ブラームス(1833-1897)
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ブラームス(1833-1897) レビュー一覧 6ページ目

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商品ユーザーレビュー

5576件
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  • 独特のすばらしさがある。一応セットではあるが、他の...

    投稿日:2016/09/03

    独特のすばらしさがある。一応セットではあるが、他のアーティストと同様、彼の各レーベルむけ向け録音全集といったような、1ボックスに集約した商品を待望する。

    segovia さん |40代

    9
  • お値段が魅力的なので釣られて購入しました。音質、交...

    投稿日:2016/08/07

    お値段が魅力的なので釣られて購入しました。音質、交響曲全集は音圧がやや低いのですがボリュームを上げると、優秀な録音であることがわかります。演奏は左右の弦の掛け合いや普段聞きなれない独特の表情付けが所々にあり面白いです。協奏曲は遅めのテンポでオケがやや控えめな印象を受けました。

    ルシータ さん |60代

    9
  • 演奏時間だけを見ると早い、あっさり、軽いと想像しま...

    投稿日:2014/04/16

    演奏時間だけを見ると早い、あっさり、軽いと想像しますが実際、聴いてみてびっくり、なんと密度の濃い素晴らしい演奏かと聴き入っていました。「ブラームスの交響曲は楽譜がしっかり書かれているので演奏がしっかり出来ていれば良いはず。」とある評論家が言っていたのを思い出しました。まさに余分な思い入れを排したブラームスそのものと感じました。シャイー会心の演奏と言えるのでは。その中で不満があるといえば曲の収録配置で交響曲を一枚づつに入れその他の管弦楽曲をもう一枚にまとめてある点。私なら交響曲第1番をメインに第2楽章の初稿と大学祝典序曲、ワルツ集を入れ、交響曲第2番をメインに悲劇的序曲、間奏曲、ハイドン・ヴァリエーションでまとめ、交響曲第3番と4番の組み合わせで4番の前にもう一つの冒頭を挟み、ハンガリー舞曲で締めるといった演奏会のプログラムを意識した組み合わせが良いと思います。実際、CD−Rに焼きなおして聴いております。

    ミシェル・スズキ さん

    9
  • 本盤にはブラームスの交響曲第1番と第3番がおさめら...

    投稿日:2012/12/02

    本盤にはブラームスの交響曲第1番と第3番がおさめられているが、このうち第3番についてはかつてBBCレジェンドレーベルから発売されていた音源の再発売であり、本稿においては、第1番を中心にレビューを書かせていただきたい。さて、その交響曲第1番であるが、テンシュテットは、本演奏以前に3度に渡って同曲の録音を行っている。最初の演奏は1976年のシュトゥットガルト放送交響楽団とのライヴ録音。次いで、ロンドン・フィルとの1983年のスタジオ録音。そして、3度目の演奏はロンドン・フィルとの1990年のライヴ録音。特に、手兵ロンドン・フィルとの演奏はいずれも名演であり、とりわけ3度目の演奏については、圧倒的な超名演と言えるものであった。本盤の演奏は、更にその2年後のライヴ録音。演奏は、1990年の演奏よりもさらに壮絶とも言うべき豪演と言えるだろう。テンシュテットは、1985年頃に咽頭がんを発症した後は、体調がいい時だけに指揮活動が制限されるという厳しい状況に追い込まれた。それだけに、一つ一つの演奏がそれこそ命がけのものとなったことは必定であり、テンシュテットはそれこそ持ち得る力を全力で出し切るという渾身の演奏を行っていたところだ。1993年の終わり頃には、ついに指揮活動を停止せざるを得なくなるのであるが、それまでの間の演奏は、いずれも壮絶の極みとも言うべき圧倒的な演奏を展開していた。特に、マーラーの交響曲については、そうしたテンシュテットの鬼気迫る芸風が、他の指揮者の追随を許さないような超名演を生み出すことに繋がっていたと言えるが、他の作曲家による楽曲についても、我々聴き手の心を揺さぶるような凄みのある演奏を成し遂げていたとも言えるところだ。ブラームスの交響曲第1番についても、1990年の演奏もそうであったが、本盤の1992年の演奏は更に凄まじいまでの気迫と生命力に満ち溢れており、どこをとっても切れば血が噴き出てくるような熱き情感が込められているとも言えるだろう。テンシュテットは、おそらくは間近に迫る死を覚悟はしていたとも言えるが、本演奏には、自らの命のすべてをかけるような凄みがあると言えるところであり、そうした命がけの大熱演が我々聴き手の肺腑を打つと言える。病状はかなり進行していたと思われるが、そうした中で、ここまでの渾身の演奏を成し遂げたテンシュテットの指揮者としての凄さ、偉大さにはただただ首を垂れるほかはないところだ。このような超名演を聴いていると、テンシュテットのあまりにも早すぎる死がクラシック音楽界にとって大きな損失であったことを、あらためて認識させられるところだ。カプリングのブラームスの交響曲第3番については、咽頭がん発症前の1983年の演奏であり、交響曲第1番ほどの迫力はないが、それでも実演ならではのテンシュテットの熱のこもった名演と高く評価したいと考える。音質も、1983年及び1992年のライヴ録音ではあるが、両者の音質にはあまり大差がなく、いずれも最新録音とさほど遜色がないような十分に満足できる良好なものと評価したい。

