルックナー (1824-1896)

中古情報

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A
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基本情報

ジャンル
カタログNo
SSS0096
レーベル
Europe
フォーマット
CD
その他
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輸入盤

商品説明

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驚愕のアグレッシヴ演奏!
プレートルのブル8
2008年2月ウィーン・ムジークフェライン・ライヴ!

現在大人気のマエストロ、ジョルジュ・プレートル。ついに巨大傑作ブルックナー第8番の登場です。プレートルはマーラーと同様にブルックナーについても並々ならぬ意欲を見せており、ウィーン響とは第1番、第4番、第5番、第9番をすでに取り上げておりますが、ディスクはこれが初登場となります。
 ニューイヤーコンサートで沸かせに沸かせたムジークフェラインザールに、一ヶ月をおいて戻ってきたプレートルが、テンポを自在に動かしたドラマティックでアグレッシヴなブルックナーを聴かせます。火の玉のようなプレートルの情熱には脱帽です。ウィーン響の献身的な演奏もこの名演の大きな魅力と申せましょう。
 2008年は、ウィーンフィル、ニューイヤーコンサートに史上最高齢で初出演を果たし、世界中で大指揮者が絶滅していく中、ひとり気を吐く巨匠プレートル[1924-]。強烈な個性と情熱あふれるオーケストラ・ドライヴに定評があり、フランス音楽のみならず、ドイツ音楽、オペラと何でもござれの幅広いレパートリーを誇っております。ウィーン交響楽団とは、一時期首席客演指揮者のタイトルを持っていた上、今なお密接な関係を保ち、ヨーロッパ楽旅、来日公演も帯同しております。(TOBU)

【収録情報】
ブルックナー:交響曲第8番ハ短調(ノヴァーク版)
 ウィーン交響楽団
 ジョルジュ・プレートル(指揮)

 録音時期:2008年2月20,21日
 録音場所:ムジークフェラインザール・ウィーン
 録音方式:デジタル(ライヴ)

収録曲   

  • 01. ブルックナー:交響曲第8番 第1楽章: Allegro Moderato
  • 02. 第2楽章: Scherzo(Allegro Moderato)
  • 03. 第3楽章: Adagio(Feierlich Langsam, Doch Nicht Schleppend)
  • 04. 第4楽章: Finale(Feierlich, Nicht Schnell)

総合評価

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ウィーン交響楽団は、ウィーン・フィルがあ...

投稿日:2012/01/10 (火)

