フランシス・フクヤマ

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歴史の終わり 下

フランシス・フクヤマ

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784837905523
ISBN 10 : 4837905528
フォーマット
出版社
発行年月
1992年12月
日本
共著・訳者・掲載人物など
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追加情報
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251p;15X11

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読書メーターレビュー

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  • ヴェルナーの日記 さん

    本シリーズの最終巻。改めてプラトンの説く『気概』に基づいた『優越願望』と『対等願望 』について論じている。そして『リベラルな自由主義』社会こそ『歴史の終わり』と位置づけ、この社会に登場する者こそ『最後の人間』とした。最後の人間の登場はニーチェが予見したことだが、『最後の人間』について著者フランシス・フクヤマとニーチェの見解は真っ向から対立する。

  • Miyako Hongo さん

    上中下の大枚はたいて民主主義サイコーを論じ、読んでるこっちはまあ西洋の教養的にはそうかもね(所詮は価値観)、だった訳だけど、最終章の民主主義の成れの果ての姿にはドン引き。平等願望が行き着く果ては満足した豚の王国だろうけど...999の週オチじゃないんんだから。 □歴史の終わりからの逃避としてアジア的な家長制度に期待を持つのも判らなくはない。個人的には民主主義って個人にとってコスト高だと思ってる。直接民主制でいける範囲なら最良だろうけど、国家となるとねぇ。まだまだブラッシュアップが必要な制度だって事かな。

  • 白義 さん

    今までの歴史が終わった後の新しい地平から、どのような世界が生まれ、また新しい歴史が始まるのか。合理化と自由平等の推進によりかたや気概を失った動物が生まれ、かたや優越願望を持て余した秩序の破壊者が生まれるかも、というフクヤマの疑念は、ほとんどコジェーヴ史観まんまなのだけど、渡部氏の名訳もあって分かりやすい。賛成するかは別に世間で言われるような楽観主義的ではなく、安直でもない堂々たる名著だった。最後は結局まだまだ未来はわからないところも多いと締めているのが印象的。前半と後半でトーン違うのね

  • レコバ さん

    ”歴史”つまり、統治のメカニズムの模索は当面続くというのが結論だった。筆者は、民主主義を達成し得ない理想像に、にじり寄る永遠に未完成のシステムという意味ではなく。気概の充足を宗教や民族などの集団に依拠する構造的な欠陥を内包するシステムとして民主主義を見ている。ゴールが見えたという意味で終わりと表現しているわけだが、欠陥を認めながら終わりと言い切る当たりを楽観論として批判されたのだろうか。

  • hikarunoir さん

    表層的に言われるように、ネオコンのバイブルなどではないし、もっと深遠に日本が「終わっている」理由にも言及した大著!

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フランシス・フクヤマ

1952年アメリカ・シカゴ生まれ。コーネル大学で古典哲学を学んだ後、ハーバード大学大学院で政治学博士号を取得。ランド研究所を経て、1980年代に米国務省政策企画部で中東・欧州を担当。1989年11月、ベルリンの壁崩壊直前に外交専門誌「The National Interest」に発表した論文「歴史の

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