    つよしくん さん

    9
  • ブラームスだなあ、という素朴な思いが湧いてくる。こ...

    投稿日:2012/01/24

    ブラームスだなあ、という素朴な思いが湧いてくる。この演奏を聴くといつものことだが。若書きの第1番冒頭の圧倒的迫力。迫力という言葉はブラームスにはおよそ似合わない言葉ではあるが、19世紀音楽界の表舞台にまさに出ようとするブラームスの雄たけびの様なものを感じる。一転して2楽章、言葉を失いそうになる抒情美。第2番冒頭の何という浪漫。3楽章のチェロとのデュエットも素敵だ。ギレリスとヨッフム、日本では正当に評価されているとは必ずしも言えない両横綱のぶつかり合いが生んだ、奇跡の結晶。

    淳メーカー さん

    9
  • タイムセール1500円以下で購入しました。70年代...

    投稿日:2012/01/08

    タイムセール1500円以下で購入しました。70年代のカラヤン・ベルリンフィルですから、好みのわかれるところでしょう。カラヤン黄金期、機能美、精神性云々といわれるところですが、私はカラヤンサウンドと思って楽しんでおります。カラヤン臭さが嫌な方なら80年代盤の方がまだ良いでしょう。カラヤン・ファンには、これぞカラヤン、たまらないブラームスです。通の方には物足らないと思いますが、ビギナーにはお勧めです。精神性など言われたら、クラシックは楽しめません。

    TKOクラシック さん |50代

    9
  • 本盤にはベーム&ウィーン・フィルによるブラームスの...

