本盤を何年か前に購入した際にはあまりいい演奏のように思わなかったと記憶するが、最近、フルシャなどの新しい世代の指揮者による名演が相次いで登場してきたこともあり、あらためて聴き直すことにした。そして、聴いてみた結果であるが、本盤の看板どおり、わが祖国に新しい光を当てた素晴らしい名演であることがよくわかった。スメタナのわが祖国と言えば、いわゆるチェコ出身の指揮者、例えば、古くはターリヒ、アンチェルの名演に始まり、クーベリックやノイマンの複数の名演など、いわゆるチェコの愛国心を看板に掲げた民族色豊かな名演が主流であったと言える。チェコ出身の指揮者以外でも、ドラティや小林などの、生命力溢れる名演があった。ところが、アーノンクールは、そうしたチェコの民族色は、ひとまず横に置いておいて、同曲を純粋な交響詩として、もっぱら純音楽的なアプローチを心掛けている。要は、スメタナをチェコの作曲家という範疇におさめず、リストと親交が深く、ワーグナーにも多大な影響を受けたインターナショナルな大作曲家として捉えているとも言える。冒頭のハープの分離した配置や、その後の思い切った緩急のテンポの変化や、ターボル以降の超スローテンポなど、従来の演奏とは一味もふた味も異なる演奏ではあり、下手をするとゲテモノ的な演奏にも陥ってしまう危険性もあるのだが、オーケストラにウィーン・フィルを起用したことで、全体を美しい音楽で包み込むことに成功し、正に、純音楽的な美しさを誇る異色の名演を成し遂げることに成功したと言える。このような名演は、最近話題となったチェコの若手指揮者であるフルシャなどの名演にも少なからず影響を与えているのは明らかであるとも言えるところであり、本名演は、わが祖国の演奏史に少なからぬ影響を与えた稀有の名演と高く評価したい。