フリオ・コルタサル

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アルゼンチン短篇集

フリオ・コルタサル

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784336025753
ISBN 10 : 4336025754
フォーマット
出版社
発行年月
1990年02月
日本
共著・訳者・掲載人物など
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追加情報
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163p;23X13

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読書メーターレビュー

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  • ヴェネツィア さん

    本書は、ボルヘスが20世紀前半のアルゼンチンの作家たちの短篇9つを編集したもの。ボルヘスの編とあって、いずれも多かれ少なかれ神秘性や幻想性の片鱗を持っている。現在ガルシア・マルケスやバルガス・リョサをはじめとしてラテン・アメリカ文学が注目を集めているが、そうしたものの萌芽がここに見られるようである。文学としての出来においても、篇中で面白いと思ったのは、巻末の「選ばれし人」ラザロの物語だ。その趣きや思想史的な背景は全く違うが、プロットの根幹は「八百比丘尼」にそっくりだ。白眉はコルタサルの「占拠された家」か。

  • 内島菫 さん

    ルゴーネスの「イスール」がバベルの図書館シリーズに重複しておさめられているのは、本作がボルヘスに重視されていることのあらわれなのだろうが、お得感は少し減る。ビオイ=カサレスの「烏賊はおのれの墨を選ぶ」はラストで突き放され、見知らぬ路地に放り出されたような読後感。最も好きなのはコルタサルの「占拠された家」であり、次にオカンポの「物」、ペイロウの「わが身にほんとうに起こったこと」、バスケスの「選ばれし人」。「占拠された家」は私にとって終始心地よい作品でありながら最後にはいつの間にか対極の地点へ連れて行かれる。

  • 藤月はな(灯れ松明の火) さん

    コルタサルの「占拠された家」、ルゴーネスの「イスール」既読。「駅馬車」はなぜか横光利一の「蠅」を思い出しましたがミステリー的な手腕とホラー的なラストはたまりません。「運命の神様はどじなお方」のとある事件の関係者の論理の可笑しさと「物」の対象と認知者との対比の怖さも秀逸。ラテンアメリカの幻想・怪奇・奇想文学に永久の賞賛あらんことを!

  • 三柴ゆよし さん

    素敵バベル。ボルヘスの荒い鼻息が聞こえてきそうなベストセレクション。ちなみに「占拠された家」(コルタサル)以外は未読。特に良い作品を挙げるなら、サルとは話すことをやめたヒトであるという確信を抱く男の物語「イスール」(ルゴーネス)、のほほんとした雰囲気のなかに作家の批判精神が光る奇妙な味のSF「烏賊はおのれの墨を選ぶ」(カサーレス)、「遠い女」(コルタサル)や「あんたはわたしじゃない」(ボウルズ)を髣髴させるホラー小品「駅馬車」(ムヒカ=ライネス)あたりか。ラテアメ系のアンソロジーとしては相当レベル高い。

  • きりぱい さん

    「サルとは何らかの理由で話すことをやめてしまったヒトである」とは、これまた興味をかきかてられるルゴーネスの「イスール」。何とか猿に言葉を教えようとするのだけど、果して意志の力で話せない猿然としているのか、考えようによって見えてくるものも違う面白さでこれが一番よかった。コルタサルの「占拠された家」は、古い家に住む兄妹が得体のしれないものに家を占拠されてゆくのだけど、それが何であるかほのめかしてもくれないのに、なぜかこれもよかった。「チェスの師匠」はもうオチが・・。

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人物・団体紹介

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フリオ・コルタサル

1914‐1984。アルゼンチンの作家。ベルギーのブリュッセル生まれ。1918年、家族揃ってアルゼンチンに帰国。大学退学後は首都ブエノスアイレスを離れて地方都市で教員生活を送るが、’45年にブエノスアイレスに戻り、教職を放棄して文学作品の翻訳や短篇、文学論の執筆、通訳資格の取得などに意欲的に取り組む

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