    投稿日:2011/12/17

    本盤にはベーム&ウィーン・フィルによるブラームスの交響曲全集がおさめられている。ベームは、本演奏以外にもブラームスの交響曲を単独でウィーン・フィルのほかベルリン・フィルやバイエルン放送交響楽団などと録音しており、全集という纏まった形でのスタジオ録音としては、本全集が唯一のものと言えるところだ。本全集におさめられた楽曲のうち、第1番についてはベルリン・フィルとの演奏(1959年)に一歩譲ると言えるが、その他の楽曲については、ベームによる最高の名演と言っても過言ではあるまい。本全集を聴いていて思うのは、ベームの芸風とブラームスの楽曲は抜群の相性を誇っているということである。ベームは、本全集のほかにも、前述の第1番の1959年の演奏や、バックハウスと組んでスタジオ録音したピアノ協奏曲第2番の演奏(1967年)など、圧倒的な名演の数々を遺しているのは、ベームとブラームスの相性の良さに起因すると考えられるところだ。ベームの本盤の各楽曲の演奏におけるアプローチは、例によって重厚でシンフォニックなものだ。全体の造型はきわめて堅固であるが、スケールも雄渾の極みであり、テンポは全体として非常にゆったりとしたものである。そして、ベームは、各楽器セクションを力の限り最強奏させているが、その引き締まった隙間風の吹かない分厚い響きには強靭さが漲っており、濃厚さの極みと言うべき内容豊かな音楽を展開している。かかる充実した隙間風の吹かない重厚な響きをベースとした質実剛健たる演奏が、ブラームスの各楽曲の性格と見事に符号すると言えるのではないだろうか。演奏は、1975〜1977年のスタジオ録音であり、この当時のベームによる一部の演奏には、持ち味であった躍動感溢れるリズムに硬直化が見られるなど、音楽の滔々とした淀みない流れが阻害されるケースも散見されるようになるのであるが、本演奏には、そうした最晩年のベームが陥ったリズムの硬直化がいささかも見られず、音楽が滔々と淀みなく流れていくのも素晴らしい。また、各曲の緩徐楽章や、第2番及び第4番の緩徐箇所における各旋律の端々から漂ってくる幾分憂いに満ちた奥深い情感には抗し難い魅力に満ち溢れており、これはベームが最晩年になって漸く到達し得た至高・至純の清澄な境地をあらわしていると言えるのかもしれない。併録のハイドンの主題による変奏曲における、各変奏曲の描き分けの巧みさは老巨匠ならではの圧巻の至芸と言えるところであり、アルト・ラプソディにおいては、クリスタ・ルートヴィヒやウィーン楽友協会合唱団による渾身の名唱も相まって、スケール雄大な圧倒的な名演に仕上がっていると評価したい。そして、特筆すべきは、ウィーン・フィルによる美しさの極みとも言うべき名演奏である。とりわけ、第1番第2楽章におけるゲアハルト・ヘッツェルによる甘美なヴァイオリン・ソロのあまりの美しさには身も心も蕩けてしまいそうだ。いずれにしても、かかるウィーン・フィルによる美演が、ベームの重厚でシンフォニック、そして剛毅とも言える演奏に適度な潤いと深みを与えているのを忘れてはならない。音質は、1975〜1977年のスタジオ録音であるが、従来CD盤でも十分に満足できるものであった。本全集のうち、第3番及び第4番については既にSHM−CD化されていたが、今般、全集及び悲劇的序曲、ハイドンの主題による変奏曲、アルト・ラプソディの3曲がSHM−CD化されるに及んで、従来CD盤よりも若干ではあるが、音質が鮮明になるとともに音場が幅広くなったと言えるところだ。もっとも、ボックスとしてはあまりにも貧相な作りであり、安っぽい紙に包まれたCDの取り出しにくさについても大いに問題があるなど、必ずしも価格(5000円)に見合った作りにはなっていないことを指摘しておきたい。ベーム没後30年を祈念したCDとしてはいささか残念と言わざるを得ないところだ。せっかく発売するのであれば、SHM−CDと言った中途半端な高音質化ではなく、より豪華な装丁にした上で、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤で発売して欲しかったという聴き手は私だけではあるまい。

    つよしくん さん

    9
  • 本盤におさめられたブラームスの交響曲全集は、カラヤ...