ウィーン交響楽団は、ウィーン・フィルがあるせいで、いわれのない差別を受けている(?)が、機能的にはウィーン・フィルを凌ぐ柔軟性を持っている。 そのために指揮者が変わるとオケも音ががらりと変わるという器用さが災いしてウィーン交響楽団独特のトーンというのを持たずにこんにちまで来たような印象がある。 換言すれば個性を持たないことでウィーンフィルに対抗できるレパートリーに対応してきた、ということになろう。 ここで聴かれるプレートルのブルックナー8番もおよそ、ウィーン・フィルという役者でいえば大御所では、ここまで大胆に今までのイメージを変える演技をしてはくれなかっただろう。 ウィーン交響楽団の音色は無個性だが、弦には中音域から低音域がマッシブなイメージがある。 決してシルキーではない。 『武骨』と言ったらいいだろうか。 それが、このプレートルの見事な『演出』による大芝居に見事に適応しているのだ。 なぜか?それはオケに強烈な個性があったら、このプレートルの解釈とは両立しないだろうから。 それほど、プレートルの解釈が≪個性的≫なのだ。 しかし、ここでいう個性的とは、≪恣意的≫とは明らかに違う。 個性とは、内面から必然的ににじみ出てくるもの。 恣意とは、勝手気ままな個人的な考えだから、似て非なる、というよりは実は正反対の結果の場合もある。 第一楽章からまるで、カタストロフィーのど真ん中にいきなりわが身が放り出されたような感じがする。 いま音楽が始まったのではなく、すでに会場もオケも聴衆も熱しきっているところに≪途中参加≫したような、半ば≪置いていかれる≫不安を感じるほどの、考える余裕すら与えられない、音の洪水に襲われる。 こんな第一楽章は初めてだ。 ブルックナーの第8を個性的に振った好例はレーグナーが筆頭だが、レーグナーはブルックナーの楽章内の音楽の段落を見事に把握しているので、段落ごとにギヤーチェンジをすることで、かつてないスピード感を獲得している。 それが、カラヤンのような、フレージングの上滑りに終わっていないのは、全体のリズム感に推進力を持たせていたからで、カラヤンのように低音部は弾きづるようにしておいて、≪歌≫をレガートで歌わせるという、手練手管は使わない。 プレートルはレーグナーがそのスピード感を持ってしてもなしえなかった抽象的な悲劇性を聴き手に与えることに成功している。 一方スケルツォは実に柔軟に各部を描き分けている。 ふつうは音楽が止まってしまいそうになるほど、じっくりとテンポを落として歌う場面があったりと、とても一筋縄ではいかない。 アダージョは反対にドラマ性を極力抑え、しかも美音に走ることなく、(このあたり、ウィーン交響楽団が美音を持ち合わせていないことが皮肉にも幸いしているのかプレートルの計算なのかは判然としないが) この結果どうなるかというと、俄然ブルックナーのこのアダージョが自ら決して弛緩することなく聳え立つことになるのである。 後半の堂々たるフォルテシモは絶対に耳障りになることがなく、どうだろう、このあたりまで聴いてくると、音楽が始まったばかりのころにはプレートルの名前が頭をよぎっていたのが、すっかり消え失せて、ブルックナーの音楽だけが大気を覆い尽くしているではないか。 天才ブルックナーの完成された最後のフィナーレは下手をすると楽想の多様さの乱立になるのだが、プレートルは各楽想を一つ一つへの≪共感≫を味わうかのように確かめていく。 第四楽章の演奏時間は22分強と比較的短いほうだ。 しかし、まったく拙速な印象はない 音楽が共鳴仕切っているからだろう。 ウィーン交響楽団がこの楽章になって、格段に色彩を増しているのも、エンジンの違いを感じさせる。 演奏行為というもののエンディングに向かってのエネルギーの増大加減が一流のオケだとこうも違うものか、と痛感する貴重な体験だ。 演奏に対する緊張感とリラックス加減と、体力とテクニック、それらすべてのバランスを最終楽章に向けてピークにもっていく指揮者とオーケストラ。 この8番は一つの結論だ。

のんじょんれ さん | 神奈川県 | 不明

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2月23日、ウィーンで実演を聴いた。素晴ら...

投稿日:2011/04/18 (月)

2月23日、ウィーンで実演を聴いた。素晴らしい演奏、その場に居合わせた全ての人が、幸福感を共有したと思えた。最後の一音のあと、長い静寂(この録音はそうではないが)。この指揮者の素敵なところは、自ら冗談めかした一言を放ってそんな静寂を破るところだ。もう終わってるよ、そんな風に。終演後はSehr schoen!の言葉がそこかしこから聞かれた。

毛無 さん | 茨城県 | 不明

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個人的にはマーラーよりも、こちらの方がい...

投稿日:2011/02/16 (水)

個人的にはマーラーよりも、こちらの方がいいと思う。マーラー「5番」は、マイクの位置のせいで金管が強すぎ、時に弦の動きが消えてしまう。惜しい。「フランスの指揮者のブルックナー?」とすぐ指揮者の国籍で演奏を判断する方こそ聴くべし。ティーレマンやメストでは相手にならない。これに匹敵するのは、ヴァントのベルリン芸術週間ライブ盤(MR)か朝比奈のN響盤(Fon)。第4楽章冒頭は、なんといってもプレートルがカッコイイ!

ushio さん | 東京都 | 不明

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人物・団体紹介

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ブルックナー (1824-1896)

1824年:オーストリアのアンスフェルデンでヨーゼフ・アントン・ブルックナー誕生。 1845年:聖フローリアン修道院の助教師に就任。 1856年:リンツ聖堂及び教区教会のオルガン奏者に就任。 1866年:交響曲第1番完成。 1868年:音楽大学の教授に就任。 1869年:交響曲第0番完成。 1872年:交響曲第2番完成。 1873年

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