    投稿日:2011/09/04

    本盤におさめられたブラームスの交響曲全集は、カラヤン&ベルリン・フィルによる3度目の、そして最後のスタジオ録音である。それだけでなく、数多くの様々な作曲家に係る交響曲全集のスタジオ録音を行ってきた、史上最高のレコーディング・アーティストであるカラヤンによる最後の交響曲全集にも相当する。3度にわたるカラヤン&ベルリン・フィルによるブラームスの交響曲全集の中でも、最もカラヤンの個性が発揮されているのは、1977〜1978年に録音された2度目の全集であると考えられる。というのも、この当時はカラヤン&ベルリン・フィルの全盛期であったと言えるからだ。分厚い弦楽合奏、ブリリアントなブラスセクションの響き、桁外れのテクニックをベースに美音を振り撒く木管楽器群、そして雷鳴のように轟きわたるティンパニなどが、鉄壁のアンサンブルの下に融合し、およそ信じ難いような超絶的な名演奏の数々を繰り広げていたと言える。カラヤンは、このようなベルリン・フィルをしっかりと統率するとともに、流麗なレガートを施すことによっていわゆるカラヤンサウンドを醸成し、オーケストラ演奏の極致とも言うべき圧倒的な音のドラマを構築していた。当該2度目の全集においても、かかる圧倒的な音のドラマは健在であり、どこをとってもいわゆるカラヤンサウンドに覆い尽くされた圧巻の名演に仕上がっていたと言える。これに対して、本盤の3度目の全集においては、カラヤンの統率力の衰えは隠しようもないと言える。1982年に勃発したザビーネ・マイヤー事件によって、カラヤンとベルリン・フィルの間には修復不可能な亀裂が入るとともに、カラヤン自身の著しい健康悪化も加わって、カラヤン&ベルリン・フィルによる演奏に、1970年代以前のような輝きが失われるようになったからだ。したがって、いわゆるカラヤンの個性が全開であるとか、はたまたカラヤン&ベルリン・フィルによる圧倒的な音のドラマの構築と言った観点からすれば、第1番などには全盛期の豪演の片鱗が感じられなくもないが、前述の1977〜1978年の2度目の全集と比較するといささか劣っていると言わざるを得ない。しかしながら、本演奏には、死の1〜3年前の演奏ということもあって、枯淡の境地を感じさせるような独特の味わいがあると言えるところであり、このような演奏の奥行きのある味わい深さと言った点においては、カラヤンによるこれまでのいかなる演奏をも凌駕していると言えるだろう。このような奥行きのある味わい深さは、カラヤンが最晩年に至って漸く到達し得た至高・至純の境地であったと言えるのかもしれない。音質は、従来盤でも十分に満足できるものであると言えるが、数年前にカラヤン生誕100年を記念して発売されたSHM−CD盤がより良好な音質であった。もっとも、カラヤンによる最晩年の至高の名演でもあり、今後はシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化を図るなど、更なる高音質化を大いに望んでおきたいと考える。

    つよしくん さん

    9
  • ブラームス第1を初めて聴いたのがチェリビダッケだっ...

    投稿日:2011/04/13

    ブラームス第1を初めて聴いたのがチェリビダッケだったためか、その後、数枚を経ても作品自体の印象をとらえることが難しかったのですが、この小澤さんの盤でやっと一定の基準となる演奏に出会った感じがしています。 個人的には、この演奏は「この作品はこのような音で聴きたい」と思っている内容で、大変満足しています。 内容自体には満点★を付けます。満足しているものにそれ以上の感想は無いのですが、発売後、大して時間もおかずにSACDやSHM-CDなどのラインナップを増やす販売法には疑問があるので、★は1つ減らしました。それなら通常のCD版は初めからSHM-CDで発売すればいいですね。

    pf さん |30代

    9
  • 凄い名演だ。ブラームスのオーケストラ作品、特に、分...

    投稿日:2011/01/03

    凄い名演だ。ブラームスのオーケストラ作品、特に、分厚いオーケストレーションを誇る交響曲では、重厚でシンフォニックな表現が演奏様式として一つの理想形となるが、ペライアのブラームスは、ピアノ演奏におけるシンフォニックな表現と言える。正に、巨匠風の重厚なピアニズムと言える。ブラームスのピアノ曲の他の演奏には、例えば、超個性的なグールドやアファナシエフ、清澄なリリシズムを旨とするルプーなど、名演が目白押しであるが、ペライアのピアノは正に正統派。聴き手が仰ぎ見てしまうような威容に満ち溢れていると言える。ヘンデルの主題による変奏曲とフーガや2つのラプソディにおける、あたりを振り払うような峻厳たる威容は、これぞ3大Bの一角を占めるブラームスならではの重厚さだ。6つのピアノ小品も、第1曲など、威風堂々たるピアニズムであるが、第2曲、第5曲、そして第6曲の寂寥感溢れる抒情は、最晩年のブラームスの心底を覗き込むような深みのある音楽に仕上がっている。4つのピアノ小品の高踏的な深みのある美しさは、前述のグールドやアファナシエフなども到達し得なかった至高・至純の高みに達していると言える。録音も鮮明で、ぺライアの堂々たるシンフォニックなタッチをクリアに味わうことができるのが素晴らしい。それにしても、ぺライアは、今や巨大な存在になったと言える。そんな評価があながち大げさとは言えない驚異的な本CDの登場を大いに歓迎したい。

    つよしくん さん

    9

既に投票済みです

ありがとうございました

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